ロシアの夏は、夜が短い。
そして夜の8時を過ぎてからの長い夕焼けが美しい。
その日は雨上がりの光がとびきり美しかった。
私は谷口さんと2人でホテルを抜け出し、カメラ片手に村を徘徊する事にした。
ロシア語がまったく喋れない。
これは我々の絶対的な弱点だ。
ちょっと貧しい気配ただようこの村で、ロシア語なしで撮影なんてできるのだろうか?
ひょっとしたら危険な目に遭う可能性もないわけではない。
ドキドキしながら、アパート群の中をあてもなく歩く。
すると、背格好からして10歳くらいの少年たちが近寄って来た。
何を言ってるかわからないが、スナック菓子を差し出して「食べろ」と言っているようだ。
決して旨くはなかったが、旨い旨いという顔をしたら、仲良くなった。
仲良くなったのはいいが、ロシア語もみくちゃ攻撃が始まった。
さらに変なジェスチャーを我々に教えてはゲラゲラ笑う。
おそらく、スケベでろくでもないジェスチャーなのだろう。
これはとんでもないガキどもにつかまってしまったようだ。
谷口さんはロシア語攻撃に対して日本語で応戦する。
私は風景のコマ撮りを続けながら、ジェスチャーで対抗した。
1時間くらい経っただろうか。
子どもたちが「日本のお土産をくれ」と言い出した。
残念な事に、我々は何も持ち合わせていなかった。
私は「すまん、何もないんだ」と言い、彼らは「アア~」と残念がる。
バッグをホテルに置いて来たことがとても悔やまれた。
すると、谷口さんが「あ、オレお土産持ってるぞ!」と言って
バッグの中を探り始めた。
さすが谷口さん、日本のお菓子とかをバッグに隠し持っていたのか。
谷口さんのことだから、梅干しとか、
そんな子どもたちを驚かせるモノが出て来るに違いない。
なんと。
谷口さんが取り出したのは、ボールペンだった。
子どもたちは、キョトンとした。
「よし、これから良いお土産をやるからな」
そう言って、子どもたちの名前などを彼らの手に書き始めた。
子どもたちの喜んだ事と言ったら!
「もっと書いてよ! 僕の名前はシロージャだ!」
子どもたちの手は、谷口さんの文字でみるみる埋まっていく。
私は、ただただ感嘆して見守っていた。
別れ際、子どもたちは「お土産のおかえし」だと言って
10ルーブルコインをくれた。
日本円にすれば25円。
しかしこれは彼らにとって決して安いものではない。
精いっぱいの友情の印なのだ。
「お願いだから、明日もここに来てくれよな!」
そう言って聞かない少年たちに、我々は「もちろんだ!」と答えた。
明日の朝はこの村を発って旅を続けねばならないのだけれど、
そう答える以外に道はない気がしたのだ。
……………………
さて、宿に戻り、私はコマ撮りした風景をパソコンに取り込んだ。
すると、400枚撮影したうちのちょうど真ん中くらいに、
子どもの手のアップが写されていた。
おかげで私のコマ撮りは、すっかり無駄になったわけだ。
しかしどうやら。
これも最高のお土産のひとつかもしれない。