【積極的平和主義とは? 軍縮・不拡散外交の現状】
このところ、集団自衛権を巡る政府与党の動きが活発だ。この議論は自分では決着がついているので屋上
屋を重ねないが、憲法解釈論ではなく法規の拡張論と心得ている。問題は、安倍政権の”積極的平和主義”
の中身。したがって、「軍縮及び兵器の拡散防止」を巡る”国連改革”の工程表(=実行計画)の
進捗にある。そこで、外務省やNPOの資料をネット検索し現状確認してみた。まず、平和と紛争、
特に軍備管理と軍縮問題の研究を行うスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)がの
「SIPRI年鑑2013」みてみよう(「【SIPRI年鑑2013】核保有国は、核兵器の近代化を続行 米露で
は減少」2013.06.05)。
報告によると、核保有国は核兵器を近代化し続けており、4400個の戦略核弾頭を所有しているとい
う。また、約二千個の核弾頭が、数分内に発射できる臨戦態勢にあることが分かった。これは、前
年レベルである。世界の核保有国は、核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有が認められている米国、ロ
シア、英国、フランス、中国の5カ国と、インド、パキスタン、イスラエルの計8カ国である。そし
て、核兵器運搬可能な航空機や潜水艦、新ミサイルシステムの近代化がされ続けている。SIPRIのシ
ャノン・カイル上級研究員は「核兵器保有国が、本当に核兵器を放棄する可能性はほとんどなく、
核兵器を国際的な地位や権力の象徴としている。」と述べている。さらに、SIPRIの推定によると、核
弾頭の総数は、実戦用核弾頭、活動状態あるいは非活動状態で格納されている弾頭、後日解体予定
の手付かずの弾頭も含め、前年同時期比1735個少ない1万7265個に減少したが、核を削減している
のは米露両国だけで、英国とフランスの弾頭数は昨年と変わらず、それぞれ225個と300個だった。
中国の核弾頭数は前年同時期比で10個増の250個。インドとパキスタン、イスラエルの核情報の入
手は困難で、SIPRIは、それぞれ核弾頭数を90~110個、100~120個、80個と推定しているとのこと。
資料の数字や図表を見る限り、問題と課題が一目瞭然で、振興アジア諸国、特に中国の軍拡が顕著であり
特に、中国、ロシア(非アジアオセアニア諸国では、米国・英国・フランス)は常任理事国であり拒否権をもつ
が、分けても問題なのは、”チャイナリスク"であり、非常任理事諸国では”北朝鮮リスク”であることが了解で
きる。さらに、核兵器以外の化学・生物兵器・通常兵器の輸出に対する削減工程表(実行計画)に対する働
きかけが鈍いあるいは分かりづらい、というのが率直な感想である。
●コラーゲンで骨をつくる?!
大阪大学大学院工学研究科の中野貴由教授と松垣あいら特任助教らの研究グループは、アトリーと
共同で、コラーゲンの配列を制御できる配向性材料を開発。骨を形成する骨芽細胞やコラーゲン、
アパタイトが優先的な方向性を示せる組織の形成に成功しており、さまざまな骨に似た構造を実現
できるため、再生医療への応用につながりそうだと報じられている。研究グループは、骨を形成す
る骨芽細胞の方向を制御することで、場所によって大きく異なる骨組織の方向性も操れると想定。
ランダムに並んだものと、コラーゲンの配列に強弱をつけた計3種類のコラーゲン配向化材料を開
発。カルシウムやリンを含む培地で、開発したシート状の「コラーゲン基板」に骨芽細胞を約4週
間培養し、本物の骨に類似した骨組織の方向性制御を試みた。その結果、骨芽細胞はコラーゲン基
板の配向性を感受して配列化した。細胞の並び方はコラーゲンの配列をコントロールすることで制
御できるという。方向がそろった骨芽細胞が作り出すコラーゲンとアパタイトは、細胞に沿って束
状になった。これは生体内での力学環境に対応した骨微細構造を再現できることを意味しているた
め、骨の方向性の自由自在なコントロールが可能になる。中野教授は、健全骨に近い骨類似組織を
骨再生初期から実現可能になるとか。
●無配向のコラーゲンはこれまで細胞培養の基板材料として長く利用されてきた。一方、人の体内
において配向性を有したコラーゲンが多数見られ、骨もその部位に応じてコラーゲン/アパタイト
が配向化しているが、骨の成長、並びに強度等の機能においてコラーゲン/アパタイトの配向性の
役割は大きいと考えられている。配向性を有したコラーゲン基板を製造する方法として、コラーゲ
ン繊維が形成される過程において強力な磁場を印加することが一般的に知られている。また、コラ
ーゲンゲルをスピンコートする方法が知られている。さらに、コラーゲンを石灰化して骨等に類似
した生体硬組織を作製する方法として、骨芽細胞の播種が一般的に知られている。前述の骨芽細胞
の播種以外にも、骨や歯の主成分として知られているハイドロキシアパタイトの合成法として、高
分子材料等の基板を、カルシウム溶液とリン酸溶液とに交互に浸漬させる方法が提案されている。
また、アパタイトの配向性を制御する方法として、同時滴下法によるコラーゲン/アパタイト複合
体の生成が提案されている。
しかしながら、上記特許文献1及び2のように、これまでコラーゲン単体の配向化技術は存在した
が、配向性が制御されたコラーゲン/アパタイト配向性材料を製造することはできなかった。また、
は、配向性が制御されたものではなっかった。さらに、従来から知られる自己組織化反応によるも
のと考えられるが、この方法により配向化材料を作製しようとする試みはミクロオーダーにおいて
もマクロオーダーにおいても存在しない。このように、コラーゲンの配向化技術はこれまで存在し
たが、石灰化コラーゲンをミリメーターオーダー以上のマクロサイズで製造する技術はなく、その
結果、骨が部位に応じて配向化しているような類似のコラーゲン/アパタイト配向性を持つ実用化
可能な材料も存在しなかったという。
この新規考案によると、ミリメーターオーダー以上のマクロサイズのコラーゲン/アパタイトの配
向化と配向性の制御が可能であるという有利な効果を奏する。また本発明においては、生体硬組織
が部位に応じてコラーゲン/アパタイトの配向性を持つことから、より正常な生体硬組織の各部位
の配向性に等しくなるように配向性が制御された生体適合性材料を提供することができる。例えば、
骨組織においてその配向性は、特定方向の強度に重要な役割を果たすと考えられている。大腿骨は
骨長軸に沿ったコラーゲン/アパタイトc軸の配向性を持つが、マクロサイズの骨欠損が生じた場合
には、元の配向性を回復することには長時間を必要とし、骨組織が元来持つ配向性を取り戻すこと
は極めて困難である。ところが、本発明で得られる、配向性が制御されたミリメーターオーダー以
上のマクロサイズの配向性材料を、元の骨の配向性に応じて埋入することにより、早期の骨再生と
本来の配向性の付与が可能となることが期待される。
また、高齢化社会が進むにつれて、骨粗鬆症や変形性関節症といった骨疾患が急増し、骨の再生医
療に対する期待は高いが、骨組織の強度機能、溶解と再生を繰返す骨代謝回転には、従来の医療現
場で測定されてきた骨密度の変化だけでは説明ができず、骨機能を決定する骨質パラメーターとし
てアパタイトの配向性が注目されている。この技術によると、コラーゲン/アパタイト配向性材料
の製造方法とその配向性材料は、将来の骨質医療に向けた基礎医学の研究開発のために、配向性が
制御されたコラーゲン/アパタイト配向性材料を提供すると共に、骨再生に向けた実用性ある生体
適合性材料を提供し得るという有利である。
WO2012039112 A1
このコラーゲン/アパタイト配向性材料の製造方法は、配向性を有するコラーゲンを準備し、骨芽
細胞又は間葉系幹細胞を播種することで、コラーゲンの配向性の方位と略一致した配向性を有する
アパタイトを、前記コラーゲンの表面と内部に生成・固定させることを特徴とし、コラーゲン/ア
パタイト配向性材料の製造方法の好ましい実施態様で、骨芽細胞が、骨芽細胞様細胞や生体より採
取した骨芽細胞である。また、別の態様によるコラーゲン/アパタイト配向性材料の製造方法は、
配向性を有するコラーゲンを準備し、カルシウムイオンを含み、実質的にリン酸イオンを含まない
溶液と、リン酸イオンを含み、実質的にカルシウムイオンを含まない水溶液とに、コラーゲンを交
互に浸漬することで、コラーゲンの表面あるいは内部に生成・固定させることができる。この製造
方法では、(1)カルシウムイオンを含み、実質的にリン酸イオンを含まない溶液が、塩化カルシ
ウム水溶液、酢酸カルシウム水溶液、塩化カルシウムのトリス緩衝溶液、酢酸カルシウムのトリス
緩衝溶液、またはこれらの混合溶液、(2)また、リン酸イオンを含み、実質的にカルシウムイオ
ンを含まない水溶液が、リン酸水素ナトリウム水溶液、リン酸二水素ナトリウムアンモニウム水溶
液、リン酸水素ナトリウムのトリス緩衝溶液、リン酸二水素ナトリウムアンモニウムのトリス緩衝
溶液、あるいはこれらの混合溶液、(3)コラーゲンの配向性の方位と略一致した配向性を有する
アパタイト、(4)配向性が、一軸配向、らせん配向、二軸配向、二次元配向、三軸配向また三次
元配向、(5)また、材料の大きさがミリメーターオーダー以上のマクロサイズ、(6)配向性を
有するコラーゲンが、金属、セラミックス、高分子材料、または生体材料の基板にコートされてい
る、(7)コラーゲンの表面あるいは内部にアパタイトが沈着し石灰化が生じる、などのを特徴を
有している。
●住宅用太陽光発電システムの電圧上昇対策?
NPO法人「太陽光発電所ネットワーク(PV-Net)」が「太陽光発電の普及・促進の影で」を公開。
太陽光発電システムの売電を妨げるパワコンの「電圧上昇抑制」を中心に、産業用・住宅用における具体
的事例(1)メガソーラーによる高圧幹線の電圧上昇: 設置地域の電力需要に見合わないメガソー
ラーが設置されたため、幹線の電圧が上昇し、他の事業者が系統連携できない。(2)住宅用設備
の増加による電圧上昇:同一変圧器に2軒目の住宅用設備が接続されたことで、以前から設置され
ていた住宅用設備で、電圧上昇抑制が発生するようになるという問題がある。つまり、余剰電力等
を逆潮流によって電力会社の系統側へ流すには、電力会社からの供給電圧より電圧を高くする必要
があり、電力会社が配線する変圧器から引込線取付点、設置者側が配線する引込線取付点から配電
盤、配電盤からパワコンまでの配線材にはそれぞれ抵抗成分があり、電流を多く流そうとするほど
電圧上昇する(上図参考)。
・パワコンの出力電圧(V)=配線材の電圧上昇分(V)+電力会社からの供給電圧(V)
・パワコンの出力電圧(V)=配線材の抵抗分(Ω)×電流(A)+電力会社からの供給電圧(V)
家庭用の低圧については電気事業法によって101±6Vと「規定の電圧」が定められ、この値を逸脱し
ないこととなっているが、これにより電圧が高くなりすぎて家電が壊れることから、電圧の低下に
よる誤動作を防ぐようにしている。電力会社は屋内配線と通って末端にある電気機器までの電圧降
下を考慮して高めの電圧で配電。パワコンの整定値も同様に家屋内の電圧が高くなりすぎないよう
にする設定(制限)であり、メーカー出荷時の設定は107Vが一般的。ところが、本来は引込線取付点
だが、条件が整えば引込柱としてもよいと「電力品質確保に係る系統連系技術要件ガイドライン」
に記述されており、電力会社からの供給電圧が101Vでパワコンの出力電圧が103Vであれば問題ない
が、供給電圧が107Vぎりぎりの場合は、パワコンは規定値に収まるように出力を制限し107Vよりも
高い電圧を発生を抑制する。このため、電力会社からの供給電圧よりもパワコンが同電圧ないしは
低電圧となり電気の移動が起きないので「電気が売れない!」という事態が生じる。
・パワコンの出力電圧(V)=配線材の抵抗分(Ω)×電流(A)+電力会社からの供給電圧(V)
ただし、系統連系した太陽光発電システムの場合はパワコンの整定値という上限条件が付く。
パワコンの出力電圧(V)=配線材の抵抗分(Ω)×電流(A)+電力会社からの供給電圧(V)≦整定値(V)
とすると、天気の良い昼12時頃、発電による電流(A)を一定と仮定すると電圧上昇分の電圧(V)も一
定となるので、その時に工場等が昼休憩になり設備が停止することで高圧幹線の需要(電流)が減り
電圧が上昇(電流が減る分、電圧降下が減少)、それに伴って変圧器から供給される低圧の電圧も上
昇。この場合、パワコンの出力電圧はそれに伴って上昇することになり、場合によっては整定値ま
で到達して電圧上昇抑制となる。同様に太陽光発電システムで発電することは需要を減らすことに
繋がり、幹線の電圧上昇に少なからず影響する。同じ3.0kWの発電量(≒100V30Aの電流)であっても
抑制が掛かる時と掛らない時、1.7kwと少な目の発電量(≒100V17Aの電流)であっても抑制が掛る時
があるのは太陽光発電システム単体の問題ではなく、変圧器からパワコンまでの配線材の抵抗分で
発生する電圧上昇と需要の変動に伴う電力会社からの供給電圧の上昇が大きく絡むためであると解
説されている。
僕と水槽と彼のガールフレンド(フルネームは栗谷えりか)が会ったのは日曜日の午後、場
所は田園調布駅の近くの喫茶店だった。彼女は水槽と変わらない身長で、よく日焼けして、き
れいにアイロンのかかった白い半袖のブラウスに、紺のミニスカートをはいていた。育ちの良
い山の手出身の女子大生の見本みたいだ。写真で見たとおりの素敵な女性だったが、実物を前
にすると、顔立ちの良さよりはむしろ、全身に溢れている率直な生命力のようなものに注意を
引かれる。どことなく線の細い印象のある木樽とは対照的だった。
木樽が僕を彼女に、彼女を僕に紹介した。
「アキくんに、お友だちができてよかった」と栗谷えりかは言った。木樽の名前は明義といっ
た。彼をアキくんと呼ぶのは世界中で彼女一人だけだった。
「おおけさなやつやな、友だちくらいなんぽでもいるぞ」と水槽は言った。
「嘘よ」と栗谷えりかはあっさりと言った。
「ごらんのとおりの人だから、なかなか友だちが作れないの。東京育ちのくせに関西弁しか話
さないし、□を開けばいやがらせみたいに、阪神タイガースと詰め将棋の話しかしないし、そ
んなはずれた人が普通の人とうまくやっていけっこないでしょう」
「そんなこと言うたら、こいつかてけっこうけったいなやつやぞ」と木樽は僕を指さして言っ
た。「芦屋の出身のくせに東京弁しかしゃべらんしな」
「それってわりに普通じゃないかしら」と彼女は言った。「少なくとも逆よりは」
「おいおい、それは文化差別や」と木樽は言った。「文化ゆうのは等価なもんやないか。東京
弁の方が関西弁より偉いなんてことがあるかい」
「あのね、それは等価かもしれないけど、明治維新以来、東京の言葉がいちおう日本語表現の
基準になっているの」と栗谷えりかは言った。「その証拠に、たとえばサリンジャーの『フラ
ニ-とズーイ』の関西語訳なんて出てないでしょう?」
「出てたらおれは買うで」と木樽は言った。
僕も買うだろうと思ったが、黙っていた。余計な口出しは控えた方がいい。
「とにかく世間一般の常識として、そういうことになってるの」と彼女は言った。「アキくん
の脳昧噌には偏屈なバイアスがかかっているだけなの」
「偏屈なバイアスていったいどういうことや? おれには文化差別の方がよっぽど有害なバイ
アスやとしか思えんけどな」と木樽は言った。
栗谷えりかは賢明にもその論点を回避し、話題を変更することを選んだ。
「私の入ってるテニスの同好会にも芦屋から来てる女の子がいるわ」、彼女は僕に向かって言
った。「サクライ・エイコって子だけど、知ってる?」
「知ってる一と僕は言った。楼井瑛子。妙なかたちの鼻をした、ひょろりと背の高い女の子で、
親が大きなゴルフ場を経営している。気取っていて、性格もあまり良くない。胸もほとんどな
い。ただし昔からテニスだけはうまくて、よく大会に出ていた。できることなら二度と会いた
くない相手だった。」
「こいつな、けっこうええやつやねんけど、今のところ彼女がおらへんねん」と木樽が栗谷え
りかに向かって言った。僕のことだ。「ルックスはほどほどゆうとこやけど、躾けもできてる
し、おれと違って考え方はかなりまともや。いろんなことをよう知ってるし、むずかしそうな
本も読んでる。見たところ清潔そうやし、悪い病気なんかも持ってへんと思う。前途有為な好
青年やと思うんやけどな」
「いいわよ」と栗谷えりかは言った。「うちのクラブにもけっこう可愛い新入生が何人かいる
から、紹介してあげてもいい」
「いや、ちゃうねん。そうゆうんやなくて」と木樽は言った。「おまえ、こいつと個人的につ
きおうてやってくれへんかな? おれも浪人生の身やし、おまえの相手も思うようにできへん,
そのかわりゆうたらなんやけど、こいつやったらおまえのええ交際相手になれると思うし、
おれとしてもまあ安心してられるんや」
「安心してられるってどういうことよ?」と栗谷えりかは言った。
「つまりやな、おれはおまえら二人のことを知ってるし、見ず知らずの男とおまえがつきおう
たりしてるよりは、おれとしてもその方が安心やないか」
栗谷えりかは目を細め、遠近法を間違えた風景團でも見るみたいに、木樽の顔をじっと見て
いた。そしてゆっくり口を開いた。「だから私がこの谷村くんとおつきあいすればいいってい
うことなの? 彼がけっこういい人だから、私たちが男女として交際するように、アキくんは
真剣に勧めているわけなの?」
「そんな悪い考えでもないやろ。それとも他にもう誰かつきおうてる男でもいるのんか?」
「いないわよ、そんな人は」と栗谷えりかは静かな声で言った。
「そしたらこいつとつきおうてやったらええやないか。文化交流みたいな感じで」
「文化交流」と栗谷えりかは言った。そして僕の顔を見た。
何を言っても良い効果は生みそうになかったので、僕は沈黙を守っていた。コーヒー・スプ
ーンを手にとって、その柄の模様を興味深そうに眺めていた。エジプトの古墳の出土品を精査
する博物館の学芸員みたいに。
「文化交流ってどういうことなの?」と彼女は木樽に尋ねた。
「つまりやな、ここらでちょっと異なった視点みたいなものを取り入れていくのも、おれらに
とって悪いことやないんやないかと……」と木樽は言った。
「それがあなたの考える文化交流なの?」
「そやから、おれの言わんとするのは――」
「いいわよ」と栗谷えりかはきっぱりと言った。目の前に鉛筆があったら、手にとって二つに
析っていたかもしれない。「アキくんがそう言うのなら、その文化交流をしましょう」
彼女は紅茶を一ロ飲み、カップをソーサーの上に戻し、それから僕の方を向いた。そして微
笑んだ。「じゃあ谷村くん。アキくんもこうして勧めてくれていることだし、今度二人でデー
トをしましょう。楽しそうじゃない。いつがいいかしら?」
うまく言葉が出てこなかった。大事なときに適切な言葉が出てこないというのも、僕の抱え
ている問題のひとつたった。住む場所が変わっても、話す言語が変わっても、こういう根本的
な問題はなかなか解決しない。
栗谷えりかはバッグから赤い革の手帳を取り出し、ページを開いて予定を調べた。「今週の
土曜日は空いてる?」
「土曜日は何も予定はないけど」と僕は言った。
「じゃあ今度の土曜日で決まりね。で、二人でどこに行きましょう?」
「こいつ、映画が好きやねん」と木樽が栗谷えりかに言った。「将来は映画のシナリオを書く
のが夢なんや。シナリオ研究会ゆうとこに入ってるねん」「じゃあ映画でも見に行きましょう。
どんな映画がいいかしら? えーと、それは谷村くんが考えておいて。私は恐怖映画だけはだ
めだけど、それ以外であればどんなものでもつきあうから」
「こいつな、ものすごい恐がりやねん」と木惨が僕に言った。「子供の頃、二人で後楽園のお
化け屋散に行ったときなんかな、手を繋いでたんやけど――」
「映画のあとでゆっくりお食事でもしましょう」と栗谷えりかはその話を追って、僕に言った。
そしてメモ用紙に電話番号を書いて渡してくれた。「これが私のうちの電話番号。待ち合わせ
の場所とか時間とか、決めたら電話してくれる?」
僕はそのとき電話を所有していなかったので(理解していただきたいのだが、これは携帯電
話なんてものがまだ影もかたちもなかった時代の話だ)、アルバイト先の電話番号を彼女に教
えた。それから腕時計に目をやった。
「悪いけど、お先に失礼するよ」と供はできるだけ明るい声を出して言った。「明日までに仕
上げなくちゃならないレポートが残っているから」
「そんなもん、ええやないか」と木樽は言った。「せっかく三人でこうして一緒に会えたんや
から、ゆっくり話をしていったらどうや。この近くにけっこううまい蕎麦屋もあるし……」
柴谷えりかはとくに意見を□にしなかった。僕は自分のコーヒー代をテーブルに置いて席を
立った、けっこう大事なレポートだから、悪いけど、と僕は言った。本当はどうでもいいよう
なものだったのだが。
「明日かあさってには電話するよ」と僕は栗谷えりかに言った。
「待ってるわ」と彼女は言って、すごく感じの良い微笑みを顔に浮かべた。僕の印象からすれ
ばそれは、本物であるにはいささか感じの良すぎる微笑だった。
二人をあとに残して喫茶店を出て、駅に向かって歩きながら、「僕はいったいこんなところ
で何をやっているんだろう?」と自らに向けて問いかけた。何かがいったん決定されてしまっ
てから、どうしてこうなってしまったのかと考え込んでしまうところも、僕の抱える問題のひ
とつだ。
村上春樹 著『イエスタデイ』/『文藝春秋』2014年1月号