愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

辺野古基地建設を全国民的運動で中止させるためには何が必要か⁉本土と沖縄の対立構図は愚の骨頂!

2014-08-23 | 沖縄

粛々と辺野古基地建設を強行している本質的要因は日米軍事同盟深化論だ!

連日の抗議行動の中でも、「粛々」と進められている辺野古基地建設です。沖縄県民の意思は明確です。しかし、安倍政権が、名護市長選挙の結果を無視してまでも基地建設を強行するのは、沖縄と本土の分裂があるからではないかという愛国者の邪論の推論があります。そこで、このことを示す社説が出ましたので、以下検証してみたいと思います。

琉球新報の「沖縄差別」論は日米軍事同盟「廃棄回避」論だ!

以下の琉球新報の「沖縄差別」論は全国的団結の強化発展によって安倍政権を追い込んでいくという点で大きな問題ありと言わなければなりません。安倍政権の強硬論は、本当に「沖縄差別」から来ているのでしょうか?以下、検証してみます。ところで日米軍事同盟は沖縄だけの問題でないことは言うまでもありません。日本国民全体の問題です。日米軍事同盟が日本全体に重くのしかかっていることは、政治的、経済的、文化的問題として位置付けて考えていかなければならない問題ではないかということです。琉球新報は以下のように、指摘します。これを指摘されると、本土側は逡巡してしまいます。

日本の国土面積のわずか0・6%の沖縄県に在日米軍専用施設の74%が集中している。もし政府が沖縄を「平等」に置き「全ての権利が等しく保護されている」状態にあると主張するのなら、沖縄県内の在日米軍専用施設を0・6%まで縮小し、残りの大多数の米軍基地を県外に移設するべきだ。

確かに数字的に見れば、本土側が何も言えなくなるのは当然です。様々な「事実」を指摘しているからです。また実態としての基地の弊害が沖縄にしわ寄せをしていることも「事実」であることは誰も否定することはできないでしょう。しかし、この「沖縄差別」論からくる論理であるだから「本土も受け入れよ」式では、政府の分断によって、本土と沖縄の共倒れとなることは、沖縄施政権返還以来一貫していることです。これもまた「事実」ではないでしょうか?

「負担軽減」論の落とし穴!「負担解消」論こそ主張すべきではないのか!

沖縄からは、「本土で引き受けろ」「公平に分担しろ」論で本土の国民に迫るのです。本土は本土で、「うちに持って来られては困る」論と「分担しても構わない、仕方ない」論があります。しかし、オスプレイの訓練配備が「沖縄の負担軽減」を口実に、具体的にどのような方向に向けられているか、本土に訓練が移動したことで、沖縄の負担は軽減されたかどうかです。そのことも見ておかなければならないのではないでしょうか?沖縄の「負担軽減」とは何か。どんな状況になれば「負担軽減」は実現するというのでしょうか?辺野古基地建設は「負担軽減」どころか、新たな基地建設としての性格をもってものであることは、その工事内容を観ただけでも判ります。問題は「負担軽減」ではなく「負担解消」であることをきちんと位置付けるべきではないでしょうか?

逆に、本土の側からいえば沖縄に基地を負担していただく代わりに、国民の血税を沖縄にばらまくという手口が行われれてきたことについて、本土の国民は何も語っていません。「申し訳ない」と思っているのか、「当然」と考えているのか、「仕方ない」と考えているのか、自分たちでは解決できない問題だと諦めているのか、などなど、様々な要因が考えられます。自分のところに来ないでホッとしているという感覚ではないでしょうか?7これは原発災害が自分のところに来なくてホッとしている気分、災害をテレビで観ている気分ではないでしょうか?ここに最大の問題があるのではないでしょうか?当事者意識の欠落です。

沖縄を差別する真の差別者は誰か!本土か否か!

こうした意識状況のなかで、国見同士が負担の押し付け合いをしていて、一番、得をしている、利益を得ているのは、一体全体誰でしょうか?このことこそ、解明していかなければならないことではないでしょうか?そのことについて、琉球新報は何も語っていません。以下の視点が示唆的です。国連人種差別撤廃委員会の場で日本政府の代表は、「沖縄に居住する人や沖縄県出身者は憲法の規定により法の下に平等だ。日本国民としての全ての権利が等しく保護されていると語った」と紹介しています。しかし、この言葉を、沖縄県民と本土の国民が平等・公平に沖縄の米軍基地の負担を負うべきだという論理には、矛盾があります。それは、国連の国際人権規約の第1条の「全ての人民は自決の権利を有する」という思想にヒントがあることを指摘しない訳にはいきません。そもそも日本国憲法の人権尊重主義、地方自治制度を使うのであれば、これらの思想と原理に最も矛盾対立している日米軍事同盟の廃棄にこそ向けられていかなければならないということにならないでしょうか。

日米軍事同盟こそ、「沖縄差別」の思想的根拠である!

琉球新報は、日米軍事同盟を前提にして、これは動かないものだとして固定的に考えている、正当化しているのではないでしょうか。その思想を正当化するための「方便」「免罪符」として「沖縄差別」論を展開しているのです。そもそも「差別」論が「正当な」思想であるならば、「差別」の根源に、その批判の矛先を向けていかなければなりません。琉球新報の主張で言えば、「差別者」は本土の住民であり、行政であるということになります。ところが、「事実」は、そうではないでしょう。差別者は、アメリカ政府であり、日本政府です。それを結んでいる日米軍事同盟なはずです。この差別の根源に、その批判の矛先を向けて、この差別の大本である日米軍事同盟をなくしていかなければ、琉球新報の「差別」は永久に変わらないだろうということです。「差別」の温床である日米両政府と日米軍事同盟に手を付けず、本土と沖縄を分断している両政府に、その矛先を向けないところに、沖縄の「負担軽減」論という分断が入り込んでいるのです。あたかも安倍政権が沖縄県民の味方であるかのように振る舞っていることを観れば、「負担軽減」論の誤りは一目瞭然です。


琉球新報 <社説> 国連で辺野古議論/沖縄差別やめて工事中止を  2014/8/23 6:06
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-230520-storytopic-11.html
国連人種差別撤廃委員会が開かれ、日本の人種差別状況についての審査の中で、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設についても議論が交わされた。委員から「地元に関わる問題は事前に地元の人たちと協議して同意を得ることがとても大切だ」との指摘が出た。仲井真弘多知事が埋め立てを承認したとはいえ、世論調査では県民の74%が辺野古移設に反対の意思を示している。沖縄の民意と乖離(かいり)した知事承認をもって、政府が海底ボーリング調査などの移設作業を進めることは許されない委員会の場で日本政府の代表は「沖縄に居住する人や沖縄県出身者は憲法の規定により法の下に平等だ。日本国民としての全ての権利が等しく保護されている」と説明した。日本の国土面積のわずか0・6%の沖縄県に在日米軍専用施設の74%が集中している。もし政府が沖縄を「平等」に置き「全ての権利が等しく保護されている」状態にあると主張するのなら、沖縄県内の在日米軍専用施設を0・6%まで縮小し、残りの大多数の米軍基地を県外に移設するべきだ。同委員会は2010年に日本政府に対する見解として「沖縄における不均衡な米軍基地の集中が住民の経済的、社会的、文化的権利の享受を妨げている」と指摘し、その権利の尊重のために日本政府が適切な政策を講じるべきだとの勧告もしていた。
果たして政府は勧告に向き合ってきただろうか。むしろ正反対のことを実行したではないか。辺野古で新基地建設を強硬に進め、現場海域では海上保安庁が立ち入り制限区域外の船まで強制排除し、キャンプ・シュワブのゲート前では機動隊が工事車両を進入させるために住民の抵抗を阻んでいる。米統治下の沖縄で土地が強制接収された時の「銃剣とブルドーザー」に等しい暴挙が再び行われ、県民の権利を侵害している事態は許し難い。
国連の国際人権規約の第1条にはこう書かれている。「全ての人民は自決の権利を有する」。日本も1979年に条約を批准している。政府は沖縄の自己決定権を尊重し、直ちに辺野古移設の工事を中止するのが筋だ。委員による「住民の意思を尊重し、当然の権利を保障すべきだ」との声にこそ真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。(引用ここまで

村井宮城県知事の「全体の利益のため」論は日米軍事同盟の「抑止力」論を正当化するもの!

日米軍事同盟は日本国民全体の利益を保障しているか!そのデマを暴かねば!

「ベースにあるのは全体の利益のためだ。沖縄県民の皆さまも理解できない部分があろうと思うが、協力していただければ」「私は物事を判断するときは、自分の損得より全体の利益を優先してやってきたつもりだ」

上記の村井知事の「全体の利益のため」論は、戦前の大日本帝国憲法の「臣民の権利と義務」「国体護持」思想と同じです。ところが戦後の日本国憲法は、個人の尊厳を優先して、国家は個人の権利を保障するという思想で制定されているのです。村井知事は、現行憲法を尊重し擁護し遵守する義務を負っているのですが、戦前の大日本帝国憲法の人権思想と同じ立場で行政の長を担当していることを自ら表明したのです。村井知事の言葉をそのまま使えば、戦後における「全体」は、「国民」という意味です。沖縄の基地が「国民全体の利益を保障している」との思想を表明したに過ぎないものですが、これは誤りです。先ず、
1.戦後の沖縄基地が日本国民の利益を保障してきたかどうか、立証しなければなりません。
2.現在の段階で、沖縄が日本国民の利益を保障しているのかどうか、これまた立証しなければなりません。
3.この沖縄の基地が国民全体の利益を保障したという思想が正しいとするのであれば、日本国民は、沖縄に対して、全体の利益の代償として何を与えることができるか、村井知事も本土の国民も考えなければなりません。
4.また、このような思想が正しいとするのであれば、すべての個人の権利は「国民全体の利益の保障のために」規制されるということになります。こうした思想が国民に受け入れられるかどうか、です。

ところが、沖縄タイムスも、琉球新報と同じように、沖縄と本土を機械的に分離する思想に基づいて、沖縄の「負担」論を展開し、本土を批判しているのです。

辺野古で今起きていることは、沖縄と本土、沖縄県民同士の間に、精神的なくさびを打ち込むのに等しい。強権的手法で工事が進むにつれ、その亀裂は深まることが懸念される。…くさびを打ち込んでいる主体は誰なのか、冷静に見極める必要がある。沖縄に課し続けた安保の代償を踏み台に、経済成長を謳歌(おうか)してきた日本本土の側にこそ、そうした自覚が求められるのではないか。

「経済成長を謳歌してきた日本本土」論が如何に誤りであるか、原発・東日本大震災・限界集落などなど、日本資本主義の病理現象を観れば一目瞭然です。今必要なことは、

沖縄を軍事のとりでとし、中国との対峙(たいじ)姿勢を強める安倍政権の軍備強化路線は果たして国益にかなうのか。米海兵隊が沖縄に駐留しなくとも抑止力に影響しないことは軍事の常識だ。ジュゴンが泳ぐ自然豊かな辺野古の海は人類共有の財産でもある

と述べているように、安倍式「軍事抑止力」が日本国民全体の利益にかなっているのかどうか、そのことを本土と一緒に検討していくことではないでしょうか。そのことによって、安倍式軍「事優先の安全保障」が日本国民の利益にかなっているかどうか、日米軍事同盟は、日本国民全体の利益を保障しているのかどうか、人権と民主主義と相いれないのではないのか!国民的議論を巻き起こしていくことではないでしょうか。

因みに、村井宮城県知事は昨年8月、とんでもないことを言っています。ご覧ください。

御国ためには血を流せ発言の宮城県知事を糺し辞任を求めない日本のマスコミは麻生発言の延長線上にアリ! 2013-08-12 
http://blog.goo.ne.jp/aikokusyanozyaron/e/849e93a4d3e29a88a0df3397408abf05

沖縄タイムス  辺野古掘削調査/強権的手法に理はない  2014/8/20 8:07
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=80358
キャンプ・シュワブのゲート前には、民間警備員が立ちはだかり、その奧には県警機動隊員らが控えている。海上には、大幅拡大された立ち入り禁止海域にブイ(浮標)やフロート(浮具)を張り巡らし、海上保安庁のボートが厳重な警戒を続けている。こうした異常な状況下、辺野古の海にボーリング調査のくいが打たれた。辺野古で今起きていることは、沖縄と本土、沖縄県民同士の間に、精神的なくさびを打ち込むのに等しい。強権的手法で工事が進むにつれ、その亀裂は深まることが懸念されるくさびを打ち込んでいる主体は誰なのか、冷静に見極める必要がある。そんな中、圧倒的な権限で工事を強行する政府の立場を後押しする見解が、他県の知事から飛び出したことは残念でならない。
宮城県の村井嘉浩知事は18日の記者会見で、ボーリング調査について「ベースにあるのは全体の利益のためだ。沖縄県民の皆さまも理解できない部分があろうと思うが、協力していただければ」と述べた。放射性物質を含む指定廃棄物の最終処分場候補地で、国のボーリング調査を受け入れる方針を表明している村井氏は「(処分場問題は)辺野古とは全く次元が違い、同列に扱うことはない」とした上で、「私は物事を判断するときは、自分の損得より全体の利益を優先してやってきたつもりだ」と強調した。普天間飛行場の辺野古移設が果たして「全体の利益」にかなうのか。「全体」とは何を指すのか。沖縄県民を指すのであれば明らかにノーだ。新基地を造ってしまえば後は何とかなる、というのが政府の本音だろう。だが、県民にとって辺野古移設は新たな負担の始まりだ事件事故や有事の際に標的にされるリスクを、住民は子や孫の代まで背負わなければならない。
凄惨(せいさん)な地上戦を経て、戦後も「軍事の島」であることを余儀なくされた県民にさらなる負担を押し付けるのは許せない。沖縄に課し続けた安保の代償を踏み台に、経済成長を謳歌(おうか)してきた日本本土の側にこそ、そうした自覚が求められるのではないか。
沖縄を軍事のとりでとし、中国との対峙(たいじ)姿勢を強める安倍政権の軍備強化路線は果たして国益にかなうのか。米海兵隊が沖縄に駐留しなくとも抑止力に影響しないことは軍事の常識だ。ジュゴンが泳ぐ自然豊かな辺野古の海は人類共有の財産でもある。軸足をどこに置いても辺野古移設に理はない。
アルフレッド・マグルビー在沖米総領事は「反対運動をしている沖縄の人は0か100しかない。建設的な、意味のある対話はできない」と語ったという。建白書に盛り込んだ普天間の県内移設断念要求は、沖縄が抱える基地負担のごく一部の軽減を求めたにすぎない。「0か100」という指摘は全く当たらない。
沖縄の保守政治家にも反対が広がっているのは、民主主義に反する政治に強い危機感があるからだ。23日にはゲート前で大規模な抗議集会も開かれる。県民は常に「意味のある対話」を求めている。(引用ここまで


今日は日本が第一次大戦に参戦した日!愛媛新聞社説にアッパレ!軍事同盟の是非は現代的課題!

2014-08-23 | 集団的自衛権

日本の参戦の口実は日英同盟!ゲンダイは日米軍事同盟!ぴったし!

今日は、第一次世界大戦の日本が「日英同盟のよしみ」で参戦した日です。このことを愛媛新聞が社説で取り上げました。その前に、愛国者の邪論が、これに関連した記事を書いておきましたので、まずご覧ください。

安倍首相派の狙う集団的自衛権論!その教材は日英同盟と三国同盟にアリ!事実は侵略戦争そのもの! 2014-04-08 
http://blog.goo.ne.jp/aikokusyanozyaron/e/0688b717be9948369ee25aad353cc74a

海外侵略のために軍事同盟を利用した藩閥政権と財閥!

戦争をやれば儲かる神話が着々とつくられた事件として記憶しておかなければ!

愛媛新聞  第1次大戦「参戦」100年/集団的自衛権の教訓忘れずに  2014/8/23 10:06
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201408239278.html
戦争とは、かくも気楽に始まったのか。31カ国が人類史上初の「総力戦」を4年余も繰り広げ、千数百万人の死者を出した惨禍を思うにつけ、当初の浮かれた雰囲気に強い衝撃を覚えるとともに、深い悔恨の念に堪えない。
1914年のきょう、日本は日英同盟に基づきドイツに宣戦布告。7月末から始まっていた大戦に参戦した。日本は、ドイツが植民地支配していた中国の青島や南洋諸島を攻略。地中海に艦隊を派遣、300人以上の戦死者も出したが、ほとんどの日本人は悲惨な実態を知らぬまま勝利に沸いた。メディアもむしろ国力を高める好機とはやし立てた節が見える。「日本も愈々(いよいよ)戦争のお仲間入り!」(海南新聞8月10日)「日独開戦!血湧き肉躍る其第一声を聞け!!」(同25日)…。
今こそ、今度こそ、歴史の手痛い教訓に真摯(しんし)に学ばねばならない。第1次大戦は、わずか20年余り後の第2次大戦も防げなかった。その過ちを二度と繰り返さないよう、平和への不断の努力を続け、不戦の誓いを新たにしたい。
とりわけ忘れてはならない教訓は、日本が大戦に加担した直接の理由が、日英同盟という現在の「集団的自衛権」にあった点である。集団的自衛権とは、同盟国と共同して第三国を攻撃し、また防御するために結ぶ軍事同盟で、他国防衛を目的とした「参戦の制度」でもある。100年前も「大いに英を援(たす)けん」(同3日)と、進んで加わった気配がうかがえる。
にもかかわらず、安倍政権は節目の今年、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を閣議決定。自衛隊の海外での武力行使に道を開いた。
「抑止力」は「威圧力」。他国に警戒心を与え、直接敵対関係にはない国とも戦争を強いられる可能性もある。行使容認は国民を守るどころか危険にさらす暴挙であり、重ねて強く撤回を求めたい。
また安倍晋三首相は1月、スイス・ダボス会議での会見で、日中関係を第1次大戦前の英独関係に例えた。今年というタイミングで負の歴史を持ち出せば不用意、軽率とのそしりは免れまい。世界が不穏な今こそ、日本の振る舞いにも慎重さが求められる。オーストリアのフィッシャー大統領は6月、サラエボでの平和式典で「戦争は問題解決の最後の手段ではなく、最後の間違いだ」と述べた。間違いを黙って見過ごし、知らぬ間にまた戦争に引きずり込まれないよう、歴史の愚かさをあらためて胸に刻みたい。
「おまちかねの舞台はいよいよ今日から開幕」—。五輪か何かと見まがうような文言は、100年前、愛媛新聞の前身「海南新聞」の1面に躍った、第1次世界大戦を伝える見出しである。 引用ここまで

この欧州戦争に参戦したのは、「天祐」と捉えていた思想があったからです。何故「天祐」か。

1.日露戦争の莫大な借金返済にあたって、国民に巨額な増税を課していたこと。日露戦争は勝利と宣伝したものの賠償金が取れず、臥薪嘗胆の掛け声に騙された国民は、戦死者や戦費調達のための増税に苦しんでいた。

2.そのことで全国各地で反政府運動が起こっていた。すなわち労働運動・農民運動、社会主義運動、普選運動、女性解放運動などなど、人権と民主主義を求める運動が藩閥政治に対する不満、日清日露戦争でお儲けしていた「政商」から「財閥」へと成長は天していた資本家勢力への不信として発展していたこと。

3.財政難による軍事費削減が課題でありながら、海軍の汚職事件が起こり、薩長藩閥政権の政治は危機的状況であった。第一次護憲運動と言われているように桂太郎(長州)内閣、山本権兵衛(薩摩)内閣が倒され、大熊重信(肥前)内閣によって切り抜けようとしていた。

4.中国では清国政府が倒される辛亥革命が起こり、帝政から共和政に移行していたこと。大日本帝国にとって好ましくない事件であったこと。

5.こうした危機的状況を戦争によって解決できると政権が考えたこと。このことは対華21か条要求に「日本」=藩閥政権と財閥のネライが浮き彫りになります。市場と資源の強奪です!


以上の内容は、以下の高校の日本史でも学習しているところですが、愛国者の邪論や愛媛新聞のような視点で教えているかどうか、以下ご覧ください。
NHK高校講座 | 日本史 | 第34回 第一次世界大戦 - NHKオンライン
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/resume034.html
日本は、イギリスと日英同盟を結んでいたことを根拠に、この戦争に参戦します。当時、ドイツは中国の山東半島に鉄道や鉱山などの権益を持っていました。日本は、ドイツを攻め、これらの権益を手に入れようと考えたのです。そして1914年8月、ドイツに宣戦を布告しました。9月には、山東半島に日本軍が上陸し、アジアでのドイツの拠点だった青島を占領しました。
日本の参戦の背景  青島・一等国・井上馨の発言
日本が参戦した理由を考えるため、大戦前の日本の状況を見てみましょう。実は日本は二つの大きな課題を抱えていました。一つは、「一等国」として軍備拡張を続けたことです。その結果、増税路線も継続することになりましたが、国民からは税の廃止や減税を求める運動が高まることになりました。そして第二は、イギリス、アメリカなどへの負債、つまり借金が増え、また貿易赤字にも苦しんでいたということです。こうして行きづまっていた日本の前に起きたのが第一次世界大戦だったのです。例えば、当時78歳だった元老の井上馨は次のように言っています。
「今回欧州の大禍乱は、日本国運の発展に対する大正新時代の天佑。」「東洋に対する日本の利権を確立せざるべからず」
天佑とは天の助けという意味ですが、大戦に参戦することで国の内外のさまざまな問題を一挙に打開していこう、あるいは打開できると考え、その意味で天佑と言ったのです。そして、アジアにさらに大きく進出していくべきだとも言っています。
日本の支配権・列強による清の支配
当時ドイツは中国では山東半島の膠州湾(こうしゅうわん)地域を1898年から租借していました。また太平洋では、19世紀末にスペインから購入したマーシャル諸島、カロリン諸島、アメリカ領のグアムを除くマリアナ諸島などを支配していました。日本の軍部や加藤高明外相は、連合国側に立って参戦することで、これらの地域を手に入れようと強く望んでいたのです。日英同盟の趣旨からすると必ずしも参戦しなければならないわけではありませんでした。日本の思惑については、イギリスやアメリカ、そして中国から懸念が出されました。しかし日本は日英同盟を盾にとる形で、1914年8月、開戦から1か月後に、かなり強引にドイツに宣戦布告したのです。日本はまず山東半島に兵を送り、青島のドイツ軍を降伏させました。またドイツが経営していた山東鉄道も占領しました。一方海軍は南洋諸島に艦隊を派遣して10月には占領し、この地域に軍政を敷きました。つまり軍が統治に当たったのです。そしてもう一つの大きな出来事が、ポイントにある中国への「二十一か条要求」です。これについて見る前に、当時の中国の状況を確認しておきましょう。…

日本の第一次世界大戦参戦 - 世界史の窓 
http://www.y-history.net/appendix/wh1503-018.html
イギリスとの日英同盟を口実に、1914年8月に第一次世界大戦に参戦し、青島のドイツ基地を攻撃した。 ... 元老井上馨は「日本国運の発展にたいする大正新時代の天佑(天の助けの意味)」と言ったという。1914年8月7日、イギリスが膠州湾の青島を拠点と ...
23 大正政変~第一次世界大戦
http://www.kenjiishida.jp/%E9%80%9A%E5%8F%B2/%E5%A4%A7%E6%AD%A3/23%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E6%94%BF%E5%A4%89/

戦争を起こす側の思惑と様々な出来事の本質を見抜く眼を磨いて!

この第一次世界大戦に参戦した理由は国内の危機を外に逸らすことで、国見を一つにまとめること、ナショナリズムを煽ることでした。同時に戦争によって大儲けを保障してやることでした。「大戦景気」と呼ばれる現象です。この現象は中国・朝鮮の民衆の犠牲の上に成り立つものでした。同時に日本の民衆の低賃金・長時間労働によるものでもありました。こうした膨張政策が、1931年9月18日の柳条湖事件を準備する役割を果たしていったのです。戦争の芽は、その事件の10年以上も前に作られている好例・教訓です。そうした視点で、戦後政治を捉えておく必要があるように思いますが、如何でしょうか!?

「安保繁栄」論・「安保ビンの蓋」論を排して日米軍事同盟廃棄から日米平和友好条約締結へ!

この参戦の最大の教訓は、軍事同盟をどうするかということです。愛媛新聞は、このことについては語っていません!愛国者の邪論は、日米軍事同盟を廃棄し、日米対等平等の、憲法と国連憲章を活かした日米平和友好条約の締結を提案しています。しかし、この提案は、政党では共産党しか主張していません。日本のマスメディアは、この問題については容認論の立場です。比較的進歩的と言われている研究者でさえも、容認派が多数となっているのです。これが日本現状です。このイデオロギー状況をどのようにして変革していくか、そのことが鋭く問われているのです。同じ過ちを繰り返さないためには、軍事同盟「安全神話」論、「安保ビンの蓋」論を克服しなければなりません。