嵐昇菊(あらし しょうぎく)―
それが、父までの代々が名乗っていた歌舞伎役者の芸名でした、と金澤あかりは続けた。
「もともとは、“緒室屋(おむろや)”という屋号を持つ、名門だったらしいのですが……」
金澤あかりの祖父の代で家運は傾きだして―
「父が五代目を継いだときにはすっかり零落していて、役も思うように付かなくなっていたそうです。それで父は芝居に対する意欲を失って……」
三十五歳の若さで、ついに廃業した。
「その後は日本舞踊の師匠に転向して、細々とやっているうちに……」
縁があって―
「ある地方の、いわゆる“農村歌舞伎”の指導を頼まれるようになったんです。父はとても喜んで、張り切っていたそうです。やっぱり本当は、歌舞伎をやりたかったのでしょうね……」
そう微笑んで、金澤あかりはストローに口をつけた。
僕は、この若い女性が歌舞伎という、およそ一般的でない家の生まれであることに、興味を覚えた。
そして、運命の残酷さを思った。
人がその道で生きていくには、才能や実力以上に、何よりも“運”が、大きく物をいう。
僕も、画家としての実力がに充分にありながら、“運”に恵まれなかったがために、虚しく朽ちていった同業を、何人も知っている―
金澤あかりの父“嵐昇菊”という歌舞伎役者も、まさにそういう道を歩まされたといえる。
が、農村歌舞伎の指導者という形で、その技術を生かせたのならば、まだ幸せだったと言うべきか……。
「ちなみお父様は、どこの農村歌舞伎で教えていらしたのですか?」
金澤あかりは、東京から五百キロほど西にある町の名前を言った。
そして、
「わたしも、そこで生まれたんです」
と付け加えて、「町なんて名ばかりの、実際は村でしたけど」と笑ってみせた。
その町では、毎年秋におこなわれる神社の例大祭で、民俗芸能の奉納芝居―いわゆる“農村歌舞伎”が披露される。
しかし、地方の宿命とも言うべき深刻な“過疎化”と“少子高齢化”は、こことても同じだった。
ゆえに、農村歌舞伎の参加者が集まらない―とくに、肝心の指導者に後継がいなかった。
「向こうでは、“振付さん”と呼んでいましたけれど、今までそれをやっていたお年寄りの方が、老齢を理由に引退してしまったんです」
たまたま元・嵐昇菊の日舞教室に通っていた弟子のなかに、その町の出身者がいて、その人から「引き継いでもらえないか」と打診されたのが、きっかけとなった。
「最初は、東京から教えに出向いていたそうですけれど、そのうちに神社の宮司の娘と“いい仲”になって……」
金澤あかりは含み笑いをすると、「で、わたしが生まれた、と」
「ああ……」
「父はわたしの誕生をきっかけに、その町へ稽古場もろとも、引っ越したんです」
そう続ける金澤あかりの瞳(め)に、一瞬複雑な表情(いろ)が走ったことに、僕は気が付いた。
続
それが、父までの代々が名乗っていた歌舞伎役者の芸名でした、と金澤あかりは続けた。
「もともとは、“緒室屋(おむろや)”という屋号を持つ、名門だったらしいのですが……」
金澤あかりの祖父の代で家運は傾きだして―
「父が五代目を継いだときにはすっかり零落していて、役も思うように付かなくなっていたそうです。それで父は芝居に対する意欲を失って……」
三十五歳の若さで、ついに廃業した。
「その後は日本舞踊の師匠に転向して、細々とやっているうちに……」
縁があって―
「ある地方の、いわゆる“農村歌舞伎”の指導を頼まれるようになったんです。父はとても喜んで、張り切っていたそうです。やっぱり本当は、歌舞伎をやりたかったのでしょうね……」
そう微笑んで、金澤あかりはストローに口をつけた。
僕は、この若い女性が歌舞伎という、およそ一般的でない家の生まれであることに、興味を覚えた。
そして、運命の残酷さを思った。
人がその道で生きていくには、才能や実力以上に、何よりも“運”が、大きく物をいう。
僕も、画家としての実力がに充分にありながら、“運”に恵まれなかったがために、虚しく朽ちていった同業を、何人も知っている―
金澤あかりの父“嵐昇菊”という歌舞伎役者も、まさにそういう道を歩まされたといえる。
が、農村歌舞伎の指導者という形で、その技術を生かせたのならば、まだ幸せだったと言うべきか……。
「ちなみお父様は、どこの農村歌舞伎で教えていらしたのですか?」
金澤あかりは、東京から五百キロほど西にある町の名前を言った。
そして、
「わたしも、そこで生まれたんです」
と付け加えて、「町なんて名ばかりの、実際は村でしたけど」と笑ってみせた。
その町では、毎年秋におこなわれる神社の例大祭で、民俗芸能の奉納芝居―いわゆる“農村歌舞伎”が披露される。
しかし、地方の宿命とも言うべき深刻な“過疎化”と“少子高齢化”は、こことても同じだった。
ゆえに、農村歌舞伎の参加者が集まらない―とくに、肝心の指導者に後継がいなかった。
「向こうでは、“振付さん”と呼んでいましたけれど、今までそれをやっていたお年寄りの方が、老齢を理由に引退してしまったんです」
たまたま元・嵐昇菊の日舞教室に通っていた弟子のなかに、その町の出身者がいて、その人から「引き継いでもらえないか」と打診されたのが、きっかけとなった。
「最初は、東京から教えに出向いていたそうですけれど、そのうちに神社の宮司の娘と“いい仲”になって……」
金澤あかりは含み笑いをすると、「で、わたしが生まれた、と」
「ああ……」
「父はわたしの誕生をきっかけに、その町へ稽古場もろとも、引っ越したんです」
そう続ける金澤あかりの瞳(め)に、一瞬複雑な表情(いろ)が走ったことに、僕は気が付いた。
続