北京在住の主婦、趙さん(51歳)は「桜の話」になるとソワソワする。中国在住の中国人なのに、わざわざ日本の桜の開花予測をチェックしているとは驚きだ。もちろん、中国には桜の開花予測というものは存在しない、日本独自のものだ。
趙さんは専業主婦。中国人にしては珍しい。夫が会社経営していて裕福なので、友人らと食事に出かけたり、国内外に旅行したりすることを趣味にしている。
3月末にも東京に遊びに行く予定だと聞いていたのでメールしてみたのだが、3月上旬の段階では、まだスケジュールを決めかねており、上記の話を私の微信(中国版LINE)に一気に送ってきた。
「友人との予定が合う3月4週目に行くことになりそうなんですが、その頃だとまだ2~3分咲きでしょう? でも、しょうがないですよね。ほんの少しでも桜が見られたらそれでいいので。『花の命は短い』っていう日本語があることも知っていますから(笑)」
まるで日本人と会話しているかのような錯覚を覚えるほど自然な会話だが、趙さんはごく普通の中国人であり、日本ととくに深い縁があるわけではない。数年前から日本旅行を始め、日本の「かわいい雑貨や洋服」を追い求めて、年に2回ほど日本旅行にやってくるというだけだ。だが、桜には特別の思いがあるという。
日本のイメージは桜、富士山、温泉、ラーメンの順
「中国人にとって、日本のイメージといえば、第一に桜、そして富士山、続いて温泉、ラーメンの順番でしょう。一番の人気は何といっても、桜です。以前、訪日したときはちょうど4月の清明節(中国でお墓参りをする日)の連休と桜の開花がぶつかり、運よく少しだけ見られたのですが、今度はできれば満開のときに見てみたいなと思ったのです。日本人のように、桜の木の下でお酒を飲みたいとは思わないけれど、桜をバックにたくさん写真を撮って、友だちに自慢したかったのですが、今回は日程的に微妙ですね……」
趙さんのように桜に強い思いを抱く中国人は多い。日本への渡航経験のあるなしにかかわらず、中国で日本関係の印刷物などでよくイメージ写真に使われているのは、やはり桜と富士山が定番中の定番だ。訪日中国人が史上最大の500万人といっても、「まだ定番の日本を体験していない=だから体験してみたい」と思っている中国人は非常に多い。
だから、日本といえば、イメージするのはズバリこの二つであり、日本を体感するためにも「一度は拝んでみたい」もののようらしい。
趙さんによれば、桜の魅力は、(1)開花時期が短く貴重であること(2)本格的な春を思わせる花で日本の象徴であること(3)散り際が見事で散ったあとも美しいこと――などだ。
日本旅行歴がまだ浅い趙さんが、いかにも「日本通」であるかのように滔々(とうとう)と話すので、逆に日本人である私のほうが面食らってしまった。
それほどまでに、中国人にとって日本=桜、であり、桜への憧れは強いようだ。
趙さんのような中年だけに限らない。
昨年、取材で訪れた上海で出会った若者は21歳と25歳の男性会社員だった。日本のアニメやコスプレが大好きで、休日にはコスプレして公園に行き、友人同士で撮影会まで行うという、オタクでちょっとヤンキー風の青年だった。日本に行ったことはまだ一度もなく、「いつか日本に行ってみたい。日本に着いたら、とにかく本物の桜を見てみたい」とつぶやいていた。
ちょうど出会ったとき、1人はパソコンを持っており、私の目の前でパソコンを起動させると、トップ画面にある桜の写真をやや自慢げに見せてくれた。といっても、まだ行ったことがない「新宿御苑」の桜の写真で、「どうしてこんな写真を持っているの?」と聞くと、ネットで画像を探してきたと言い、「とてもきれいだから、いつもこうしてパソコンの背景にしているんです」と少し照れながら話してくれた。
いつか日本で桜を見られたら「とにかく写真を撮りたい。できれば桜の枝を前にして、着物を着て、背景はゼッタイ富士山がいい(笑)」と妄想を膨らませる。
こんなに若い青年でさえ、日本の桜に憧れていると聞いて私はかなり驚いた。私もときどきチェックする中国のSNS、「微信」上でも、2月中旬ごろから、桜前線に関する情報や、「今こそ行くべき日本の桜の名所ベスト10」などの情報がたくさん載っていたので、ネットを頻繁に見ている若者は知識だけはかなり持っているようだ。
そのランキングによると、ベスト5は新宿御苑(東京)、上野公園(東京)、千鳥ヶ淵(東京)、清水寺(京都)、吉野山(奈良)の順だった。中国の旅行クチコミサイト(海外旅行をする人のための情報が載っているウェブサイト)の「日本」の項目を見ても、日々刻々と変わる桜前線や、地方都市の桜の名所などを紹介している。
中国の旅行クチコミサイトの中には、ネット版「地球の歩き方」のようなものがあり、そこには日本人でもあまり知らないようなマニアックな地方の桜並木なども紹介されている。いかに花見が日本旅行のモチベーションにつながっているか、人気の高さがうかがえる。
中国で見る桜と日本の桜はぜんぜん違う
中国にも実は、桜の名所はかなりたくさんある。中国人も桜や紅葉など自然を愛(め)でる習慣があるからだ。近年は生活にもゆとりが出てきて、花見などに出かける機会が増えた。
桜の場合、北京では玉淵澤公園、上海では上海植物園などがとくに知られており、地方都市の武漢などは武漢大学のキャンパスにたくさん植えられている。武漢大学はわざわざ遠方から花見に出かけて行くほど有名だ。
実は、武漢大学の桜は戦時中、日本軍が植えた桜が移植されたものだと言われており、地元の人々は皆そのことを知っている。だが、今では純粋に桜の名所として人気が高く、反日デモのときでも、桜を傷つける人など誰もいなかった。中国は広いので、都市によって気候は大きく異なり、桜が咲かない地域も多いが、一部の都市では容易に桜を見つけることができる。
だが、前述の趙さんは首を横に振りながら、「でも、中国で見る桜と日本の桜はぜんぜん違いますよ」と力説する。
「日本の桜は川べりにはうようにして咲いていたり、長い並木道に植えてあったり、菜の花とセットだったり、とにかく風景全体が美しい。日本で見るからかもしれませんが、中国の公園で見る桜とは雰囲気が違います。種類も断然豊富で、何よりも木の手入れが行き届いている。私は日本に行くまで、桜にたくさんの種類があることを知らなかったけど、早咲きや遅咲き、それにソメイヨシノとか八重桜とか、いろいろあることを知りました。桜はやはり本場の日本で見てこそ、見応えがあるものだと痛感しました」
以前、私は別の中国人から「日本は空の青、山の緑、田んぼの緑のコントラストが美しい」と言われてびっくりし、「そんなものかな?」と思ったことがあったが、同じ桜の木でも、日本と中国では周囲の風景が大きく異なる。中国の桜は土壌や気候との関係なのか、枝ぶりが大きく育つことが多く、日本のように顔の間近まで枝がはうようなシチュエーションは少ない。
やはり日本とは同じ桜といっても、趣が異なるのだ。
そういえば、昨年の3月も「爆花見」と形容されるほど大勢の中国人が来日した。花見が目的の第一だったかどうかは不明だが、昨年3月のビザ発給件数は前年同月の2倍に当たる約14万6000件と、単月では過去最高となった。昨年の場合、桜の満開と中国の祝日(清明節)の時期がぶつかったため、余計に大勢の観光客が訪れたということもある。
私自身も昨年、井の頭公園(東京)にお花見に出かけた際、桜の枝を頬の横まで引っぱってスマホで写真を撮影する中国の若いカップルや家族連れを何組も見かけた。動画を撮ったり、SNSに載せたり、数人で踊ってみたりと、桜よりお弁当やお酒を重視する「花よりだんご」の日本人の花見客と比べて、桜そのものを楽しむ人が多いように見えた。
この1年ほど、中国人(とくに中間層以上)の海外旅行は「モノ」消費から「コト」消費へと移ってきていると言われている。今後は家電や日用品などの買い物だけでなく、美容や医療、風景、芸術、グルメ、スポーツなどの体験や思い出づくりに関心事が移っていくだろうと予測されている。
現に、エステやマッサージ、川下りやスキー、陶芸教室などにも興味を示していると言われている。行き先も東京や大阪などのゴールデンルートから、地方都市へと広がってきている。とくに都会の中間層以上にとって、海外旅行が急速に成熟化していく中で、もはや興味が物欲だけではなくなってきていることは確かだ。
そんな彼らにとって、開花時期がとても短く、日本を象徴する特別な花である桜を愛でることは「まだやっていないコト」であり「ぜひやってみたいコト」のひとつだ。免税店などでの買い物は他の国でも代替がきく。その点、桜が最も美しい国は日本しかなく、桜=日本というイメージが非常に強いからだ。
昨年は史上最大の約500万人の中国人が来日した。それでもまだ、「日本でお花見」を実際に経験した人はわずかしかいない。前述したように開花時期が短いからだ。そういう意味では、今後、このシーズンにぶつけて来日を計画する人がますます増えることは間違いないだろう。
中国人が押し寄せると、何でも「爆○○」という代名詞がついてしまう昨今。とは言え、彼らが桜に興味を示し、日本の風流を少しでも感じてくれたら、日本人としてとてもうれしい。そして何よりも、日本の新たなるインバウンド戦略のひとつとして、「桜」は真剣に考える材料のひとつとなり得るのではないだろうか。
プロフィル 中島 恵 (なかじま・けい)
1967年、山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経て、96年よりフリージャーナリスト。市井に暮らす中国人の生活に密着した丁寧な取材には定評がある。著書に『中国人エリートは日本人をこう見る』、『中国人の誤解 日本人の誤解』(ともに日本経済新聞出版社)、『 なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか? 』(中央公論新社刊)、『 「爆買い」後、彼らはどこに向かうのか? 』(プレジデント社)などがある。(引用ここまで)
難癖!?
かつての日本を想い起こせ!
上から目線ではダメだ!
中国人観光客急増の桜名所 文化の違いからトラブル増を懸念
NHK 2016.03.24
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160324/dms1603241840016-n1.htm
桜、ラーメン、温泉--この3つが中国人が日本に抱くイメージの定番なのだという。中国事情に詳しいジャーナリストの富坂聰さんが言う。
「中国にはもともと花見の文化はありませんが、5年ほど前から日本の『お花見文化』が知られるようになり、一昨年頃から“日本に行くなら花見の季節がいい”という観光客が急増しました。爆買いなどの日本旅行に花見を組み合わせたツアーを組む旅行会社は多いですね」
実際に中国の大手旅行社では、「目黒川の桜並木、上野公園などの桜の名所を観光する約5000元(約8万6500円)」「東京、大阪の名所を回る約1万元(約17万3000円)」のプランが売り出されていて、予約が殺到しているという。
昨年春の東京・上野公園のお花見では、中国人を中心に外国人比率が50%を超えたが、今年はさらに中国人観光客が増えそうな勢いだ。
「今まで中国人観光客は桜の名所を眺めたり、写真を撮ったりするだけで満足していましたが、徐々に日本式の花見酒も知られつつあります。酒席となれば周囲の目を気にしないで大声で話すのが中国人のスタイル。決して悪意があるわけではないですが、花見酒を嗜む中国人が増えれば、騒々しいという苦情や、“場所取り”という概念を知らずに後から勝手に座り込んでしまうトラブルが増えないか心配です」(前出・富坂さん)
ある中国メディアは最近、日本式花見の“正しい持ち物”として「ブルーシート、使い捨て皿、紙コップ、割り箸、ウエットティッシュ、使い捨てカイロ、酒」を紹介。中国人観光客はブルーシート片手に、日本の桜前線の北上を虎視眈々と待ち構えている。
ただし、昨年までの花見マナーを見ているとかなり心配だ。
「彼らは当たり前のように桜の枝を折ってしまう。親が枝を折って子供に渡す姿を見ました」(日本人花見客)
「中国人団体客の1人が、花びらが散っている写真を撮るために枝を大きく揺すっていた。“それはいいアイディアだ”とばかりに他の客も次々に真似をして、太い枝が今にも折れそうになっていた」(別の日本人花見客)
さらにトイレでは、こんなトラブルも。
「女性トイレは長蛇の列になるのですが、ある女性がいきなり列に割り込んできた。並ぶように注意したら、中国語で大声でまくしたてられて怖かった」(女性花見客)
「汚く使うだけでなく、トイレットペーパーを持ち帰ってしまうので本当に困る。トイレに置いたペーパーが、いっぺんに消えてしまったこともありました」(公園関係者)
今年の春の公園では“仁義なき戦い”が待っている。 ※女性セブン2016年3月31・4月7日号 (引用ここまで)