どうせ今日も遅滞薹風によるしつこい雨で棲家に足留めになるのだからと、久しぶりに押入れから平成三年(1991年)に新潮社から發賣された三島由紀夫「近代能楽集」の録音テープを引っ張り出して聴く。

日本の名作を完全朗讀した“新潮カセットブック”シリーズのひとつで、昭和五十一年(1976年)七月三日から十三日に國立劇場で上演された、“三島由紀夫追悼公演”のライヴ録音。
私が「近代能楽集」を新潮文庫版で初めて讀んだのは、能樂に興味を持つようになった十代半ばのことで、そこに描かれてゐる様々な“愛”の姿など理解できるわけもなく、ただ原典の謠曲からの翻案ぶりを比べてゐただけにすぎない。
當時學校の先生からは、「三島由紀夫の作品は大人になってから讀むと、また違った味がある」と云はれ、成人してからだいぶ年月を經た現在、改めてこの戯曲集から「弱法師」「卒塔婆小町」「綾の鼓」「班女」の四編を“耳”で讀んでみたが、當時一流の舞薹人たちの鮮やかな“三島流日本語”が樂しいばかりで、“愛”についてとなると、ハテ……?
國立劇場で傳統藝能の基礎を習得してゐた時代、講師が「三島の作品は『面白くなるハズ』でいつも終ってしまふ」と云ってゐたことを思ひ出した。
どうもそれが真理である氣がする。