午前二時ちょっと前。
はっと目が覚めて、ほーらやっちまった…と、溜め息。
TVもつけっぱなしだし…。
TVでは、深夜枠に放送されているアニメがちょうど終わって、エンディングのテーマ曲が始まったところだった。
イントロからいきなりドカーンとくるハードロックに、僕は顔をしかめた。
起きたばかりでこの音とノリは辛い…。
僕はテーブルにおいたリモコンに手を伸ばして、電源ボタンに指をかけた時、歌が始まった。
ん?
ヴォーカルの声に何やら感じるものがあって、僕の指が止まった。
伴奏が大爆音のために、歌詞はよく聞き取れない。
けれど、いかにもハードロックらしい漲るようなパワーと、華やかさと、それでいて繊細さと、どこか切なさを含んだ歌声…。
こういうテの音楽は全くの門外漢である僕でも、何だかわからないなりに「上手いな…」と思わせるものがあった。
核戦争で荒廃した近未来の地球を舞台にした戦闘ものアニメのテーマ曲らしく、サビに入ると“立ちはだかるものは容赦なく破壊し尽くせ!”といった、いかにも攻撃的なテンポへ。
そして、
“全てを破壊した先に、僕たちの明るい未来はある…”
みたいなことを歌って曲が終わった時、僕はこのハードロックにすっかり聴き入っていたことに気が付いた。
「……」
なんだろう、この感覚。
曲が僕の心に、スーッと入ってきたのだ。
こんなことは、生まれて初めてと言ってよかった。
寝起きの茫とした感じは、完全に吹き飛んでいた。
今のは何というグループの、何という曲なのか、とりあえずアニメのタイトルから検索してみようとした時、TVで再び今の曲のサビと、それを歌うアーティストの姿が映った。
それはニューシングル発売のCMで、カメラ目線で歌うヴォーカルに、僕は思わず「あれっ?」と声を上げた。
左右でカラーの違うコンタクトレンズを嵌めた瞳の奥に、僕は記憶があったからだ。
しかし、それが完全に形となって蘇る前に、
NOW ON SALE!
の文字を映して、CMは終わってしまった。
それは、“μ”というビジュアル系ロックバンドの、「W.X」という新曲のCMだった。
“μ”…。
聞き覚えのあるバンド名だ…。
そして、あのヴォーカルは…。
僕はパソコンを立ち上げた。
予感は、
的中。
鼻の奥がつぅんときて、
鼻血が出た。
「μ(ミュー)」―そう、僕が五年前に萬世橋駅前の広場でサンプルCDを貰った、あのインディーズのビジュアル系ロックバンドだ。
μはあのあとも順調に活動を展開して、プロデビューも囁かれるようになった頃、“祥斗(ヨシト)”と云うヴォーカルに、突如として妙な変化が始まった。
それまで女性的なルックスとは裏腹な硬派路線を貫いていた彼が―それが魅力で人気があったらしい―、何を思ったのか、女装してライヴのステージに現れるようになったのだ。
ビジュアル系ロックバンドには「女形」と称して、女装してステージに登場するメンバーがいる。
“祥斗”の場合、その初回のステージで、「ファンの要望もあり、自分としてはシャレのつもりで…」と、半ばア然しているファンの前で語ったというが、シャレにしては随分と気合いが入っている感じだったと云う。
その時の写真を見ると、確かにそんな印象を受ける。
僕は萬世橋駅前でのストリートライヴで、女装化する前の“祥斗”を一度だけで見ていて何となく顔を覚えているだけに、「あの人があのあと、こんなふうにねぇ…」と、妙に感慨深いものがあった。
それでもファンたちは、初めのうちは、大喜びだった。
しかし、彼が「前回好評だったので…」と、回を重ねて女装して登場するようになり、そして新曲も今までの彼からは考えられなかったような「軟派な」ものも登場してくるようになってくると、話しは変わってくる。
もともと彼に求めていたものが違うだけに、ファンたちは次第に醒めていき、それはライヴ会場への客足にも影響するようになった。
ビジュアル系ロックバンドの世界には、
“女形のいるバンドは出世しない”
と云うジンクスがある。
夢だったメジャーデビューも囁かれるまでになっていただけに、“祥斗”の「女形」には初めから反対だったメンバーたちは、彼に何度も翻意をうながしたけれど、彼にそのつもりはなく、バンドは今度は次第に、分裂のウワサが囁かれているようになった。
これはかなり致命的だ。
そしてヴォーカル“祥斗”は、「体調不良」を理由にバンドを脱退すると自ら申し出たと公式ホームページで発表して、μはそのまま、活動休止となってしまう。
祥斗脱退の真相については、これはあくまでもウワサとされている事だけれど、彼にはもともと鼻にコンプレックスがあって、その整形手術を受けたところ抜糸に失敗してバイ菌が入ってしまい、「鼻が曲がってしまっ」て治らなくなったから、とされている。
結局μは、“女形のいるバンドは出世しない”のジンクスを、地でいってしまったわけだ。
業界内で、「μもこれで終わったな…」と囁かれても、彼らは決して、自分達の音楽を諦めなかった。
祥斗に代わる―自分達と世界を共有できるヴォーカルを、探し始めた。
そうして、元RUSHADEのヴォーカルで、解散後は消息を絶っていた“HARUYA”を、ゲットした。
HARUYA。
イコール、
山内晴哉。
そういうわけなんだ…。
僕は集めまくった資料から一度を離して、宙を仰いだ。
〈続〉
はっと目が覚めて、ほーらやっちまった…と、溜め息。
TVもつけっぱなしだし…。
TVでは、深夜枠に放送されているアニメがちょうど終わって、エンディングのテーマ曲が始まったところだった。
イントロからいきなりドカーンとくるハードロックに、僕は顔をしかめた。
起きたばかりでこの音とノリは辛い…。
僕はテーブルにおいたリモコンに手を伸ばして、電源ボタンに指をかけた時、歌が始まった。
ん?
ヴォーカルの声に何やら感じるものがあって、僕の指が止まった。
伴奏が大爆音のために、歌詞はよく聞き取れない。
けれど、いかにもハードロックらしい漲るようなパワーと、華やかさと、それでいて繊細さと、どこか切なさを含んだ歌声…。
こういうテの音楽は全くの門外漢である僕でも、何だかわからないなりに「上手いな…」と思わせるものがあった。
核戦争で荒廃した近未来の地球を舞台にした戦闘ものアニメのテーマ曲らしく、サビに入ると“立ちはだかるものは容赦なく破壊し尽くせ!”といった、いかにも攻撃的なテンポへ。
そして、
“全てを破壊した先に、僕たちの明るい未来はある…”
みたいなことを歌って曲が終わった時、僕はこのハードロックにすっかり聴き入っていたことに気が付いた。
「……」
なんだろう、この感覚。
曲が僕の心に、スーッと入ってきたのだ。
こんなことは、生まれて初めてと言ってよかった。
寝起きの茫とした感じは、完全に吹き飛んでいた。
今のは何というグループの、何という曲なのか、とりあえずアニメのタイトルから検索してみようとした時、TVで再び今の曲のサビと、それを歌うアーティストの姿が映った。
それはニューシングル発売のCMで、カメラ目線で歌うヴォーカルに、僕は思わず「あれっ?」と声を上げた。
左右でカラーの違うコンタクトレンズを嵌めた瞳の奥に、僕は記憶があったからだ。
しかし、それが完全に形となって蘇る前に、
NOW ON SALE!
の文字を映して、CMは終わってしまった。
それは、“μ”というビジュアル系ロックバンドの、「W.X」という新曲のCMだった。
“μ”…。
聞き覚えのあるバンド名だ…。
そして、あのヴォーカルは…。
僕はパソコンを立ち上げた。
予感は、
的中。
鼻の奥がつぅんときて、
鼻血が出た。
「μ(ミュー)」―そう、僕が五年前に萬世橋駅前の広場でサンプルCDを貰った、あのインディーズのビジュアル系ロックバンドだ。
μはあのあとも順調に活動を展開して、プロデビューも囁かれるようになった頃、“祥斗(ヨシト)”と云うヴォーカルに、突如として妙な変化が始まった。
それまで女性的なルックスとは裏腹な硬派路線を貫いていた彼が―それが魅力で人気があったらしい―、何を思ったのか、女装してライヴのステージに現れるようになったのだ。
ビジュアル系ロックバンドには「女形」と称して、女装してステージに登場するメンバーがいる。
“祥斗”の場合、その初回のステージで、「ファンの要望もあり、自分としてはシャレのつもりで…」と、半ばア然しているファンの前で語ったというが、シャレにしては随分と気合いが入っている感じだったと云う。
その時の写真を見ると、確かにそんな印象を受ける。
僕は萬世橋駅前でのストリートライヴで、女装化する前の“祥斗”を一度だけで見ていて何となく顔を覚えているだけに、「あの人があのあと、こんなふうにねぇ…」と、妙に感慨深いものがあった。
それでもファンたちは、初めのうちは、大喜びだった。
しかし、彼が「前回好評だったので…」と、回を重ねて女装して登場するようになり、そして新曲も今までの彼からは考えられなかったような「軟派な」ものも登場してくるようになってくると、話しは変わってくる。
もともと彼に求めていたものが違うだけに、ファンたちは次第に醒めていき、それはライヴ会場への客足にも影響するようになった。
ビジュアル系ロックバンドの世界には、
“女形のいるバンドは出世しない”
と云うジンクスがある。
夢だったメジャーデビューも囁かれるまでになっていただけに、“祥斗”の「女形」には初めから反対だったメンバーたちは、彼に何度も翻意をうながしたけれど、彼にそのつもりはなく、バンドは今度は次第に、分裂のウワサが囁かれているようになった。
これはかなり致命的だ。
そしてヴォーカル“祥斗”は、「体調不良」を理由にバンドを脱退すると自ら申し出たと公式ホームページで発表して、μはそのまま、活動休止となってしまう。
祥斗脱退の真相については、これはあくまでもウワサとされている事だけれど、彼にはもともと鼻にコンプレックスがあって、その整形手術を受けたところ抜糸に失敗してバイ菌が入ってしまい、「鼻が曲がってしまっ」て治らなくなったから、とされている。
結局μは、“女形のいるバンドは出世しない”のジンクスを、地でいってしまったわけだ。
業界内で、「μもこれで終わったな…」と囁かれても、彼らは決して、自分達の音楽を諦めなかった。
祥斗に代わる―自分達と世界を共有できるヴォーカルを、探し始めた。
そうして、元RUSHADEのヴォーカルで、解散後は消息を絶っていた“HARUYA”を、ゲットした。
HARUYA。
イコール、
山内晴哉。
そういうわけなんだ…。
僕は集めまくった資料から一度を離して、宙を仰いだ。
〈続〉