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「人は無い物を欲しがる」なんてフレーズをどこかで聞いた記憶があるものの既に崩壊し始めた我が脳味噌は記憶の糸口さえ引き出せなくなっている。ちなみにこの言葉を小生に当てはめてみると「姥捨て山ポッコリコンモリ」は我が願望かもしれないと深層心理学者から指摘されるかもしれないもののそれには今回は触れない。
人間、弱みや劣等感には触れたがらないのも真理なのである。しかしなあ、いくつかのポッコリコンモリを眺めそれを集積したボッコリ山を見上げれば嗚咽が漏れそうになるのも間違いなく「この世の朝、早も過ぎてたそがれの頃とをなれば・・・」とフォスターの名曲を口ずさんで堪えるのであった。この我慢・辛抱・忍耐は日本男子としても雪深い郷での生まれと育ちである者としても矜持であろう。とは言え「あのブドウは酸っぱい。あっちの水は苦い」として落ち着くのが日常だ。天は自ら助くる者を助くのであるとは知られたフレーズだが、自ら助くる事を出来ない者は「この食事は酸っぱい。この水は苦い」のまま落ち葉になるのかねえ…。
むかし「おどるポンポコリン」なんて乗りの良い歌があったが「踊るポッコリコンモリン」では成人向けになってしまいかねないものの姥捨て山のポッコリコンモリンは、なんか土饅頭にも見えてくる。まっ、関係はないか・・・。
阿呆馬鹿丸出しは横に置いといて今期の落ち葉掻き集積は例年になく広範囲に行った。落ち葉堆肥の使い道が「バグズ・キッチン」に施したいためもあるがまあ、ほんのり気は心SDGsもどきでもある。裸木と落ち葉を眺めていると青葉を茂らせ結実させ落ち葉となり地に還る、これも大いなる輪廻の結なのであったと思わずにはいられない。究極のSDGsなのだ。
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