アメリカには、連邦危機管理局(FEMA-Federal Emergency Management Agency)という役所があるそうだ。ウィキペディアでは、アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁と訳されている。2006年8月、アメリカ南部のニューオリンズ地域に大きな被害を与えたハリケーン・カトリーナ被災に活躍したことで、日本でも知られている。
FEMAの「危機」とか「緊急事態」には、「洪水、ハリケーン、地震および原子力災害を含む、その他の災害」が含まれ、独自の執行予算を持ち、FEMA係官は、大統領権限を背景に、連邦機関と地元政府、民間企業やボランティア団体間の調整をするらしい。1976年のカーター政権のときにつくられ、アメリカでもそれ以前は、被災対策や復旧業務については、公共道路局や陸軍工兵隊など、関係部署がバラバラだったそうだ。
今度の3・11東北大地震の被災状況と福島第一原発事故の経過をかれこれ5日間、TVとインターネットを通じて接してきて、日本にも、FEMAのような緊急事態管理庁が必要だと痛感した。地震や津波の規模や被災状況が次第に明らかになり、救助救援を求める被災者の逼迫を知るにつけ、政府がこの緊急事態をコントロールしていないのではないかという不安感は、日を追うごとに増していった。
福島第一原発事故の深刻化についても、菅首相が東京電力本社に出向いて、「撤退は許さない」と怒鳴りつけたという報道や、今日発表された、佐藤福島県知事が菅首相に緊急要望を求める書面のなかで、「県境でガソリンスタンドへ向かっていた大型タンクローリーが引き返した」という事例を挙げるなど、危機がコントロール下にあるどころか、コントロールすべき司令塔や司令部が不在なのではないかという懸念さえ強まった。
そうした不安は恐怖を招き、懸念は不信に向かう。「危機は深刻だが想定内のもので、政府のコントロール下にあり、事態は収拾に向かっている」。私も立場が同じなら、人心の混乱を防ぐために、そうアナウンスするだろう。たとえ、それが「想定外」の事態で、収拾に向かっていなくとも、国民を「不安」と「懸念」の段階に留めるためには、誰かが「本当ではない事実」を言わなければならず、言い続けなければならないからだ。
ただし、「本当ではない事実」と「嘘をついた事実」は似て非なるものだ。実態をよく知らずに、もっとも理想的に機能した場合という留保付きでいえば、アメリカのFEMAのような独自の予算と権限、蓄積された経験に基づく、各分野の救援プログラムを駆動できる専門家集団やそのネットワークを保持する実体があれば、「本当ではない事実」は被災者と国民にとって、けっして無益や害悪にはならず、希望となりうる場合もあり得る。
少なくとも、実体の裏づけがあれば、不安が恐怖に、懸念が不信に、育つことは避けられるだろう。不安と懸念と希望の間を管理できる、あるいはそうした期待を抱かせることが必要なのだ。東北地方の被災の復旧は、生活可能になるだけでも、これからきわめて困難な道が続くだろう。福島第一原発は、これ以上の被曝や被害が出なくとも、チェルノブイリと同様な「石棺」として半永久的に困難な管理が残されるだろう。
緊急事態は過ぎても危機は続き、また次の新たな危機はやってきて、緊急事態は繰り返されるのである。政官民のリソースを統合した分散処理型のネットワークでなければ、最悪の事態から緊急に脱することはできないだろう。というより、最悪の事態とは何なのか、最善の方法とは何か、よりベターな選択肢があり得るのかという判断基準を示すことが、現在の緊急事態ではまったく欠けているといわざるを得ない。
TVで漏れ聞いただけだが、警察官の行方不明者が22人だという。消防官にも犠牲者が少なからず出ているだろう。いま自衛官はもっとも危険な救助救援に当たっている。福島第一原発では、現場職員が危険な被曝に晒されている。こうした人たちが、ほかにもたくさんいるはずだ。彼らが、何をして、何に役立ち、何を私たちに残したのか。断片的にさえ、私たちは知ることがない。ずっと事後になるかもしれないが、そうした事柄は適切に記録されねばならない。私たちが求める「説明責任」とともに。
もし、日本版FEMAをつくられたならば、「1000年に一度の大地震」(阪神淡路大震災のほうが揺れは大きかった)とか、「想定外の大津波」(昭和三陸地震の津波は28.7mを記録している)といった、何の責任もともなわない「本当ではない事実」がTVで解説されることはなくなるだろう。たとえば、間違いなく起きるといわれている東海沖地震の際にも。それだけでも、私たちはかなり助かる。
03/22 01:05 訂正「想定外の大津波」
「津波の最高到達点、50メートルの可能性も」 http://sankei.jp.msn.com/science/news/110319/scn11031920250003-n1.htm
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