先日、水木しげるの自伝的戦争体験をNHKがTVドラマ化していた。水木しげるは、僕はとか私は、というべきところをすべて、「水木さんは」と他者のようにいう。矢沢永吉の「YAZAWAは」という発語が同時代の若者に向けた自己顕示欲の表れなのに対して、つまり、我々が「レノンが」とか「クラプトンはさ」というのと同じ呼びかたをは自らに当てはめているのだが、「水木さん」の場合は著名なペンネームに対する距離感を表明しているように思える。
その距離のこっちが矢沢であり、あっちが世間とYAZAWAであるのに対して、「水木さん」の場合は、あっちが戦争と戦友(生き残った自分も、そのなかの一人である)という異同があるようだ。水木さんにとっては、いまも戦友たちは生きていて、ということは水木さんは半分死んでおり、だから半死半生者を呼ぶような「水木さん」なのかもしれない。「戦後10年くらいは人に同情することはなかった。死んだ兵隊がいちばんかわいそうだ」と水木さんは語る。不本意に生き残った者には、他者とは周囲や世間の人々ではなく死者なのだ。
水木しげるマンガの原作に忠実なTV化と思えるが、戦場の苛烈悲惨だけを描くのではなく、たとえば空腹のさなかに、実ったバナナを偶然に見つけて大喜びする場面など、人間の喜怒哀楽を率直に描いたいくつかの場面は素晴らしかった。どんなときにも、どんな場所でも、人間は人間の営みを止めない。それは人間は人間であることを止めないということだ。
もうひとつ、水木しげるは別の戦争マンガのなかで、「朝鮮ピー屋」についても描いている。それは従軍慰安婦の「性奴隷」派も「娼婦派」も黙らせる描きかただった。このTVドラマでも、玉砕を強いられる水木しげる一等兵たちは、最後に従軍慰安婦の歌を歌う。不確かな記憶だが、「嫌なお客を嫌いもせず、辛い努めも国のため」という文句だった。込み上げた。TV屋もバカにしたもんじゃない。
その距離のこっちが矢沢であり、あっちが世間とYAZAWAであるのに対して、「水木さん」の場合は、あっちが戦争と戦友(生き残った自分も、そのなかの一人である)という異同があるようだ。水木さんにとっては、いまも戦友たちは生きていて、ということは水木さんは半分死んでおり、だから半死半生者を呼ぶような「水木さん」なのかもしれない。「戦後10年くらいは人に同情することはなかった。死んだ兵隊がいちばんかわいそうだ」と水木さんは語る。不本意に生き残った者には、他者とは周囲や世間の人々ではなく死者なのだ。
水木しげるマンガの原作に忠実なTV化と思えるが、戦場の苛烈悲惨だけを描くのではなく、たとえば空腹のさなかに、実ったバナナを偶然に見つけて大喜びする場面など、人間の喜怒哀楽を率直に描いたいくつかの場面は素晴らしかった。どんなときにも、どんな場所でも、人間は人間の営みを止めない。それは人間は人間であることを止めないということだ。
もうひとつ、水木しげるは別の戦争マンガのなかで、「朝鮮ピー屋」についても描いている。それは従軍慰安婦の「性奴隷」派も「娼婦派」も黙らせる描きかただった。このTVドラマでも、玉砕を強いられる水木しげる一等兵たちは、最後に従軍慰安婦の歌を歌う。不確かな記憶だが、「嫌なお客を嫌いもせず、辛い努めも国のため」という文句だった。込み上げた。TV屋もバカにしたもんじゃない。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます