国 ー 家 というけれど

1つの国家を1つの家庭になぞらえてみると、日本はどんな格好になるのかな。
借金が年収の10年分。普通の家族では考えにくい。企業でも破産宣言するかもしれない。我が家で私が「家族のためだった」と言っても、「有り得ない事」と言われ、私は信用されないだろう。まして、借金を返すためだからといって私がインフレ期待していたり、家族それぞれの財布の中身を考えず誰からも同じようにお金を差し出すよう求めたら、私は家族の中でどんなことになるだろう? 国で言えば、痛みを求める人たちの財布の中は、例外なくといっていいほど厚い。
こういう場合家族なら、他人に迷惑のかかるインフレを期待したり、機械的に集金したりせず、家族皆がひとつになって尽くすのではないか。個人的に溜め込んだりして財を成したりはしまい。まさに運命を共にする。
国を運営する人たちも、家庭では国の政治でやるようなことをしていないはず。
結局、国を采配する議員さんたち(公務員や官僚のトップでもある)は他人事でやってはいないか。自らを棚に上げ他を言うのに似ている。声の大きさと早い者勝ちかもしれないが、妙な話。こんなに目の前のお金を追いかけ回す政治家には、子供や地球が壊れても他人事が本音に違いない。家族なら鋭く見抜かれるが
お偉いさんはバレないから不思議だ。






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久々の いいニュース

今日の朝日新聞1面トップは、「特殊学級、改称し存続」とあった。本当に良かった。
新聞は、しばらく暗いニュースとよいしょ的なニュースで占められていた。特に教育に関しては、教職40年で、子供にとってよい知らせはあったかを思い出すのも難しい。
そんな流れの中で、今回の実質的な固定性の身障学級の維持の決定は、よく踏みとどまったと評価したい。勿論、現状が良いというのではないし、まだまだ改善しなければならない。理想的には、当初の案のように統合して教育すべきだろうと考えている。しかし、それにしては提起されていた案は法的にも予算的にもまったくその準備ができていなかった。むしろ、教育の安上がり的な経済効率の上の案だった。もしそのままだったら
統合教育どころか、現実的には障害児教育も通常の教育も今以上に壊れる危険が大きかったと思う。経過上の問題やニュースの取り上げ方の問題はあるにせよ、今回の改正案の骨格の決定に胸をなでおろしている。
暗いニュースは「年のせいかな」とそのこと自身を不安に思うこのごろ、いいと思えたこのニュースに2重の意味でほっとした。 
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