軽く考えて使った?「大和魂」!
こんな無自覚で、見識・品位に欠ける大関で大丈夫か!
豪栄道の大関昇進の伝達式で発した「大和魂」発言は、豪栄道個人の思いとは別に、現在の相撲界が置かれている状況を踏まえないものとして、また大関の地位を踏まえないものとして、軽率、不見識でした。そこで、その理由について検証してみます。どのような発言であったか、以下の記事をご覧ください。
この発言が、豪栄道の個人的な体験を踏まえたものとして報道されていますが、同時にこの言葉がどのように使われてきたか、豪栄道自身の認識・見識が問われているように思います。同時に相撲協会自身が、この言葉を使ったことについて、どのように豪栄道を指導するか、そのことも問われているように思います。
この言葉が、一つには、モンゴル勢を意識したとしていることです。モンゴル勢のふぃ活躍は誰もが認めるところです。そして日本人力士のふがいなさも同様です。しかし、だからと言って、このような事実が「大和魂」と直結されてしまうところに、短絡的というか、言葉の歴史を知らないという現状が浮き彫りになったように思います。
この発言を、外国人力士はどのように受け止めるのでしょうか?また同時に日本人が、外国で、このようなこと自国民優先の発言、逆に言えば外国人を排斥するような発言をされた場合、どのように受け止めるでしょうか?これはヘイトスピーチに、またジャパニーズオンリーにつながるものとして、大変危険な、問題発言と言えます。
現在の相撲界が、モンゴル勢をはじめとした外国人力士の活躍で成り立っていることを、まず理解し、彼らに共感を寄せるべきです。相撲界という、極めて日本的な枠の中に入ってきて、そのシキタリに染まることで、奮闘している外国人に拍手をおくるべきでしょう。外国人力士を受け入れていなかったら、日本の相撲はどうなっていたことでしょうか?
大関昇進の豪栄道が口上「大和魂貫く」 7月30日 10時45分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140730/k10013395061000.html
大相撲名古屋場所で12勝を挙げた豪栄道が、正式に大関に昇進し、伝達式の口上で「これからも大和魂を貫いてまいります」と決意を述べました。日本相撲協会は、30日午前、次の秋場所に向けた番付編成会議と臨時の理事会を名古屋市で開き、豪栄道の大関昇進を正式に決めました。これを受けて、相撲協会の2人の使者が、豪栄道と師匠の境川親方が待つ伝達式の会場を訪れ、豪栄道に大関への昇進を伝えました。これに対し、豪栄道は「これからも大和魂を貫いてまいります」と決意を述べました。豪栄道は、大阪府寝屋川市出身の28歳、平成17年初場所で初土俵を踏み、低い当たりから左の前まわしを取って前に攻める相撲を持ち味に、名古屋場所では14場所連続で関脇に座り、昭和以降では最も長い記録となっていました。そして、名古屋場所では、白鵬と鶴竜の2人の横綱を破って12勝を挙げました。大関の誕生は、おととし春場所後の鶴竜以来、2年ぶりです。これで大関は、琴奨菊、稀勢の里と、いずれも日本人力士の3人となりました。(引用ここまで)
意図が透けて見える日刊スポーツの記事!
日刊スポーツ 豪栄道「大和魂貫く」短い言葉に心意気 [2014年7月31日10時44分 紙面から]
http://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20140731-1343350.html
大関昇進の伝達式で口上を述べる豪栄道(左から4人目)
新大関豪栄道(28=境川)が誕生した。日本相撲協会は30日、名古屋市内で秋場所(9月14日初日、両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇豪栄道の大関昇進を満場一致で決定。愛知・扶桑町の境川部屋で行われた伝達式で、豪栄道は「大和魂を貫いてまいります」と、大声で口上を述べた。予告通りの男らしい口上だった。出来山理事(元関脇出羽の花)と大鳴戸親方(元大関出島)を使者に迎えた伝達式。豪栄道は、大きな声ではっきり言った。
「謹んでお受け致します。これからも大和魂を貫いてまいります。本日は誠にありがとうございました」。師匠の境川親方(元小結両国)、おかみさんの美奈子さん(51)と一緒に考え、10回以上練習した口上を堂々と述べた。
短い言葉に心意気が詰まっていた。「大和魂」を選んだ理由を「日本人の我慢強さや潔さなど、いろんな意味がこもってる」と説明。その魂こそ、豪栄道の相撲道を支える礎だ。
名古屋場所は左足首と膝痛に襲われながら症状を口にせず、12勝して急転直下の昇進を呼び込んだ。厳しい師匠に「痛いのを耐えるのが男の美学だけど、こいつのど根性をあらためて見直した」と言わしめるほど、我慢強い。夏場所の鶴竜戦でまげつかみの反則負けとされても、言い訳はしなかった。「自分が弱いから、受け入れるしかない。強い人間はどんな時でも勝つんで」と潔さも併せ持つ。
大阪出身では44年ぶりの大関。モンゴル人3横綱が上にいる現状も大和魂を刺激する。北の湖理事長(元横綱)は「食い込んでいってほしい。大関は通過点として横綱を目指してやってもらいたい」と期待をかける。「横綱だけじゃなく、やるからには誰にも負けたくない」と豪栄道。次の目標を問われると「優勝です」と即答した。精進を続け、角界の頂点への道を進んでいく。【木村有三】
◆大阪生まれの大関 70年秋場所で昇進した前の山以来44年ぶり、昭和以降では2人目。前の山は、北河内郡庭窪村(現守口市)生まれで大関在位10場所、優勝はなかった。大阪生まれの横綱は、17年(大6)夏場所に昇進した第26代大錦だけ。優勝制度が確立した1909年夏場所以降で、大阪出身の幕内優勝者は大錦(17年初、20年初、夏、21年初、22年夏)と山錦(30年夏)だけで、49年夏の15日制定着後はいない。
<大関昇進時の口上>
◆シンプル四字熟語 一番多いのが「一生懸命」。初代貴ノ花に始まり、北の湖、若三杉(2代目若乃花)、千代の富士や朝潮、霧島、朝青龍ら。武双山は「正々堂々」、栃東は「努力精進」。
◆難解な四字熟語 変わったのは貴ノ花(貴乃花)の「不撓不屈(ふとうふくつ)」から。若ノ花(3代目若乃花)の「一意専心」、貴ノ浪の「勇往邁進(まいしん)」と続いた。白鵬と日馬富士は「全身全霊」、琴光喜は「力戦奮闘」、琴奨菊は「万里一空」。
◆個性的 病気がちな隆の里は「健康管理に努め…」、武蔵丸は「日本の心を持って…」、出島は「力のもののふを目指し…」と述べた。鶴竜は「お客さまに喜んでもらえるよう…」。初代若乃花は「ありがたくお受けします」、大鵬は「喜んでお受けします」だった。(引用ここまで)
日刊スポーツには書かれていませんが、貴乃花は、「不惜身命」という言葉を使ったことを忘れてはならないと思います。この言葉は、靖国神社の遊就館に陳列されている遺品の中にも使われていました。山本五十六でした。この言葉を貴乃花が、何故使ったのか、当時も説明はありませんでした。
豪栄道の発言に対して、二つのコラムを紹介します。この記事を読んで、
一つには、モンゴル勢に対抗する前に、もっとやることがあるのではないか!ということです。一つは、何故日本人力士が活躍できないのか。
二つは、モンゴル勢をはじめとして外国人力士が活躍するのは何故か。
三つは、外国人力士の日本人以上の日本人化はどこから来るのか?白鵬には日本人以上の日本人ぶりを観ることができます。これはモンゴル人の中にも日本人と相通ずる「心」があることを浮き彫りにしています。
四つは、ここに、相撲が果たしている国際的役割、平和こそ大切であることが浮き彫りになるのです。事実戦争によって相撲がどのように対応させられていったか、それを観れば明瞭です。
伊勢新聞 大観小観 2014年8月1日(金) [ホーム]
http://www.isenp.co.jp/taikan/taikans.htm
▼大相撲の関脇豪栄道の大関昇進が決まり、伝達式で述べた「大和魂を貫く」の口上がちょっとした話題になったようだ。その言葉に込めた思いを聞かれ「日本人の我慢強さ、潔さ」と答えている。良くも悪くも、本居宣長の和歌「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」を踏まえたものに違いない
▼松阪が生んだ国学の巨星・宣長は桜好きで、晩年特に傾斜したという。歌は六十一歳の作。文芸評論家の小林秀雄はその著『本居宣長』で「山桜が好きな想いが日本人だ」とあっさり解説したが、それでは山桜のどんなところが好かれるのかに各説あり、朝日に輝いている姿という言葉通りの解釈から、一斉に咲いて散る桜の生態を指すという説へ。そして「輝き」「潔さ」が「大和心」の精神とされた。吉田松陰は獄中で「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」と詠み、刑場に消えた
▼豪栄道の「大和魂」の「潔さ」もそんな思いを意味しているのだろうが、戦時中の国威高揚に利用された「パッと散る」との違いは「日本人の我慢強さ」を挙げていることでも分かる。「潔さ」と「我慢強さ」とは相撲の根っこでつながっている気がしなくもないが、一般的には別のことだろう
▼豪栄道の言葉では千秋楽の「ここ一番で集中できる精神力の強い大関になりたい」というのが好きだ。魁皇(現浅香山親方)や稀勢の里など、ここ一番でこける日本人力士に何度歯がゆい思いをしたことか。モンゴル出身の横綱が君臨する角界で日本人の意地を見せてやるという思いも「大和魂」に込めたと思いたい。(引用ここまで)
大和魂の大和とはどの地域のことか!?
日本人の歴史認識を再検討すべき!
侵略戦争の歴史を検証すべき!
北海道新聞 卓上四季 大和魂 2014・7・31
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/554265.html
久々に「大和魂」という言葉を聞いた。大関昇進を決めた豪栄道の口上である。年配の方はハワイ出身の日系人ボクサー藤猛が世界王座に就いた時、この言葉を絶叫していたのを思い出したかもしれない▼大和魂が最初に登場するのは源氏物語の「少女の巻」とされる。光源氏が長男を大学寮に入学させる理由を述べた際に用いられた。大陸からの漢学の知識に対し、日本人固有の実務・世事などを処理する力や知恵を指す(大辞林)▼変質したのは明治以降だ。日本の優位性を強調するあまり他国を否定的に見たり、犠牲的精神を美化したりする時も使われた。本紙も先の大戦中、特殊潜航艇による攻撃を「大和魂の体当たりを爆発させた」(1945年3月25日)と表現していた。この言葉を戦前の記憶と重ねて忌み嫌う人がいるのはわかる▼どういう文脈で使われているのか、注意する必要がある。自衛隊のイラク派遣差し止め訴訟の原告だった箕輪登さんは「やむにやまれぬ大和魂が私に行動を起こさせた」と語っていた。自分の中の「正義」と言い換えてもいいかもしれない▼新大関の言葉は大相撲の伝統を守り、発展させようという外連味(けれんみ)のない気持ちだ。1割に迫る外国人力士ともども切磋琢磨(せっさたくま)して盛り上げてほしい▼訂正があります。きのうの当欄で、自衛隊の服務宣誓文中の責務完遂に「努め」とあるのは、「務め」の誤りでした。(引用ここまで)
そもそも相撲とは何かです。以下をご覧ください。
相撲の歴史 - 日本相撲協会公式サイト http://www.sumo.or.jp/sumo_museum/history
相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として、毎年行われてきた。これが後に宮廷の行事となり300年続くことなる。(引用ここまで)
神事は平和をめざす営みだ!
相撲は、「神事」だということは、よく聞く話です。「農作物の収穫を占う祭りの儀式」とは、どこの国にもある思想です。日本においても、縄文以降の遺跡から発掘される遺物の中に、この生産を占うものが出てくることは周知の事実です。
ポイントは、生産は、人々の生活を保障し、その心を豊かにする営みです。この営みが戦勝祈願に使われたのも事実ですが、生産を祈願するとは、命に対する感謝の営みでもあるわけです。このことを考えると、また戦前に「大和魂」が侵略戦争に利用されたことを考えると、余りにも相撲道にも反する行為と言わなければなりません。相撲協会は、この「神事」の意味と果たしてきた役割を力士が、しっかり受け止めるように指導を改めていくべきです。
このことは、太陽信仰を現した「日の丸」と長寿を祝う「君が代」が、明治になって天皇制強化のためにスリカエ、利用してきた歴史と同じです。またこのような歴史を総括せず、曖昧にしてきた歴史を、今こそ清算すべきです。これは天皇の戦争責任を曖昧にしてきたこと、戦後自民党政権が侵略戦争であった大東亜戦争を反省して制定した憲法を形骸化してきた歴史と無関係ではありません。こうした歴史と同時に、以下の歴史に観るように「大和」「日本」論が曖昧なまま日本人の中に、使われてきたことと無関係ではありません。
豪栄道の伝達式の口上「大和魂」の由来は「四季を愛する女心」だった ...
http://matome.naver.jp/odai/2140670089642455901
大和魂 - Wikipedia http://search.nifty.com/websearch/search?select=2&ss=nifty_top_tp&cflg=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&q=%E5%A4%A7%E5%92%8C%E9%AD%82&otype=web_nifty_1
「敷島の歌」その後 - 本居宣長記念館
http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/shikishima_sonogo.html
舞の海の「外国人力士に対する排外発言」報道に疑問 講演動画見て 2014年5月30日http://www.j-cast.com/2014/05/30206304.html
以上、この「大和魂」「大和」「日本」論については、これまでも「日の丸」「君が代」問題をとおして記事にしてきましたが、今後も検証していきたいと思います