夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「藍の衣」ー2-

2020-08-20 20:58:23 | 自作の小説

ー2-

雨が降り続いている 普通の雨音ではなかった
その激しく降る雨の中 酔狂にも秋夜(しゅうや)が傘を手に取ったのは何故か先日見た蛇が気になったからだ
沼を泳ぐ黒い蛇
ただの黒ではなく中央が緑色に輝いている
その色目の美しさと泳ぐ姿の動きに心ひかれるものがあった

ーあの蛇は無事だろうかーと不意に気になったのだ

女嫌いの人間嫌いと噂されるこの男が

沼に行って逢えるものでもないのに

半ば自分を嗤いつつ彼は沼へと向かった

その沼へ向かう道で彼が遭遇したのは 蛇ではなく人間
それも女性だった

地面に座り込んで ただ雨に打たれている

背を覆う長い黒髪も濡れている
着ている着物もぐっしょり濡れて はっきり色が分からない
一体いつから濡れているのか

さすがに放ってはおけないーそう思ったものか

「道に迷ったにしても濡れない場所で雨宿りしたほうがいい」

女は秋夜を見上げて言った
「それすら分からない どうしてここにいるのか 己の名前も思い出せぬ」

まともに顔を上げた女は息をのむほど美しかった

秋夜が言葉を返せずにいると女はこうも言った

「気が付けばここにいた だからこのままいると思い出せやしまいかと こうしている」

女も随分な変わり者のようだった

濡れ続けていては風邪をひくーなどとは思わないのか


「死んだ母は俺が秋の夜に生まれたからと秋の夜と書いてー秋夜(しゅうや)と名付けた
随分能天気な名付け方だ
不便なら名前が思い出せるまで俺が呼び名を考えよう
取り敢えず この雨から避難しないか」

女は答えた「お前は随分と変わっている」

 

それでも女は秋夜についていき

秋夜は記憶を失ったこの女を銀季夜(しろがね きよ)と名付けた

近隣の者には 遠縁の娘として紹介することにする

 

事故で記憶が戻らぬゆえ 空気の綺麗なここで養生すべく預けられたのだと