TUTAYA3月の新作DVDレンタルいちばんのおすすめは、「モンスター上司」だ。
コリン・ファレル、ジェニファー・アニストン、ケビン・スペーシー、ジェイミー・フォックス、ドナルド・サザーランドが出演しているが、彼らスターはヒーローやヒロイン、ヒールやバディではない。
全員、脇役だ。それも、かなり変な役。この役作りが映画好きにはこたえられない。
コリン・ファレル、ジェニファー・アニストン、ケビン・スペーシー、ジェイミー・フォックス、ドナルド・サザーランドが、いつも振られそうな役と演じ方のパロディを演じているからだ。
重厚な宮廷劇や深刻な家族劇ばかりが、俳優たちの競演の舞台ではない。俳優がほかの俳優と競演する演技合戦ではなく、俳優が俳優自身と競演する批評合戦なのだ。スター俳優である自己批評は、当然、映画と映画界への批評になる。
コリン・ファレルがいつものちょっとバカっぽいヒーローのコリンファレルと、ジェニファー・アニストンがいつもの気さくなアラフォー女のジェニファー・アニストンと、ケビン・スペーシーはいつもの沈着冷静雄弁なケビン・スペーシーと(以下同文)、競演している。
では、本物が自分の物真似をするお遊びなのかといえば、もちろん、それも楽しめる。映画のなかではいつも、世界中でいちばん頭が切れそうにみえるケビン・スペーシーが、やはり沈着冷静雄弁なケビン・スペーシーを演じて、なんと激発するだけでなく、実に愚かしくみせている。さすがにケビン・スペーシー。
それ以上の楽しみかたも用意されている。彼らスター俳優の変な役柄と誇張した演技、それらを組み合わせた、あるいはけっして組み合わせない演出。つまり大スターたちのツーショットをけっして撮らない場面と編集に気づくと、これが映画を扱った映画、メタ映画なのだとわかってくる。
筋をばらさないように、この妙味を説明するのは難しいから、ちょっとだけ。たとえば、ちょい役に近い、もっとも小さい役のドナルド・サザーランドは、中小企業のニヤニヤ笑いの社長さんとして登場する。好人物だが間延びしたマヌケ顔にニヤニヤ笑いを張りつかせた社長さんは、はじまってすぐに死んでしまう。
いつものドナルド・サザーランドの役柄はどんなだろう。たいていは、大組織の幹部・トップ、あるいは黒幕、好人物にみえて狐のように狡猾、死んだとみせかけて、クライマックスにニヤニヤ笑いながら登場して驚かす。ドナルド・サザーランドのトレードマークともいえるニヤニヤ笑いが、この映画の第一印象になっている。
続くコリン・ファレル、ジェニファー・アニストン、ケビン・スペーシー、ジェイミー・フォックスの役柄と演じ方にも、観客はニヤニヤ笑わされる。サザーランドのニヤニヤ笑いが伝染っているのだ。優れた映画、おもしろい映画の冒頭には、かならず、観客の第一印象を決める、こうした仕種やセリフ、小道具などが場面に潜まされ、重要なモチーフを語っているものだ。
つまり、このニヤニヤ笑いとは、映画を観ている、観てきた観客にも、批評的な笑いを解放し、この映画に参加させるモチーフといえる。アメリカではニヤニヤ笑いではなく、爆笑だったそうだが、その笑いのいくらかは、やはり映画を観ることで、すでに映画の一部である観客自らをも笑うものだったはずだ。スターとそのファンや観客とは、それほどに近い。
とはいえ、コリン・ファレル、ジェニファー・アニストン、ケビン・スペーシー、ジェイミー・フォックス、ドナルド・サザーランドは、主演ではなく脇役に過ぎない。主演は、ジェイソン・ベイトマン、チャーリー・デイ、ジェイソン・サダイキスの3人。ほとんど馴染みがない俳優たちだが、もちろん、この平凡人の役回り3人が観客なのである。最悪のボスに振り回され、復讐を試みる部下3人とは、奇人変人のスターに出会って面食らうファンの姿に重なっている。
メタ映画らしく、「グッドウイル・ハンティング」など、映画のセリフや話題が3人の口から飛び出す。可笑しかったのは、ジェイミー・フォックスから「ヒマラヤ杉に降る雪」の映画名が出た場面。そういえば、「ヒマラヤ杉」に主演したイーサン・ホークも、この映画に出演していておかしくなかったワンパターン俳優だった。
そう、ボクたちワンパターン俳優、と声高らかに歌うコーラスライン映画でもあった。
(敬称略)