コタツ評論

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日本のお父さん、吉本隆明逝く

2012-03-23 23:28:00 | ノンジャンル

やっぱり、吉本ばななとそっくりだな。

吉本隆明の読者は、60年安保の学生だったのではないか。70年安保の学生にとっては、吉本隆明は、「ファッション」か「ケッ」の対象だった。70年代の先輩たちをみていると、そんな印象を持った。むしろ、「過激派学生」から、「猛烈サラリーマン」になった、そのギャップを埋めるものとして、「吉本思想」はその人気を保ってきたように思える。俺は、吉本読者であったことはほとんどないので、「吉本思想」というのもおこがましいが、一言でいえば、「生活者としての思想」の側面とでもいえるだろうか。

なにより、吉本隆明自身に飄々とした生活者の佇まいがあった。病弱の妻に代わって、幼い娘をおんぶして買い物をする姿。手に提げているのは、スーパーのビニール袋ではなく、昔ながらの編み上げの買い物籠だった。老年なのに溺れ死にかけたように、夏ともなれば家族で海水浴に出かけ、達者に抜き手をみせる頑健な身体。すき焼きの肉の質を落とすくらいなら、生活費全般を下げると明言するところ。その船大工のような風貌と相まって、「市井人」としてかっこうよかったのである。

なによりかっこうよかったのは、大学教授の禄を食(は)まず、文芸評論家という売文の徒にもならず、ついに在野の知識人のまま、筆一本で二本の箸に屈しなかったことだろう。笠智衆と吉本隆明は、「日本のお父さんの原像」だったように思える。父でもパパでもなく、畳の上にあぐらをかいて微笑む「お父さん」。親父を否定し、パパに成り下がった、かつての若者たちにとって、吉本隆明は、抗しがたい求心力を帯びた存在だった。戦後思想への影響の大きさでは、鶴見俊輔のほうが勝ると思うが。

(敬称略)