コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

逝きし世の面影

2014-01-13 20:44:00 | 美術
明治23年に日本の土を踏んだアメリカ人画家の作品です。明治維新から23年を数えていますが、市井の風物風俗はまだ江戸時代だったようです。もし時間旅行ができるなら、なにはさておき江戸時代を訪ねてみたいものですね。

私たちが知らない江戸「日本を愛した19世紀の米国人画家」が描いた、息遣いすら感じる美しき風景
http://japan.digitaldj-network.com/articles/25212.html



アメリカ人画家ロバート・フレデリック・ブラム (Robert Frederick Blum) が来日した1890年(明治23年)は、日清戦争(1984)から日露戦争(1905)へ向かう戦間期、大日本帝国は近代国家の基盤づくりを急いでいました。

教育勅語の発布、第1回帝国議会の開院、第1回国際メーデーがあり、帝国ホテルの開業、花王石鹸の発売、横浜で電話交換業務が開始されました。事件事故では、1469戸が焼出した浅草の大火があり、和歌山県串本沖で遭難したオスマン帝国軍艦エルトゥール号を救助する海難事故がありました。

一方、東京はまだ江戸の風物風俗が色濃く残り、人々は江戸時代のままに生きていたようです。幕末四賢侯の一人越前福井藩主だった松平春嶽はこの年に亡くなったが、最後の将軍・徳川慶喜、会津藩主・松平容保、勝海舟、清水次郎長などは、まだ存命でした。ちなみに、NHK大河ドラマ「八重の桜」の同志社大学創設者の新島襄が亡くなったのはこの年。

画家以上に、愛惜を込めて日本文化の記憶と紹介につとめたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が来日したのが、奇しくもこの年。樋口一葉が小説「たけくらべ」で彗星のように登場する前、あまりの生活苦に妾になろうかと思案している頃、パリでは貧窮のまま、フィンセント・ファン・ゴッホが拳銃自殺を遂げた年でした。

この1890年(明治23年)生まれは、現代史にもおなじみの人々です。太平洋戦争開戦時の連合艦隊参謀長の宇垣纏、東京裁判のA級戦犯・軍人、右翼の橋本欣五郎、自民党大幹事長の川島正次郎、池田勇人のライバルだった大野伴睦、最高裁判所長官の田中耕太郎、児童文学の坪田譲治、落語家の古今亭志ん生、昭和の代表的おばあさん女優の東山千栄子、物理学者の仁科芳雄など。江戸時代はついこの間でした。

(敬称略)

僕はこんな映画を観てきた

2014-01-13 00:59:00 | レンタルDVD映画
この一年間で印象に残った映画です。レンタルDVD映画がほとんどなので、製作・公開年は2年以内。傑作名作に限らず、問題作多し。問題を扱っているか、問題を抱えているか、その両方。ただし、いずれも観て損はないはず。退屈はしない、いや、退屈だけど、我慢して観るべきもあり。あいうえお順。

アニマル・キングダム
http://movie.walkerplus.com/mv47476/
オーストラリアって暮らすにはけっこう厳しそう。少なくとも、ワーキングホリディの暢気でお気楽なイメージを裏切る、貧寒な環境で過酷な人生を送るという映画が多い。



裏切りのサーカス
http://movie.walkerplus.com/mv49541/
ジョン・ル・カレ傑作小説の映画化。俳優の顔ぶれで犯人はすぐにわかってしまうが、なにせ、ル・カレ傑作小説『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』の映画化だから。



鍵泥棒のメソッド
http://movie.walkerplus.com/mv49160/
これは傑作。前作の「アフタースクール」にも騙された。内田けんじという手練れの監督は覚えておくべき。ブログ記事あり。



カレ・ブラン
http://movie.walkerplus.com/mv52508/
問題作であり、問題もある。「自ら死体袋に入る者は生きている価値がない」という言葉にギクッとした。「1984年」のようなディストピア(反ユートピア)の近未来という設定。オーウェルとの違いは会社が全体主義なこと。



桐島、部活やめるってよ
http://movie.walkerplus.com/mv49545/
まぎれもない傑作にして名作。ブログ記事あり。



キリング・フィールズ 失踪地帯
http://movie.walkerplus.com/mv49479/
クロエ・グレース・モレッツが出演しているのだけが取り柄の映画だが、クロエ・グレース・モレッツの少女時代は記憶しておくべき。



キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け
http://movie.walkerplus.com/mv52282/
いつもの優しげな笑い皺なのに、じつは家族に冷淡なリチャード・ギアをはじめて観た。



グランド・マスター
http://movie.walkerplus.com/mv49703/
トニー・レオンと渡辺謙。比較にならない。娘ともども、CMに出過ぎ。ブログ記事あり。



コネクション マフィアたちの法廷
http://movie.walkerplus.com/mv49585/
「十二人の怒れる男」のシドニー・ルメット監督の実話に基づくマフィア裁判映画。90歳に向かって「老いたり」とはいえない。「十二人の怒れる男」のヘンリー・フォンダを筋肉マッチョで売るヴィン・ディーゼルが演ずる。のんびりした語り口の雄弁が魅力的。



ザ・マスター
http://movie.walkerplus.com/mv51714/
退屈すること間違いなしの重くて暗いやおい映画。しかし、ホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンが絡むと目が離せない。



ザ・レイド
http://movie.walkerplus.com/mv50040/
インドネシアの警察特殊部隊 VS ギャング団の大激突。キックボクシングの達人幹部とギャングのボスがすばらしい。



SHAME シェイム
http://movie.walkerplus.com/mv49536/
セックス依存症の男が次々と違う女と交接するのだが、いっこうにエロくならない。男のセックスの哀しみが胸を打つ。



ジャッキー・コーガン
http://movie.walkerplus.com/mv52086/
これは殺し屋の物語ではなく、「半沢直樹」より根源的に経済とビジネスを考察、喝破した作品。ブログ記事あり。



シャドー・ダンサー
http://movie.walkerplus.com/mv52239/
イギリス諜報部から脅されて、家族が属する北アイルランド軍をスパイするアンドレア・ライズブローがはかなげで美しい。



シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ
http://movie.walkerplus.com/mv50903/
三つ星レストランの有名シェフがジャン・レノ、急場に雇ったアシスタントのミカエル・ユンがユニークで可笑しい。



人生の特等席
http://movie.walkerplus.com/mv51442/
C・イーストウッドの老スカウトが新人発掘の旅に出て、なんだかんだあって一人娘と和解する、よくあるヒューマンドラマ。だが、なぜ娘を遠ざけたか、その理由が明かされる怖い場面がある。イーストウッドは優れた恐怖映画監督である。



スーパー・チューズデー 正義を売った日
http://movie.walkerplus.com/mv49540/
大統領予備選を勝ち抜くために雇われた選挙広報マンの虚々実々の駆け引き。「アメリカ大統領は、ワシントン広場を失業者のデモで埋め尽くすことも、世界を核戦争で滅ぼすこともできるが、けっしてインターンの女の子と寝てはいけないんだ!」



007 スカイフォール
http://movie.walkerplus.com/mv48271/
空が落ちてきそうなアデルの主題歌がすべて。じゃ、YoutubeやCDで聴けばいいやって? いやいや、映画という巨大なPVで流れる方がずっといいですよ。



スプリング・ブレイカーズ
http://movie.walkerplus.com/mv52579/
問題が多いが、ビキニも多い。ビキニネーちゃん大暴れ。それのどこがいいんだといわれると困るが、じゃ、どこがいけない? と開き直りたくなる。それに、ポスター、いいでしょ?



世界にひとつのプレイブック
http://movie.walkerplus.com/mv52131/
ジェニファー・ローレンスの可愛さは第二、脇に回ったロバート・デニーロの軽みは第三、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」を「クソ小説!」と憤慨して投げ捨てるブラッドリー・クーパーが、サウナスーツの代わりにゴミ袋をかぶってジョキングするのが、第一の魅力。映画は小道具が大事。



ソウル・サーファー
http://movie.walkerplus.com/mv49633/
女子サーファー選手の実話に基づくスポ根映画。男のサーファー映画よりずっと爽やかに楽しめる。アメリカ映画はきわめて「男尊女卑」、女主人公と女の友情の物語はとても少ない。



テッド
http://movie.walkerplus.com/mv51719/
いつまでたっても大人になれないオタク男と喋るテディベアの友情。「おい、上物が手に入ったぞ! 一発キメようや」と、やたら、二人?でマリファナを楽しむ映画。子どもには観せない方がいいかも。



ドライヴ
http://movie.walkerplus.com/mv49206/
主演のライアン・ゴズリングはいまもっとも旬の俳優。絶壁とは反対に後頭部が出っ張りすぎていることを除けば、完璧な美男。



ファミリー・ツリー
http://movie.walkerplus.com/mv48988/
楽園ハワイで裕福な暮らし。ところが、美人妻の浮気が発覚。血相変えた夫のジョージ・クルーニーが相手の男の家に駆けつける。アロハに短パンにサンダルでペタペタと。リッチリベラルの環境保護思想に鼻白む以外は、美しいハワイを楽しめて心地よい。



ペーパーボーイ 真夏の引力
http://movie.walkerplus.com/mv52093/
ジョン・キューザックが出てきたとたん、これは異様と不快を追及した映画だなとわかる。さらにマシュー・マコノヒーが変態で、なんとニコール・キッドマンがビッチで。たとえば、中井貴一がうさんくさくてむさい死刑囚で、堤真一がどうしようもない変態で、天海祐希が人前でパンツ見せるビッチで、という映画を日本で作れるかといえば、とてもつくれまい。



ヘルプ 心がつなぐストーリー
http://movie.walkerplus.com/mv48545/
黒人メイドとトイレを別にしようという衛生向上運動があった1960年代のアメリカ南部が舞台。いろいろ驚く差別の実態。でも、暗く重くはならない。むしろ、明るく楽しめる反差別映画。



ベルリンファイル
http://movie.walkerplus.com/mv52947/
アマルフィ 女神の報酬」とか「アンダルシア 女神の報復」とかのスタッフやキャストは赤面して顔も上げられないはず。ブログ記事あり。



モネ・ゲーム
http://movie.walkerplus.com/mv50457/
コリン・ファースの愚鈍なコミカル味がよく生かされて、「英国王のスピーチ」より買い。



闇を生きる男
http://movie.walkerplus.com/mv51111/
ヨーロッパの畜産を食い物にするホルモンマファイアの話。禁止されている成長ホルモンや化学物質を畜産農家に押しつけ販売したりする現代性と、その土壌となる暗黒中世的な村落共同体。知らない話ばかりだった。



闇金ウシジマくん
http://movie.walkerplus.com/mv49159/
どちらが似せたのか、川崎逃亡事件の杉本容疑者がウシジマくんファッションだった。大島優子の安いところが、デート喫茶の女の子によくはまっていた。社会主義リアリズムの荒唐無稽さとは一線を画す、資本主義リアリズム映画の秀作。



欲望のバージニア
http://movie.walkerplus.com/mv52422/
古風な美貌のジェシカ・チャステインのファンだから。彼女のファン以外は、観なくてよろしい出来かと。「ペイド・バック」でイスラエル諜報員に扮したときの真っ赤なスーツに降参した。



リアル 完全なる首長竜の日
http://movie.walkerplus.com/mv51235/
問題作ではないが、問題がある作品。リアルでありながら寓意的な首長竜の造型がすごい。



ローマでアモーレ
http://movie.walkerplus.com/mv52730/
「ローマの休日」以来、もっとも成功したローマ観光映画。ローマを訪ねるなら、ぜひ観ておきたい。ロベルト・ベニーニとペネロペ・クロスが楽しい。



(敬称略)

北風の中に聴こうよ春を

2014-01-12 11:10:00 | ダイアローグ
北風吹き抜く寒い朝も心ひとつで暖かくなる♪と吉永小百合が歌っていたその昔/だれもその歌詞を無茶だとは思わなかった/教室のだるまストーブと湯気をあげていた大やかん/手をかざしながら「給食、カレーだぜ」の情報にみんな顔を輝かせた/先生までも/懐かしい寒い朝



今夜はストレンジャー・イン・パラダイス

2014-01-09 22:27:00 | 音楽
1954年といえば、28歳の録音です。若い頃から甘いだけでなく渋い声だったんですね。

Tony Bennett 1954


トニー・ベネットがコンサートやディナーショーで歌うときは、ジャズアレンジがほとんどです。トニー・ベネットのバックバンドならもっとスマート&シャープですが、ホテルのラウンジバーでマティニでも舐めながら聴くようなへろへろなのもわるくありません。

Tony Guerrero Quintet


「ストレンジャー・イン・パラダイス」は、もとはミュージカル「キスメット(kismet)」(1952)の挿入歌でした。ミュージカルはアメリカのオペラですから、朗々と歌い上げられました。CM音楽に使われたサラ・ブライトマンの歌唱でよく聴きますね。次は、ギリシャのテノール歌手マリオ・ファンゴリスです。

mario frangoulis


「ストレンジャー・イン・パラダイス」の歌詞は以下。

Take my hand
I'm a stranger in paradise
All lost in a wonderland
A stranger in paradise
If I stand starry-eyed
That's a danger in paradise
For mortals who stand beside
An angel like you


最後の行は、「天使ようなあなたの傍らに僕が立っていることは死を免れ得ぬほど(mortals)危険なのです」くらいでしょうか。

I saw your face
And I ascended  
Out of the commonplace
Into the rare!
Somewhere in space  
I hang suspended  
Until I know  
There's a chance that you care

Won't you answer the fervent prayer
Of a stranger in paradise?  
Don't send me in dark despair  
From all that I hunger for
But open your angel's arms  
To the stranger in paradise 
And tell him that he need be
A stranger no more


未知の人ですが、美しい容姿と声ですね。

Kim Brown


人生の悪夢のひとつに、メタボ腹をワッペン付けた紺ブレに包み、マイクを握る腕に金のロレックスを光らせ、歌うカラオケは「マイ・ウェイ」というおっさんに出くわすことがありますが、どうか県立高校合唱部の頃に戻って、初々しく「ストレンジャー・イン・パラダイス」でも歌ってほしいものです。

さて、「ストレンジャー・イン・パラダイス」には、さらに原曲があります。ボロディン作曲のオペラ『イーゴリ公』の「韃靼人の踊り(Polovtsian Dances)」場面で、この旋律が流れます。

ボリショイ劇場


韃靼人とは中国からの呼称、西欧ではタタール人と呼びます。タタール人とは、モンゴル人のことです。13世紀、ロシア帝国以前、諸公国に分かれていたロシアは、モンゴルに侵攻されました。戦いに敗れて捕虜となったイーゴリ公が、モンゴルの陣営で異族の宴を見せつけられる屈辱の場面です。イーゴリ公こそ、「楽園のよそ者」なわけです。

でたらめの珍妙な踊りに見えますが、強大な支配者モンゴルの威勢に圧倒される場面です。モンゴルの間接支配は16世紀まで250年間も続き、ロシア側はこの臣従の時代を「タタールの軛(くびき)」と呼んで記憶しました。1951年のボリショイバレエの振り付けと踊りは、禍々しいほど生命力溢れる異形の躍動美を描いて、現代版とは比較にならぬ凄さです。

1951年のボリショイバレエ


したがってロシアでは、「ストレンジャー・イン・パラダイス」のような甘美な恋歌ではあり得ません。ナターシャ・モロゾヴァが本来の歌詞でエキゾチックに歌っています。「風の翼に乗って遙か遠い故郷を思う」という内容のようです。

Natasha Morozova


(敬称略)

負けた、負けた

2014-01-04 22:15:00 | レンタルDVD映画
もう4日ですから、遅きに失したでしょうが、正月休みにDVD映画を観るなら、ウィル・スミス父子の未来SF「アフター・アース」、ブラット・ピットの「ワールド・ウォーZ」、スーパーマンをリメイクした「マン・オブ・スティール」、日本怪獣映画へオマージュの「パシフィック・リム」、青春と超能力を描いた「クロニクル」などではなく、「グランド・マスター」か、この「ベルリンファイル」を自信を持ってお勧めします。



正月映画にとどまらず、年間ベストランキング入りしてもおかしくない作品です。「グランド・マスター」は中国(香港)映画でなければ生まれない武侠映画の傑作でしたが、この「ベルリンファイル」も、現実に北朝鮮と諜報戦を戦っている韓国でなければつくれないスパイ映画です。

TUTAYAの準新作コーナーには、フランスのスパイ映画「メビウス」という佳作も並んでいますが、スパイ映画としては比べものにならない劣後です。それでも「メビウス」を佳作とするのは、フランス映画らしい官能的な恋愛映画と読み換えることができるからです。「メビウス」のとても今日的で古風なラブシーンについては、後日、稿を改めて。

さて、「ベルリン・ファイル」は、ベルリンを舞台に、北朝鮮と韓国の諜報員と防諜部員が激闘を繰り広げます。年末の張成沢(チャンソンテク)銃殺刑を予見したような、金正恩へ代替わり後の北朝鮮権力内部の暗闘を背景に、武器輸出や巨額の隠し口座をめぐり、CIAやイスラエルのモサド、ドイツ政府の高官、アラブの武器商人、ロシア人仲介者たちが、めまぐるしく絡みます。

この敵味方入り乱れて裏切り裏切られ追いつ追われつ殺し殺され息もつかせぬスピードの展開がすばらしい。アメリカのスパイアクション映画のように、スター俳優の無駄口やぼやき、つぶやき、ウインクなどを入れる暇もなく、すべてをめまぐるしい身体の動きとそれを追うカメラワークで表現していきます。

乱闘になれば、手近な小道具を武器に駆使するアイディアも、さらっと流して鼻につきません。たとえば、冷蔵庫に突き飛ばされ、開いたドアにもたれて、中に入っていた缶詰を手に、相手に殴りかかる。ハリウッド映画やたぶん日本映画でも、あらかじめ冷蔵庫と中を見せ、缶詰を観客に認知させる伏線を張るはずです。

「ベルリン・ファイル」は、バスター・キートンのスラップスティックばりに、冷蔵庫、ドア開く、缶詰つかむ、ふりかぶる、と2秒もかからず、缶詰もすぐに捨てられます。「ほう、南では頭に拳銃を突きつけるのか?」という北朝鮮諜報員の冷笑は伏線ですが、ずっと後に大胆なアクションにつなげて、もったいつけた説明的な映画文法を採用しません。

グローバルな映画市場を視野に、会話や表情の演技ではなく、動きと移動でわからせたいからでしょう。韓国人や日本人など東洋人の顔つきや表情は、よほどアップにでもしないかぎりよく見分けがつかず、アップにしても鑑賞に堪えるものではありません。この映画の白人やアラブ人俳優たちに比べると、韓国人俳優の顔は特徴がなく無個性に見えます。

そこが逆に、目立たず無表情なスパイ役にはうってつけなのですが、おかげで外国人俳優たちの演技がより達者に見え、存在感を増すという相乗効果を上げています。邦画に客演する有名外国人俳優たちとは違って、ほとんど無名の外国人俳優のようですが、脇役や端役ながら存在感を示し、かつ主役を立てる控えめな演技を指導する力量は邦画には見当たりません。

また、白人と東洋人の肌色が違うせいで、白い肌にトーンを合わせれば、東洋人の肌色が実際以上に茶褐色になり、黄色い肌に合わせれば、白人俳優の肌色を白く飛ばしてしまう映像の不調も最小限に抑えています。これらはいずれも、監督をはじめ製作側に、成熟したプロの手腕がなければできないことです。

良くも悪くも邦画には作家性という手垢が目立ちますが、小さな国内市場からグローバルな映画市場をめざす韓国映画は、まっさきに語り口という作家の手垢を捨て去り、標準化した演出作法を身につけたようです。ハ・ジョンウハン・ソッキュリュ・スンボムチョン・ジヒョンでなくとも、スウェーデンやベルギーの白人俳優を起用した映画でもすぐにつくれるはずです。

ちなみに、「オールドボーイ」で名を上げたパク・チャヌク監督の純正ハリウッド作品「イノセント・ガーデン」もなかなかの出来でした。

「グランド・マスター」や「ベルリン・ファイル」を観て、こういうジャンルの映画ではとても邦画は敵わない、とあらためて思いました。たしかに彼らはグローバルな映画を作っています。邦画がそれに追随すべきかどうかは別にして、彼らが映画史に新たなページをくわえているのはたしかなようです。

マスメディアで接する中韓とは異なり、彼らが作る映画は大人の鑑賞に堪える複雑で滋味豊かな作品が少なくありません。日本はどうでしょう。マスメディアと映画を問わず、幼稚で硬直した姿勢が目立つように思えます。

(敬称略)