言われてみりゃあ アレは・・・ 変わった女だったねェ
越してきてから十五年ばかし住んでいたのだったけ
別嬪は年を取らないと言うけれど
娘のように細い腰の それでいて妙に色っぽい女だったさね
ああ 猫はいたよ
なんだろ 行儀の良い猫だったね
どうやってか 器用に表の戸を 前足でくいくい引き開け出入りしていたよ
よく笑ってたっけ
「これで後出来できないのが畜生ですね」なんて
愛想もいいし
どっか出た帰りには同じ長屋の子供達に ちょっとしたお菓子など買ってきてくれてね
ああ お前さん あのご隠居に頼まれてのことかい
不思議講とかって おかしな話を集めているのだとか
猫の百物語が このたびのお題ねぇ
ああ そりゃ物好きな
あたしらは あの女(ひと)がいなくなってから ちょいと寂しいよ
夜にねぇ その女の部屋に泥棒が入ったんですよ
あの女はとびきりの美人さんだから そっちの目的もあったのでしょうよ
その泥棒は どうしてか随分恐い思いをしたのだとか
なんでもさ おったまげるような悲鳴がして おっかなびっくりしゃっくり 表を覗いたら
隣のあの女の部屋から腰を抜かした盗っ人被りの男が地面に着いた手と尻で滑って出て来る所でしたよ
そうそう「あわわ・・・」とか「化け物」とか口走ってましたね
何を見たのか 見たと思ったんだか
真っ白な顔をして
全身がたがた震えてましたっけね
身繕いでもしてたのか 暫くして きちんと帯結んで 胸に猫抱いてーあの女は出て来て
外にいる長屋のみんなに深く頭を下げました
「用心が甘いばっかりに お騒がせして申し訳ありません」
夜も遅いことで 腰抜かした男は縛り上げ 便所横の小屋に転がしといたんだけど 朝には逃げちまっててね
そのうえ ご迷惑かけたからーと出ていってしまいましたよ
あの女は
今頃 何処で どうしているのやら
え あの女の名前
それが どうしてか思い出せなくて
どうしたんだか なんて呼んでいたのでしたっけね
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