年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

築地の官製不況

2007年12月31日 | 築地市場にて
築地の官製不況
30日8時過ぎに着くと、新大橋通には駐車監視員の集団が築地市場に乗用車で来る素人買出し人を取り締っていた。新大橋通りは貨物の車は昼12時まで駐車できるが乗用車はできないことを知っていたのだろうか。かなりの数の乗用車が駐車違反で捕まっていた。
 年に一度の買出しで15000円の反則金は痛いだろう。法規違反と商売の両立はどのようなものだろう。築地場外市場は後々まで築地に残るのだから良い印象を終えて買い物をさせてやりたい。ガンセンター病院の駐車場もあります。
 江戸時代にあまりにも厳しくした時があって不況になってしまったときがあった。築地場外は満員電車の中を通り抜けるような状態であったが、場内もお目こぼしの残品整理販売となっていた。教訓『年に一度の買い物で安くて好い物買うことは出来ない』
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縁切り寺 京都

2007年12月30日 | 宅老のグチ
縁切り寺 京都
昔は縁結びの神様がもてはやされましたが今は隠れた人気のある寺があります。それは縁切りのお寺です。京都の漬物業者さんの話では『離縁』のご利益があるそうで最近込んでいるようです。彼氏に付いている彼女を祈願によって分かれさせる祈祷があるようです。ストーカーよけも良いかもしれません。縁結びの神様は日本全国に多いので縁切り神社は希少価値があります。
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アボガドを選果中の人との会話

2007年12月29日 | 築地市場にて
アボガドを選果中の人との会話
車の後ろに濃い緑色しているアボガドを布で拭きながら調べている人との会話。時たま痛んでいるのがあるのか納品前に調べているとのこと。
 日本の検疫が厳しくレモンなどはいつ販売できるかわからないので通関する間にレモンが痛んでしまうので日本に輸出することが嫌われつつあると言う。官製不況の一種ともいえる。レモンなどは国産はあまり無いので影響は無いと思うのだがミカンとの絡みで厳しいのだろう。
 厳しい検疫は次第に結果となって現れてくるのだろう。今の建設業界の不況も耐震偽装の事件絡みで厳しい検査で着工できず不況となっているようである。法の運用で思わぬ不況となる。そして気がつかないところで好況となっている業者がいる。しかし好況の人達はあまり語らないので気づかない。明治大正の漬物史を調べるとそんな結果が出ている。

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食の情報洪水

2007年12月28日 | 宅老のグチ
情報の洪水の中で
食に関する情報の多さに当たり前のことが報道されずに、ミスを起こしたことよりその隠蔽工作を批判している報道姿勢から当該企業を糾弾することに終始した一年であった。でも食品製造業者は昔から行っていたことで時代が変化していたのに内部では変化すことは出来ず、外部の力で強制的に変えられた時期に来たと思う。しかし多くはコスト上昇が伴うものでどう変化させるか経営者の能力であろう。予知能力と行動力をコスト計算に乗せていかねばならない。今日もカシミヤ70%と表記してあって0%だったという。これを販売していた業者は納入業者の言い分を鵜呑みにしていたと言い訳していたがマスコミ等に報道されると次から次とつまらぬミスが内部告発され輪にかけて不正企業とみなされる。また建設業の耐久性偽装は企業のおいてごく一部の部門であったため見逃されていたがいざ事件となると会社全体が行っているとみなされる。特に有名企業が無い漬物はマスコミによって業界全体が行っているとみなされ消費が落ちる前にスーパー等の売り場が縮小され販売機会が少なくなる。寄生虫キムチ騒動のときも日本は関係なかったのに大きな打撃を受け少なくとも数百億の売り上げ減少をもたらした。苦情処理はいつ来るかもしれないがいつ来てもよいように準備していなければならない。ミスをなくす努力とともにミスを起こした時の処理手順の対策を用意しよう。他の会社等が不正したとしても同様な不正をしているとみなされ消費が落ちる。つらい時代である。
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本物の三浦大根

2007年12月27日 | 築地市場にて
本物の三浦大根
今の一般に流通している三浦大根は昔の大根でなく、青首大根という品種です。本物の三浦大根は中太りの大きな大根で一本3キロ近くのもあります。おでん用の大根として煮崩れせず最適です。ナマス用の大根としても適しています。
 この大根が消えた理由は大きすぎて栽培に労力を要してことと、販売する店の売り場面積が狭くなったことと消費者の核家族化があげられます。とくに漬物用のとしては最適で今では幻の味となりつつあります。
ゆす味と三浦大根は昭和の貧しいときの日本の味です。京橋にあった大根河岸に
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本物の三浦大根が入荷して

2007年12月26日 | 築地市場にて
本物の三浦大根が入荷して
昔のサイズの三浦大根が築地市場に入荷すると正月気分になります。松飾もできて後数日で今年も終わり。いつも間に平成も20年たったということ。
 原油高騰の影響は本格的訪れそうでどんな工夫でこの状態を乗り越えるか研究中。白菜もダンボール入りから紐で縛っていた時代に戻るのでしょうか。ゴミの減量も今年から来年に向かっての課題。トータルで環境負荷を減らさないといづれコストは高くなる。
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漬物屋の五季

2007年12月25日 | 宅老のグチ
漬物屋の五季
12月25日は漬物屋にとって正月と言う季節の始まり。ほんの数日休むためとか区切りをつけるため正月があります。そのために漬物にもわずかながら正月だけのつけものがありましす。いまは昔と違って季節感が消えて年中無休となってメリハリの無いことです。
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不義にして富まず

2007年12月24日 | 趣味としての漬物
不義にして富まず
不正なことをして利益を上げないと言う長寿企業の家訓。食に関して時代とともに法と技術が変化してゆき、過去は正しいことであっても今は不正となる時代にあってたゆまぬ研究をしなければならないことはつらい。
 漬物の歴史はあまり知られていないので正しく伝える義務がある。これが日本の食文化の一つなのだから。
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沢庵水

2007年12月23日 | タクワン
沢庵水
昭和10年代の話です。日本橋三越で夏のイベントとして大ホールに海の水族館を企画しました。
 しかし、大水槽は山吹色の水で満たされ漬物の臭いがしていて、一目で海の魚が生きられない海水でした。海水を運んだのは神田の漬物屋の沢庵漬の空き樽を動員したことで水中にはヌカが無数に浮いていて使用に耐えず、翌日には慌てて淡水魚の展示に替えたそうです。
うえの 1965年7月号より
海水がもったいなくて樽を洗わなかったのでしょうか。築地市場の海水は太平洋の海水です。
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22.23日の雨

2007年12月22日 | 築地市場にて
22.23日の雨
一年で一番雪になって困る22日23日の天気予報は雪が少ないよう。影響が少なくすみそう。築地も置き荷をシートで覆うだけで何とかなるだろう。いよいよ最後の一週間築地市場を貫く環状2号線も事業化の予算もつきそうだし、浜離宮前の歩道橋の撤去も建設の一環だろう。
 電通前の工事中の環状2号線も驚くほどの混雑、工事が終わったら新大橋通りは酷くなって築地市場の中を抜け道として利用する人も出るだろう。恐ろしい。
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年末に向かって

2007年12月21日 | 築地市場にて
年末に向かって
たった数日を休むためにこのドタバタ。築地市場は荷物であふれ、止めの市までに何処かに商品が消えるのだろうか。観光客がふえてその中で働く。市場風景は次第に消えて、最後に残るのは築地市場だけになるのだろうか。日本各地にある、またはあった市場の風景が築地市場を除いて画一化し、または配送センター化して市場という風景が消えつつある。
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『明治おんな橋』平山寿三郎著

2007年12月20日 | 福神漬
『明治おんな橋』平山寿三郎著
正月の明治座で公演する川中美幸の芝居の原作を読む。期待はしていなかったが富貴楼のお倉の芝居と言うことで気になっていた。
 お倉は明治の政治の裏を知る女性で100年以上たった今ではあまり知られていない人だが福神漬と取り巻く人物がお倉の知り合いが多い。どんな縁があるのだろうか。
 期待に外れた本であっても巻末にある参考文献が次の捜索に役に立つ。
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川中美幸 明治座正月公演

2007年12月19日 | 福神漬
川中美幸 明治座正月公演
川中美幸の正月公演は『富貴楼のお倉』という。かねてから気になっていたのだが観るべきか見送るべきかためらっている。川中美幸のファンでない自分にとって内容によってはがっかりする恐れがある。
富貴楼のお倉はの明治の中頃、福神漬が創られた頃販売政策に何か関係ありそうである。
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『彰義隊』吉村昭著

2007年12月18日 | 福神漬
吉村昭の本
日暮里駅を降りて荒川区立日暮里図書館にむかう。目的はこの図書館にある吉村昭の資料室である。図書館は駅から5分ほどの距離にあり静かな下町にあった。ここにこの記念館があるのは彼がこの地で生まれたと言うことである。東日暮里は上野寛永寺の台地から崖下ということになる。上野戦争で敗北した人々の逃亡した道筋に当たる。
『彰義隊』吉村昭著を借りて読む。日暮里の人々にどのように上野戦争が伝わっているのだろうか。本の内容よりあとがきのほうが気になった。

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月収200万男(バブル時)が復帰して

2007年12月17日 | 築地市場にて
月収200万男(バブル時)が復帰して
怪我して1日休んだHさんが医者の手当てのコルセットを外して仕事に復帰してきた。ぶつかったフォークリフトは故障したという。年末は仕事も増えるので今でも高収入になるから休めない。しかし積んでいる荷物を見ると軽いものを選んでいるようである。重いものは社員に頼んであるのだろうか。昔に比べると一個あたりの重量が減っている気がする。これは日本人の体力がなくなったせいで蜜柑の箱は今では10kg入りから5kgに向かっているようである。スーパー向けの3kgも出てきた。女性の運転手が増えて一個あたりの荷物の重さが減った気がする。
 年末になると休市明けの駐車場確保のため前日に築地市場に車を止めるために出勤する人がある。これでますます混雑する。
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