コタツ評論

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隠された記憶

2007-01-16 02:05:22 | レンタルDVD映画
ダニエル・オートィユが夫、ジュリエット・ビノシェが妻。2人の家の食堂や居間の壁は本棚だけで占められ、まるで図書館にダイニングテーブルとソファを持ち込んだように見える。夫はTVで書籍の紹介番組のキャスターをつとめ、妻は出版社の編集者。一人息子は美少年。友人夫婦たちもみなシックないでたちのインテリばかり。そんな裕福で幸福な家庭に、差出人不明の一本のビデオカセットが送られてくる・・・。

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かつてほんのわずかな日にちだが、パリに滞在したことがある。建物自体が巨大な赤いリボンで包まれたカルチェの隣の小さなホテルに泊まった。サンジェルマン・デプレ。絵はがき通りのカフェと街並み。酒屋の店頭で生ガキを食った。栗も買った。パリジャンやパリジェンヌ、観光客たちに混じって散策した。みすぼらしい身なりの人やパンクっぽい格好の若者を見かけなかったのは、パトロールする警備員のおかげかもしれないと思った。そのうち、深夜と早朝にしか見かけない人々がいるのに気がついた。レストランの洗い場や道路工事の穴の下、あらゆる下働きの人たちだ。黄昏のような朝、人影と灯火の絶えた漆黒の道を急ぎ足で歩いている人たちは、一様に色が黒かった。

この映画は、そうした階層や階級があらかじめ持つ傷や罪について、残酷に描き出したまま、すぐさま飛びつける救いを観客に与えない。観る者に痛みを与える映画だ。「フーテンの寅」はやっぱりいいねえ、と自らの階層や階級意識に希薄な我々日本人には関係ないように思えるが、夫・ジョルジュが抱く不安や緊張にじゅうぶん感情移入できるのはなぜだろうか。こういう映画を夫婦で観にいって、友人夫婦を招いた食卓で感想を述べあったりする情景を身近では想像できないのに。

一見、無意味に思える、固定カメラの映像が延々と撮される。送られてきた謎のビデオカセットの映像なのだが、見ている自分が見られていると気づき、これまで一度も見たことがない自分の背中を見るように、その無防備さが実にスリリングだ。名作と呼ばれる愛される映画ではもちろんなく、傑作と呼ばれる万人向けの解釈も拒否し、野心作というには実験性や奇矯を欠き、観客それぞれに問題を返す問題作なのだろう。ふだんはハリウッドをバカにしているくせに、こんな鮫肌のようなフランス映画を観せられると、野球と映画はやっぱりアメリカだなと思いたくなる。「男はつらいよ」や「ミッションインポッシブル」などと同じ映画とはとても思えない。まったく娯楽性を求めない映画ファンがフランスにはある程度いるわけで、それが階層や階級というものかもしれない。困った映画だ。


コメント
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