自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

エミール大師・・・

2013年07月11日 | 健康と直結する”一元論”について

 岩場に宙ぶらりんの籠の中で   平成25年7月11日

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 今日のブログのタイトルは喩えでして、

決してかぐや姫の物語と関係はありません。

それにしても、これまで、でてきたお話し、

たぶん、信じがたい情景やエピソードの数々・・

 

私が、インド在住、齢 1000歳の

ヨギ(リシ)、つまり、死を超越するほど、

限りなく悟りを開いた聖者が ヒマラヤ山脈

の奥に存在するということを聞きました。

 

さらに、キリスト所縁の歴史的遺跡などが

今でも、ヒマラヤに残っているということ。

自分の心の師も、キリストがインドで瞑想

されたことなどを話しておられたので、

 

この調査団の記録の、洗礼者ヨハネと旧知の

関係だった、父をもつ大師、齢900歳という

聖人の存在は、直観的に肯定するのだと

思います。


余談ですが、通っていたデリー大学院の

教授と、この話題で花が咲き、

”1000歳の聖者は、まだ若い若い。

もっと、老齢のリシを君は知らないのかね?”

と言われて、知識階級でもその存在を当たり前

に認めていることに、興味を覚えました。


今日からは、少し いままでの記事と趣を

異にした、ヒマラヤの自然描写が 印象的な、

調査隊員の紀行文です。

 

ファイル:Nanga Parbat 029.jpg

 著者はしがきから

わたしは1894年に極東を訪れた11人

の調査団の一員であった。

3年半にわたる極東滞在中、ヒマラヤの

大師たちに接触した。


大師は私たちが 偉大なる法則の働きを

実証されるのを実際に見るために、

大師がたの生活の中に親しく

入り込むことを許してくれた。

 

私のノートを今ここに、

“極東における、大師たちの生活と教え”

と題して、発表するが、そこに盛られた

内容をそのまま受け入れるか、否認する

かは、読者の自由である。

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こうして、兄弟愛のような親しみを

調査団たちは、大師に持つように

なってきた。

すると、大師たちから学ぶ啓示は 調査団に

とって増々楽しみなものに変化してきたと

著者は言う。

 

これらの奇跡の奥にある、もっと深い真理

の論理、それらの意味がやっと分かりだして

きたのかもしれない。


次の日からは、馬で15マイル生き、その先

は馬が通れないので 村人に託して馬を置き、

狭い 岩階段を登らなければならない。

 

その夜は 馬に乗る最後の日であり、目的地

まで まだ半分の、峠の宿舎で一泊すること

にした。


宿場の主人は歩くというより、転がると形容

したほうが良いほど、肉付きがよく、

エミール師に気づくと、自分の病気の治療を

願い出た。

 

かつては この老人は、一度不治の病にかかって

いたところ、癒されて以来、心機一転して、

人々のために御恩返しとばかり よく働いたが、

それからは、次第に関心がさめて、人に頼る

ことを良しとするようになった。

 

20年間ほどそのような状況で、宿は、繁盛

する時期もあったが、自分の心を本当に変える

ことがかなわず、他人に無関心な状態から抜け

出そうとせず、安易な暮らしに つかっていた。


著者はこの宿の老主人を見て、次のように感想を

述べている。

 

こういう実例は他にも数千あり、彼の場合は

その中の一例にすぎない。

こういう連中は、安易な暮らしを好み、少しでも

努力を要するものはすぐに重荷になってしまう。

 

そのうちにすっかり関心がなくなり、救いを

求めて祈っても、それは深い意味や切願の

こもったものではなく、機械的な空音で

しかない“。

 

癒されても、いつのまにか 安心と慢心が

めばえ、自分はもう、大丈夫だとたかをくくり、

現在の状況に安住することに甘んじる。


そうして、余計な負担を好まず、 自分自身

向上させるための労力を惜しみ始めるのが 

人間の常かもしれない。

 

そうこうして、他者のみでなく自分の内側を

観ることにも無関心になっていく。

 

  

さて、ここからは 調査団の一人だった著者の語る、

冒険談である。

 

この描写を読んだとき、私の心に、あるヴィジョン

が浮かんだ。

それは、かぐや姫の絵本に描かれていた、宙ぶらりん

の籠に乗った若い貴族の男性の姿だった。

 

かぐや姫が 何人かの、結婚希望者に それぞれ、

叶いそうもない貢物を持ってくるように、

持ってきた人を婿とみとめ、嫁ぐという。


ある若者には、天竺の岩の間に住むイワツバメ

の巣をとって来てほしい~と かぐや姫は

所望する。

 

その場面の、御伽話の光景そのままが、

あてはまるような、調査団の行動が、書かれて

いるところをご紹介したい。

迫力があるので、そのまま本文から引用する。

 

“あくる朝 早く起きて、前進を続け、午後4時

にはその村に到着。

目的の廟は、殆ど頭上に迫ってそびえる岩山の頂上

にポツンと建っている。

 

山腹があまりに険しいため、岩の中に木の梁を

さしこみ、それに滑車をつけた綱で、籠 を

つるしたものが唯一の上り降りの機関となって

いる。

 

滑車のついた テリッキが横に大きく不語句と、

ツナと籠とが岩盤から離れて籠の中身を籠ごと、

下から上に揚げて、揚げ終わると、スーッと

内側に動き、岩室の中に特にしつらえた岩板の

上へ安全に着陸するという寸法である。

 

前述の岩棚は下の岩壁よりも、深く突き出して

いるので、籠は上下するたびに50~60呎

の空中で宙ぶらりんなるところで、合図を

送ると間もなく、籠が下され、私たちは、

一人づつ、乗り込んで、400呎上の岩棚まで

吊り揚げられたのである。

 

籠から岩棚に降りると、頂上の廟に続く道を

探したが、岩壁は なおも、500呎も上に

そびえたち、その端が廟の壁に続いているのが

望見された。

 

そこにはまた、同じようにして、上らねばならない

という。

見ているうちに、下の岩棚かのデリッキの腕と

同じようなデリッキの腕がサット横に突き出て、

一本の綱が下され、それに私たちの乗ってきた

籠を改めて結び付けて、また、一人ひとり、上に

運び上げられ、ようようにして、さらに、

500呎上の廟の屋根に着いたのである。

 

私は、またもや、世界のいただきにあるかの

ような錯覚に陥った。

周囲の山々の上になお、900呎も抜きん出て

聳えている岩山の山巓に廟は たっているの

である。

 

ヒマラヤ越えのために通貨した900呎の峠の

頂上には、私たちが後にしてきた村が見える。

この廟は 前にわたしエミール師やジャストと

一緒に訪れた廟より、約千呎低いことが、後で

わかったが、眺望にいたっては後者より 

はるかに雄大で、その場所からはあたかも

無限の空間に見入るかの如くである“(158)

 

さて、一万年前に建立されたというその廟へ

翌日調査隊員は入るのである。 続く・・・

 

参考)

ヒマラヤ聖者の生活研究―自由自在への道 全5巻

S54年6月5日第五版 ベアード・T・スポールディング著 

仲里誠吉訳 霞が関書房

 

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