ラジオ放送で、觀世流「玉井」を聴く。
兄から借りた釣針を海へ落とした彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)は兄に咎められ、それを拾ひに海中へ入ったところ、“良縁”に恵まれ龍宮の婿となる──
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“海幸山彦”の神話から取材した、いかにも觀世小次郎信光の作らしい賑やかな一曲だが、私には同じ話の神樂「山海交易」のはうに馴染みがある。
何年も前、人から貰った招待券で明治神宮の薪能へ出かけた時、喜多流の出演でこの「玉井」を觀た。
席は脇正面のどん詰まりだったので、遠い向かふで華やかなキモノを着た役者が何かやってゐるな、くらゐの印象しか殘っておらず、むしろ帰りに神宮内のどこかに棲家の鍵を落としたことに氣付き、すでに夜のことゆゑ見つけることを諦めた、そんな苦々しい思ひ出のはうが鮮烈に殘ってゐる。
幸ひスペアキーの用意があったので事無きは得たが、彦火火出見尊は釣針を海に落として良縁を得、私は棲家の鍵を地面に落として翌日に改めてスペアキーを作る余計な出費に遭ふ。
……浮世なんて、そんなものサ。