ひまわり先生のちいさな玉手箱

著書「ひまわり先生の幸せの貯金箱〜子どもたち生まれてきてくれてありがとう」

メサイアコンプレックス

2010年10月08日 | カウンセリング
「メサイアコンプレックス」

という言葉を聴いたことがありますか?


ウィキペディアによると

メサイアコンプレックスとは人を助けずにはいられないような共依存的心理を表す用語。

略してメサコンとも言われる。


メサイアというのは、一般的な日本語ではメシア(救世主)と言われるもののこと。

この心理が形成されるのは自分は不幸であるという感情を抑圧していたため、

その反動として自分は幸せであるという強迫的な思いこみが発生するとされる。

さらにこの状況が深まり、自分自身が人を助ける事で自分は幸せだと思い込もうとするとされる。

なぜこのような論理になるかと言えば、

幸せな人は不幸な人を助けて当然という思い込みを自らに課す事。

「自分は幸せである、なぜなら人を助けるような立場にいるから」という理論を構築できるためである。

ただし、これは原因と結果が逆転しており、理論的には無論無理がある。

しかし、結局のところそういった動機による行動は自己満足であり、相手に対して必ずしも良い印象を与えない。

また、相手がその援助に対し色々と言うと不機嫌になる事もある。

しかも、その結果が必ずしも思い通りにならなかった場合、異常にそれにこだわったり逆に簡単に諦めてしまう事も特徴的である。

このようなことは医療、福祉、カウンセリングなどの人を助けるとされる職業においても頻繁に見られる。


問題なのは、人を助けようとする気持ちが過剰であるほど、自分は強いと思い力を持ってしまうこと。

イラク戦争のアメリカ兵によるイラク兵への虐待。

家庭レベルで言うと、DV、虐待がまさにそう。

介護士や看護師による虐待もそう。


一方が圧倒的な力を持てば、思いもしないような暴力に発展することがある。

「看守と囚人」という心理実験があり、看守役をしていたものたちが囚人役をしていた人たちを虐待を始め、エスカレートしていった。

映画「バトルロワイヤル」のような状態だ。

治療者が力を持てば、患者およびクライアントの自己治癒力は低下する。


「傷ついた治療者」は患者やクライアントの自己治癒力を活性化する。


治療者は力を持たないことが大切だ。

カウンセリングの立場OKーOKとは、自分にも問題があって、相手にも問題があるということ。

どちらが上、どちらが下ということはない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする