雨続きの日々、ついでながらミュージカル映画の金字塔と言われる「雨に歌えば」のDVDを観る。かなり前に観た記憶があるが、これが1953年上映された傑作であることをあらためて思い直す。というのは、70年以上も前に上映されたものだが、そのミュージカルのスキルはまったく色褪せていないということだった。とくに、タップダンスをはじめとする踊りの超絶スキルは今見てもアクロバティックでコミカルな新鮮さがあった。
主人公を扮するジョン・ケリーは、監督・脚本・演出・振付・踊り・歌と完璧な力量を発揮するが、その相棒であるドナルド・オコナーの踊りの切れもまたケリーをしのぐほどの圧巻でもあった。アメリカンドリームを想起するスタジオに配置された家具・家電用品・インテリア・ピアノなどの調度品の充実は、戦勝国そのものの象徴でもあった。また、ハリウッドらしい華麗な衣装・当時は先進だったクラシックカーの登場・ビリヤード・絵画など、それらを大量生産・大量消費を旨とする資本主義経済の荒々しい華麗なセットでもあった。
そうした背景は1950年代のアメリカの経済発展と上流階級の生活モデルが中流階級へと広がる「アメリカが最も輝いていた時代」だった。同時にそれは、主要なメディアはラジオからテレビへとそしてそれはテレビ・ソファのあるリビング中心のライフサイクルへの変転でもあった。本映画は、サイレントからトーキーへと変わる裏方の苦労が出てくるのも見どころでもある。
銀幕では、マリリンモンロー・ジェームスディーン・マーロンブランド・オードリヘップバーンなどが活躍していた。また、音楽界では、エルビスプレスリーなど人種を超えたロックンロールが登場する。
本映画は上映された当時は今ほど評価は高くなかったが、その後じわじわとそのクオリティの高さが見直され、2006年アメリカ映画協会が100周年記念で「アメリカ映画史上もっとも偉大なミュージカル」として発表された。
舞台ではできないような有名な雨の中でのシーンでは、クレーンによるカメラワークのショットも斬新だった。「雨に歌えば」の歌詞では、「雨に歌えば 心は浮き立ち幸せがよみがえる 大空を覆いつくす雨雲を笑い飛ばし 心には太陽が輝き 恋の予感がする」というのがあったが、それを雨の中で表現した長い踊りのシーンは確かに圧巻だ。
しかし、時代は長い冷戦がはじまり、マッカーシー旋風の「赤狩り」はハリウッドにも吹き荒れ、チャップリンも追放される。人種差別の横行は差別撤廃運動として市民運動になっていく。最近になってハリウッドの人種差別やアカデミー賞の白人至上主義がやっと取りざたされるようになった。本映画のキャストには、有色系人物が除外されているのも気になる。
映画の中の「ブロードウェイメロディ」という歌では、「ブロードウェイにしかめっ面は合わない ブロードウェイには楽しいピエロを 悩み事なんてはやらない ブロードウェイは常に笑顔があふれている 無数のライトが輝く中で 無数のハートが鼓動を早める 劇場の街の上にはいつも青空があり これぞブロードウェイメロディ」という歌が披露されているが、なんとも能天気な歌詞と言わざるを得ない。ハリウッドの華麗な装置の裏にはアメリカの深い闇があることを忘れてはならない。