隠岐の島観光の名物『牛突き」 その年の横綱に送られる化粧まわし
いよいよ3日目。隠岐の島群島の中で最も大きな島「島後」と呼ばれる隠岐の島町を散策。
あいにく朝からの雨。3日間のうち初めて出会う雨をものともせず、傘をさしてホンの少し愚痴をこぼしながら。
目指すは「モーモードーム」の観光牛突き。闘牛ではない。飽くまでも牛と牛との力比べであり、牛同士のファイティングである。
完璧にしつらえられたドームの中には、お相撲で言う「土俵」に似た砂場がスリバチ状にこしらえてある。
花道から本日の横綱が土俵入り。といっても鼻輪をさばく人ともに走り出てくる。そのあとを化粧まわしを持った人が追いかける構図。
ひとしきり紹介があって、本日の挑戦者が入場。するとお互い相手を確認するかしないかのうちに、猛然と角突き合いが始まる。
ここが人間の相撲と異なるところ。見合いもなければ仕切り直しもない。いきなり力勝負が始まる。すごい迫力。
本来は完全に勝敗が決まるまで延々と続けるのだそうだが、観光用は「勝敗抜き」双方のモーモー力士に傷が付かない程度で引き分けに。
それでもゴツンごつんと15分は闘いが続く。
動物愛護団体から「虐待ではないか」と物言いがついた過去もあったらしいが、「牛を殺して牛肉を頬張る人間から、観光牛突きにそんな言いがかりをつけられた」と係りの人が皮肉たっぷりに説明してくれた。
その後はお決まりの隠岐神社参拝や、玉若酢神社の樹齢2000年ともいわれる八百杉の見学等々、史跡めぐり。
根っこより3mくらい上の方が胴回りが大きいと言われる八百杉。最大部分は、大人20人が両手を広げるほどだという。
何回も落雷の憂き目に遭いながらも、脈々とした生命は守り続けている。
とは言え、現在は直径40cっもあるヒノキの大木6本で支えられて、ようやく立っているのだそうな。
老いるということは、手厚い支えが要るということを改めて実感。
嶋での最後の昼食、「貝尽くしご膳」を頂いていよいよ帰途へ。
往きはよいよい帰りはこわい・・・・・・の真逆で、往きはこわい怖い、帰りはよいよいの「高速船レインボー号」。
波が低い上に、両翼で船体を浮かせて海面を滑るように走る高速船。往きの苦しみが吹っ飛んでしまう快適さ。
名残の景色を求めて甲板に出る。そこには遠ざかる隠岐の島全体が手を振っているように見える。
船室でからは見られない景色がそこここに。最後の奇岩「三郎岩」に別れを告げ、いよいよ2泊3日の隠岐の島を後にする。
隠岐の島を訪れなければ目にできない「三郎岩」
高速船の後方100mあたりを、イルカの群れが気持ちよさそうにジャンプして見送ってくれる。
まるで観光客の我々に感謝の愛想を振りまいてくれているような、写真ではない生の姿、貴重でで珍しい光景も。
そういえば、奇岩遊覧の時には、トビウオが30m、40mを飛び回って歓迎してくれていたのを思い出した。
その名の通り、船のすぐそばから飛び立ち、海面から50cm位を保ちながら見事に飛翔する。
境港港に着くと、最初に訪れた「水木しげる、妖怪ロード」を再びめぐり、妖怪列車に乗って米子駅へ。
特急やくもで岡山駅へ。それから新幹線で無事帰還。と、まあこんな行程でひとまず隠岐の島めぐりを チョン!!
最後に、旅先で拾った意外に興味深い「こぼれ話」は、いずれまた。 おあとがよろしいようで・・・。