いいね~おいしいね~

食べたり買って良かったもの等を実体験に基づき厳選紹介!ぜひご利用頂きより良い人生や日本経済等活性化につながれば幸いです♪

舞妓茶屋 相馬樓(山形県 酒田市)はとてもオススメ!

2024年12月27日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県酒田市の「舞妓茶屋 相馬樓」へ日曜の13時に1人で行って来ました♪

↑建物

↑入口

↑玄関入ってすぐ

 この「舞妓茶屋 相馬樓」は、江戸時代創業の料亭「相馬屋」を修復し、平成12年(2000年)に開業したもので、各部屋で貴重な美術品などを鑑賞でき、2階では酒田舞娘の踊りと食事を楽しめる演舞場となっています。

 また1階奥には、酒田と所縁のある「竹久夢二」の美人画やその写真も一緒に展示する美術館も併設されていましたね。

 入館料は1,000円税込ですが、14時から3人の舞娘演舞3曲鑑賞及び写真撮影付きが2500円税込でしたね。
 paypayや各種クレジットカードなど電子マネーが利用でき、現金不要で楽で良かったです♪

↑料金案内

↑支払方法

 受付が、着物を綺麗に着飾った若い舞妓さんというのはドキドキします(^_^)

 舞娘演舞が始まる前に、約1時間、時間があったので、各部屋の美術品や綺麗な庭、竹久夢二美術館などをゆっくりと鑑賞できました♪

 部屋がかなり多く迷うので、地図と、各部屋の見るべきポイントを写真付きで説明した紙ファイルを借りれたのは良かったです♪

↑地図

↑ポイント案内

↑ポイント案内

↑ポイント案内

↑ポイント案内

↑ポイント案内

 さっそく見学を楽しみました♪

↑庭

↑綺麗な魚の襖絵

↑2階から庭

↑座敷

↑掛け軸など

↑座敷

↑絵

↑茶室

↑庭

↑ランプシェード

↑掛け軸など

↑灯籠など

↑絵

↑ガラス窓

↑掛け軸

↑窓から紅葉や灯籠

↑座敷

↑蔵

↑人形

↑人形

↑大きな雛人形

↑屏風

 庭も含めてどれも素晴らしく、また大きな雛飾りには圧倒されましたね。
 また撮影禁止でしたが、竹久夢二美術館では、竹久夢二の経歴や恋愛の状況を理解できたのも良かったですね。

 そして時間になると、案内放送があり、2階に上がって、まずは酒田やこの「舞妓茶屋 相馬樓」の歴史のビデオを観ました♪

↑ビデオ

 そして美しい着物を着た芸姑三味線1人と、舞の芸姑1人、舞妓1人の3人で、3曲鑑賞できたのは良い思い出となりました♪
 素晴らしい三味線と舞でした♪

↑2階の会場

↑今回の芸姑と舞妓

 もちろん2階の襖や掛け軸等も素晴らしかったですね♪

↑2階の襖

↑掛け軸

 それから最後に舞の芸姑、舞妓と和やかに記念写真撮影できたのも良かったです♪

 なお、この後は、1階でカフェを楽しみ、そこでも舞妓と記念写真撮影ができるようでした。

↑カフェメニュー

 山形県酒田市の「舞妓茶屋 相馬樓」は、歴史ある建物で美術品だけでなく、竹久夢二の作品等も鑑賞でき、また美しい着物を着た芸姑と舞妓の舞を目の前で鑑賞できとてもオススメです! 

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山居倉庫(山形県 酒田市)はとてもオススメ!

2024年12月25日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県酒田市にある山居倉庫へ午前11時過ぎに行って来ました♪
入館無料です。

↑山居倉庫

↑入口

↑解説

↑地図

 この山居倉庫は、明治時代から昭和戦前時代まで庄内米を保管、取引した大規模施設です。

 当時の建物や景観がそのまま残っているのは素晴らしく、また裏のけやき道の紅葉も美しく良かったですね。

↑けやき道の紅葉

↑けやき道の紅葉

↑けやき道の紅葉

 またその倉庫内の土産物屋や料理店がかなり充実していました♪

 特に芳香亭は店内は上質感があり、美味しそうでしたね。

↑芳香亭

↑芳香亭店内

 それから、酒田は一世風靡したNHK連続ドラマ「おしん」のロケ地だったので、その説明があったのも良かったですね。

↑おしん関連

↑おしんの写真

せっかくなので奥の方にも歩いてみました♪

↑山居倉庫の奥へ

 すると、小鵜飼船がありましたね。
最上川舟運で物資の輸送で利用されていたようです。

↑小鵜飼船の説明と小鵜飼船

↑小鵜飼船

 そして、昭和天皇が皇太子時代に訪れた際の東宮殿下行啓記念館がありましたね。
 建物が赤い紅葉に覆われ美しいです。

↑東宮殿下行啓記念館

 それから昔の木製の立派な橋がありましたね。
 これは素晴らしいです♪

↑木製の橋

 もちろん歩行者専用でしたね。

↑注意事項

 せっかくなので歩いてみました。

↑木製の橋

↑木製のベンチ

↑上流方向

↑下流方向

↑橋から山居倉庫方向

 山形県酒田市にある山居倉庫は、明治期からの米倉庫が残り、中は土産物屋やレストランが充実し、また裏のけやきの紅葉が美しくとてもオススメです!

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本間家旧本邸等(山形県 酒田市)はとてもオススメ!

2024年12月24日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県酒田市の本間家旧本邸へ日曜の午前10:30過ぎに行って来ました♪

 この本間家旧本邸は、江戸時代の豪商本間家の旧本陣宿だったもので、戦後には公民館としても利用されたことがあるようです。

↑入口

↑地図

↑説明

 入館料はこのブログで紹介した本間美術館とセットで1700円税込で、セットだと300円税込お安くなりました。

↑入館料

 門をくぐって、旧本邸へ進みます。

↑先に進む

↑旧本邸

 この建物は山形県指定文化財でしたね。

↑山形県指定文化財指定

 ただ、この旧本邸内は撮影不可だったのは残念です。

 しかしながら、道の対面にある別館も見学可能で、こちらは写真撮影可能だったのは良かったですね。

↑別館

 特に以下の展示について興味深かったです。
・江戸時代は北前船で薬の交易も重要で、その説明の写板が興味深い。金平糖や砂糖、みりんも当時は薬。
・北前船関連展示や当時の写真
・消防器具
・当時のキッチン用品

↑室内

↑室内

 薬種の紙への解説印画用の木の写版がありましたね。

↑木版と印画

↑木版と印画

 金平糖用や砂糖用、みりん用もありました。

↑金平糖や砂糖、みりん用

 そして当時の小さな人形も等もありましたね。
 子供のままごと用でしょうか。

↑小さな人形等

 そして北前船関連もありました。

↑北前船関連

 北前船寄港地・船主集落は日本遺産に認定されていました。
 酒田は寄港地として認定ですね。

↑日本遺産

↑日本遺産登録寄港地や船主集落

 北前船の解説も素晴らしいですが、このブログで紹介した酒田市文化資料館 光丘文庫の内容と同じでしたね。

↑北前船の説明

↑北前船の説明

↑北前船の説明

 それから同じくこのブログで紹介した日和山公園での当時の眺望の絵には、常夜燈や帆船があり、当時の状況がよく分かり良かったです♪

↑日和山眺望

 それから鳥海山や帆船の絵もありましたね♪

↑鳥海山や帆船

 そして昔の酒田港の汽船時代や帆船時代の写真もありました。

↑昔の酒田港

↑昔の汽船

↑昔の酒田港や帆船

 それから当時の消防設備もありましたね。

↑消防設備

↑消防設備?

 そして当時の米俵の写真や、それらに関する器具もあります。

↑米俵の写真等

 また、室内では土産物品もかなり充実していましたね。

↑土産物売り場

 当時使われていた大きな金庫もありました。

↑大きな金庫

 山形県酒田市の本間家旧本邸や別館は、さすが豪商で、北前船時代の物や写真等が充実し、とてもオススメです! 

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日和山公園(山形県 酒田市)は夕陽が美しくとてもオススメ!

2024年12月22日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県酒田市の日和山公園へ土曜の16時前に行って来ました♪

↑案内図

 この日和山公園は、古くから酒田のシンボル公園とのことです。

 というのは、その昔、酒田湊に出入りした船頭衆がここから日和を見て、出港の判断をしたことから、日和山と呼ばれるようになったようです。

 また、ここからは夕陽が美しく見えるようで、4月〜12月の日の入り時刻の表もありましたね。

↑日の入り時刻表

 この日和山公園には以下がありましたね。
◯展望広場
 この広場から最上川や大型の発電用風車、そして夕陽が美しく見え、かなり感動でしたね♪

◯常夜灯
 文化10年(1813年)に船頭衆や廻船問屋衆の寄進により建てられたもの。元々は展望広場にあり、当時は灯台の役目をした。

◯六角灯台
 日本最古級の木造洋式六角灯台。明治28年(1895年)に最上川左岸に竣工し、その後対岸へ移設。昭和33年(1958年)にこの地に移築され保存。

◯河村瑞賢像
 河村瑞賢は江戸時代に西廻り航路を開発し、最上川流域の米などを江戸へ運ぶことに成功し、流通活性化。そのため酒田も繁栄。

◯千石船
 1/2サイズの模型があるとのことでしたが、冬季は池の水はなくなり、千石船はシートに覆われて保護され見えなくなっていたのは残念でした。

 順に写真で紹介したいと思います♪
 まず展望台へ進みます♪

↑展望台へ進む

↑展望台へ進む

 すると最上川や夕陽、大型の風車が美しく見えていましたね♪
 飛行機雲も幻想的です。

↑最上川

↑山などの説明

↑説明と実際の風景

↑夕陽が美しい

↑日が沈む

 夕陽にはとても感動でしたね!

 そして常夜灯が光り始めていましたね。

↑常夜灯

↑常夜灯の解説

↑案内図

 そして六角灯台へ進みます♪
 この灯台はこの場所ではありませんでしたが、明治28年(1895年)から活躍していたとは素晴らしいです。

↑地図

↑六角灯台の解説

↑六角灯台

 そして広場を進みます。

↑広場

 右側に河村瑞賢の像がありましたね。

↑河村瑞賢像

 その下に解説があり、当時出羽の幕府米を江戸に回漕する西廻り航路を開発し流通と海運の向上に大きく貢献とは素晴らしいです。

↑説明

 そして千石船模型の方に進むと、その西廻り航路の解説などがありました。

↑西廻り航路の地図など含めた解説

 ただ1/2模型の千石船が緑色のシートに覆われて見れなかったのは残念です。
 4月になると池に水が入れられ、千石船を見ることができるようになるようです。

↑シートに覆われた千石船

 なお、この日和山公園は、酒田一の桜の名所のようです。

 山形県酒田市の日和山公園は、夕陽がかなり美しく、また常夜灯や日本の初期の六角灯台、河村瑞賢像や千石船模型等を見れとてもオススメです!

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本間美術館(山形県 酒田市)の庭園はとてもオススメ!

2024年12月21日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県酒田市のJR酒田駅から徒歩約5分の本間美術館へ土曜の14:50位に1人で行って来ました♪

↑入口

↑美術館の建物

↑美術館の入口

 この日の美術館の展覧は、酒田市出身の洋画家「加藤丈策(1901年〜1998年)」氏の絵画が飾られ、独創的な絵でしたね。

↑展覧ポスター

↑画家の説明

 ただ、この本間美術館は、文化10年(1813年)に造られた鳥海山を借景とする池泉回遊式庭園で国指定の名勝「鶴舞園」や、豪商・本間家の昭和天皇が皇太子時代に泊まった「別邸 清遠閣」があまりにも素晴らしかったですね。

 しかも、「鶴舞園」は、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで2つ星も獲得しています。

 後で知ったのですが、この本間美術館は、実はこれら別邸と庭園を美術館として公開しているようです。

 庭園の入口には案内地図等があり、そして順路に従って進みました♪

↑案内地図

 庭園はちょうど紅葉も始まり、池などと共に素晴らしかったですね。

↑庭園

↑庭園

 あずま屋(休憩場所)もあり、あずま屋からの景色も素晴らしいです♪

↑あずま屋

↑あずま屋

↑あずま屋からの景色

 そして茶室もありましたね。
ただ中には入れないようでした。

↑茶室方向

↑茶室の説明

↑茶室がある建物

 そして池や紅葉がかなり素晴らしかったですね♪

↑池や紅葉

 それから橋や灯籠もあります。

↑橋や灯籠

↑灯籠

↑灯籠や清園閣

↑清園閣

 そして清園閣へ向かいます。

↑清園閣へ向かう

 靴を脱いで清園閣へ入ります。

↑清園閣入口

 さすが日本遺産に認定されていましたね。

↑日本遺産認定証

 そして、室内から庭がさすが美しいです♪

↑室内から庭

 それから本間家別荘の由来の説明もありましたね。
 江戸時代には藩主が領内巡視の際に訪れていたようです。
 また明治期以降は、酒田の迎賓館として、昭和天皇が皇太子時代、秩父宮、高松宮、三笠宮などの宮家等も訪れていたとは素晴らしいです。

↑本間家別荘の由来

 特に昭和天皇が皇太子時代に訪れた際は酒田では大歓迎で、提灯行列も行われたようです。

↑昭和天皇が皇太子時代の見学の人々の写真

 それにしても清園閣から観る庭も素晴らしいです♪

↑庭

 なお、1階では抹茶や珈琲等のサービスもありましたね。
 ぜひ利用したかったのですが、ラストオーダーの15時を過ぎていて残念でした。

↑抹茶などサービス案内

↑抹茶サービスからの庭の景色

 そして階段を上がって2階に行きました♪

↑階段

 すると、昭和天皇が皇太子時代に訪れた際の写真や説明があり興味深かったですね♪

↑昭和天皇が皇太子時代にお休みになった天蓋付きベッド

↑当時の状況

↑当時の部屋

 そして2階からの庭の景色もかなり素晴らしかったです♪

↑2階から庭方面

↑2階から庭

↑2階から庭

↑本間美術館のカラーの説明

 それから本間家と酒田の略年表もあり興味深かったですね。

↑略年表

↑略年表

 山形県酒田市の本間美術館は、美術展を観覧だけでなく、素晴らしい国指定名勝「鶴舞園」という庭園や清園閣を見学できとてもオススメです! 

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青の洞窟SHIBUYA(東京 渋谷)のイルミネーションはとてもオススメ!

2024年12月20日 01時00分00秒 | イベント・外出

東京の渋谷の渋谷公園通りから代々木公園けやき並木までの素晴らしい60万個もの電飾の青いイルミネーションの「青の洞窟SHIBUYA」へ日曜の19時頃に行って来ました♪

↑青の洞窟SHIBUYA

この「青の洞窟 SHIBUYA」は、2024年12月6日(金曜)〜2024年12月25日(水曜)17時〜22時に開催されています♪

このイベントは、日清製粉ウェルナの協賛で、まさしくその商品のパスタ「青の洞窟」から名付けられていますね♪

  今回は渋谷駅から原宿駅方面に歩いたのですが、道路の両脇の木々に青い電飾がずっと奥まで施され、それは素晴らしい幻想的な空間となっていて、この通りには感動でしたね!

奥の方には、球状のドーム(THE SNOW DOME)があり、様々な映像も流れていました♪

↑ドーム

その右側には、「青の洞窟」商品もおいてありましたね♪

↑商品

実際の歩きとは逆となりますが、以下のイルミネーションを楽しみました♪

↑遠くにドーム

↑青の洞窟の案内

↑更に離れる

↑更に離れる

東京の渋谷の渋谷公園通りから代々木公園けやき並木までの「青の洞窟 SHIBUYA」は素晴らしい青いイルミネーションでとてもオススメです!

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羽黒山参り(山形県 鶴岡市)はとてもオススメ!

2024年12月17日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県鶴岡市のJR鶴岡駅から1番乗り場の7:53のバスに乗り、羽黒隋神門に8:29に到着して、羽黒山参りを1人で楽しみました♪

↑到着

↑案内図

↑日本遺産の案内

↑案内図

↑由緒

 その随神門から標高414mの山頂まで約2km2,446段の階段を登り、途中は美しい樹齢約350年〜600年の杉並木や木々の紅葉を見ながら気持ち良く進め、そして五重塔が想像以上に美しく感動でしたね♪

 そして一の坂、二の坂、三の坂と脚を鍛えながら進み、山頂の羽黒山三神合祭殿には9:38位に到着しました♪

 全体的にとても気持ち良く清々しい気持ちで登れ、とても良かったです♪
また登りたいと思いましたね。

 ただ、特に二の坂は、かなり先まで石段が続いていて、思わず笑っちゃいましたね♪

 そして二の坂にある茶店が冬季に入ったため11月11日から休業していたのは残念でした。ご注意ください。

 具体的には以下のスケジュールでしたね♪

・随神門8:30
・神橋や須賀瀧8:40
・羽黒山五重塔8:48
・一の坂8:54
・二の坂9:05
・三の坂9:22
・齋館9:34
・山頂の羽黒山三神合祭殿9:38
・山頂の出羽三山歴史博物館500円9:52
・山頂の太田商店で天狗蕎麦1,000円ランチ
・山頂から12時発のバスでJR鶴岡駅に12:55到着

 順に写真と共に紹介します♪

 まずは、天拝石がありましたね。
昔、修験者の行法を行った場所の石のようです。

↑天拝石

 そして赤い随神門が立派でした♪

↑赤い随神門

↑随神門の解説

 それから羽黒山の石段の解説がありました。
 慶安(1648年)の前後13年もの歳月を掛けて、約1.2kmに渡ってこの石段を造ったとは素晴らしいです!

↑石段の解説

↑石段

 そしてスギ並木の説明もありました♪
 随神門から羽黒山頂まで約1.7kmの参道の両側に杉並木はあり、右側284本、左側301本の総数585本で、推定樹齢300年〜500年前の老杉とのことです。当時十数年の歳月をかけて植林したとのことです。

↑スギ並木の説明

 それから、羽黒山の峰入りの解説もありました。
 峰入りとは、羽黒山伏の修行のことで、今では日本で唯一本来の山伏修行の形が伝わっているようです。
 冬の峰は、100日間の参籠で、100日目が大晦日となり、その松例祭で修行で得た験力を競うようです。

↑羽黒山の峰入りの解説

↑石段を進む

 すると、赤い神橋がありました。

↑神橋

 そして大きな須賀瀧があり、その撮影をしている方がいましたね。

↑須賀瀧

↑須賀瀧

↑須賀瀧の説明

 そして樹齢1,000年以上の爺杉がありましたね♪
 これは素晴らしいです♪
 羽黒山で最大最古の巨木で、実は明治35年(1902年)まで婆杉があったとは面白いです。
 爺杉と婆杉!
 婆杉は暴風で倒れてしまったとは残念です。

↑爺杉

 すると、そこから右側に杉に囲まれて五重塔が見えたのは神秘的でしたね♪

↑五重塔

 五重塔に近づいて見ると、その威容さに感動でした!
 高さ約30mもあり、西暦931〜947年の間に平将門が建立とはかなり古いす!

↑五重塔

↑五重塔の解説

 よく今まで雷で焼けなかったと思いましたが、五重塔にしては珍しく、ここでは谷に建てられているからかもしれません。

↑五重塔拡大

↑横から 素晴らしい♪

↑側面から

↑遠景

 そして一の坂がありました。

↑一の坂の案内

 結構延々と坂の石段が続き笑ってしまいます♪

↑一の坂

 すると、女夫杉(めおとすぎ)がありましたね!

↑女夫杉

 根は絡み合い、しかも上の方は枝が突き刺さって、合体しているのは凄いです。さすが夫婦です!

↑女夫杉の上の方

 それから苔に覆われた火石がありました!

↑火石

↑火石の説明

 火石は闇夜には光明を放つとは素晴らしいです。

 そして二の坂へ到着しました♪
 ここからかなり先まで石段が続いており、ここも嬉しくて(^_^;)大笑いしてしまいましたね♪

↑二の坂の石碑

↑石段が続く

 しかしながら、登っていると、地上より寒いためか木々の紅葉が美しくなって来ました♪
 これは嬉しかったですね♪

↑紅葉

↑紅葉

 そして二の坂を登ると、名物力餅が有名な二の坂茶屋に到着しましたが、何と11月11日から今シーズンは営業終了とのことで、お店が開いていなかったのには愕然としてしまいましたね(^_^;)
 後ろから歩いてきた女性もかなり残念がっていました。

↑二の坂茶屋

↑営業終了の案内

 気を取り直して進むと、芭蕉塚がありました。
 江戸時代の松尾芭蕉は、江戸の深川を出て、東北地方へ奥の細道の旅をしますが、ここも通っていますね。

↑芭蕉塚の説明

↑芭蕉塚

 そして最後の坂の三の坂へ到着しました♪

↑三の坂の石碑

↑三の坂
 
 こちらも楽しくなる石段です♪

 そして左側に「羽黒山 齋館」の案内がありました♪
 実は、事前予約したのですが満席でランチを頂けず残念でした。
 もし行かれる際は、早めの予約が必要ですね。

↑「羽黒山 齋館」の案内

 そして赤い鳥居が見え、ついに頂上が近づきました♪

↑赤い鳥居

 ついに、赤い羽黒山三神合祭殿へ到着で、改修中でしたね。

↑羽黒山三神合祭殿

 その前では、ちょうど山伏の方たちが経を唱え、法螺貝も吹いていました!
 その様子を伺えラッキーでした!

↑山伏の方たち

↑羽黒山三神合祭殿

 羽黒山三神合祭殿は3つの神様を祀っていましたね。

↑3つの神様

 そのため、月山や湯殿山へ行かなくても、3つ神様がいらっしゃるので同じ効力があるとはさすがです!

 それから近くには、世界平和塔がありましたね。
 昭和24年(1949年)に建立で、戦後間もない頃に平和を祈願して建てられたんですね。平和は大切です。

↑世界平和塔

 そして池の水面に、青い空とともに羽黒山三神合祭殿が美しく見えていましたね♪

↑池にも映る羽黒山三神合祭殿

↑羽黒山案内図

↑山頂案内図

 それから君が代でも歌われる「さざれ石」がありましたね。

↑さざれ石

 そして松尾芭蕉像もあります。

↑松尾芭蕉像

 この後は、山頂の出羽三山歴史博物館(大人入館料500円税込)で、出羽三山の歴史と文化に関する資料等を見学しました。

↑出羽三山歴史博物館

 具体的には、鏡池から出土した銅鏡190面や銅灯籠竿等の重要文化財
仏像、太刀銘月山、祭に関する説明など充実していましたね。
 この日は、「龍神文を描く中国古鏡展」が開催されていました。
 ただ館内の撮影禁止だったので、ここで紹介できないのは残念です。

↑パンフレット

↑パンフレット

 なお、館外には「奥の細道」芭蕉行程図があり興味深かったですね♪

↑「奥の細道」芭蕉行程図

 その後は山頂の太田商店で天狗蕎麦1,000円ランチを楽しみました。
 その模様は次回のブログで紹介していますので、ぜひご覧ください♪

↑太田商店

 また山頂からの帰りのバスが、この時間で最短は12時発だったのでご注意ください。
 そして冬季はバスの本数が減ります。

↑バス停の時刻表

 参考までにJR鶴岡駅及び山頂等からのバス時刻表を紹介しますので、ぜひご活用ください。(JR鶴岡駅すぐの観光案内書で無料で頂けました)

↑JR鶴岡駅等からの時刻表

↑山頂や羽黒隋神門等からの時刻表

 もし脚力に不安があるのなら、バスで山頂まで行き、歩いて下りながら隋神門まで行き、そこからバスに乗って帰るというのも良いかと思います。
 なお、そのバスの車中からは鳥海山が美しく見えていたので、必見です!

↑鳥海山

 山形県鶴岡市の羽黒山参りは、清々しく気持ち良く、途中の五重塔には感動し、杉並木や紅葉も良く石段を登れ、とてもオススメです!
 次は月山等の登山も楽しみたいですね。
 

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まちづくりスタジオ 鶴岡Dada(山形県 鶴岡市)でのストリートピアノはとてもオススメ!

2024年12月14日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県鶴岡市の銀座商店街にある「まちづくりスタジオ 鶴岡Dada」で平日の15:30くらいにストリートピアノを楽しみました♪

↑建物

↑入口

 部屋に入ると、省エネのためか全体的に暗く2人ほど客がいて、座って休んだり、パソコン作業をしていましたね。

↑部屋の中

↑アップライトピアノ

↑蓋を開ける

 奥の左側に黒いヤマハアップライトピアノがあったので、蓋を開けて少しショパンのピアノを弾いてみました♪
 音はよく響きましたね。
 聴いてくれていたお姉様が、もっと弾いて欲しいと言われたのは嬉しかったですね♪

 このストリートピアノは午前10時〜21時まで利用できるようです。

  山形県鶴岡市の銀座商店街にある「まちづくりスタジオ 鶴岡Dada」では、気軽にストリートピアノを楽しめとてもオススメです! 

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カトリック鶴岡教会天主堂(山形県 鶴岡市)はとてもオススメ!

2024年12月12日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県鶴岡市の鶴岡市役所から徒歩約3分のカトリック鶴岡教会天主堂へ平日14:30位に行って来ました♪

↑カトリック鶴岡教会天主堂

↑案内

↑案内

 このカトリック鶴岡教会天主堂は、フランスのデリブランド教会をもして明治36年(1903年)に建てられた教会で、国指定の重要文化財となります。

 入場無料で、隣接は幼稚園となっていましたね。園児たちが遊んでいます。

↑門

↑入口

 靴を脱いで天主堂に入ると、重要文化財指定書や、ローマ教皇の写真、マリア様?の絵がありましたね。

↑重要文化財指定書

↑ローマ教皇の写真

↑マリア様?の絵

 また、黒い聖母マリアの歴史等は、スマホでQRコードを読み取ると、VRで説明されるとは素晴らしいです。
 また、鶴岡カトリック教会天主堂の歴史や特徴もVRで視聴できます。

↑VR案内

 中は広い礼拝堂となっていて席が並べられ、壁側にはイエス・キリストが十字架に張り付けられる際の出来事の絵がたくさん順に描かれていました。

↑礼拝堂

↑天井含めた礼拝堂

↑説明

↑説明

↑礼拝堂中心

 礼拝堂中心の前にあるのはイエス・キリストの像でしょうか。

 奥の左側には黒い顔をしたマリア像がありこれは珍しいようです。

↑黒い顔をしたマリア像

↑拡大

 説明書を読むと、当時は陽に焼けていたからのようです。

 入って右奥にも像がありましtね。

↑右奥の像

 それから後方の上の方には立派なパイプオルガンがあるようでした。

↑上にはパイプオルガン?

 山形県鶴岡市の鶴岡市役所近くのカトリック鶴岡教会天主堂は、礼拝堂の中を見学でき、黒いマリア像等を観れとてもオススメです! 

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庄内藩校致道館(山形県鶴岡市)見学はとてもオススメ!

2024年12月11日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県鶴岡市にある庄内藩校の致道館へ行って来ました♪

↑入口

 場所は鶴ヶ岡城址公園近くの鶴岡市役所前にあります。
 入館無料でした。

 致道館は、国指定の史跡で、旧庄内藩主酒井家9代の忠徳が退廃した士風を刷新して藩政の振興を図るために文化2年(1805年)に創設した学校とのことで、優秀なたくさんの藩士を輩出したようです。

↑説明

↑説明

 この庄内藩校致道館は入場無料で、戦災や天災を免れて当時の建物が残り、史料もかなり充実していましたね。

 特に孔子や庄内藩の歴史、全国の藩校など学べるだけでなく、江戸時代の世界地図もあり興味深かったです。

 訪れたのは11月中旬だったので、木々の紅葉も綺麗だったですね。

↑紅葉

 まずは聖廟に向かうと、孔子に関する説明がかなり充実していましたね。

↑門

↑御入間の建物

↑聖廟の中

孔子像もあります。

↑孔子像

 そして漢字で描かれた孔子像があるのにも驚きましたね。
 本当に漢字で孔子像が描かれています!

↑漢字で描かれた孔子像

↑拡大

↑孔子に関する史料

 それから講堂に進むと、日本遺産に関する説明もありましたね。

↑日本遺産の説明

↑講堂

↑講堂の説明

 そして当時の藩校の様子を表した絵もありました。
 たくさん建物があり立派な施設です。

↑当時の藩校の絵

↑説明

 そして徳川家と、この地の大名だった酒井家との関係図もありましたね。
縁戚になります。

↑徳川家と酒井家の関係

そして庄内藩の説明もあります。
 酒井家は江戸時代初期から幕末まで外様大名の鎮めとしてこの地を治めることになります。

↑庄内藩の説明

↑通路

 それから江戸時代末期の説明がカラーで分かりやすくありましたね。
戊辰戦争の説明で、反政府軍で負けることにはなりますが、連戦連勝を重ねたとは素晴らしいです。

↑戊辰戦争の説明

↑戊辰戦争の説明

↑戊辰戦争の説明

↑戊辰戦争の説明

 それから、この致道館での教育の実態の説明もありましたね。

↑致道館での教育の実態

↑致道館での教育の実態

それから、当時の城下町の地図もあります。

↑当時の城下町の地図

 それから庄内学の説明もあります。
孔子の教えが根本だったんですね。

↑庄内学

↑学風など

それから致道館の人物や修学書の説明等もありました。

↑致道館と人物

↑修学書

↑教科書の内容

 それから江戸時代の世界地図がありましたね。
オランダ新訳地球全図で1796年(享保8年)時点の地図で、結構正確ですね。
 これは興味深かったです!

↑江戸時代の世界地図

 そして致道館年表がありました。

↑致道館年表

↑致道館年表

 それから庄内論語というのもあるんですね。

↑庄内論語

 そして、全国の藩校一覧があるのには驚きました。
こんなに当時藩校があったおは驚きです。

↑藩校一覧

 私も福岡の藩校出身で、その名があったのは嬉しかったのですが、九州もかなりたくさんあり、しかも同じ藩の中でも複数藩校があったのには驚きでした。

↑九州の藩校

 そして山形県の藩校の説明があり、7校もあったんですね。

↑山形県の藩校

 それから廃校後の致道館についても説明がありました。

↑廃校後の致道館

 そして藩校の設立の時期の一覧があるのは秀逸でしたね。
 変革期に藩校が設立されることが多いとはなるほどです。

↑藩校設立時期

 それから江戸時代に三方領地替え問題があったのは知りませんでしたね。
 結局、直訴等により領地替えせずに済んだようです。

↑三方領地替え問題

 その他にも以下の説明があり、庄内の歴史を理解でき良かったですね。

↑藩校致道館の創設

↑戊辰戦争

↑藩政改革

↑酒井家入部

↑掛け軸がある部屋

 山形県鶴岡市にある庄内藩校 致道館は、当時の建物が残り、藩校時代の教育や孔子に関するもの、庄内の歴史、全国の藩校等について学べとてもオススメです! 

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荘銀タクト(山形県 鶴岡市)のストリートピアノはとてもオススメ!

2024年12月09日 01時00分00秒 | イベント・外出

 山形県の鶴岡市文化会館の荘銀タクトの1階エントランスでストリートピアノを楽しみました♪

↑鶴岡市文化会館の荘銀タクト入口

 奥に行くと、カラフルなヤマハのグランドピアノがあり、そして空間が広いので、音が良く響いてかなり良かったですね♪

↑広い空間

↑広い空間

↑ピアノ拡大

↑ピアノ拡大

↑蓋を開ける

 しかも、20人以上の観客が集まり、ショパンの別れの曲と革命のエチュードを弾くと、かなり喜んで頂け拍手喝采で良かったです♪

 しかも楽譜も3冊利用でき良かったですね。

↑楽譜

 また原則このストリートピアノは9時〜19時に利用できるようです♪
 具体的にはスケジュール表がありましたね。

↑スケジュール表

 山形県の鶴岡市文化会館の荘銀タクトの1階エントランスでは、カラフルなグランドピアノでストリートピアノを楽しめ、しかも良く音は響きとてもオススメです! 

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発端丈山や葛城山(静岡県 伊豆の国市)等の登山はとてもオススメ!

2024年12月04日 01時00分00秒 | イベント・外出

 土曜の午前8:30に、静岡県のJR沼津駅の③バス乗り場からバスに乗って、9:07に長浜バス停で降り、そこから発端丈山(407m)葛城山(452m)まで登山を10人で楽しみました♪

 長浜バス停は海岸沿いにあり、そのため海抜0mからそのまま発端丈山の407mを登ることとなり、結構急な山道でしたね。

 長浜バス停からは、富士山や、近くの淡島がかなり美しく見えました♪

↑長浜バス停近くから富士山

 また地図があり、これから下(東)の方へ向かう行程を確認します♪

↑地図

 まずは発端丈山(407m)を目指し、その後は益山寺、葛城山(452m)、そして伊豆の国パノラマパークロープウェイを使って下山するコースとなります。

 なお、その地図の前にはアニメに関する物を売っているお店で、午前中にも関わらず近くの若者が買い物に来て賑わっていましたね。
 沼津はどうやら可愛い女性たちのアニメとコラボしていて、電車にもその絵が飾られ、人気のようでしたね。

↑アニメのお店

 そして実際には9:25頃から登山開始します♪
 途中に、ハイキングコースの道案内などあり迷わず進めます。

↑発端丈山ハイキングコースの道案内

↑進む

↑発端丈山ハイキングコースの道案内

 道中は、自然あふれる木々に覆われた狭い道を進んだりして気持ち良いです♪

↑道中の狭い道

 すると、少しずつ高度が上がり、富士山や淡島も綺麗に見えていましたね。

↑富士山や淡島

 道中はおそらく植林された杉の木も多くありました。

↑杉道中

 そしてどんどん淡島が小さくり、そして青い海が綺麗です♪
 ただ残念ながら富士山は雲に隠れてしまいましたね。

↑淡島や雲に隠れた富士山

 そして10:45頃に発端丈山頂へ到着しました♪

↑発端丈山頂

↑発端丈山頂の案内

 山頂は台地となっていて広く、芝生が植えられ、お弁当をゆったりと美味しく仲間と楽しく頂けたのは良かったですね♪

↑お弁当

↑お弁当

 この日は青い空と白い雲が広がり、絶好の登山日和でした♪

 ただ、富士山に雲がかかっているのは残念です。

↑富士山に雲がかかる

 そして発端丈山頂からも見える葛城山(452m)を11:30頃から目指し出発しました♪
 葛城山の左側にはロープウェイが見えましたね。

↑葛城山(452m)

 今度は山道を長い間、下りました♪

↑下る

 すると標高約300mの益山にある養伽山益山寺へ土曜の昼の12時頃に到着しました♪
 その養伽山益山寺の奥には、弍内伊加麻志神社(にないいかましまじんしゃ)もありましたね。

↑神社

 その神社には天下泰平や疫病退散が書かれていました♪
 さすが無事に、コロナ禍は退散したのかと思います。

↑天下泰平や疫病退散

 そして近くの養伽山益山寺へ行きます♪

↑養伽山益山寺

 このお寺は、高野山の末寺で、空海の創建とは素晴らしいですね。
 本尊の観世音菩薩は、その空海の自作のようです。

↑お寺の説明

 また、この境内には巨大な樹齢約350年〜400年のイチョウの木があるのは素晴らしく、この巨大さには驚きました!

 その隣にも大きな樹齢860年位の楓の木がありますが、楓の方は途中切られていて朽ちかけていしたね。
 それにしても樹齢860年とは凄いです!

↑イチョウの木や楓の木

↑大きなイチョウの木
 
 それから境内や参道には、約100体の観音の石仏が並んでいました。

↑観音の石仏

 そして、葛城山へ12:20頃から目指し進みます♪

↑道案内

 11月上旬だったので富士山方向を見ると、辺りは黄色の紅葉も少し始まっていましたね。

↑少し紅葉

 そして道中に大きなキノコがあったのには驚きました♪
 きっと毒きのこでしょうね(^_^;)

↑大きなキノコ

 そしてちょうど13時頃に葛城山頂がある碧テラスへ到着しました♪

↑葛城山頂の案内

↑進む

 ロープウェイの下も通りながら進みましたね。
 ロープウェイに乗っている方が手を振るので、手を振り返すと、笑顔が見えます♪

↑ロープウェイ

 碧テラスは、2024年11月1日から施設利用料2,500円かかるとあり驚きましたが、ロープウェイ代込みのお値段でした。
 子供用のアスレチックもかなり充実していましたね。

↑料金案内

 中に入ると、眼下には駿河湾の青い海と青い空が広がっていて絶景でした♪
 これはかなり素晴らしかったですね♪
 淡島も小さく見えるので、結構歩いたこともわかります♪

↑絶景

 ただ相変わらず富士山の山頂は雲がかかっていて残念です。

↑富士山方向

 この碧テラスには、綺麗なカフェカフェもあり、そして絶景を楽しむ席も用意されていて素晴らしかったですね♪

↑カフェ

↑絶景を楽しむ席

 中央に長方形の大きな池もあり何だろうと思っていると、富士山の方向へ向かって、青い空と青い池が見えるようになっていましたね♪
 これは良い写真が撮れそうなスポットです♪

↑富士山方向の池

 またここには神社もあり、そして富士山に向かって右奥には撮影スポットもありました♪

↑神社

↑撮影スポット

↑富士山方向

↑碧テラスの地図

 それから無料足湯があるのには驚きました!
 これは脚が疲れた登山客には嬉しいサービスです!

↑足湯

 もちろん、ここからも絶景が広がっています♪
 足湯用タオルが100円で売られていたのは良心的なお値段でした♪

↑足湯から絶景

 そして展望台もありました♪

↑展望台

 展望台には富士山方向の説明板もあります♪

↑説明板と景色

↑富士山方向

 そして富士山と反対方向は天城山でしたね。その天城越えも有名です♪
 それにしても素晴らしい光景です♪

↑天城山方面の地図

↑天城山方面

 そして近くには源頼朝像もありましたね。

↑源頼朝像方面

↑源頼朝像

 それから葛城山頂の案内もあります♪

↑葛城山 山頂

 そして二等三角点もありましたね♪
 三角点は測量の基準となり、地震予知などにも重要なものです。

↑二等三角点

 それにしても駿河湾方面は美しく、そして富士山も少し山頂に晴れ間が見えてきて嬉しかったです♪

↑晴れ間が出てきた富士山

 そして現金で2500円支払い、ロープウェイに乗って下山しました♪

↑ロープウェイ

 ロープウェイは結構長く、そして最初は急に降りて行き、スリルがありましたね。

↑ロープウェイ

 無事に14:10頃に到着しました♪

 静岡県伊豆の国市の発端丈山や葛城山等の登山は、富士山や淡島の景色を楽しめ、また途中で養伽山益山寺や弍内伊加麻志神社を参拝でき、そして葛城山頂の碧テラスは綺麗な施設で、富士山や駿河湾の展望や足湯、カフェ等も楽しめ、とてもオススメです! 

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リナシティかのや(鹿児島県 鹿屋市)のストリートピアノはとてもオススメ!

2024年11月28日 01時00分00秒 | イベント・外出

 鹿児島県鹿屋市にある「リナシティかのや」という商業施設の建物と建物の間の広い空間に、アップライトピアノがあり、ストリートピアノを楽しみました♪

↑ストリートピアノ

 かなりカラフルで綺麗な装飾がされてあり、ピアノのふたを開けると、かわいい天使が現れるのは素敵ですね。

↑蓋を閉じた状態

↑蓋を開けて楽譜置きを開く

 しかも楽譜置きを閉じたり開くと顔が変わるのも秀逸です♪

↑楽譜置きを閉じる

 利用時間は午前8時〜20時で、さっそくショパンの革命のエチュードを弾いてみると、タッチはかなり固めで、少し傷んでいる箇所はありましたが、程よく音が響き良かったです〜♪

↑ストリートピアノの解説

↑ストリートピアノの利用案内

 鹿児島県鹿屋市の「リナシティかのや」では、カラフルなアップライトピアノでストリートピアノを楽しめとてもオススメです! 

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鹿屋航空基地史料館(鹿児島県 鹿屋市)は史料が充実しとてもオススメ!

2024年11月27日 01時00分00秒 | イベント・外出

 鹿児島県鹿屋市にある鹿屋航空基地史料館へ土曜の15:40位に車で行って来ました♪

↑案内図

 入場無料で、事前予約は不要でした。

 この鹿屋航空基地史料館は、昭和11年(1936年)に海軍鹿屋航空隊が開隊して以来、現在の海上自衛隊鹿屋航空基地に至るまでの豊富な史料が展示され、特に第二次世界大戦時の史料やゼロ戦の実機の展示、戦後の海上自衛隊による災害派遣や海外派遣任務、そして屋外には航空機の実機が多数展示され、かなり充実しています!
 
 閉館が17時なのであまり時間がなく、駆け足で主に以下を見学しました♪

・屋外で戦後の輸送機や練習機、ヘリコプターの実物展示
・屋外で旧日本海軍の魚雷3種
・屋外で二式大艇(唯一の残存機)
・空母赤城の模型
・真珠湾攻撃の詳細解説(鹿児島での真珠湾を模した訓練模様含む)
・鹿屋での海軍工廠(軍事工場)
・鹿屋への米軍空襲
・後に作家となった鹿屋での海軍報道班員
・鹿屋での第5航空艦隊司令部壕
・特攻隊員と市民の交流
・特攻隊員となり出撃するも不時着し帰還した俳優の西村晃氏
・掩体壕
・日本海軍の軌跡
・日露戦争での日本海海戦
・江田島海軍兵学校
・ゼロ戦の復元展示
・日本の航空母艦
・海軍航空隊の発展
・P-3Cなど対潜哨戒機
・ジプチ共和国での活動(ソマリア沖、アデン湾含む)
・東日本大震災での活動
・今日は何の日?

 もっと時間に余裕を持って、じっくり見学したかったですね。
 実際には上記以外にもたくさんの史料がありました。

 まずは以下の通り屋外展示を見学しました!

↑屋外での航空機の実機展示

↑屋外での航空機の実機展示

↑屋外での航空機の実機展示

↑屋外での航空機の実機展示

↑T-34Aメンターの解説

 魚雷の展示があるのには驚きましたね。

↑魚雷やエンジンの展示

↑魚雷の解説

↑実際の魚雷展示

↑実際の魚雷展示
 実際には酸素魚雷ではなかったのは残念でした。
 意外とスクリューは小さかったですね。

↑US-1A(おおとり)救難飛行艇

↑US-1A(おおとり)救難飛行艇の解説

 救難飛行艇はさすが巨大で、これが救援に来るとかなり安心感がありますね。
 後述の二式大艇はこれよりも大きく感じ、当時の二式大艇は凄かったんだなぁとも思いました。

↑史料館

↑総合案内

 屋内展示入口では受付をし、近くの広い部屋で5分ほどの解説ビデオを観れたのは良かったです♪
 遅い時間だったので貸切でした!

 そして航空母艦「赤城」の説明がありました。

↑空母赤城の模型

↑空母赤城の説明

↑空母赤城の説明

 赤城は模型ながら巨大さがよく分かりましたね。
 また速力が31.2ノットもあったとは高速です。

 それからかなり戦果があったハワイの真珠湾攻撃の解説がありました。

↑真珠湾攻撃の解説

↑真珠湾攻撃部隊編成

 特に鹿屋会談の解説には興味深かったですね。
 実際には昭和16年2月に真珠湾攻撃の検討が始まり、12月の攻撃に至ったようです。

↑鹿屋会談(日米開戦のための秘密会議)

↑鹿屋会談の内容

 当時は真珠湾に似た鹿児島の地形を利用して猛訓練されたようです。

↑真珠湾攻撃のための鹿児島基地訓練地要図

 真珠湾は水深が12mしかなく、通常の魚雷では地面に突き刺さって利用できなかったためギリギリまで改良され、現在の北方領土の単冠湾へ向かう船上で魚雷を改修したようです。(ちなみに単冠湾へ集合し、そこから艦隊はハワイへ向かいまいした。)

↑真珠湾攻撃に改良された九一式改造魚雷図

↑その魚雷改造の説明

↑当時の鹿児島湾での写真

↑当時の訓練詳細説明

↑空母赤城からハワイへ出撃する97式艦上攻撃機

 それから鹿屋の海軍工廠の解説がありましたね。
 学徒動員等で、最盛期は1万人以上も働いていたとは驚きです。
 特攻兵器「桜花」は鹿屋でも製造されたとのことです。

↑鹿屋での海軍工廠(軍事工場)

 戦争末期には、鹿屋飛行場等も次々と爆撃されたようです。

↑鹿屋への米軍空襲の記事

 そして米軍の戦略爆撃機B29や、B29搭乗のクリス大尉のタコ爆弾による撃墜の証言もありました。
 タコ爆弾とは海軍の三号爆弾で、黄燐等を利用したものですね。

↑クリス大尉の証言

↑B29

↑撃墜されたB29

↑鹿屋空襲

 それから後に作家となった鹿屋での海軍報道班員の解説があり、川端康成や山岡荘八も鹿屋に在籍したんですね。

↑川端康成の説明

↑山岡荘八の説明

 そして鹿屋での第5航空艦隊司令部壕の解説がありました。
 戦争末期の昭和20年1月頃から突貫工事で地下防空壕が造られ、作戦電話室、電信室、暗号室、参謀室等があったようです。

↑鹿屋での第5航空艦隊司令部壕の解説

↑海軍司令部壕の写真など

 また近くの高等女学校生も通信隊の仕事を支えたようです。

↑高等女学校学徒通信隊

 それから特攻隊員と、市民の交流もあったようです。

↑特攻隊員と市民の交流

 そして、特攻隊員となり出撃するも不時着し帰還した俳優の西村晃氏の説明もありましたね。

↑俳優の西村晃氏

↑海軍少尉時代の西村晃氏

 それから航空機を隠した掩体壕(えんたいごう)の説明もありましたね。
 ただ、当時の陸海軍では掩体壕という用語は使用していなかったとは驚きです。

↑掩体壕の全体説明

↑掩体壕の写真

↑掩体壕の説明

 そして日本海軍の軌跡の説明がありました。

↑日本海軍の軌跡

 日露戦争時のロシアのバルチック艦隊に完勝した日本海海戦の説明もありましたね。

↑日露戦争時の説明

↑日露戦争での日本海海戦の解説

 それから広島の江田島海軍兵学校の説明もありました。

↑江田島海軍兵学校

 そしてゼロ戦展示のフロアに進みますが、ゼロ戦はかなり勇壮で目立ちます!

↑ゼロ戦の復元展示

 機銃の説明もあり、同じ20mm機銃でも型式により変化があるようです。

↑ゼロ戦52丙型の13mm機銃と20mm機銃

↑ゼロ戦21型20mm機銃

 それから、この錦江湾から回収されたこのゼロ戦の復元等についての解説がありました。

↑ゼロ戦の復元

↑ゼロ戦の解説

↑ゼロ戦のエンジン

↑後ろからゼロ戦

 そして日本の航空母艦の説明があり、世界で最初の航空母艦「鳳翔」の模型もありましたね。

↑鳳翔

↑鳳翔の解説

↑旧日本海軍の全航空母艦の説明

 また海軍航空隊の発展の説明もありました。

↑海軍航空隊の発展

 そして昭和19年にドイツから持ち帰ったロケット戦闘機の資料を基に戦争末期に開発された局地戦闘機「秋水」の説明もありましたね。

↑ロケット戦闘機「秋水」の説明

↑開発歴史

 それから、戦後のP-3Cなど対潜哨戒機の説明もありました♪

↑P-3C対潜哨戒機の写真

↑P-3C型航空機の銘盤

↑P-2J哨戒機の操縦席

↑P-2J哨戒機の横から

 そしてジプチ共和国での活動(ソマリア沖、アデン湾含む)について説明がありましたね♪

↑P-3Cの活動拠点:ジプチ共和国

↑ソマリア沖、アデン湾での活動

↑アデン湾における海賊対処活動

 それから東日本大震災での活動の写真もありました。
 この活動にはとても感謝したいと思います。

↑東日本大震災での活動

 それから今日は何の日?の説明があり、この日は当時の南太平洋海戦と特攻出撃の説明もありました。合掌です。

↑10月26日の出来事

 閉館間近だったので翌日のものに途中で差し替えられました。

↑10月27日の出来事

 そして、屋外の道を隔てた所に大きな二式大艇がありました!
 その巨大さには驚き、デザインが洗練されているとも思いました。
 これは唯一の残存機とのことでしたね。

↑二式大艇

 鹿児島県鹿屋市にある鹿屋航空基地史料館は、昭和11年に海軍基地として開隊して以来、現在の海上自衛隊に至るまでの豊富な史料が展示され、屋外にも多くの実物航空機等が展示されとてもオススメです! 

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JAXA内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝属郡肝付町)見学はとてもオススメ!

2024年11月26日 01時00分00秒 | イベント・外出

 鹿児島県肝属郡肝付町にあるJAXAの内之浦宇宙空間観測所へ土曜の13:50くらいに車で行って来ました♪

↑入口

↑地図

 ロケット発射地としては種子島宇宙センターも有名ですが、この内之浦では、日本初の人工衛星「おおすみ」や小惑星探査機「はやぶさ」も打ち上げられています♪

 この内之浦宇宙空間観測所は、かなり広大な敷地なので、車で移動しながら見学しました♪

 まずは受付で地図等のパンフレットを受取り、許可証をもらって、車のハンドルの前辺りに置きます。
 なお、入場料は無料となります。

 主に以下を順に見学できました♪

・人工衛星「おおすみ」打ち上げ記念碑、糸川英夫博士の像
・KSセンター(観測ロケット打ち上げ場)
・衛生追跡センター(直径34mパラボラアンテナ)
・衛生ヶ丘展望台(直径20mパラボラアンテナ)
・M(ミュー)センター(イプシロンロケット打ち上げ場)
・宇宙科学資料館

 まとめると、特に以下が良かったですね♪
・いくつもの実物大のロケットが展示
・直径34mパラボラアンテナが巨大!
・衛生ヶ丘展望台からのイプシロンロケット打ち上げ場や直径34mパラボラアンテナ等の景色が素晴らしい!
・イプシロンロケット打ち上げ場はかなり施設も大きく感動ワクワク!
・宇宙科学資料館が想像以上に資料がかなり充実!

 まずは人工衛星「おおすみ」打ち上げ記念碑がありました♪

↑人工衛星「おおすみ」打ち上げ記念碑
 1970年(昭和45年)に日本初の人工衛星が打ち上げられましたが、実はこの場所だったとは知りませんでしたね。
 大隅半島から打ち上げられたので「おおすみ」なんですね。
 どうして「おおすみ」なんだろうと?ずっと思っていましたが、現地に行って謎が解けました^_^)

 そして当時ロケット第一人者の糸川英夫博士の像がありましたね。

↑糸川英夫博士の像

 そして車でKSセンター(観測ロケット打ち上げ場)に進みます♪
 確かここで「おおすみ」が打ち上げられ、今では主に観測ロケットが打ち上げられているのだと思います。
 実物大のロケットがあるのにはワクワクしましたね。

↑KSセンター(観測ロケット打ち上げ場)やロケットと直径34mパラボラアンテナ

↑M-3S型ロケット

↑M-3S型ロケットの説明

↑観測ロケット打ち上げ場

 そして、車で衛生追跡センター(直径34mパラボラアンテナ)へ向かいます♪
 直径34mパラボラアンテナが想像以上にデカくてこれには感動でしたね!
 探査機や人工衛星からの微弱な電波をこのアンテナで拾っているようです。

↑直径34mパラボラアンテナ

 また、ここから先程見学したKSセンター(観測ロケット打ち上げ場)も見えましたね♪

↑KSセンター(観測ロケット打ち上げ場)

 そして、車で衛生(ほし)ヶ丘展望台(直径20mパラボラアンテナ)へ向かいます♪

↑直径20mパラボラアンテナ

↑衛生ヶ丘展望台へ向かう

↑衛生ヶ丘展望台

 そこからは、先程行った直径34mパラボラアンテナがさすが巨大に見え、そして観測ロケット打ち上げ場、そしてそのずっと左側にイプシロンロケット打ち上げ場が綺麗に見えていましたね♪
 太平洋も見えています♪
 これは壮観な景色でしたね♪

 またボタンを押すと、約5分間、分かりやすい説明があったのは素晴らしかったです♪

約3分の英語バージョンもあるのも秀逸です!

↑直径34mパラボラアンテナや観測ロケット打ち上げ場

↑直径34mパラボラアンテナや観測ロケット打ち上げ場、イプシロンロケット打ち上げ場

 もちろん間近の直径20mパラボラアンテナも巨大で素晴らしかったです♪

↑直径20mパラボラアンテナ

 それからM(ミュー)センター(イプシロンロケット打ち上げ場)へ車で行くと、実物大模型のL-3H型ロケットがありました♪
 このロケットで1970年に日本初(世界で4番目)の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功したとのことです。

↑実物大模型のL-3H型ロケット

↑L-3H型ロケットの解説

 そしてM(ミュー)センター(イプシロンロケット打ち上げ場)はかなり大きな建物でこれにも感動でしたね♪

 手前の白い大きな建物がロケット組み立て室で、奥の高い建物がロケット整備塔となります。

↑M(ミュー)センター(イプシロンロケット打ち上げ場)

↑イプシロンロケット打ち上げ場

↑イプシロンロケット打ち上げ場

↑イプシロンロケット打ち上げ場

 そしてかなり大きな実物大のM-V型ロケットもありました♪
 この巨大ロケットで4つの天文観測衛星と「はやぶさ」を含む2つの惑星探査気の打ち上げに成功したようです。

↑M-V型ロケット

↑M-V型ロケットの解説

 また、火焔偏光板や整備塔旋回台車などもあり興味深かったですね♪

↑火焔偏光板

 火焔偏光板は、ロケットの高熱のためか表面がボロボロでしたね。

↑整備塔旋回台車

↑火焔偏光板や整備塔旋回台車等の解説

 そして5階建て?の宇宙科学資料館へ向かいましたが、資料が想像以上に充実していて素晴らしかったです!
 以下では、ほんの一部を紹介します。
 時代を感じるかなり古い資料も多かったですね。

↑宇宙科学資料館の建物

↑宇宙科学資料館の入口

↑↑宇宙科学資料館の玄関

 最初に日本初の人工衛星「おおすみ」の実物大模型がありますが、全長1m、最大直径0.48mとは、かなり小さいです!
 発射後14〜15時間の地球6周までは電波を受信したようですが、その後は予想以上の高温のため途絶したようです。
 なお「おおすみ」は2003年8月2日午前5時45分(日本標準時)に大気圏に突入し北アフリカ(エジプトとリビアの国境あたり)の上空で消滅したようです。

↑「おおすみ」の解説

↑実物大「おおすみ」

 それから内之浦宇宙空間観測所のあゆみもありました♪

↑内之浦宇宙空間観測所のあゆみ

 そしてJAXA種子島宇宙センターの説明もありましたね。
 種子島宇宙センターは大型の人工衛星を打ち上げるための施設のようです。

↑JAXA種子島宇宙センターの説明

 そして、H3ロケットやH2B、H2Aのロケット比較もありましたね。

↑ロケット比較

↑H3ロケット解説

↑H3ロケット解説

↑H2Bロケット解説

↑H2Aロケット解説

 また過去の記録写真等もありましたね。

↑過去の記録写真等

 また各国の1号衛星の解説もあり興味深いです♪

↑各国の1号衛星の解説

↑各国の1号衛星の解説

 そして東京大学を中心とした宇宙開発の歴史の説明もありました。

↑東京大学を中心とした宇宙開発の歴史

 それからカラーで分かりやすく日本の宇宙開発の歩みもありましたね♪

↑日本の宇宙開発の歩み

↑日本の宇宙開発の歩み

↑日本の宇宙開発の歩みの近年の拡大

↑日本の宇宙開発の歩みの近年の拡大

 そしてハレー彗星探査機「さきがけ」の展示もありましたね。
接近した1986年頃でしょうか。
次回地球にハレー彗星が近づくのは2061年頃ですね。(2023年に太陽からもっとも離れた所に到達し、今は太陽に近づいているようです)

↑ハレー彗星探査機「さきがけ」の展示

 それから、多分古いと思いますが、探査機等からのデータの流れがありましたね。

↑データの流れ

 そして各人工衛星の写真等もありました。古そうです。

↑各人工衛星

 それから「おおすみ」打ち上げ当時の記録もあり興味深かったですね♪
 当時の興奮が分かります。

↑「おおすみ」打ち上げ当時の記録

↑「おおすみ」打ち上げ当時の記録

↑「おおすみ」打ち上げ当時の記録

 そしてX線天文学の解説もありました♪

↑X線天文学の解説

↑X線天文学の解説

 それから当時の「おおすみ」打ち上げ時の発射指令管制装置の展示もあり、興味深いです。

↑当時の発射指令管制装置の展示

↑当時の発射指令管制装置の展示

 鹿児島県肝属郡肝付町のJAXA内之浦宇宙空間観測所見学は、広大な敷地の中で、大きな発射台や実物大のロケット、かなり巨大なパラボラアンテナアンテナを見れ、また史料館もかなり充実し、とてもオススメです! 

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