
倒れるようにひたすら眠った

起きて外に出ると
それを見た宿の奥さんが
朝食を持ってきてくれた

朝晩の食事込みで 1泊2500円ほど
シャワーのお湯もちゃんと出た
出発のとき お世話になった優しいご主人に挨拶をしたかったが
となりの田んぼで農家の女性が倒れて大騒ぎになり
女性をどこかへオートバイで運んで行ってしまった

最終日は 空港そばのホテルへ向かう
距離はまっすぐ向かって60kmほど
途中の棚田までは上り坂だが そこから空港までは下り坂オンリー
飛行機が深夜0時発なので パッキングを考えると
15時ごろまでにホテルに帰っておきたい

9時 宿を出発
何もしないまま最終日を迎えた感がつきまとうが
生きて旅を続けられただけで儲け物だと思うことにした
向かうのは 今回の最終目的地
世界遺産の棚田だ
初日は80Wしか出なかったパワーが
今日は130Wまで出せる
激坂が続くが なんとか前に進むことはできた
そして デンパサールを出て400km
その棚田が目の前に現れた

ジャティルウィ・ライステラス

来てよかった
しばらく黙って 風に吹かれながら棚田を眺めていた
この感動がどこから来るのかというと
自分の脚でたどり着いたことに尽きる
車で来ても この美しさは変わらない
でも 心は違う
あの苦労の果てに このご褒美があるから
景色は輝いて見えるのだ

売店でポカリスエットをがぶ飲みした
突き抜けるほど美味かった
蓄えていた全てを出し切って 抜け殻になりながらたどり着いたからだろう
ポカリをがぶ飲みしていると
後ろから誰かが声をかけてきた

「あなた 私たちと同じ宿に泊まっていましたね」
私はキョトンとして
「なぜわかるの?」と聞くと
「そのバイクを見たんだ」と
そうか!
隣のコテージに泊まっていたチェコ人の夫婦だ
見ると 後ろにレンタルのオートバイが停まっていた
私が宿を出た時には まだそこに停まっていたので
後から出て追いついて来たのだろう
「あの激坂のアップダウンを走って来たのか?」
「ええ ひどい坂でしたよ」
3人で大笑いする
「世界中を自転車で旅しているの?」
「40カ国ぐらい行ってます。チェコ、スロバキアにも行きましたよ」
チェコの田舎町の話など しばらく談笑
プラハの出身だと言うので
私がいかにプラハとチェコを愛しているかを話すと
たいそう喜んでくれた
バリ島に来て 特徴的に感じたのは
この島に来ている外国人の多くは 「旅人」ではないということだ
旅人というのは 自分にも 他人にも
その国の人々の暮らしにも深い関心があって
自分にとって新しい世界を切り開こうとしている
だがここにいる観光客達は
島の文化にも 他の旅行者にも興味を示さない
だから このチェコ人の夫婦に会ったとき
初めて旅人に出会った気がした
彼らは自分らの世界を広げるために来ていた
「良い旅を。また世界のどこかで会いましょう」
お互いにそう言って お別れした

デンパサールまで残り50km
ひたすら続く下り坂は 最高のご褒美だった
すると
私はある看板を発見した

まさか道中で出会えるとは!

インドネシア名物 ジャコウネコのコーヒー店だ
ジャコウ猫がコーヒーの実を食べると その糞の中に種が出てくる
その種 つまりコーヒー豆を取り出し
洗って飲むのである
これが他にはない香りがするとかで
びっくりするほどの高級品なのだ
ちなみに日本で飲むと1杯5,000円ぐらいするらしい
だが インチキ品も多く
普通のコーヒー豆を包装だけ変えて売っていることもあるという
この店はどうだろうか?

うーむ…怪しいぞ
ちょっと警戒しながら中に入る
暇そうにおしゃべりしていた女性が
作り笑顔で中に案内してくれた

ジャコウ猫を発見

可愛い(笑)
手で目を隠して眠っている
だがこんなことではダマされる私ではない
警戒をゆるめずに 試飲をお願いする

様々なテイストのコーヒーが運ばれてきた
この大量のコーヒーは無料
チョコ味とか バナナ味とか
インスタントコーヒーに香料を混ぜた感じで
どれもおいしくなかった

ジャコウ猫コーヒーは1杯500円
これは挽いた豆に直接お湯をかけたもので
舌触りが悪いが
香りはちゃんとジャコウ猫コーヒーの味がした
どんな味か? と聞かれると
ちょっと難しい
コクが深いというか
カカオ豆(チョコ)のような香りがするというか
コーヒーとかけ離れた香りがするわけではないし
癖になるほど美味しいかというと そこまででもない
家で丁寧に淹れて飲んでみたいと思い
100g 3000円分だけ購入した
他の土産店より高いが
ここには2度と来ない気がするので 他の珍しいものと一緒に買った

ちなみに 帰国後に飲んだが
やっぱり100g 3000円ほどの価値はなかった(笑)
まあそんなもんだ
猫が可愛かったからよしとしよう

腹が減った
腹が減るという感覚が
涙が出るほどうれしい
ああタクアンが食べたい

ものすごく田舎の村に
レストランの看板を見つけた
行ってみると 立派な建物ではないか
だが建物に入ると レストランは隣だという

こっちの掘立て小屋だった
綺麗な建物よりも100倍いい感じだ
旅が始まって4日目にして
初めて立ち寄る食堂
しかも地元の人しか来なそうな
ワクワクが止まらない

店のおっかさん(笑)
ぜったい良い店だ
英語がまったく通じないので
この旅で初めて ポケトーク(音声通訳アプリ)を使ったのだが
私「お腹に優しいものはありますか?」
おっかさん「長いものを我慢すると硬い」
私「もう少しゆっくり話してください」
おっかさん「縮まった方法があります」
何を言っているかのヒントにもならない(笑)

おっかさんは飽きて中へ引っ込んでしまった(笑)
とりあえず 身振り手振りから察するに
定番の料理を出してくれるような雰囲気だったので
お任せすることにした
待つこと10分

刻んだ野菜や魚の煮物とゴハンの盛り合わせが出てきた
恐る恐る口に入れた
!
!!
びっくりするほど美味い!!
ショウガの魚醤煮
小魚の炒め物
緑の野菜の炒め物
肉の細切れの炒め物
キャッサバ芋炊き込みご飯
おかずは あまじょっぱくて
まさに私が食べたかったタクアン系の味だった
噛んでものを食べることが こんなに幸せだとは
ため息をつきながらゆっくりといただいた
すると

おっかさんが 火を起こし始めた
そして小麦粉を溶いたコロモに バナナを包んだものを焼いて
おまけで出してくれた

だが 私は見てしまった
バナナをカットするとき
大きな虫が バナナの中にいたことを(笑)

バナナは農薬なしで育てられないほど
虫がつきやすいという
つまりこのバナナは 無農薬かつ樹上で完熟した
絶品に違いない
のだが(笑)
おっかさんが 何の反応もせずにぶった斬った
長〜い何かの幼虫がそこにいると思うと
ちょっと勇気が必要だった
私はよく噛まずに 水で流し込んだ
味は…バナナはねっとりして甘かった…と思う(笑)
「ありがとう 美味しかったです」
それはポケトークがちゃんと通訳してくれたらしい
おっかさんはこう返してくれた
「また来てね 待ってるからね」

デンパサールに近づくと 渋滞で全く進まない
戻って来てしまったのだと 実感が湧いてくる
そして15時ちょうど
空港近くのホテルに無事に到着した
ホテルの偉い人が 「よく戻ってきたね!」と笑顔で
輪行箱を持って来てくれた

やりたいことの3割もできなかった旅だった
でも こんなことでもない限り 絶対に体験できない旅だったのは間違いない

3日間も物を食べずに旅することはないだろうし
いかに自分の命を守りながら旅を続けるかを
こんなに考えることもないだろう
そしてたどり着いた景色は輝いていたし
助けてくれた人たちへの感謝は 何よりも深い

面白い出来事も 冒険的要素も少なくて
読者の皆さんには申し訳ないけれど
自分的には忘れられない旅となった
次はどこへ行こうか
その前に 撮った映像素材を編集して
何本か作ってみなければ★