「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

韓国の”尋常”とは言えない遺憾な裁判

2015-10-21 06:28:00 | 2012・1・1
韓国の朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして在宅起訴されていた産経新聞の前支局長の論告裁判で、検察側は前支局長に対して懲役1年6月を求刑した。前支局長が書いたコラム(日本語)を読んでみたが、韓国検察側が主張するような”誹謗”を目的にした記事ではない。どう見ても”尋常な”裁判ではない。裁判の関連のソウル発の記事によると、公判の司法通訳はおそまつで、法廷で”尋常”という言葉が出てきても、その意味が解らなかったという。これ一つとっても”尋常”(正常)な裁判ではない。

テレビの創生期の昭和34年、TBSテレビの「私は貝になりたい」というドラマが話題になった。戦争中、日本の国内の山中に墜落したB-29の搭乗員の米兵を上司の命令で銃で刺殺した日本兵の裁判をめぐるドラマであったが、その裁判での通訳の誤訳が問題になり、被告は、今度生まれ変わったら、何もものが言えない深海の貝になりたいと叫んだ。これがドラマのタイトルになった。市ヶ谷のA級国際裁判とは別に当時、国の内外でBC級裁判が行われ、920人が刑死されているが、、この中には法廷通訳の誤訳によるものが多数あるのは公然な秘密とされている。

しかし、産経支局長の裁判は戦争により、勝者が敗者を裁く軍事裁判ではない。元統合幕僚議長の来栖弘臣氏は戦後すぐの時代インドネシアのマカッサル法廷で通訳をされたことがあり、その体験を雑誌に書かれているが、勝者の下での通訳には限界があったと述懐されている。しかし、今回の裁判はそれとはまったく違う。どうみても”尋常な”裁判ではない。それとも、韓国はまだ、戦争の勝者意識があるのだろうか。