「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

戦前 戦中 戦後 バナナの想い出

2015-03-04 05:47:32 | Weblog
タマゴと共に物価の優等生と言われたバナナが、このところの円高のせいか値上がりしている。散歩がてらに行く近くのミニ.スーパーでは一房百円は百円だが、小さな房が僅か三本だ。健康食として毎日ヨーグルドと一緒に食べている僕にとっては、値上がりは痛い。

バナナぐらい、その時々の想い出のある食品は少ない。初めての想い出は戦前昭和の頃、家の近くの駅前通りに出ていた夜店のバナナのたたき売りだ。戦前バナナは”おなかに悪い"という理由から、子供には買ってくれなかったが、ねじり鉢巻きカラクリ紋の男の啖呵(たんか)が子供心に面白く想い出深い。

戦時中、東京の駄菓子屋からは菓子類はいっさい店先から消えたが、何故か真っ黒の乾燥バナナとニッキだけが売っていた。多分、台湾か新しく占領した南方から加工して運んできたものだろうが、あまりおいしくなく子供には人気はなかった。しかし、どういうわけか、映画「轟沈」の主題歌が頭に残っている。
             轟沈(作詞 米山忠男 作曲 江口夜詩 昭和19年)
           ♯ 可愛い魚雷と一緒に積んだ 青いバナナが黄色く熟れて
             男所帯は気ままなものよ 髭(ひげ)もはえます 無精髭

戦後バナナが安く庶民でも買えるようになったのは昭和30年代になってからだった。31年生まれの長女の誕生日祝いにバナナケーキを買って帰宅したのを想い出す。ペコちゃん人形が大人気の頃、ケーキなどなかなか手に入らなかった時代だ。今は何でもある時代だが、バナナはやはり庶民の果物。80老にとっては想い出と共に最大に好物だ。