今日の「朝日」の「社説」、「安倍元首相―思慮に欠ける歴史発言」には、小アッパレをあげたい。この「社説」に対して、今後どのような反応が出てくるか、楽しみだ。小アッパレの理由は、「自分なら近隣国との外交をこう前進させるという展望を、しっかり示す責任が伴う。その覚悟なしに持論にこだわるなら、一国の政治指導者として不適格だ」という意見について、一言あるからだ。
この指摘そのものは、全くその通りだ。この「朝日」の指摘に安倍氏は応えられないだろう。そういう器ではないからだ。だが、これだけでは、従軍慰安婦問題は、根本的には解決できないと思う。「朝日」の立場からすれば、もう一歩踏み込めないことは、当然すぎるくらい、理解しているつもりだ。だが、なのだ!
その点、「従軍慰安婦問題は第三者の国際機関で決着するしかない(上)」で書かれている、以下の指摘は、まさに正しい。http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/44276484.html
実際、日本の歴史認識問題の不明瞭さは、天皇をはじめとする戦争責任が曖昧にされたことに起因する。責任者を明確に断罪することを考える必要があろう。
そうすれば、戦争に責任のない日本の戦後世代は「いつまで自分たちまで責任を負わせられるのか」と悩むこともなく、精神的に解放されるであろう。言うまでもなく、戦争責任を曖昧にした張本人はGHQの実体である米軍、米政府である。冷戦対策からA級戦犯らを無原則に釈放し、反共に利用したことに主因がある。(引用ここまで)
「朝日」の健闘はここまでとして、同時に、問題にしなければならないのは、「毎日」のコラム「風知草:慰安婦論争史を読む=山田孝男」(09月03日 東京朝刊)だ。
これは、従軍慰安婦問題に対して、曖昧にしてきた「毎日」のスタンスがでたのだろうか?「社説」にはでていないので、断ずることはできないが、「産経」政治部記者で、現在は首相官邸キャップを務めるという阿比留 瑠比氏が「今朝の毎日新聞に目を通し、少し驚きました」「全体の文意は留保を置いたあいまいなものですが、それでも『私自身、見直しに賛成だ』と明確に書いてあります。山田氏個人の意見であり、社論とは異なるのでしょうが、『うわぁ、あの毎日新聞でとうとうこういう意見が表明されるようになったか』と新鮮な思いがしました」とブログで書いているが、「なるほどな」と思った。http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2828079/
このような輩から「新鮮な」と評価されるように、この問題についての「変化」に対しては、徹底して異論を唱えていく必要がある。
そこで、山田氏が「労著」として評価した秦郁彦氏の「慰安婦と戦場の性」について、どのような批判が出されているか、調べてみた。いくつかを紹介しておこう。
秦郁彦『慰安婦と戦場の性』批判『週刊 金曜日』290号、1999年11月5日 林 博史
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper44.htm
秦郁彦の「慰安婦と戦場の性」の知られていない事実(1)
http://d.hatena.ne.jp/abesinzou/20070531
以上のような資料があることを紹介しておこう。愛国者の邪論は「研究者」ではないので、秦氏の指摘に一つひとつ指摘することはできないので、今日のところは、紹介するに留めておこう。
もう一つある。それは軍の関与を指摘した以下の資料だ。
「陸軍慰安所の設置と慰安婦募集に関する警察史料」 永井 和
http://nagaikazu.la.coocan.jp/2semi/nagai.html
女性のためのアジア平和国民基金編『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』1~5(龍渓書舎、1997・98年)を入手したので、その中からいくつかの史料を紹介する。この資料集は、1991年12月以降に実施された日本政府の調査で発見された関連資料の影印復刻版である。影印版であるため、より原史料に近い形で史料に接しうるメリットはあるが、採録されている史料のかなりの部分がすでに吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店、1992年)に収録済みであり、その意味ではとくに目新しいものはないともいえる。しかし、1991年と92年の二度にわたる政府発表には含まれていなかった内務省史料が、少数ではあるが、警察庁関係公表資料として第1巻の冒頭に収められており、日中戦争の初期段階で慰安所の設置と慰安婦の徴集とに軍と警察がどのように関与したかについて、従来知られていなかったきわめて興味深い事実を明らかにしている。
警察資料は、その重要性が指摘されておりながら、非公開のために今までほとんど利用することができなかった。慰安婦問題を考える上でこれは大きな制約となってきたが、この資料集に収められた警察庁関係資料は部分的とはいえこの欠落を埋めるものといえる。
まず最初に、資料集第1巻に収録された警察庁関係公表資料の全タイトルを紹介する。次の10点である。このうち、1と8-2は外務省外交史料館所蔵の外務省関係資料にも同じものが含まれており、前記吉見編資料集などですでによく知られているものである。(引用ここまで)
上記の説明に掲げられている資料の作成に尽力された吉見義明氏の著書をあげておこう。ここに掲載されている事例をあげることはしないが、山田氏には、こうした書物に書かれている事例と秦氏の「労著」を比較してコラムを書いていただけるとありがたい。
吉見義明『従軍慰安婦資料集』(大月書店)
吉見義明・林博史『共同研究日本軍慰安婦』(大月書店)
吉見義明・川田文子『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(大月書店)
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)
ことは、「対韓戦後賠償」問題ではないのだ。山田氏は日韓基本条約(65年)で「完全かつ最終的に解決され」「確認を交わし」たとしているが、強制連行や植民地問題にしても、その後日本の政治家がどのような発言をしてきたか、そのことで韓国人をどれだけ怒らせ、傷つけてきたか、そのことを山田氏は、率直に語るべきだろう。
「新たな補償はしないと決めたにもかかわらず、勢いに押されて相手に期待を抱かせる表現を盛った」という「河野談話」という認識からすれば、「見直しに賛成」となるだろう。だがこれは、先ほど述べたような政治家の暴言・妄言の根底にある植民地正当化論、さらに言えば、戦前の皇国史観に対する立場を正当化することにならないか、そのことについて、山田氏はどのように考えるか、明確にすべきだろう。
「河野談話の存廃だけを争って国論の分裂を招くことは避けたい」としているが、事実上、決着のついている問題を蒸し返している「産経」をはじめとした大東亜戦争肯定論者たちにこそ、この問題の本質的役割がある。
つい最近、共産党笠井亮衆議院議員の尽力などのあり「明成皇后国葬都監儀軌」が返還された。このことは、慧門『儀軌』(東國大學出版部)・笠井亮「党創立九〇年 党史の力、野党外交の力-『朝鮮王朝儀軌』返還のとりくみを中心に」(「前衛」12年7月号)に詳しい。このことの意味が大切だ。朝鮮王朝をはじめとした朝鮮の文化財をどれだけ強奪してきたか、これも調査・整理し、返還する必要があるだろう。
こうした植民地支配の負の遺産を克服しない限り、条約を交わしたからと言ってチャラにすることはできないことは明らかだ。当時の政府=国家間における「条約」が成立したからと言って、国民が納得するかどうか、それは別問題だ。とりわけ加害者と被害者の関係を無視して論じることは、非生産的だろう。山田氏には、このことを肝に銘じて発言をしてほしい。
最後に一言、明成皇后が、日本軍などによって無残に暗殺されたこと、しかも死体を辱めたこと、こういうことを、従軍慰安婦を否定する輩はどのように受けとめ、反省し、朝鮮人民に対してどのような態度を取るか、こうした歴史の一つ一つにきちんと向き合うことこそ、真の友好と連帯の関係がつくられるのだろう。このことを安倍氏や山田氏には言っておきたい。
「毎日」のコラム風知草と「朝日」の社説を資料として掲載しておこう。
風知草 :慰安婦論争史を読む=山田孝男毎日新聞 2012年09月03日 東京朝刊
事ここに至った以上、「慰安婦」をめぐる日韓摩擦は原点から見直したらいい。
韓国大統領は「竹島上陸の動機は慰安婦問題」だと言っている。日本政府の対応があいまいなために韓国は不満、日本国民も不満。諸外国で「慰安婦は日本軍独特の蛮行」という理解が広がっている。なぜこうまでこじれたか。経緯を知り、誤解を解く努力も必要だ。
問題の原点を知るには現代史家、秦郁彦(79)の労著「慰安婦と戦場の性」(99年、新潮選書)が参考になる。慰安婦の実態から国際比較まで書き込んで慰安婦百科の趣があるが、第1章(=冒頭16ページ)が特に重要である。日韓摩擦の発端を解明して読み応えがある。
秦は保守の論客、右寄りの評論家と見られているが、真骨頂は徹底的な実証主義にある。近著「陰謀史観」(新潮新書)でも、張作霖(ちょうさくりん)爆殺事件(28年。日本の関東軍による謀略と見るのが定説)はスターリンの陰謀だったという右寄りの異説を緻密な立証でやっつけており、イデオロギー色は薄い。
元大蔵省(現財務省)財政史室長。退官後、米プリンストン大客員教授。「昭和史の謎を追う」(文芸春秋)などで93年度菊池寛賞受賞−−。
その秦がこう言っている。90年代以降、慰安婦問題が先鋭化する原因は日本がつくった。旧日本軍による慰安婦募集を裏づける資料を日本人の研究者が発掘、朝日新聞(92年1月11日朝刊)が1面トップで報じ、大反響を巻き起こした。 他のマスコミも追随して両国の世論が沸き立つ中、直後に訪韓した宮沢喜一首相は謝罪を余儀なくされ、「真相究明」を約束して帰国する。日本政府は実際に調査し、それを踏まえて公表されたのが93年の河野洋平官房長官(後に自民党総裁、衆院議長)談話である。 談話のミソは、戦時中、日本兵の相手をした慰安婦(植民地支配下の朝鮮半島出身者が少なくなかった)に対する旧軍の責任を認めて謝罪し、その「気持ちを表す方法を検討する」という決意表明にある。
だが、対韓戦後賠償は日韓基本条約(65年)で「完全かつ最終的に解決された」と確認を交わしている。新たな補償はしないと決めたにもかかわらず、勢いに押されて相手に期待を抱かせる表現を盛った。
そこで日本は半官半民の「アジア女性基金」を設けて元慰安婦に「償い金」を渡す一方、歴代首相が謝罪を重ねたが、評価されず、補償要求はエスカレート。今年5月の首脳会談で李明博(イミョンバク)大統領が慰安婦問題の解決を求め、野田佳彦首相が「知恵を絞ろう」とソフトに応じたところ、かえってこじれたというのが目の前の現実だ。
当然の帰結として、いま日本では、河野談話の見直しが盛んに議論されている。私自身、見直しに賛成だが、擁護論も根強いようであり、河野談話の存廃だけを争って国論の分裂を招くことは避けたい。
外務省による慰安婦の英訳はcomfort womenだが、海外報道は、日本の慰安婦をsexual slavery(性奴隷)と表現した記事が多い。そもそも国連人権委報告書(96年)がそうだった。なぜか。「慰安婦と戦場の性」は翻訳をめぐる問題も実証的に論じている。
問題の根は日本にある。韓国の出方待ちではなく、日本自ら誤解を解く。まずは秦の労作を的確、良質な英訳で世界に発信したらどうか。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120903ddm002070053000c2.html
「朝日」 安倍元首相―思慮に欠ける歴史発言2012年9月7日(金)付
自民党総裁選に向け、安倍晋三元首相がみずからの歴史観について活発に発言している。
たとえば月刊誌のインタビューで、こう語っている。「自民党は、歴代政府の答弁や法解釈を引きずってきたが、新生・自民党では、しがらみを捨てて再スタートを切れる」「新生・自民党として、河野談話と村山談話に代わる新たな談話を閣議決定すべきだ」 そして、自分が首相に返り咲けば、靖国神社に「いずれかのタイミングで参拝したいと考えている」と述べている。 自民党の一部で根強い主張である。それにしても、首相経験者、さらには首相再登板をねらう政治家として、思慮に欠ける発言といわざるをえない。
河野談話は慰安婦問題で旧日本軍の関与について、村山談話は過去の植民地支配と侵略について、それぞれ日本政府としての謝罪を表明したものだ。6年前、首相になる前の安倍氏は「自虐史観」に反発する議員の会の中核として、村山談話や河野談話を批判してきた。だが、首相になるや姿勢を一変させ、両談話の「継承」を表明した。政権を担う身として、対外宣言ともいえる外交の基本路線を覆せなかったからだ。安倍氏自身が靖国参拝を差し控えたこともあり、小泉政権で冷え切った中韓との関係を改善したのは安倍氏の功績だった。
私たちは当時の社説で、そんな安倍氏の豹変(ひょうへん)を歓迎した。 それがにわかに先祖返りしたかのような主張には、驚くばかりだ。再び首相になればそれを実行するというなら、方針転換の理由を説明してもらいたい。 ふたつの談話は、安倍政権をふくめ、その後のすべての政権も踏襲した。韓国をはじめ近隣国との信頼を築くうえで重要な役割を果たしてきた。 かりに首相に再登板した安倍氏がこれを引き継がないということになれば、日本外交が苦労して積み上げてきた国際社会の信頼を失いかねない。 自民党の一部に再び安倍氏への期待が出ている背景には、尖閣諸島や竹島をめぐる中韓の刺激的な行動があるのだろう。 しかし、それに安倍氏流で対抗すれば、偏狭なナショナリズムの応酬がエスカレートする恐れさえある。 政治家が信念を語ること自体を否定するつもりはない。 ただし、それには自分なら近隣国との外交をこう前進させるという展望を、しっかり示す責任が伴う。その覚悟なしに持論にこだわるなら、一国の政治指導者として不適格だ。http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1
今日の「朝日」12面に「最近の政治はまるで、衆院解散・総選挙の時期をめぐるデスマッチである。典型が、この通常国会だ」と、問責決議成立以後の「政局」を批判した「社説余滴」「政治改革で抜け落ちたもの」(松下秀雄)が掲載されている。
同時に昨日は、「近づく総選挙を前にして、政策や手腕より、もっぱら「国民受けするかどうか」に終始しているのはいかがなものか」と「社説」で民自の党首選に苦言を呈しているのだ。
呆れる!まさに呆れる!「朝日」は連日何を報道しているのか、知らぬ振りをして、よくもこういう記事を書けるものだ!厚顔無恥とは「朝日」の代名詞だ。具体的にみてみよう。
今日の
1面は、「細野氏、出馬を検討 民主代表選前原G、自主投票へ」
3面は、「細野氏と首相見えぬ対立軸 民主代表選 原発ゼロに慎重」
4面は、「秋解散へ動く官僚」「存在感、野田政権で強まる」「人事でも主導権」「みんなの」党、代表選へ維新めぐる対立激化、解答論も」「民主・水戸氏も維新討論会へ」「安倍・石破連合を模索」「自民総裁選、石原氏を意識」「山田元農水省を推挙 民主代表選」
「課題をどう処理して、日本をどんな方向に導くのか。その大局を争うのでなければ、党首選をやる意味はない」というのであれば、「大局」である日米安保に対して、財界優先政策に対して、憲法に対して政策をはっきりさせるような記事を書くべきではないのか。
矛盾に満ちた「記事」と「社説」を掲げながら、「社説」を書く「政治社説担当」者は、国民に向かって説教をたれる。上から目線なのだ。以下並べてみよう。
「政治が怪しげな公約や薄っぺらな選挙の顔に頼るのも、それで有権者をごまかせると思う」
「簡単にごまかされない。選挙と選挙の間も声を上げ、政治に圧力をかけていく――。賢くて強い民意を育まなければならない。」
「教育。立場の違う人が話し合う場づくり。それを政策に映す討論型世論調査のような試み。積み重ねが必要」
どうだろうか、己の報道姿勢や報道内容の検証もなく、「怪しげな公約」を放置してきた責任、選挙の顔に頼」らせてきた責任、「立場の違う」政党の「公約」の公平な報道をしてこなかった責任はすべて不問なのだ。
そのことは、「2大政党が公約を掲げ、首相候補の党首を押し立て、有権者が政権政党と首相と政策を選ぶ。それは政権を選べなかった日本政治の『民主化』であり、衆院への小選挙区比例代表並立制導入を核とする政治改革の大目標だった」と、「朝日」の「大目標」を正直に吐露させて、推進=煽ってきたことを認めている。
だが、「民主化」と表現しているところに、また「その半面、副作用も大きかった」「政治改革には、そんな視点が抜け落ちていた」などと第三者的に語るところに、胡散臭さ、「朝日」の「ごまかし」「ジャーナリズム・マスコミの無責任」が浮き彫りになる。
「政治改革の大目標」と自覚し、二大政党政治を煽ってきた結果が「デスマッチ」だ。だが、その責任を問うことなく、ごまかし、さらに悪いことには、国民に対して「簡単にごまかされない」ように、「賢くて強い民意を育まなければならない」と、上から目線で、偉そうに語っているのだ。
ふざっけんな!
「政治社説担当」者は最後に、言う。「天につばする話であることは承知している。第一に進化を求められるのはマスメディアであり、政治報道だから」と。一見反省しているようだ。だが、これで免罪はできない。何故ならば、上記で書いたように、基本的に己に対する批判をかわす言葉として「承知している」という言葉を使っていると思うからだ。
本当に「承知している」のであれば、以下のことを検証すべきだろう。そうして、直ちに記事の内容を変えていくべきだ。さもなければ、「朝日」自身が「デスマッチ」会社となるだろう。
「朝日」は政権交代可能な二大政党政治の実現を煽ってきた。それは自民党政権=政党政治に対する国民の不信が、他党、特に共産党に及ばないための装置としての二大政党政治だった。72年の共産党の躍進が衝撃だったからだ。その後のカクマンダー、新自由クラブ、社公合意と、常に共産党シフトが敷かれてきた。それとソ連や中国の蛮行を利用した共産党追い落としだ。それでも共産党を撲滅できなかった。そうして出てきたのが、椿報道局長の発言だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%BF%E4%BA%8B%E4%BB%B6
細川「非自民・非共産」政権による「政治改革」は小選挙区制と政党交付金制度によって誤魔化した。しかし、90年代後半に共産党が結党以来の躍進を実現した。70年代初頭の躍進以来言われていた「自共対決」が実現してしまったのだ。そこから二大政党政治の実現が強力に煽られた。「共産党はずし」だ。さらに、それに使われたのが、自民・公明・創価学会・保守党などが展開した政治史上空前の謀略だった。メディアはこうした謀略を批判することなく追認した。
以上の流れに「朝日」はどのように参加してきたか、政治のデスマッチが展開されている今だからこそ、その歴史の検証をすべきだ。このことを抜きに「天につばする話であることは承知している。第一に進化を求められるのはマスメディアであり、政治報道だから」というのは、飾り言葉に過ぎないということになる。そのことを肝に銘ずるべきだ。
では、本文を紹介しておこう。最近では、こうした記事がネットではカットされることが多いので、記録として残す意味で、また「教育。立場の違う人が話し合う場づくり。それを政策に映す討論型世論調査のような試み。積み重ね」のために、長くなるが、ご了解の程を、
「社説余滴」「政治改革で抜け落ちたもの」(松下秀雄 政治社説担当)
最近の政治はまるで、衆院解散・総選挙の時期をめぐるデスマッチである。典型が、この通常国会だ。
野党は首相や閣僚の問責決議で政権を立ち往生させ、解散に追い込もうとする。与党は衆院の「一票の格差」の是正を遅らせ、先送りをはかる。そんな攻防の巻き添えを食って、数々の課題の処理が放ったらかしにされた。
過去の通常国会では、政府提出法案の8~9割は成立するのが当たり前だったのに、今回は5割強。課題処理よりも解散攻防を優先する本末転倒ぶりだ。
なぜ、こうなるのか。たぶん、選挙と権力闘争が直結したことが大きい。
55年体制下、自民党の派閥は党総裁=首相の座をめぐって死闘を演じたが、同じ党内だから解散攻防にはつながりにくかった。最大野党の社会党は総選挙で過半数の候補を立てず、本気で政権を奪おうとはしなかった。
民主、自民の2大政党が政権を奪い合う時代になり、なりふりかまわぬデスマッチが始まった。解散攻防だけではない。現実昧の乏しい政権公約を掲げるのも、みてくれのいい「選挙の顔」を党首に選びたがるのも背景は同じだ。2大政党が公約を掲げ、首相候補の党首を押し立て、有権者が政権政党と首相と政策を選ぶ。それは政権を選べなかった日本政治の「民主化」であり、衆院への小選挙区比例代表並立制導入を核とする政治改革の大目標だった。
その半面、副作用も大きかった。政治は落ち着きをなくし、党首も公約も法案も選挙の道具と化した。選挙制度をいじったら一足飛びに政治がよくなるような、うまい話はないと、いま痛感する。民意を映す鏡である選挙制度は大切だ。だが、鏡よりも大切なのは素顔、つまり民意そのものだ。政治が怪しげな公約や薄っぺらな選挙の顔に頼るのも、それで有権者をごまかせると思うからだろう。政治改革には、そんな視点が抜け落ちていた。簡単にごまかされない。選挙と選挙の間も声を上げ、政治に圧力をかけていく――。賢くて強い民意を育まなければならない。教育。立場の違う人が話し合う場づくり。それを政策に映す討論型世論調査のような試み。積み重ねが必要だ。天につばする話であることは承知している。第一に進化を求められるのはマスメディアであり、政治報道だからである。(政治社説担当)
民・自の党首選―政策論争を聞きたい
通常国会の会期中だというのに、民主、自民両党の党首選びの動きが早くも活発だ。
予算執行に必要な赤字国債法案や、違憲状態が続く衆院の「1票の格差」是正など、本来なら8日の会期末までに処理すべき課題は多い。 それらをほったらかして党首選に熱中する議員たちには、あきれるほかはない。党首選びの基準にも首をかしげざるをえない。
ともに9月の党首選で選ばれる2大政党のリーダーは、次の首相候補である。ところが、近づく総選挙を前にして、政策や手腕より、もっぱら「国民受けするかどうか」に終始しているのはいかがなものか。
自民党では、ベテラン、中堅議員が続々と名乗りをあげ、候補者乱立の様相だ。かたや、谷垣禎一総裁の再選が厳しくなっている。出身派閥・古賀派の古賀誠会長が「若い人を支持したい」と谷垣氏に伝え、森喜朗元首相も不支持に転じた。
谷垣執行部は民主、公明両党とともに、社会保障と税の一体改革関連法を成立させた。一方で3党合意を否定する首相問責決議に賛成するなど、危ういかじ取りが目に付いた。そうした国会運営のあり方や3党合意の是非をめぐって争うなら、まだ分かる。
だが、実際は「地味な谷垣氏では選挙に不利だ」というのが多くの議員の本音ではないか。派閥の会長や古参議員の動きも気になる。自分の意中の議員を総裁候補にしようと、党内調整に乗り出している。それによって自身の影響力を強めようとしているなら、筋違いもはなはだしい。
民主党では、野田首相(党代表)に対抗して、41歳の細野豪志環境相を擁立しようという動きがある。だが、細野氏は野田内閣の閣僚だ。原発・エネルギー政策でも、一体改革でも、首相と足並みをそろえてきた。細野氏を代表にして、党の路線をどう改めようというのか、さっぱりわからない。
そもそも、与党の党首は政権を運営し、野党党首は党を鍛え直して、その実績を総選挙で問うべきなのだ。選挙が迫ってから党の「顔」を取り換えるというのでは、有権者に対するめくらましに等しいではないか。課題をどう処理して、日本をどんな方向に導くのか。その大局を争うのでなければ、党首選をやる意味はない。
昨日の「赤旗」は面白かった。あの小泉首相や鳩山首相をこき下ろし、脚光を浴びたザ・ニュースペーパーと志位委員長が対談し、共産党の存在感を正直に語っていたからだ。
志位さんVS.「ザ・ニュースペーパー」 ラジオ番組で大いに語る2012年9月4日(火)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-04/2012090409_01_0.html
話の流れにそって、ポイントをまとめてみた。
その1 いつも出てくる党名問題
「党名を変えたら支持率が上がると思う?」と問われた志位氏は「いいえ」と即答。これについて司会の山本氏が「興味がある」と関心を示し、福本氏も「とっつきにくさがある」と語る。志位委員長は、「共産党というと、ソ連の共産党がすぐ思い浮かぶと思いますけど、私たちはソ連のスターリン以降の体制は社会主義でもなんでもないとさんざん大論争やって、ソ連が崩壊したら、“もろ手をあげて歓迎する”という声明まで出したんですよ。(「ほー」の声)ですから、あれはまがいものの共産党・社会主義であって、私たちが本当の共産党・社会主義だと思っています。ああいうものが倒れたからといって、(党名を)変える必要はないと(思っています)」と。(引用ここまで)
「とっつきにくい」感覚だな、大事なのは。どんな感覚か、そこをもっと研究しないと、商品であるキョーサントーは売れないな。ソ連共産党だけのことだろうか。確かに「共産党」「キョーサントー」というと連想するのはかつてはソ連キョーサントー、今は中国キョーサントー、一党独裁だろう。メディアを通して刷り込まれているのだろう。キョーサントーという商品の値打ちは、中身もそうだが、ネーミングも大事だろう、ということだ。
この党名問題については、毎回毎回、出てくるわ、出てくるわ、だな。これについては、志位委員長は、別のところで、以下のように語っている。
「日本の将来像」について積極的な議論を BSフジ番組 志位委員長が発言2009年7月24日(金)「しんぶん赤旗」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-07-24/2009072405_01_0.html
共産主義といいますと、英語では「コミュニズム」でしょう。コミュニズムの語源はというと、ラテン語の「コムニス」なんですよ。コムニスとはどういう意味かというと「共同」という意味なんです。人間と人間が角を突き合わせて、足を引っ張り合うのではなくて、支えあって幸福な社会をつくろうというのが語源なのです。共同社会ですよね。たとえば「コミュニティーセンター」というのがあるでしょう。あれと同じ語源なんです。だからコミュニティーセンターを直訳しますと、「共産センター」になる。(引用ここまで)
「コミュニズム」は「共同」という解釈ならば、「共同党」ではないのか?「産」はどこからもってきたのか?生産手段?無産者・有産者?
以下を参考にすると、日本では幸徳秋水と堺利彦が訳したようだ。
『共産党宣言』邦訳史における 幸徳秋水/堺利彦訳(1904,1906年) の位置 - [PDF]
oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/603/603-02.pdf
ところで、「共産主義」については、ウィキに以下のように書かれている。
政治や経済などにおける思想や理論、運動、体制の類型のひとつで、財産の一部または全部を共同所有することで平等な社会をめざす。共有化する財産の所有形態に関しては、古くから様々な議論があり、それにより、「共産主義」の定義は多数存在している…1875年、マルクスは『ゴータ綱領批判』の中で共産主義社会を低い段階と高い段階に区別し、低い段階では「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という基準が実現するという見解を述べた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9
この二段階については、日本共産党綱領案キーワードに異なる見解が書かれている。
http://www.jcp.or.jp/jcp/22th-7chuso/key-word/b_3.html#anchor-0101
中国共産党は1921年7月23日、日本は1922年7月15日に、ロシアは1919年に、それぞれ党名を共産党と名乗っている。
ウィキには、以下のように党名変更の経過が書かれている。
ドイツ社会主義労働者党は1890年にドイツ社会民主党と改称され、マルクス主義者は社会民主主義者とも称するようになった。ドイツ社会民主党は順調に党勢を拡大し、国際的な社会主義運動(第二インターナショナル)の中でもリーダー的存在だった。しかし第一次世界大戦の勃発に際し、それまでの政策を捨てて自国政府を支持したため、反戦を貫いた社会民主主義者から激しく批判された。レーニンはボリシェヴィキに対して「その公式の指導者たちが、全世界で社会主義を裏切り、ブルジョアジーのがわに寝がえってしまった『社会民主党』(『祖国防衛派』と動揺的な『カウツキー派』)という名称のかわりに、われわれは共産党と名のるべきである」と提案した。ボリシェヴィキは1919年に党名を共産党と改称した。(引用ここまで)
これは訳語の問題として、正確な訳語は何か、そのことも研究する必要があるのではないか?「日本共産党」という名に込められた「伝統」は確かに凄いが、「『もっと伸びてほしい』という立場でそうおっしゃっておられる方も多いと思う」(志位)のであれば、「プロレタリアート独裁」を「執権」から「権力」というように変えた時の訳語研究の考え方を、ネーミングにも使ったらどうか、だ。
「党名」がコロコロ変わる日本の政党の信頼度との関係をみれば、綱領の精神に基づくネーミングの確かさは強調しなければならないだろう。だが…なのだ。
その2 「野党に自信をもっている」は「政権をめさしていない?」と思われてしまった共産党の存在感について、ワサビを入れてみた。
共産党の存在感の無さを以下のように言われてしまったが、結構本質を突いている。政党として「政権を取りに言っていない」と観られてしまっている。「な~んだ。それなら投票しなくてもいいじゃん、野党でいいのなら、ほどほどで」だ。これは小選挙区制度では特に顕著だ。キョーサントーはどうせ当選しないのなら、議席に結びつく方に投票しよっと!」と有権者が直感的に考えた時、雪崩のように共産党への集票意識が別の正当に流れていくことになる。こんな感覚が判っていないのではないか?
山本 以前、共産党のキャッチフレーズで「確かな野党」と言っていたじゃないですか。僕、いまひとつ意味が分からなくて、「確かな野党」というのは「野党に自信をもっている」ということですか。
志位 「確かな野党」と言ったこともありましたが、私たちは与党を目指す立場を持っていますから。「確かな野党」というのは、あやふやな野党も当時あったなかで、キャッチフレーズとして使ったこともありますけど、「志位さん、政権はあきらめちゃったの?」「いつまでも野党にいるつもり?」という意見もありました。ですから、いまは使っていません。
山本 昔は与党を目指していなかった?
志位 いや(一同笑い)、昔から(目指していました)。民主連合政府といいまして、アメリカいいなり・財界中心の政治の大本にメスを入れて、大本から政治をかえ、新しい連合政権をつくろうという一貫した政権構想を持っています。そういう志を持っているんですよ。
(引用ここまで)
「確かな野党」「建設的な野党」だ。これは「確かな」とか「建設的」とか、いろいろ言うが、結局、これでは「政権を取る」というキョーサントーというか、政党本来の気持ちは有権者には伝わらない。万年「野党」に甘んじていると観られても仕方がないだろうな。マスコミを使って二大政党政治実現に向けた大宣伝のなかで、政権を取るという政党本来の姿を放棄してしまって、自らを「野党」にしてしまった「コミュニスト」政党、これではネズミを取らないネコということになる。ザ・ニュースペーパーのコントに登場してなくて良かった!?
以下の指摘は鋭い!
山本 昔はやっぱり自民党対共産党とかいうのが(あって)、自民党が悪いことをしたら必ず共産党がブレーキ役になってくれるみたいな(感じでした)。僕、そんな共産党が好きだったんです。最近は敵がハッキリしなくなって(いませんか)。(引用ここまで)
昔は「自民党対共産党」、「最近は敵がハッキリしなくなって」いるというイメージこそ、キョーサントーの出番を自ら手放しているということだろう。確かに志位委員長は、以下のように語っているの事実だろう。だが、庶民からすると、どうだろうか?
確かにマスメディア・マスコミがキョーサントー党という商品があるにもかかわらず店頭に並ばせないのだ。プロレスで言えば、リングに登場させないのだ。だが、これは権力を取られる側からすれば当然のことだ。日米安保奨励派の商品より日米安保廃棄派の商品が売れたら商売にならないのだから、店頭から排除するのは当然だ、な。富裕層と大企業の側からすれば当然だ。
志位 いや、はっきりしていますよ(「そうですか」の声)。いま国会で、消費税大増税法案が通ったでしょう。通したのは誰かといったら、民主党と自民党と公明党の3党の談合です。いま国会をろう断しているのは、この3党連合です。消費税増税も通す、社会保障も悪くするという方向を3党談合でやろうとしている。それに正面から立ち向かっているのは共産党です。(「ほー」の声)この問題では、増税に反対というだけでなく、増税しなかったらどうするのかという対案をまとまって「経済提言」という形で出しました。増税するならば、まず富裕層と大企業に応分の負担を求めるべきじゃないかと。(引用ここまで)
だが、庶民からすれば、そんな思惑は関係ないのだ、安くて、良い商品だったら、どっちでも良い!キョーサントーの商品は、富裕層や大企業の商品を、ずっと良いぞ!という感覚、商魂、これが、今のキョーサントーに欠けているのだ。いや自分はいい商品だと思っているのだ。だが、ザ・ニュースペーパーに言われてしまったように、庶民はそうは思っていないのだ。
これがどこにあるか、だ
「共産主義の一番の根本にある考え方は、自由で平等な共同社会ということです。だから、私たちが目指している先の未来社会では、資本主義のもとでつくった民主主義や自由、いろいろな諸権利を、すべて発展的に継承するという立場を明らかにしています。崩壊したソ連型の社会は社会主義でも共産主義でもないと、きっぱり拒否すると。私はこの名前にとても愛着を持っています」と語る志位委員長だが、キョーサントーのネーミングに「とっつきにくい」感覚を抱く庶民の感覚にこそ、「原則的で柔軟な」発想が大事ではないのか?
それは飯を食わせろ!だな。「消費税上げる前にやることある」の感覚だ。資本主義とか社会主義とかを語る前にやることあるだろう。日米安保廃棄の前にやることあるだろう。オスプレイ配備反対の前にやることあるだろう。そんな庶民感覚というか、イデオロギーの分析だな。
別の言葉で言えば、こうなるかな?
ジミンは飯を食わせてくれていたが、最近、食わせなくなった。
だからミンシュに期待した。だが、ミンシュという服を着たとたん、衣の下からジミンという化けの皮が出てきて、飯にありつけなくなってしまった。
じゃ誰が飯を食わせてくれるんじゃ!イシンか?ジミンの安倍と仲が良いようだが、信用できっか?でもこっちの水か甘いぞ、旨いぞってCMが流されているぞ!?
イシンは欠陥商品なんて言ってる奴がいるが、ホントか?
ところで、じゃ。キョーサントーは政権を取って俺たちにホンとに飯を食わせてくれんのか?「ミンシュレンゴーセイフ」なんて言ってるようだが、大体どうやって、いつ、その政府をつくるって言うんだ!
キョーサントーを伸ばしてって言ってるぞ!そんなの待ってられんぞ!
今度は小選挙区全部に立候補するって言ってるぞ。
じゃが、な。ホントに小選挙区で勝つつもりか?比例の票を増やすためって言ってるんじゃないのか?
大体、小選挙区に単独で立ってどうやって勝つって思ってるのか?またカネ没収されちゃうんじゃないのか?政党助成金もらってないのに、国にカンパしちゃうなんてシャレにもなんね!
そもそも立候補している人には悪いが、候補者みると、何とか地区の役員とか、高齢者が多いぞ、中には若いもんもいるが、人材不足じゃねぇのか?いい商品かどうか、どうも判らんぞ!
大体、今の政党の体たらくの受け皿になる気があるのか?野党に甘んじているんじゃなかったのか?
ホントに小選挙区でも勝つんだったら、それぞれのところで、もっと勝つための工夫できないのか?「飯食わせろ一点共闘」はないのか?
よく判らん!
キョーサントーは選挙で負けると、「自力が足りなかった」から、「今はなりふりかまわず自力をつける」「運動が発展しても自力がなければ勝てない」って言ってる。
じゃ、今度も「自力がなかった」ら、勝てないって言ってるのか?
じゃ、自力がつくまで、俺たち飯は待ってなきゃいけないのか?
そういうことになる。ガマンしろってことだ。ホントに飯が食えるようになるのは、社会主義、共産主義が実現する時だ。
ミンシュレンゴーセイフは、少しだけだってことか?
違うだろ!今すぐ食べさせてくれるぞ!キョーサントーは。被災地に、あれだけボランティアにいったじゃないか、募金だって10億以上集めて、直接送ってくれたじゃないか!
確かにそうだ!じ、じゃが、だ。今度の選挙ではどうなんだ?よく判らんぞ?
今度の選挙で売ってる商品は食べられるか、旨いか、全く判らん。だが、しかし、だ。背に腹は変えられんから、毒が入っているかもしれないけれど、CMで流れている商品は旨そうだから、イチかバチか、こっちを食ってみるか!
イヤ、どうせどこへ入れても同じだから、オレは選挙にはイカン!
ま、試してガッテンってなるかどうか、ま、やってみるしかないな!キケンだけは、イカン!
以上のような感覚だな、コント風にしてみたが、ダメだな、これじゃ・・・・。
天皇や自衛隊、安保、一点共闘などまだまだあるが、長くなったので、今日はこれでオワリ!
今日の「朝日」をみると、うんざりする。だが、書かねばなるまい!
まず1面
「選挙の顔探し奔走」のなかで、
「民主 細野氏へ期待広がる」として前原グループの幹部も細野氏が立候補すれば、「若手が雪崩を打って流れる」と書いている。
「自民 石原氏の知名度魅力」とあり、谷垣氏の出身派閥である古賀派の古賀誠会長は、「思い切って若い人を支持したい」と表明した、とある。
「選挙の顔」で共通するのは「若さ」で看板を取り繕うという戦法だ。中身は問わないのだ。
あとはつけたしだ。民主は野田首相と細野環境相に対して、自民は谷垣、石原、安倍、石破、町村の各氏、安倍元首相と橋下市長を繋げている。
次2面
「不人気守勢の党首」として
まず第一に自民党だ。「谷垣氏、国会戦略で失速」「ベテラン勢が一斉に反発」とある。
一方、「野田氏離れ、主流派にも」とあり、「細野さんにすがる人多い」と、書いている。
「ベテランの期待が高い」石原氏、野田首相の政権運営を強固に支えてきた前原グループの小川淳也衆議院議員の細野氏擁立の動きを黙認、小川氏は「党の危機的状況を打開できる、日本の政党政治に希望を持たせてくれる人物を望んでいる」と細野氏擁立を表明しているが、これは「朝日」期待度を示している。
ここに日本のマスコミの世論誘導・操作の典型をみる。野田・谷垣両氏は、民自公3党合意によって悪政推進を決めた。「朝日」を含めた全国紙は「決められない政治からの脱却」として賞賛し、悪政推進を扇動した。だが、中身は増税と社会保障改悪、大型公共事業復活路線など、まさに悪政の象徴であることが白日の下に晒され国民的批判を浴びた。中小7会派の問責決議に右往左往した民自党首の結末が、今日の「朝日」の世代交代路線の記事となった。
第三番目に、「社説」
新しい党首選びに関する新しい世論誘導の一方で、「朝日」は「橋下維新の会―国政に進出する前に」との「社説」を掲載した。
一見批判しているようで、実は、「既成政党の体たらく」を演出してきたことを反省することなく、「民主、自民など既成政党の体たらくを見るにつけ、『古い政治を一掃し、新しい政治をつくる』という橋下氏の主張は確かに新鮮」と橋下維新の会を「評価」し、悪政推進のために暴言と妄言を吐くことを以下のように煽っているのだ。
「橋下氏自身の身の振り方」「肝心なのは政治を動かして実現する政策の中身」が「まだ見えない」と書く「社説」の不見識には、ジャーナリズムとしての責任のひとかけらも見えてこない。
「首相公選制、参院の廃止、憲法改正発議要件の緩和など憲法改正が必要な項目」を並べ立てた「維新八策」の「先にどんな社会像、国家像があるのかもわからない。その展望を、橋下氏はもっと具体的に語る責任がある」と橋下維新の会の「実績」から判断すれば明瞭な「社会像、国家像」をさらに語らせることで、扇動しようとしているのだ。
教育・職員条例など憲法の原則を否定する条例を乱発し、口パクを容認してきた橋下維新の会、「戦後レジームの否定」を掲げ、憲法を否定し、戦争責任を曖昧にする従軍慰安婦問題を否定しようとして国際的批判に晒され、病院に逃げ込み政権を投げ出した安倍氏と共感しあっている橋下維新の会のどこが、「新鮮」なのだ。こんなことも判断できない「朝日」はジャーナリズムの責任放棄と断罪しないわけにはいかない。
このことは党首選挙で「若手」「新鮮」に切り替えて、民自への国民的批判をかわしていこうとする「朝日」の姑息さが透けて見えてくる。
この二つの記事からみえてくるのは、戦後の日本の政治の枠組みを根本から変えていく政策と論戦を公平に国民に伝えるマスコミ・マスメディアの責任感だ。
日米安保条約の是非や経団連など財界優遇、憲法9条に基づく外交、戦争責任などについて、政党間の路線の違い、各党間の真っ向から対立する意見を正々堂々と公平に伝える、或いは、党首選でこのことを各人の問う記事を何故書かないのか、そのことに尽きる。
このことに関連して、再度協調しておかなければならないことがある。最初に述べたことだ。橋下維新の会が「各種の世論調査で期待が高いのもそのため」という「そのため」とは、「民主、自民など既成政党の体たらく」と「維新の会の新鮮」というのだろう。「新鮮」はすでに述べた。ここで強調しておくのは、「体たらく」を演出し、放置してきたのは、「戦争責任の曖昧化、日米安保体制容認、財界擁護、憲法軽視」という土俵のなかでのみ相撲を取らせてきた「朝日」など、マスコミの責任ではないのか!ということだ。
こういう報道の歴史を黙殺しておいて、偉そうに「民主、自民など既成政党の体たらく」と糞も味噌も一緒くたに論ずる「朝日」などマスコミが続く限り、「国民の支持を得た新党が、あっという間に失速して姿を消す」現象が繰り返されることは明らかだ。「そんな例をこれまで何度も見てきた」と辟易するのは、国民であり、こうした上から目線報道が続く限り、国民の不幸は続くだろう。
最後に4面
「政党交付金、申請見送り」「民主10月支給分」「解散迫る自公に圧力」「建前は予算抑制」「これは自民党も相当きつい」とある。
「解散・総選挙が近付くなか、自公とも選挙活動資金はいつにもまして必要なときだ」「自公両党に特例公債法案の成立に協力するか、政党交付金を受け取るのかの二者択一を迫る狙いがある」と「解説」しているが、支持もしていない政党の選挙資金や活動資金にされている国民の立場にはたっていない。
「地方自治体にも予算執行の抑制を求めながら、政党交付金も対象にしないと理解は得られない」(前原政調会長)、「やらないと説明がつかない」(輿石幹事長)の言葉を紹介し、政党交付金を「政局」に利用されていることを批判することもなく認めているのだ。完全に国民目線からは程遠い。
本来であるならば、政党交付金の申請を見送ることが可能であること、前原・輿石発言を捉えて、「身を切る改革」の第一として「政党交付金廃止を掲げるべき」と批判しなければならならないだろう。もう一つは、選挙資金を国民の税金に依存している「体たらく」を批判しなければなるまい。その一方で、税金に頼らず自前の資金で選挙や政党活動を実践している共産党のことを例に出して、民主、「自民の体たらく」を批判しなければなるまい。
だが、これまで述べてきた「土俵」のなかで相撲をとらせている「朝日」は、こうした視点は全くの「想定外」「無視」「黙殺」なのだ。
いい加減にしろ!と言いたい。
社説 橋下維新の会―国政に進出する前に 2012年9月4日(火)付
橋下徹大阪市長ひきいる大阪維新の会が、次の総選挙で国政進出をめざすという。
民主、自民など既成政党の体たらくを見るにつけ、「古い政治を一掃し、新しい政治をつくる」という橋下氏の主張は確かに新鮮だ。 各種の世論調査で期待が高いのもそのためだろう。 一方で、国民の支持を得た新党が、あっという間に失速して姿を消す。そんな例をこれまで何度も見てきた。
今回は違う、と橋下氏はいうのだろう。ならばまず、ふたつのことを問うておきたい。
ひとつは、橋下氏自身の身の振り方である。 総選挙では300人規模を擁立し、過半数の獲得が目標という。当然、第1党になって政権をとったり、連立政権に加わったりする覚悟があるのだろう。 ところが、党首である橋下氏自身は立候補せず、市長にとどまるという。 府知事から市長に転じてわずか9カ月、持論の大阪都構想も道半ばで市長職を放り出しては市民の納得はえられまい。 他方、国政は片手間でできるような仕事とは思えない。 政党としての責任の所在があいまいになる心配もある。さらに、税財源の配分など、国と地方の利害がぶつかる場合はどうするのか。 党首と市長にどう折り合いをつけるのか、説明してほしい。
ふたつめは、政策集「維新八策」についてだ。 もっとも目を引くのは「統治機構の作り直し」である。 「動かない政治」をどう動かすかが、目下の政治の重要課題であるのはその通りだ。 八策にはその答えとして、首相公選制、参院の廃止、憲法改正発議要件の緩和など憲法改正が必要な項目が並んでいる。 政党が憲法改正を掲げること自体を否定するつもりはないが、肝心なのは政治を動かして実現する政策の中身だ。 日本は少子高齢化や低成長、巨額の財政赤字といった難題に直面している。原発事故を受け、新たなエネルギー政策をどう描くかも急務だ。 八策には、消費税の地方税化と地方交付税の廃止、年金の積み立て方式化、脱原発依存体制の構築などの政策が並ぶ。 しかし、こうした個別の政策をどう実現していくのかも、本当に難題の解決に結びつくのかもまだ見えない。さらに、その先にどんな社会像、国家像があるのかもわからない。 その展望を、橋下氏はもっと具体的に語る責任がある。
例のごとく自民党総裁選挙報道が垂れ流されている。民主党の代表選挙も同様の報道が繰り返されるだろう。こうして国民への刷り込みが行われていくのだろう。これも破綻するのは明瞭だ。だがこうした時間は民主主義のためにはムダではないだろうが、それでも判りきったことなので、「いい加減にして、すっきり政治を変えていこう」というようにしなければならない。そこで、これらの報道の特徴をあげ、今必要なことを考えてみた。
1.誰が総裁・代表になった方が良いか、世論調査・人気投票が行われる。この「顔」の「風」によって所属議員と党員などが選挙で選ぶ。それが首相になる。そうして1年限りの総理大臣が繰り返されてきた。こうした反省は、マスコミの中では一つもないし、1年限りで繰り返されてきた「政局」によって「政治不信」をつくりだし、既成政党VA第三極待望論をつくり出してきたことも反省していない。
2.今繰り広げられている報道内容は、橋下維新の会の政党化に伴って、維新の会と誰が組むのか、或いは維新の会の代表者には誰が就任するのか、誰が維新の会に合流するのか、橋下氏は国政選挙に出馬するのか、などなどだ。こうした報道そのものは、「既成政党VS維新の会」という構造の中で行われているのだが、維新の会が既成政党の枠組みであることは、どのマスコミも言っていないし、国民も疑問を呈していない。
4.二大政党政治の破綻にしもて、原発にしても、消費税にしても、オスプレイにしても、TPPにしても、領土問題にしても、戦後の政治の枠組み、すなわち日米安保体制と財界優先、日本国憲法軽視の自民党政治という枠組みがあったことは周知の事実だ。そしてこれを支えてきたのは、マスコミの報道だったことも、マスゴミと呼ばれるようになったことによって証明されたように思う。
5.今既成政党ダメ論を振りまくマスコミだが、その既成の枠組みを打破する綱領と政策を掲げている日本共産党という勢力があることをほとんど取り上げないことが、日本の政治をダメにしていることも事実だろう。選択肢を狭くしているからだ。このことは昨日の「赤旗」が報道していた。
“浮き草”か“草の根”か 「共産党除くと政党らしい政党はない」2012年9月2日(日)
(1)「日本(の政党)で地方組織をしっかりし、どこへいってもそれなりのレベルの地方議員をもっているのはそう多くない。共産党というのは、そこは敵ながらあっぱれで、それなりのレベルの地方議員を持っている」(8月31日、東京・永田町の自民党本部で谷垣禎一総裁が講演)
(2)「政党本来の姿」について「政党には党員がいて、党員たちの願いをかなえるための政策があり、その政策を実現するために候補者を選定して当選させる。議会でそうした候補者が多数派を形成して権力を握り、政策を実現させていく」。この点で、「日本には共産党などを除くと政党らしい政党は事実上ない」(『中央公論』9月号の対談片山善博氏(慶大教授))、
「二大政党はどっちかというと現職議員のクラブ」「政党の体をなしていない」「いろんな(政治)塾が立ち上がるけど、結局、既成政党と同じ事をやっている」(片山善博氏)と批判し、「本来の政党をつくろうという動きがあってもいい」と問題提起。「“自前で組織を”と政党助成金を拒否している共産党はまさにそういう組織論を主張している」(司会の島田敏男NHK解説委員)と応じ、「政党が足腰をきたえること」が今後の政党の課題だという議論が、出席者の間で交わされました。(7月15日のNHK「日曜討論」)
党利党略、個利個略に明け暮れ、国民、有権者から遊離して「浮き草」化してしまった政党や政治家。そんななかで、(日本共産党の地方議員は2743人(8月27日現在)、全国2万余の党支部が、日常的に国民と結びついて活動しています)自前の「草の根」の組織を持ち、「草の根」の国民の声を国政につなげようとまっとうに努力する日本共産党の姿が「本来の政党」「政党らしい政党」の姿として注目されているのです。http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-02/2012090201_01_1.html
(引用ここまで)
と述べている。
6.「だが」というか、「だからこそ」というか、国民の中における日本共産党の「存在感」について、感想的に述べてみよう。共産党が存在しているからこそ、脱原発の運動はここまで発展してきたし、消費税増税に反対する国会内外の運動も発展し、問責決議まで到達しただろうし、オスプレイ配備反対についても大きく発展してきたのは、沖縄県民のたたかいを全国に広げるうえで日米安保廃棄を掲げる日本共産党の役割は大きいだろう。こうした役割は国民の要求を全国各地の2万の草の根から取り上げ、国政に結びつけていることが大きな要因だろう。このことは谷垣氏も認めるように、誰もが認めるところだろう。だか、片山氏の言うように「権力」を握るためには、現在の日本共産党の「志」はどうだろうか?それで国民的共感を得ることはできるだろうか。かつて820万もの国民が支持したのだ。その人たちの支持を呼び込むことはできるのだろうか。そのためには、何故820万人が離れていったか、だ。
7.そこで、昨日のNHKの党首インタビューを見た。一番全うなことを言っているのは志位委員長だった。だが、これで、きたるべき二つの国政選挙で前進できるか、疑問に思った。それは総選挙は「すみやかに解散・総選挙を求める」と言って「『五つの大罪』」の根本には、『アメリカ言いなり・財界中心』という政治のゆがみがある。これを断ち切る改革に取り組んでこそ、展望が開けてくる。このことを大いに訴えて躍進をめざしたい」と述べていた。だが、この「断ち切る改革」に「取り組む」というが、どう取り組むか、また「躍進」を実現してしてどのように「取り組む」か、そして「展望を開く」のか、これだけでは見えてこない。こういう発言をしている共産党のアピール度は、国民の中でどうだろうか、という理由からだ。共産党隠しが横行し、マスコミ頼みの「風」などありえない、草の根で起こしていくというのが現状だろうが、それにしても、国民へのアピール度はこれで十分だろうか。820万人に届くだろうか?
8.共産党のアピール度に対して、メディアを賑わしている橋下維新の会の「維新八政」に対する東京の街頭インタビューをテレビ朝日がやっていた。珍しいことに、その期待度はイマイチどころか批判的なものが多かった。これは、民主党の政権公約のデタラメさに辟易している有権者のムードやテレビ朝日の報道姿勢や東京における維新の会に対する一定のムードを反映していたのだと思う。そのなかで、印象的だったのは、「八策は実現できない政策と思うが、それでも期待してしまう」という女性の声だった。
9.選挙というのは、こういう有権者のムードによって票が動くことが多いのではないか。誰もが確信をもって、理論的に整理されて、政党を選択するのではないということだ。確かに理論的にも実践的にも曖昧な、反国民的な政策などが、国民の支持を獲得し続けることないだろう。このことは民主党で証明された。だが、国民の「期待」をどう投票につなげていくか、民主党の政権公約に期待して投票した有権者の行動から、学ぶべきことは多いはずだ。
10.疑問に思ったもう一つの理由は、共産党の主体的な問題だ。今日の「赤旗」によれば、昨年7月から取り組んできた「大運動」の党員拡大の目標達成率は36%、日刊紙と日曜版の到達点は前回総選挙比で、それぞれ89.8%、86.6%だという。7月度は、日刊紙も日曜版も全都道府県で前進し、前進幅も「大運動」期間中最大となり、4ヶ月連続前進となりました、とある。しかし、8月度は日刊紙532人、日曜版は1026人とわずかに後退とある。増やしても増やしても新聞は減っていくという「現実」とたたかっているのが、現在の日本共産党だ。だが減っているのは「赤旗」だけではない。
11.その共産党は「いかに国民運動が高揚し、日本共産党が大きな役割を果たしても、党を大きくしなければ選挙では勝つことができない」という考えから、「わが党にとって。現瞬間での最大・最良の選挙勝利への道は、党勢拡大目標を総達成することに、わき目をふらずにとりくむことにあります。そのなかで、選挙勝利のための大量宣伝、対話、支持拡大を情勢にふさわしく自覚的に推進するようにしましょう」と述べている。
12.こうした考えで、共産党は活動し、総選挙をたたかおうとしているのだと思うが、それで有権者の心を捉えることはできるだろうか。これについては「優先順位」が違うのではないか。共産党ほどの組織のない各政党が、共産党以上に得票を伸ばしているのは何故か、だ。「政権選択選挙」「政権交代」で共産党が脇に追いやられた戦略、「増税の前にやることあるだろう」と主張して「躍進」したみんなの党も、いまや分裂状態だ。これをみれば、一時の「政策」や「アピール度」が偽者だったことが判るだろうが、それにしても、テレビが持ち上げたことも事実だが、共産党以上に票を獲得した、有権者のこころを捉えた選挙活動だ。教訓とすべきは。今、その対象は維新の会に向けられている。
13.共産党は、以下の「政策」を「提言」している。
原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を 国民的討論と合意をよびかけます
(2011年6月13日)
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2011/06/post-4.html
消費税大増税ストップ! 社会保障充実、財政危機打開の提言(2012年2月7日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-02-08/2012020803_01_0.html
日米安保条約をなくしたらどういう展望が開かれるか全国革新懇総会 志位委員長の記念講演(2012年5月12日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-05-13/2012051301_01_1.html
尖閣諸島問題 日本の領有は歴史的にも国際法上も正当――日本政府は堂々とその大義を主張すべき――2010年10月4日 http://www.jcp.or.jp/web_policy/2010/10/post-22.html
これらの政策こそ「既成政党」の「枠組み」を打ち破る「提言」だ。だが、マスコミはこれらをほとんど無視している。だから、とても国民的話題になることはない。だから、「赤旗」を増やせということになるのは当然だろう。だがマスコミが取り上げないことだけが問題かというと、必ずしもそうではないのではないか。今共産党に最も求められているのは、「野党」ではなく与党としての政権担当能力を国民にアピールすることではないだろうか。
NHKの党首インタビューでは日本共産党が政権を取ったら、領土問題でも、TPPでも、消費税でも、社会保障でも、原発ゼロでも、「こういうふうにやります」という主張だ。単なる「提言」ではないのだ。
14.もう一つある。政権担当能力を示すためには、他の勢力とどう連携していくか、このことも大きなウエイトを占める。今度も国会内で「増税阻止」の「一点共闘」によって問責決議が成立した。これは国会外の国民の世論と運動が反映したのだろう。このことを他の課題でも活かしていくのだ。全国300の小選挙区で、地域ごとの課題で選挙の「一点共闘」だ。運動は展開されているが、これを選挙に発展させるのだ。共産党の株が上がるのは必至だろう。アピール度も増すだろう。
例えば、以下の記事を選挙で活かすのはどうだろうか。
官邸前行動 志位委員長の訴え2012年9月1日(土)
一つは、政府のエネルギー政策についての「国民的議論に関する検証会合」が「総括(原案)」を発表しまして、そのなかで、“国民の過半数は原発ゼロを望んでいる”、このことを政府が認めざるを得なくなりました。(拍手) 寄せられたパブリックコメント(意見公募)の中でも、8割が再稼働に反対し、原発の即時ゼロを求めている。このことが明らかになりました。(拍手) みなさん。民意はもう明瞭ではないですか?(いっせいに「そうだ」の声、拍手) ところがこういう結果が示されているのに、野田首相はNHKの「クローズアップ現代」に出て、「さまざまな意見を聞いていく」と言うんです。おかしいじゃないですか。さまざまな意見を聞いた結果がこういう結果になっているんですから、逃げないで、「原発ゼロの日本」の政治決断をただちに行えhttp://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-01/2012090104_03_0.html
原発ゼロの日本へ踏み出そう 各界56氏アピール 革新懇のよびかけに応え
2012年9月1日(土) 「私たちは、原発の再稼働に反対し、『原発ゼロの日本』へ踏み出すことを求めます」―「全国革新懇ニュース」編集部のよびかけにこたえて、各界で活躍する56氏が31日、原発ゼロの日本をもとめるアピールを発表しました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-01/2012090101_01_1.html
「緑の党」きょう発足 参院選に候補者擁立へ (2012/07/28 06:40)
脱原発など環境保護や平和主義を前面に打ち出す日本版「緑の党」が28日、発足する。政治団体「みどりの未来」(事務局・東京都杉並区)を発展的に解消、来年夏の参院選の比例代表を中心に、原発事故があった福島選挙区などに10人の候補者を擁立、国政進出を目指す。 緑の党は、1970年代に豪州で始まった自然保護の政治運動がルーツ。その後、欧米を中心に広がり、現在、世界約90カ国に緑の党を名乗る政党やグループがあるという。中でもドイツでは98年から2005年まで連立政権に参加、環境政策を進めて閣僚も出した。昨年の脱原発法成立にも影響を与えたとされる。 日本版の母体「みどりの未来」は、地方議員のネットワーク「虹と緑」などが中心となり08年に発足。会員・サポーターは950人に上る。兵庫県からは、稲村和美尼崎市長をはじめ、地方議員経験者、環境政策コンサルタントらが参加。緑の党発足とともに解散する。 稲村市長は党に合流しないが、「政党に対する不信感が強まる中、市民感覚に基づいた新しい選択肢を示すことで、政治への信頼感を取り戻してくれることを強く期待する」とコメント。サポーターとして応援していくという。今月、尼崎市選出の県議らが立ち上げた地域政党「みどりの未来・尼崎」も連携を図る。 結党総会は28日午前から都内で開く。杉並区議や新潟市議ら4人を共同代表に選出、規約や基本政策などについて話し合う。(白倉麻子、霍見真一郎)http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0005247398.shtml
全国農政連「TPP阻止情報交換会」志位委員長のあいさつ2012年8月30日(木)
日本共産党の志位和夫委員長は29日、東京都内で開かれた全国農業者農政運動組織連盟の「TPP交渉参加阻止に向けての情報交換会」であいさつしました。その内容は次のとおりです。
たたかいは重大な正念場
日本共産党を代表して、心からの連帯のごあいさつを申しあげます。 まずTPPをめぐる現状ですが、野田政権は、4月の日米首脳会談、6月のG20サミットでのTPP参加表明を画策してきましたが、国民の強い反対に直面して、先送りをせざるを得なくなりました。さらに今日の報道では、9月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)での参加表明についても「困難」「見送り」などと報じられています。 しかし一方で、日本経団連は、「遅くとも年内にはTPP交渉に参加しなければならない」として、野田政権に早期の参加表明を強く迫っています。 そして、野田政権は、表向きは「情報収集」といいながら、国民に隠れて実質的な交渉をすすめ、なし崩し的にTPPに参加しようとしています。 いまたたかいは、重大な正念場にきています。私は、TPP参加を断念させるまで、みなさんと力をあわせて、総力をあげて頑張り抜く決意を申し上げるものです。
TPP参加反対を国民の圧倒的世論に
最大のカギをにぎっているのは、国民の世論と運動です。(拍手) 先週、私は、日本医師会の横倉義武会長と懇談する機会がありましたが、横倉会長は、TPPに参加すれば、医療への株式会社の参入、混合診療の全面解禁、薬価の引き上げなどが押し付けられ、国民皆保険制度が空洞化する恐れがあるとして、「日本医師会はTPP参加に全面反対」という立場を表明されました。 「医食同源」という言葉もありますが、日本の食をあずかる農協のみなさんと、医療をあずかる医師会のみなさんが、TPP全面反対で頑張っているのは、心強いかぎりであります。(拍手) 昨日の「朝日」の世論調査では、6割の人が「TPPに参加すれば農業に悪影響」と答え、「日本経済全体に悪影響」と答えた人が多数となり、TPP参加の賛否が4割前後で拮抗(きっこう)するところまできました。 TPPに参加すれば、農業が壊され、医療が壊され、雇用が壊され、食の安全が危険にさらされ、そして経済主権そのものが奪われ、国民にとって「百害あって一利なし」だということを、広く国民の共通認識にし、反対の声を国民の圧倒的世論にして、この亡国の企てを阻止するために、最後まで頑張り抜こうではありませんか。(拍手)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-30/2012083004_01_0.html
従軍慰安婦問題をチャラにしようとする動きが橋下市長によって幕が切って落とされた。河野談話の見直しだ。この発信源は「産経」だ。これに呼応してお坊ちゃま安倍元首相が首相時代の「懺悔」発言を忘れたかのように、ゴマカシ、自民党総裁に立候補などという身の程知らずの発言と行動を展開している。
こうした動きのなかで、「国民が第一」の丸山議員の河野談話を発した本人の参考人質疑の要求とこれに応える形で松原国家公安委員長の談話見直し発言、野田首相の曖昧発言などなど、まさに「河野談話は間違い」論が大手を振っているように見える。
そこでこれら動きに対して「朝日」は疑問を呈する社説を掲載した。これについては、すでに記事を書いた。
今日の記事は、河野談話見直しの急先鋒である「読売」「産経」は別として、「毎日」の記事を読んでみた。「毎日」の態度は、極めて曖昧だ。だが、これはとんでもない役割を果たしていることが判る。以下そのポイントをまとめてみた。
1.従軍慰安婦問題に対する立場は極めて曖昧である。「毎日」の立場は、見えてこない。
2.従軍慰安婦問題についての韓国の立場や動きを紹介しているだけだ。
3.こうして韓国の立場を紹介することで、韓国のやり方を気に食わないと思っているムードを煽り、国内のナショナリズムを煽っている。
4.このことは事実上、ナショナリズムの煽り合いということになり、その根本である戦争責任問題、植民地主義、領土拡張主義の誤りと、国内の人権と民主主義を抑圧してはじめて、戦争が行われたことを曖昧にしている。
5.毎日などの動きは、日本国憲法前文にある政府の行為によって戦争の惨禍が生まれたこと、それによって平和主義が構築されたことを曖昧にし、紛争の平和的解決、非軍事的手段による解決という方向性について、日本国中で知恵を出し合う思考をストップさせている。
以下の記事を読めば、安倍元首相の「完全に事実に基づいていないものは中長期的には両国の友好において結果として維持できない」「強制連行を直接示す資料は見当たらない」発言をそのまま無批判的に掲載している。非常に意図的、アンフェアーだろう。
毎日新聞 従軍慰安婦問題:安倍元首相、河野談話を見直す必要 08月28日 19時54分(最終更新 08月28日 20時12分)
安倍晋三元首相は28日のTBS番組で、戦時中の従軍慰安婦問題をめぐり旧日本軍による強制性を認めた93年の河野洋平官房長官談話を見直す必要があるとの考えを示した。安倍氏は「おそらく(当時は韓国に)配慮して状況を収めようということだった。外交では言いたいことを言えばいいわけではないが、完全に事実に基づいていないものは中長期的には両国の友好において結果として維持できない」と述べた。 安倍氏は06〜07年の首相在任時、談話を踏襲する考えを示す一方、07年に「強制連行を直接示す資料は見当たらない」との政府答弁書を閣議決定した経緯がある。安倍氏は次期衆院選をにらんで橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」との連携を模索しており、橋下氏も答弁書を評価する発言をしている。 安倍氏は番組で、憲法改正や教育再生などを挙げて「(維新の会とは)ずいぶん共通部分がある」と強調。談話の見直しにも言及することで、「保守連携」の流れをつくる狙いがあるとみられる。【坂口裕彦】
http://mainichi.jp/select/news/20120829k0000m010055000c.html
(引用ここまで)
「いわゆる旧日本軍の従軍慰安婦問題をからめて上陸を正当化した」と大統領を批判しているが、この問題についての、見解は述べていない。これも意図的だ。
毎日社説:日韓摩擦 頭を冷やして考えよう毎日新聞 2012年08月25日 02時32分
日本の首相が署名した親書を韓国政府が突き返す。それを持参した韓国の外交官を日本が外務省の正門で門前払いする。成熟した国家同士とはとても思えない、子どもじみた応酬があった。まるでタガがはずれてしまったような日韓摩擦のエスカレートを強く憂慮する。
親書を返送するという、著しく外交儀礼を欠いた韓国側の対応には驚く。李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島上陸、天皇陛下に対する謝罪要求に続く、行き過ぎた振る舞いだ。このようにぶしつけな対日姿勢を、いつまで続けるつもりなのだろうか。 政府は、相手側の非礼に合わせて建設的ではないやりとりを続けるより、一定の良識を踏まえた対応で国際社会に日本の主張と姿勢を理解してもらう方が、賢明というものだ。その意味で、「外交の品位」を考えて返送親書を受けとることにしたのは、妥当な判断だと考える。首相親書の発出という形で、日本が竹島問題で譲れない一線があることを世界にもアピールできた。日韓摩擦の急速な拡大は李大統領の竹島上陸とその後の発言が引き起こしたということを、韓国側は改めて認識すべきである。大統領は、いわゆる旧日本軍の従軍慰安婦問題をからめて上陸を正当化したが、領土や歴史認識にからむ問題は、政治基盤の強い指導者同士が落ち着いた雰囲気の中で真摯(しんし)に向き合うことでしか、処理することはできない。政治家が個人的な思惑で不用意な行動に出れば、双方の国民世論をいたずらに敵対させ、対話の土俵づくりすら困難になるということを、改めて肝に銘じてもらいたい。 そのうえで、日韓両政府はそろそろ頭を冷やし、対立の出口探しも始めるべきではないか。
衆院本会議は尖閣諸島への香港の活動家らの上陸とともに、竹島への李大統領上陸に抗議する決議を採択した。国際司法裁判所(ICJ)への提訴も含め、日本は韓国への抗議と国際社会への積極発信の意思を十分に示した。一つの節目だ。今後は韓国側の出方次第だが、これ以上の関係悪化は日韓両政府とも望んではいないはずだ。野田佳彦首相は「強硬な世論をあおることは、いずれの国の利益にもならない」と記者会見で強調した。その通りである。
日韓は米国の同盟国であり、東アジアの民主主義を支える先進国である。中国の台頭をにらんでアジア回帰を宣言した米国も、日韓の対立が中国や北朝鮮を利し、地域の安定を損なうことを強く懸念している。竹島をめぐる摩擦は、東アジアを混乱させ、日米韓の連携を台無しにしてまで激化させるべきものか。両国指導者は考えてほしい。http://mainichi.jp/opinion/news/20120825k0000m070144000c.html
(引用ここまで)
「韓国には、いわゆる旧日本軍の従軍慰安婦問題などをめぐって、日本側の対応に強い不満があるのも事実だ。だからといって竹島問題でかつてない強硬姿勢を示すことは、互いの国民の理解を得て懸案を解決することをより困難にする」と述べているが、「韓国には…日本側の対応に強い不満」とは何か、を明らかにせず、また「竹島は、1905年の閣議決定で島根県に編入された」と簡単に経過を述べるだけだ。しかも戦後の国際法の経過も明らかにせず、推移を掲載するだけで、日本の「正当性」を強調しているにすぎない。加害者が被害者のこころを読み取れない最悪のパターンだ。
毎日社説:竹島問題 深いトゲをどう抜く 毎日新聞 2012年08月12日 02時32分
日本と韓国が領有権を主張している竹島(韓国名・独島)に李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領が上陸し、実効支配をアピールした。なぜ今、大統領が先頭に立って日韓関係に無用な波風を立てるのか。理解に苦しむ。
竹島は、1905年の閣議決定で島根県に編入された。これに対し韓国は52年、海洋主権宣言を行って一方的に公海上に線引きをし、竹島を内側に組み入れた。その後は沿岸警備隊を常駐させ、ヘリポート、接岸施設を建設するなど、実効支配を続けて今日に至っている。 その一方、国家元首である歴代大統領は、これまで竹島上陸を避けてきた。深刻な外交摩擦を生じさせないため、一定の配慮が働いていたともいえる。それだけに、今回の上陸は竹島をめぐる日韓の対立構図を一変させる、新たな挑発的行為と受け取られても仕方がない。 日本政府が、武藤正敏駐韓大使の一時帰国などの対抗措置をとったのは当然だ。日韓関係は当分、冷却期間が続くことになろう。 韓国では年末に大統領選が予定され、李大統領の任期はまもなく終わる。政権末期で支持率低迷にあえぐ大統領が、世論の矛先をかわすために対日強硬カードを切った、という見方が出ている。だが、実効支配をしている側の韓国がそれをことさら誇示することは、竹島問題に関心の薄かった人も含め、日本の世論の反発を強めるだけである。領土問題は国民感情を刺激する。それを注意深く制御することが、政治指導者の重い責任だ。大統領の竹島上陸は、その責任を放棄する行動ではないのか。日米韓の安全保障協調にも悪影響が出れば、中国や北朝鮮を利する結果になる。
韓国には、いわゆる旧日本軍の従軍慰安婦問題などをめぐって、日本側の対応に強い不満があるのも事実だ。だからといって竹島問題でかつてない強硬姿勢を示すことは、互いの国民の理解を得て懸案を解決することをより困難にする。 今回の事態を招いたことは、日本外交の反省点にすべきだ。韓国に日本の立場や譲れない一線を理解してもらい、竹島問題での対立が日韓関係全体を悪化させないよう、十分に取り組んできたとは言いがたい。 玄葉光一郎外相は、国際司法裁判所への提訴を検討する考えを示している。韓国はこれまで同様、応じない構えだが、国際社会に日本の主張の正当性を訴えていく努力を重ねることが必要だ。それとともに、竹島問題という深いトゲをどうすれば抜くことができるか、政治家は知恵を絞ってほしい。強硬策の応酬による一時の喝采ばかりでなく、長期的な相互利益も考える時だ。http://mainichi.jp/opinion/news/20120812k0000m070079000c.html
(引用ここまで)
「韓国の場合は、いわゆる従軍慰安婦問題など過去の歴史に照らし日本との防衛交流に抵抗感のある世論への配慮があったとみられている。歴史認識問題というトゲを完全に抜くことは難しい」と、最初からこの問題の本質を見誤っている。歴史認識問題のトゲは、日本が刺したのであって、韓国が刺したのではない。ここが最大の認識の誤りだ。この視点ですべての論調が書かれているのだ。
こうしたマスコミの論調が、日本国民の戦争認識を誤らせ、トゲを抜く作業を曖昧にしてきたのだ。大東亜共栄圏正当化論と戦犯勢力を温存してきた最大の要因といえる。
社説:中韓との防衛交流 ぎくしゃくは残念だ 毎日新聞 2012年05月23日 02時32分
中国、韓国の最高レベルの国防当局者訪日が相次いで中止された。国内事情がからんだものだが、地域の安定には日中韓3カ国が政治や経済だけでなく安全保障面で信頼醸成に努力することが欠かせない。ぎくしゃくが続く現状は残念だ。 政府は24日から予定されていた郭伯雄中国中央軍事委員会副主席の訪日延期を発表した。郭氏は中国人民解放軍の制服組トップで、軍事委主席の胡錦濤国家主席、同委副主席の習近平国家副主席に次ぐナンバー3だ。実現すれば02年発足の胡指導部で初めての制服組トップの訪日として、東シナ海での不測の事態に備えた危機管理メカニズム作りなどを話し合うことになっていた。 韓国の金寛鎮(キム・グァンジン)国防相の今月末の訪日も中止になった。日韓両国は自衛隊と韓国軍の「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)、食糧や輸送作業を融通し合う「物品役務相互提供協定」(ACSA)の締結・署名を目指していたが、先送りされた。北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射では情報把握や伝達の問題点が浮き彫りになっただけに、2協定の締結は日韓の安保分野の協力強化を図るものとして期待されていた。 土壇場で中止となった理由は、ともに先方の都合だという。
今月13日の日中首脳会談では、温家宝中国首相が新疆ウイグル自治区と尖閣諸島を取り上げ「中国の核心的利益と重大な関心を尊重」するよう発言した。「核心的利益」とは中国が台湾やチベットなどに言及する場合の表現である。ウイグルは「核心的利益」、尖閣は「重大な関心」と使い分けたという見方があるが、野田佳彦首相が「中国の海洋活動が日本国民の感情を刺激している」とクギを刺したのは当然だ。 中国はまた、亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」代表大会が東京で開催されたことに強く反発している。こうした意見対立が国防当局者の訪日中止の理由だとしたら行きすぎではないか。対立の芽を摘むためにも両国は対話によって互いの立場に理解を深めるべきだ。
韓国の場合は、いわゆる従軍慰安婦問題など過去の歴史に照らし日本との防衛交流に抵抗感のある世論への配慮があったとみられている。歴史認識問題というトゲを完全に抜くことは難しいが、それを乗り越えて日韓が安全保障での協力を進めることは、両国だけでなく東アジア全体の平和と安全にとって必要だろう。
そのためにも、日本は中韓との国防政策の透明化や信頼醸成を国家戦略の重要な柱の一つに据えるべきである。摩擦が生じるたび対話が閉ざされる現実はいびつだ。中国や韓国もそれを自覚してほしい。http://mainichi.jp/opinion/news/20120523k0000m070109000c.html
以上が「毎日」の記事だが、以下の記事を見ても、同じであることが判る。従軍慰安婦問題に疑問を呈する輩の動きを紹介市ながら、実は彼らの主張を「根拠づけ」させている。こうした手法で日々報道する日本のメディアの酷さは、最悪、最低だろう。国際的には通用しないだろうな。あの戦争を本当に反省していないのだから。
野田首相、慰安婦と竹島は別問題=松原氏「河野談話見直し提起も」(2012/08/27-11:11)
野田佳彦首相は27日午前の参院予算委員会で、韓国の李明博大統領が竹島に上陸した背景に旧日本軍の従軍慰安婦問題に対する日本政府の対応への不満があったとの見方について、「本来、結び付く話ではない。領土の問題は領土の問題だ」と指摘、「そんなことを理由に上陸したのなら、なおさらおかしな話だ」と不快感を示した。
首相は慰安婦問題について「(日韓請求権協定が締結された)1965年に法的には決着がついている」と強調。この問題で「心からのおわびと反省」を表明した93年の河野洋平官房長官談話に関し「強制連行した事実を文書では確認できないし、日本側の証言はなかったが、いわゆる従軍慰安婦への聞き取りを含めて談話ができた」と説明した上で、「歴代政権が踏襲しており、わが政権としても基本的には踏襲する」と述べた。 ただ、松原仁国家公安委員長は河野談話について「政府が発見した資料には軍や官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらなかったことも踏まえ、閣僚間で議論すべきだと提案することを考えたい」と述べ、見直しの提起を検討する考えを示した。いずれも新党「国民の生活が第一」の外山斎氏への答弁。 http://www.jiji.com/jc/zc?key=%bd%be%b7%b3%b0%d6%b0%c2%c9%d8&k=201208/2012082700215
河野元官房長官の招致要求=生活(2012/08/27-14:50)
新党「国民の生活が第一」の外山斎氏は27日の参院予算委員会で、1993年に河野洋平官房長官(当時)が旧日本軍による従軍慰安婦問題をめぐって「心からのおわびと反省」を表明したことに関し、「韓国の慰安婦といわれる方々の証言だけを基に河野談話を発表した。大変問題だ」として、事実関係や経緯を確認するため河野氏と官房副長官だった石原信雄氏の参考人招致を求めた。 柳田稔委員長はこの後の理事会で「各会派が持ち帰って協議していただければありがたい」と述べるにとどめ、結論を持ち越した。http://www.jiji.com/jc/zc?k=201208/2012082700419&g=pol
「河野談話」見直し、松原氏が提案検討(2012年8月28日09時22分 読売新聞)
松原国家公安委員長は27日の参院予算委員会で、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話について、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらなかった。閣僚間で議論すべきだと提案することを考えたい」と述べ、見直しの提案を検討する考えを示した。 新党「国民の生活が第一」の外山斎氏への答弁で述べた。 これに関連し、藤村官房長官は27日の記者会見で、「政府の側から何かをやるということではない」と述べ、政府として談話を見直す考えはないとした。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120828-OYT1T00227.htm
今日は1923年9月1日は、関東大震災が起こった日で、防災の日でもある。防災の日に海陸空自衛隊も参加するものものしい日となってしまったが、かつての日に軍隊が何をしたか、マスコミをはじめ教育も、ほとんど問題にしなくなってしまった感がする。
特に東日本大震災があり、自衛隊や米軍が出動したこともあり、軍の出動に違和感を持つ国民はほとんどいないのではないか。愛国者の邪論は、今回の自衛隊の出動については当然との立場だ。だが同時に自衛隊を縮小解消して災害救助隊の創設と拡大を呼びかけるものだ。そういう点で、この記事を書いていることを、まず表明しておきたい。
領土問題についても、軍で対応するのではなく、国際法と海上保安庁と警察力で十分だということだ。軍隊は、暴力装置であるということ、殺人集団だということだ。軍に代わる装置をつくれば、事は十分だ。それが20世紀の歴史をふまえた21世紀の歴史だ。今あるヒートアップは、20世紀的発想であって、博物館でしかみることができないシロモノなのだ。リトマス紙の色が徐々に変わっていくように、代わらざるを得ないシロモノだ。
さて前置きが長くなったが、今日の記事を書くにあたって、以下の記事に注目してみた。
関東大震災で朝鮮人大量虐殺はなかった、自警団が朝鮮人テロリスト集団と戦い巻き添えになって殺害された一般の朝鮮人は震災下混乱のテロとの戦いの犠牲者、日本人も殺害された『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』
http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/36628586.html
関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実
http://jack4afric.exblog.jp/14321006/
これらの記事から見えてくるのは、一貫して近代日本における植民地主義・領土拡大主義に対して、それを正当化・免罪化する論調が跋扈していることが、日本の特徴ということだ。これは天皇の戦争責任を曖昧にしてきたことが最大の要因だ。
これら正当化する見解に対して、以下の記事があった。
関東大震災・朝鮮人虐殺は「正当防衛」ではない 工藤美代子著『関東大震災-「朝鮮人虐殺」の真実』への批判
http://policy.ken-nyo.com/sekai-kantou1h.html
工藤美代子著「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」の出鱈目(1)
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-107.html
そこで、関東大震災時の朝鮮人虐殺を正当化する論調に対しては、長いが、正力松太郎がどのような役割を果たしたか、重要な資料と思われるので以下の資料を掲載しておこう。「読売」が戦争末期に、これを全国に配布した意図を汲み取ることと、「産経」を含めて虐殺や従軍慰安婦問題の正当化の先頭にたっていること、さらには日本における民主主義を抑圧したことを語っていないこと、などなど、視点を発展させていく必要があるだろう。
その前に、検索できるものをあげておこう。
「朝鮮人暴動説」を新聞記者を通じて意図的に流していた正力
http://www.jca.apc.org/~altmedka/yom-8-2.html
米騒動や大震災の思い出 正力松太郎
一正力社長は一月十一日(昭和十九年)午前八時より、警視庁第一会議室において都民決戦体制の指導取締りの重責を担う警視庁及び各警察署の警部、警部補五百余名に対し、約一時間十五分にわたり左の講演を行い、一言一句熱気を帯びて多大の感銘を与えた。
このたび総監閣下から何か皆さんに話をしてくれという御依頼がありましたので、私ははなはだ潜越ながら喜んでここに参った次第であります。
只今お話のありました如く、私は役人生活の大部分を警視庁で奉職しておりましたから、ここへ来て皆さんにお目にかかることは自分の郷里へ帰って昔の友達か後進の者に話をするような感じがするのであります。従って固苦しい話よりも昔の思い出話をした方がよろしいかと存じます。
私は大正二年六月から大正十三年一月まで十一年問引続き警視庁におりました。この間、警視庁として種々なる大問題に直面しました。すなわち同盟罷業が頻々起り、大衆の力を頼んで政府を倒そうとするいわゆる倒閣運動も度々行われ、また共産党の検挙もこの時に始まり、なおまた有名なる全国米騒動や関東大震災も起ったのであります。当時、私どもの経験した事をお話するのは幾分か皆さんの御参考になると思います。殊に米英の大空襲が必至と見られる今日において、大震災当時のお話をすることは最も有意義かと思います。大空襲はかのドイツ・ハンブルグの実情を見ますれば関東の大震災に彷彿たるものがあります。またその際人心の不安に乗じて、万一如何なる騒動が起らぬとも保証は出来ません。いわば米騒動のようなこともあらかじめ考慮に入れておくことが必要かと思いまするから米騒動の時の話もしたいと思います。而して当時私は警視庁幹部の一人として直接指揮し自ら活動したことをお話するのは最も力強く印象を与えると思いますから、私の話を中心として申上げます。従って私の記憶に万一間違いがあってはならぬと思うて、あらかじめ当時の警視庁関係者についても問い質しました。すなわち米騒動当時、兼任警視として警務課長であり大震災には警視として警務課長でありました小林光政君、米騒動当時浅草七軒町警察署長であり震災当時、司法大臣秘書官であった品川主計君、両人ともに後に警視庁官房主事になりました、及び現警視庁文書課長警視岸本太郎君、同君は米騒動の時以来引続き警視庁本庁に勤務しております。この三君やその他当時の一、二の人にも問い質しましたが、皆さんのうちにも当時から勤務しておらるる人もあると思いますから、もし私の話に間違った点があらば腹臓なくお質しを願いたいと思います。
神田青年会館演説会の解散(略)
日比谷公園の騒擾(略)
米穀取引所、吉原遊廓及び警察署の襲撃(略)
警視庁庁舎焼失の非難
警視庁庁舎の焼失せるのは、警視庁幹部はいずれも大地震が起るや官舎に帰って私財を片づけ、しかも徴発した貨物自動車でこれを運ぶなどしておったからであると巷間の一部に伝えられたのみならず、内務省にまで報告されておったということであります。私は警視庁のため、また私自身のためにも弁解したいと思います。
震災当時の警視総監は赤池さんでありましたが、内閣が更迭したので後任の総監に九月四日、湯浅倉平さんが任命せられました。警務部長は馬場一衛君、その後青森の知事になりました。刑事部長は木下信君、その後鳥取、愛媛の知事から台湾総務長官を経て今は代議士であります。保安部長は笹井幸一郎君で愛媛、長崎の知事を経て先年死にました。衛生部長は小栗一雄君で二・二六事件当時の警視総監であります。消防部長は緒方維一郎君でその後知事になりました。私は官房主事でありました。
地震の起ったのは御承知のごとく九月一日午前十一時五十八分で、私は官房主事室において来客と対談中でありました。大地震が襲来するや庁員はいずれも中庭に飛び出し、私の隣室の高等係長市川君や外事課長広瀬君(現産業設備営団総裁)が私の部屋にとび込んで来て『早く外へ出ませんか』と誘いましたが、『私に構わず早く出給え』というて、私は部屋を出ませんでした。それは警視庁庁舎は煉瓦造りで非常な大動揺をしましたから、私は部屋を出ても三階から庭に出るまでには庁舎が倒壊するものと思いまして、途中で死ぬよりもむしろ自分の部屋で死んだ方がよいと肚を決めましたから、椅子から立って机に手をかけたままじっと天井の方を見ておりました。地震が止むや私は直ちに窓から外を見ましたところ、警視庁の後隣の一色活版所をはじめ二、三ヶ所は、すでに火を発しておるのを見ましたから、これは大変である、市内各所に火を発しておるに違いないと直感しまして、私は急ぎ部屋を出ましたが、三階にも二階にも、もはや誰もいませんので、庭に出ようとした時に高等課の瀬川巡査部長が来まして、官舎の私の家族は庭に出て無事であるが、これから京橋の親戚(私の妻の実弟、京橋区松枝町)へ避難するところですといいましたから私はそれはいけない、全市の大火事になるから市内は危険である、郊外の品川君(多年の友人、代々木山谷)の家にでも避難せよと命じました。家族の者共は驚きの余り自分らの近くの火災のみを見て京橋ならば大丈夫だと思うて避難しようとしたのであります。私は直ちに馬の厩舎へ行きました、同厩舎は木造で火元に最も近かったからであります。厩舎の係員を消防署に走らせて応援を求めしめましたが、すでに消防自動車やポンプが東宮御所その他市内へ出払ったばかりのところでありました、折から小林警務課長が総監官舎より帰り来って総監の命令で出兵の請求に師団司令部へ赴くと報告して立ち去りました。この時、警視庁の在庁員は遺憾ながらはなはだ少数であったのであります。市外ビルディングその他へ死傷者の救護に出た者もありましたが、家族の身を案じて自宅へ帰ったものはすくなくなかったからであります。少数の人員をもって防火に従事しましたが警視庁庁舎は風下にありましたため、木造の厩舎は間もなく燃え、午後一時過ぎ早くも本館に火が移りまして、重要書類だけを運び出した次第であります。
かくて午後二時ごろ日比谷公園内の第一中学校校舎を、警視庁仮庁舎と定めまして、市内の自動車を徴発して死傷者の運搬救護等に努力しました。(中略)
朝鮮人来襲虚報の責任
次に朝鮮入来襲騒ぎについて中上げます。朝鮮人来襲め虚報には警視庁も失敗しました。大地志の大災害で人心が非常な不安に陥り、いわゆる疑心暗鬼を生じまして一日夜ごろから朝鮮人が不穏の計画をしておる、との風評が伝えられ、淀橋、中野、寺島等の各警察署から朝鮮人の爆弾計画せるもの又は井戸に毒薬を投入せるものを検挙せりと報告し、二、三時間後にはいずれも確証なしと報告しましたが、二日午後二時ごろ富坂警察署から又もや不穏鮮人検挙の報告がありましたから、念のため私自身が直接取調べたいと考え、直ちに同署に赴きました。当時の署長は吉永時次君(前警視総監)でありました。私は署長と共に取調べましたが犯罪事実はだんだん疑わしくなりました。折から警視庁より不逞鮮人の一団が神奈川県方面より来襲しつつあるから皇急帰庁せよとの伝令が来まして、急ぎ帰りますれば警視庁前はすでに物々しく警戒線を張っておりましたので、私はさては朝鮮人騒ぎは事実であるかと信ずるに至りました。私は直ちに打合せのため司令部に赴き、参謀長寺内大佐(現南方方面陸軍最高指揮官)に会いましたところ、軍は万全め策を講じておるから安心せられたしとのことで、軍も鮮人の来襲を信じ警戒しておりました。その後、不逞鮮人は六郷川を越え或は蒲田付近にまで来襲せりなどとの報告が大森察署や品川警察署から頻々と来まして、東京市内は戒に大騒ぎで人心匈々(匈は人偏)としておりました。しかるに鮮人がその後なかなか東京へ来襲しないので不思議に思うておるうち、ようやく夜の十時頃に至ってその来襲は虚報なることが判明いたしました。この馬鹿々々しき事件の原因については種々取沙汰されておりますが、要するに人心が異常なる衝撃をうけて錯覚を起し、電信電話が不通のためいわゆる一犬虚に吠えて万犬実を伝うるに至ったものと思います。警視庁当局として誠に面目なき次第でありますが、私共の失敗に鑑み大空襲に際しては、この点特に注意せられんことを切望するものであります。
自己を忘れて職務を貫徹(略)
本冊子は内務省警保局より全国道府県警察部に配付し重大時局下、警察官の資料としたものであります。
御参考のため呈上致します。御高覧賜わらぱ光栄に存じます。
昭和十九年二月 読売新聞社
この長い記事は『歴史の真実 関東大震災と朝鮮人虐殺』現代史出版の資料編を元にしている。