海岸を少し 進むと 家が見える
もはや住む者のない廃墟の群れ
一軒一軒回って見る
鼠すら見ないのが異様と言えた
更に奥へ行けば 道は長い上り坂
左手には墓地 右手には はるか高所に鳥居が見える
石段 あれを上るには根性と体力がいりそうだ
「夜になるのが楽しみだ」亜貴欧がニヤリと笑う
「危なくない場所がいるが・・・」
「明るいうちに食べときますかね」
おにぎり 沢庵 焼いたハムの 簡単手抜きな弁当に 仕上げは1個ままのリンゴ
これさえも贅沢な食事ということになる
鬼が出るか蛇が出るか もっと厄介なモノが出るか
最近めっきり頼もしくなった相棒は 食べ終わると大きく伸びをし 周囲へ神経を向ける
「明かりが残るうちに上がってしまおう」そう言った
石段を足の長さに合わせて 一段飛ばしで上がる
歩数の節約だ
鳥居の先には何がある 神か それとも
祠にまつられているのは
禍々しい影を鳥居は落としていた
点在する祠の前には 剥がれかけた御札
何かが 封じてあったのか
それは祠を出たのか
一体何なのか
「さかしま 天の邪鬼 山の物の怪(もののけ)」 亜貴欧が呟く
歌が聞こえてきた
欲しい欲しい あの娘(こ)が欲しい
いらない いらない あの娘だけは いらない
とおりゃんせ とおりゃんせ ここは何処の細道じゃてんしむ様へ行く処この子を守るに 鳥居うち そっと通してくだしゃんせ
御札の無い者とおしゃせぬ
いきも危なし 帰りもこわい
こわいなりゃこそ 帰りゃせぬ かえしゃせぬ
何処からか聞こえるその歌は「とおりゃんせ」と 微妙に歌詞が違っていた
それきり歌は途絶え静寂が世界を支配する
神社の境内は広く 歩くうちに黄昏 藍闇の世界となり 丸い月が浮かぶ
「飛んでみようか?」と亜貴欧
こいつ正体は龍であるらしいのだ
黒銀の龍
ばさり・・・
人としての輪郭 外形が闇に溶ける
空へ龍が浮かぶ
メタモルフォーゼ
どんな仕組みかは判らない
だんだんコントロールできるように なってきているようだ
ゆっくりと 龍が降りて来る
ふわり
着替えが面倒なのか着物を1枚 裸にまとい 帯を結ぶ 慣れたものだ
「明かりはない 何かは息をひそめている
怖がりな化け物なのだろう」
何かを挑発するように亜貴欧が言う