夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「甘い卵」

2006-11-20 01:24:56 | 自作の小説

シャワーに体を打たせる 必要以上の力で体を洗う

指先が肩の古傷に触れた

苦い思い出が蘇る

まさか会うなんて!

たった一度 心弱り想いを抑えきれなかった・・・

あの頃 刑事だった

日本では滅多にない銃撃戦

肩を撃たれた

治療の為の休養中

様子見に寄ってくれた相手に 縋ってしまった

男の付き合っている女性は 自分の友人でもあったのに

ひどい女 最低の人間 刑事でいる資格なんてない

どれ程ずっと好きだった相手でも

辞職し 住んでいた街からも遠く離れ 何でも屋兼探偵を始めた

のたれ死んでも自業自得というもの

そう思って生きてきた 私は弱い その弱さを知ってしまった

{こんなにも貴方を愛しているの ずっとずっと 今夜だけは今だけは私を一人にしないで

この痛みと体の震えを忘れさせて 私は怖いの 恐怖に捕まって眠れないのよ

眠りたい だから}

強引にベッドへ 引き込んだ

何て醜い 無様な私

引き受けた護衛の仕事 依頼人をストーカーしている男は 以前にストーカーした相手を殺したらしい

逃亡中なのだと

彼は 犯人を 追い この町へ来た

幸い彼は一人ではなく組んでいる刑事と一緒だった

せめてもの償いに 彼に犯人をプレゼントしよう

ハードボイルドな探偵には なれそうにもない

そんな生き方もできない

でもソフトボイルドかシュガーボイルドなら 何とかなるかも

依頼人から聞いた犯人への手がかり

匂い・・・

甘い匂いがするのだと言う ケーキみたいな バニラ・エッセンス

製菓会社かケーキ屋さんで働いているのか

偽名で働いているなら 大きなところではないはず

こんな小さな町では 限られてくる

彼から見せられた写真の男の顔は目に焼き付けたし 髪形を変えたり髭つけた顔も想像してみた

目星をつけて一軒一軒あたっていこう

タウン誌のアンケート調査なる名目で 回る

後でタウン誌の仕事してる知人に記事を回せば 満更ウソにもならないだろう

三日目 私は その男を見つけた

坊主頭に白い服

依頼人の住むマンションからも近い場所だった

ケーキを作る職人のいる場所からも 買いにくる客の姿が見える

依頼人は小柄 細身 ぱっちりした二重瞼の大きな瞳と 犯人好みの容姿をしていた

後は仕事が終わるのを待ち 犯人を尾行し住所を確認するだけだ

ついて行き明かりのついた部屋と 郵便受けを確かめる

駅へ戻りながら 彼の携帯に電話をする

「ええ 今部屋に帰ってる 回ってみて」

電話してた分 反応が遅れた

おっそろしく切れそうな出刃が 闇に光る 襲ってくる

腕が熱い

あれを取り上げないと

蹴る?

右へ左へ避けながら 考える

ズッコンと間抜けな音でケリがついた

犯人が倒れ 彼が立っていた 工事中とかに よく使われる黄色と黒色のシロモノ抱えて

「無茶をする人だ」

会った時の私の様子から 何か他に手掛かりを持っているのではと―私をつけていたそうだ

犯人を連行し 腕の傷を縫ってもらっていた病院へ やって来た彼は そう言った

「全く会う度に傷が増えてる」

苦笑しながら軽く包帯に触れてきた

「放っておけない・・・」

「昔 一所懸命な若い同僚がいた その友人から彼女の事を聞くのは とても楽しかった

男はその同僚が撃たれるまで どんなに大事な相手か 気付いてなかった

それが思いがけず 告白され― 情熱と怒濤と感激の夜を過ごした

それが見事に置いてきぼり

随分これって薄情じゃないか」

「あの・・・」

「弄ばれて男は落ち込んだんだ」

「まさか このまま君を無罪放免にして又行方をくらませさせるほど 優しい男じゃないぞ」

うろたえる私に 彼は言った「一生 責任を取ってもらう あの事のあと すぐ買いに行った指輪だ

いつ何処で君を見つけても すぐ渡せるように ずっと持ってた・・・」

「貴方って・・・貴方は・・・」

私に何がいえただろう おろおろと たわいなく少女のように私は泣いた

「馬鹿だな」

「はい・・・」

その後?

彼の言うところの情熱と怒濤て感激の夜の再現

そして私の心も体も彼に逮捕されたままだ