「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

        戦友会の解散と国際親善

2008-03-14 07:20:16 | Weblog
メナド(Manado)のインドネシアの知人からFAXが届いた。メナドは大東
亜戦争の時日本の落下傘部隊が降下した地。そして堀内豊秋落下傘
部隊長の善政で、いまでも親日家が多い。FAXの文面は自分の息子と
娘が日本に留学しているので「日本インドネシア友好協議会」の人たち
に紹介してくれ、という内容である。

文面の団体は大東亜戦争中、いまのインドネシアの地に駐屯していた
旧大日本帝国軍人で組織している戦友会の総元締め団体。この人たち
がまだ元気だった平成のはじめ頃には、全国百数十の戦友会が加盟、
年に数回の総会には日の丸と軍艦旗の下「ブンガワン・ソロ」など現地
の歌をノスタルデイックに合唱したものだ。

ところが、今やこの世代も80歳なかばを越え、ほとんどの戦友会は解散
し、元締めの団体も"開店休業”なにも活動していない。僕は従軍世代
ではないし、戦友会についての理解はないが、ただ一つ感心するのは、
彼らが必ず、会に在日インドネシア人を招待し、郷愁と感謝の念をこめて
昔習った片言の現地語でともに親善を深めていたことだ。

メナドの知人は、昔在日インドネシア大使館に勤務していた。多分戦友
会に何回も招待されたのであろう。残念ながら、もう、かっての戦友会の
親善風景はない。戦後、インドネシアに勤務した日本人は、大日本帝国
の軍人の数よりもしかすると多いかもしれない。しかし、彼らには現地で
の草の根の交流はないみたいだ。ともに歌い、ともに語る機会は少なくな
り、親善の度も薄くなってきた。