年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

大判振る舞いしたコロナ対策費の宴の後で補填をどう財務省が画策するか2

2020年06月30日 | 宅老のグチ
色々な人が築地にいたとき来ていて投資話をしていた。生命保険のおばちゃんから生命保険の節税対策を聞かされた。法人役員保険で損金として経費計上しするなどがあったが行きすぎた営業活動で税収が減ると財務省の役人が規制をかけ節税の魅力が消えた歴史だった。年金受給者が増えている現状ではこれからも財務省の節税対策潰しは続くと予想される。その結果相続税対策は次のようにするしかないと思う。
1 死なないこと
2 財産が無いこと
3 日本人を諦めること
これしかないと思う。仮にうまく相続を乗り切っても受け継いだ子孫がうまく繋ぐかは解らない。江戸時代の日本は男子の長子相続が基本だった。結局幕末の混乱時期は子孫を作るだけの長子より、幕府で活躍した幕臣は養子が目立つ。才能が無いと次男三男以下の厄介は養子にも成れないで人生が終わり、市中で狼藉を働き家名を汚し、放逐される歴史だった。
 今は財務省が金持ちの海外節税を潰している。逃げる日本人と日本へ入る逃避金もある。地方の無税の山林も日本人には無価値と思うものも難民となれば価値が出るかもしれない。日本に資産があれば日本国籍が取れる時代が来る気がする。
逃亡したゴ-ンさんは複数の国籍があって正式なパスポートを複数所持していた。
 日本人もITのアカウントを多数持って活動している。比較として不適切かな。
要は金と知識があればよい時代となった。確かエストニアの国は電子化され、日本でもエストニアの銀行口座を持てる。日本が財政難である限り、節税は続く。なぜなら納税者は政治家の金の使い方に不満がある。国全体を考えることを築地の人に学んだ。目先の利益で行動するとそれが前例となり、窮屈となる。
 安売りが人件費を抑え、所得が減り、安いものしか売れない。衣服のセールの時期が決まっていて、欲しいものはセ-ルまで待つようになった。定価で売れない商品はセ-ル価格の値引きを予定し、割高な価格設定となる。
 価格の比較サイトの出現でこれも出来なくなった。
 
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大判振る舞いしたコロナ対策費の宴の後で補填をどう財務省が画策するか

2020年06月29日 | 宅老のグチ
まだコロナも終息していないのに政府とかテレビで第二波の感染を心配しているが財政が限界まで厳しくなっているのでどう決着を財務省の高官が考えるか予想する。
 来年再来年はオリンピック開催の有無を抜いても税収は大幅減だろう。仮にワクチンが早期に普及しても世界中の人に免疫が半分程度が免疫にならないと効果が無いという。スペイン風邪の例から2波3波の感染流行があると予測している。すると3年は落ち着かない。基礎的な仕事をしている人は関係ないがオンラインでも出来る仕事は大幅に競争が激しくなる。そこにはデジタル関係で心が面前より伝わらないことを懸念する。日本語の仲間内の言葉が創造することもあるだろう。
 理髪店で町の情報を聞くと来年のオリンピック開催はワクチンが普及していないので無理だろうと意見が一致した。仮に無観客で開催しても外個人も参加している国体と思われる。
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人形町の玉ひで

2020年06月28日 | 宅老のグチ
人形町に用があって、電車で行きたかったのが車となって昼頃親子ドンの老舗の玉ひでの脇を通ると歩道に大行列でコロナ以前の行列のようだった。店舗に入ったわけでもないのに外から見ると復活したように見える。間引きした客席かもしれない。コメント情報ではコロナ自粛期間は空いていたようだ。
 歩道を占拠する行列は中を想像する楽しみがある。7月より浦安大型遊園地が復活する。すでに予約のサ-バ-が混乱しているようだ。今なら毎日10万人が施設内をりようしていたのが報道ではかなり少ない様だ。これでは待ち時間が少ないし、仮に間隔を空けても顧客満足度は高いだろう。
 北京で露店商が排除されている映像があった。日本でも日本橋魚河岸は明治政府の悩みであった。北京の中央市場からコロナクラスタ-はかなり注目してよい。主義主張は日本と中国とは異なるが市場で働く人の発想法は金の世界で基本は変わらない。いいものを安く早い。従って業務が増えるほど衛生管理は手抜きする。日本でも行政が監視しなければ不衛生となる。それでも施設全体は個別企業の力では無理で軋みが生じる。
 中国の地方で露店を復活させ雇用確保している都市があるようだ。日本でも景観重視で規制でアジア的などぎつい風景だが一部では復活してよいのではないか。大阪はどぎつい風景が大阪らしさを出している。江戸の風景を出していた魚河岸は銀座の隣だったためいつも明治政府の欧米に追い付くということで嫌われていた。
 中国も大国意識が出来て、青空の復活とか道路や空き地を占拠いるみすぼらしい建物を撤去し、近代的な風景にしようとしている。でも安定した老人は古い生活を懐かしむこともあるようだ。コロナ後国内旅行が見直されるとどのような新状態になるのだろう。
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連日の多人数感染の圧力

2020年06月27日 | 宅老のグチ
電車で行けばシルバーパスで経費がかからないがここ数日コロナ感染者が増えている東京都民として都内移動でも電車利用は躊躇する。従って車移動だが世間の観察は出来ない。
 水曜日人形町の店へ福神漬を買いに行くが車の駐車場が満車で周囲をぐるぐる。玉ひでの店は外に大行列。断念。
 金曜日それでも無理して小田急下北沢へ行く。車移動では変化がないので5千歩以内だがようやく1万5千歩となった。邪宗門という下北沢ならではの隠れた喫茶店で駅から10分は歩く。ついて冷たいものを頼み、要件を話す。ここは下北沢地域の情報発信基地のようで若い人が秘かに自分だけの情報収集しているようだ。昔のジュ-クボックスがあるという。85歳の店長と特攻の件で話す。
 戦後75年下北沢の疎開した子供と特攻行く前の兵士との交流を書いた本がある。著者の連絡先を聞き、帰りに電車で人形町に降り、福神漬缶詰を10個買う。手土産にする予定。
 来週はコロナ次第で忙しい。郊外は車移動。
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初めて知る築地市場へ移転の二年の空白

2020年06月26日 | 宅老のグチ
閑に任せて東京荏原青果株式会社沿革史を図書館から借りる。東京の市場の歴史の本は分厚くて、昭和8年12月13日に完工していたのを見落とした。市場の中に入る業者の選定で2年ほど開業が遅れ昭和10年2月11日に築地市場が正式開業となっている。豊洲移転も結果として開業遅れは2年ほどとなる。
 荏原青果は今でも大田市場の青果卸会社として2番手の売り上げである。確か記憶では元は五反田にあって、跡地は今は品川区の高齢者複合施設となっているようだ。東京都品川区西五反田3-6-3 
 築地の跡地問題はどのようになるかはコロナで変わるが医療施設という案も出てきても不思議でない。
 さて荏原青果の社史は薄く簡潔な記述だが他の東京の市場の歴史書に比べ自由という感じがする。築地も神田も都電という交通手段の中心に市場があって買い出し人は便利だった。それゆえ荷物も集まり盛業だった。しかし郊外の地は住宅が増えていくけれど農家も混在してゆっくり拡大しているようだった。200坪くらいの青果市場が乱立し、競争していた記録となっている。今は自由な集荷と販売になっているが戦時体制の中で空襲を受けながら都民の基本的な食を確保していた歴史を知る。
 戦時というのは自由を圧迫する。それも食まで来ていた。


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コロナを言い訳にしたら明日は寂しい

2020年06月25日 | 宅老のグチ
今度のコロナは世界中に人を不安にした。そこで負けたら寂しい。人類は何度もこのような困難に対処していた歴史を知っている。多くは前の時代を克服した歴史だが記録のない負け歴史もあったはずで全部が全部克服した歴史とは思えない。
 負け戦は記録は少ないが負けた人の記憶に残る。新しい時代が始まったと考えた方が良いのではないか。昔の戦争と違って今度のコロナ大戦は世界中に戦病者が出た。多くは貧しい人や情報弱者で一家全滅の例が初期の中国から報道があった。今の日本の報道を見ていると退院できないコロナ患者はもともと持病があってコロナで重症化した人が残っている気がする。 
 些細な記録も次の戦いに記録と残る。まだマスクは不足も多い。ただ色々なところで工夫をしている。知恵なき人生は寂しい。
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コロナで経済が激減しているが

2020年06月24日 | 宅老のグチ
町田の自由民権資料館へ福島事件被告人の平島松尾の版画を探しに行く。この版画は小林清親絵で文は原胤昭で色々な文献に出てきて、原宿の大田美術館の小林清親展には田母野秀顕 の版画は展示されていたが印刷されたと文献にある他の二名花香恭次郎と平島松尾は見当たらない。花香は一度展示されたようだが平島はまだ町田の資料館の学芸員は見たこともないという。ただ福島の方に福島事件を研究していた人よりの寄贈文献にリストとしてあるようだ。
 昼前に着いたのでファミレスで食事をとるがマスクと温度の告知の紙があって、さらに店内のイスは間引きされその上、隣の席は着席遠慮の張り紙がしてあり、空間を開けるようにしていた。それでも昼食時は満席でなく、支払いを終えると20%引きのク-ポン券がレ-シ-ト共に渡された。これは厳しい飲食店の状況だろう。ここ数日都内でも30数名の新規感染者が出ていて国内の半分以上が東京都から出ている。なかなか隣の県には用もないのに行けそうにない。当分車外出となる。
 帰ると夕刊が届いていて広告を見ると少ない。多分リ-モ-トで新規の広告が取れないのだろう。何もかにも委縮経済となっているようだ。世界の国々が日本と同じように財政で経済をささえているため、インフレではないが低金利のため無茶な融資をしていて不安は残る。あまり聞いたことがないが森林地投資というものがあるようだ。意味不明。また原野商法が始まるのだろうか。バブル期に道路もない山林を未開発地として販売していた記憶があり、さらに塩漬けとなった土地を販売すると言って手数料を取るサギもあった。
 インフレもデフレも詐欺の種は尽きない。
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都知事の選挙公報で築地に触れるのはホリエモン新党のみ

2020年06月23日 | 宅老のグチ
あれほど騒いだ4年前の都知事の選挙で今度の都知事選挙の公報では三人しか触れず、それも一行だけの付けたし公約。前回の勝利者はさらに酷くて何も地下汚染が変化がないのに触れることもない。多分選挙が終われはオリンピック開催断念にならないように活動すると思うがもう都の金庫はか空っぽ状態である。
 暇なので電話が来て出ると共産党の支持者からで今回は棄権と伝える。あれほど地下汚染を騒いでいた看護婦出身の(都議会議員)候補者は築地の衛生状態を知っていて立候補していたのだろうか。地下の汚染を強調していたのに今回も前回と同じ候補者は都知事の公報では豊洲の地下汚染について言及無し。マスコミも豊洲の汚染を騒いでいたのは4年前だ。
 みんな記憶喪失となったのだろうか?
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コロナ後の新年会

2020年06月22日 | 宅老のグチ
毎年兄弟の新年会は一時弟が中国の会社に駐在していたため、帰国できる春節の日にちを選んで母を囲むのが恒例でだった。中国から帰国後も春節という制約は消えたが2月の適当な日を選んでいた。今年はコロナということでコロナ明けの日曜日に開催となる。
 話題はコロナによる激変対応の話となる。来月の東京のお盆で住職さんからの連絡でオンラインで行うそうである。これだと自宅で法事が出来る気がする。オンライン住職はまだ若く30歳前後である。
 自宅にパソコンやスマホのない人はどうするのだろう。でもコロナでオンライン法事は許容されそうだ。今度は法事の激変である。さらに今日の新聞広告(週刊ダイヤモンド)で町医者の所の患者が激減したようだ。たいした病気でもないのに医者通いしていた患者がコロナ感染騒動に驚いて通院を減らしているので収入が大幅に減ったという。いかに不要不急の医者通いが多かったか証明される。

 あと100日位で母が100歳となる。役所から記念品の話が来ているようだ。もう少し自粛行動しコロナ感染を防がないと悔いが残る気がする。話題は志村ケンさんの葬儀で感染したら骨で帰ることになるし、葬儀もできない。下手すれば二次三次感染で3回忌までできないこともあり得る。葬儀のバタバタは忙しさと会葬者への応対で悲しみを忘れるための儀式である。何もバタバタが無いと悲しみが長期に残る。
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サザエさんの家を見る

2020年06月21日 | 宅老のグチ
コロナで止まっていた建築関係の仕事が近所で増えた。解体している人たちはコロナ以前は外国人と思われる人たちが解体した建築廃材を積んでいたが今日見た2か所の解体工事ではすべて日本人のようだった。
 テレビのサザエさんの現物の家を見に行く。大田区久が原の「昭和のくらし博物館」昭和の26年頃に建てられた家で今でもそのまま残っている。初期のサザエさんの家とそっくりの風景が実像として見える。ここに行けば高齢者が昔のことを思い出すきっかけとなる。戦後も75年となれば木造で戦後の電化される以前の建築は不便ですでに大方改築されている。地方は昔ながらの家が戦災にも合わず残っているが東京の敷地は狭く、ある程度たったら売却して去るか再建築してしまう。昔は廃材の再利用だったが今の解体現場を見ていると金属とそれ以外に分別して廃棄しているように見える。再利用のできる部分は少ない様だ。
 記録と写真で昔を思い出すがやはりきちっと管理されている現物を見ていると思い出すことも多い。
 ここは同じだった、ここは違う使い方していたとかを思い出す。
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守秘義務から鶯亭金升日記をナナメ読み。

2020年06月21日 | 福神漬
 福神漬の命名者梅亭金駕のことを記録に残した鶯亭金升の日記は個人情報を簡単に察知されないように日記を書いている。このような事例は明治の時では普通の日記と漢文で書いてる日記を分けていた人がいる。幕末の佐倉藩の留守居役依田学海 のことである。
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4年前の都知事選挙で築地移転の問題が争点だったが

2020年06月20日 | 宅老のグチ
都知事の選挙が始まったが築地の移転問題を話す候補者はいないようだ。東京都中央卸売市場のHPではまだ依然として地下から汚染物質が出ているようだ。まだ選挙が始まって二日目だが20名以上立候補した人の写真もまだ5名しか張られていない。
 都議会の補選もあるようでそれぞれの意見を聞いてみたい。特に共産党の看護婦出身の人は前回の選挙であれほど豊洲の地下汚染を強調していたがすでに2年もたって都民の健康被害はあったのだろうか。豊洲の人からの聞こえる話は労働者の健康問題で豊洲経由の食品が汚染され健康を害したという話はまだ聞いたことは無い。あれは選挙のための大法螺だと開き直るのだろうか。
 東京などの大都市の消費者は季節で産地が変わり、水俣病などの例から特定の産地の食材で健康被害が出ることは知られている。市場経由の食品汚染はコロナのような伝染病で東京都が豊洲移転の必要性の根拠となっている。
戦前日本橋の魚河岸はコレラで大打撃を受け、夏季は今と同じように魚を扱う飲食店は休んだようだ。築地で汚染問題で歴史に残るのはビキニ環礁の水爆被害で築地のマグロから放射能が検出され、全国の汚染されていないマグロまで風評被害を受けた。当時の記録は確認していないが多分放射能の検知器は築地しかなく他の市場では検査しようがなかったと思われる。この件は福島や東海村の放射能事故で直ちに築地で検査ができた。東日本震災時に築地だけ常時放射能検査をしていた。この検査器は液体窒素を使っているので他の中央市場では維持費が高価なため所有していなかった。(今から思うとよくあの施設で稼働していた)
 福島の震災後の築地市場での放射能に関する講習会で築地の放射能の検査器のデ-タで今でもビキニの時代のセシウムが検出されるという。当然ロシアの事故も検出される。
今でも不思議だが震災後、個人が購入した放射能検知器を使って色々なところで身近な放射能検知をしていた。近所の公園でも高度な汚染があったと報道されていた。ところが築地市場の軍事以外の目的での最高の検査器があるのに築地市場自体の放射能汚染を調べた様子はない。今でも誰も疑問にしない。
 放射能分析に通常用いられるゲルマニウム半導体検出器 で豊洲市場で日々検査している衛生監視所の職員がいる。対立候補との選挙のための行動で時間が経てば忘れる。
 今度の選挙で築地市場の跡地の争点はコロナで消えたようだ。
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外出準備で

2020年06月19日 | 宅老のグチ
コロナで2月19日に外出し、鶯谷の豆腐料理店で友人と会ってから、介護系の用しか遠出はしていない。ガソリン給油も2か月で1回となって、バッテ-リ-への充電で車を動かす。停車していても常時録画のカ-ナビがついているので電気は消費している。この車もあと少ししか乗れない。高齢者は不要不急の用で事故を起こすと今は世間の目は厳しい。それによって消費が減る。行きたい所が多いが浅草がどう変化したか見てみたい。あれほど混んでいた都営浅草駅からカッパ橋商店街のはずれにある台東区図書館の道は外国人が激減しているのでどうなっているか興味津々である。
 築地も激変しているが頑張り屋が多くて大丈夫だろう。

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他県移動解禁を目指して

2020年06月18日 | 宅老のグチ
東京一極集中となったコロナ感染者都市から19日から不要不急の外出を考える。コロナの運び人として見られるのだろうか。
 移動解禁日にコロナの感染者の出た病院へ送迎運転する。コロナ期間は送り迎えだがすでに病院の案内では当事者の医者も復帰したようで、前回と言っても2週間前には落ち着いていた。今回は他の病院の例から丁寧な診察で患者が少ないからと言って短時間で終わるとは思えない。コロナの様子が解らなかったときは、道路も空いていたので有明のガン病院まで自宅待機で迎えに行った。タクシ-だって感染不安はある。あと3か月と少し我慢すれば自粛解禁と心に決めている。
 去年の梅雨は長かったが今年は短そうで、梅干しの季節が来そうだ。
 
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隠したい人間関係からコロナの感染拡大

2020年06月17日 | 宅老のグチ
どうやらコロナが終息に向かっているが、日本や韓国の事例から人間関係を隠したい濃厚接触から拡大しているようだ。中国も今は抑え込んでいるが国境の密交流から感染制御は出来ないだろう。つまりワクチンが出来るまでは油断大敵ということになる。
 中国も油断したようで北京食品卸売市場から感染が広まりつつある。市場はいつも思うのだが濃厚接触しないといけない雰囲気がある。
 築地では想定できない市場のロックダウンも豊洲ではあり得る。閉鎖空間で冷気のため換気は少ない。北京の市場封鎖は豊洲市場関係者も情報収集する必要がある。
 油断大敵 もしかするとコロナは第三次大戦の引き金になるかもしれない。
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