「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

         季節感の薄れた酉の市

2009-11-25 06:22:49 | Weblog
「春を待つ事のはじめや酉の市」-基角。芭蕉の弟子、基角の句だが、戦前僕が
子供だった頃もなんとはなく酉の市がくると年の瀬の慌しさを感じた。気候も木枯
しが吹いて今より寒かった気がする。昨日、季節感喪失の東京でいくらかでも"季
節”感を感じ取ろうと近くの目黒の大鳥神社の酉の市にでかけてみた。

東京に80年近く住みながら、一葉の「たけくらべ」に出てくる浅草千束の鷲神社には
一度しか行ったことはない。子供の頃から家の近くの、このおおとり様ですませてい
る。ここの酉の市も天保6年(1835年)が始まりというから古い伝統があるが、やはり
「たけくらべ」の市のようなあでやかさはない。

明治時代には広い境内だったそうだが、今は山手通りと目黒通りに土地を削られて
敷地は狭いが、ここに酉の市の縁起物の熊手を売る店が7,8軒は出ていた。不景気
をなんとかしようと参詣客が列を作っていたが、昼間のせいか、熊手をかついだ”欲
深様”(「たけくらべ」)の姿は残念ながらみられなかった。

最近は御祭の縁日というと、どこも同じ店がならび情緒がなくなったが、酉の市では
ここだけの名物「切山椒」を売っていた。山椒の粉をまぶした米の粉で作った甘いお餅
で、短冊用にきり、紅白、緑、茶色などのものがある。母親からいつも「切山椒」を買って
貰うのが楽しみだった。

目黒通りの縁日には射的の店もあった。実弾と違ってこちらは安全である。季節感は薄
れてきたが、こういった昔ながらの店に出くあうと、何か嬉しいものである。