いいね~おいしいね~

食べたり買って良かったもの等を実体験に基づき厳選紹介!ぜひご利用頂きより良い人生や日本経済等活性化につながれば幸いです♪

シャンパン&醤油バー フルートフルート(大阪市 北新地)はとてもオススメ!

2016年03月30日 01時00分00秒 | 外食
 知人のオススメで大阪市の北新地にあるシャンパン&醤油バー フルートフルートへ行って来ました!

 シャンパンだけでなく、醤油も楽しめるという異色なお店です。
しかしながら、かなり人気なようで事前予約は必須なようです。


↑店の入口

 さっそく、泡の本日のグラスからえらびますが、店主の気まぐれ本日のスパークリングは600円とリーズナブルです!


↑泡 本日のグラスメニュー

さっそく3人で乾杯です!
店内は少し暗めですが、綺麗でお洒落な感じですね。


↑店主の気まぐれ本日のスパークリング及び店内

食事はもうすでに済ませていたので、軽いアラカルトを頼みます。
お店のオススメの「自家製 漬けイクラとラスク」「ぷりぷり海老とアボガドのポテトサラダ」「モッツァレラチーズと醤油」です。
なお、このメニューの中で醤油を使っていないのはマカロンだけとのことでした。
さすが醤油のお店ですね!


↑アラカルト等のメニュー

そして「漬けイクラとラスク」が運ばれますが、これが美しい!
もちろんこれにもこだわりの醤油が使われているということでしたね。


↑漬けイクラとラスク

「ぷりぷり海老とアボガドのポテトサラダ」も美しかったですね!
美しい料理は、とても美味しく感じます。
下の方はアボガドのポテトサラダで変わっていると思います。


↑ぷりぷり海老とアボガドのポテトサラダ


 そして「モッツァレラチーズと醤油」は、モッツァレラチーズにたっぷり醤油を絡めて食べますが、おぉぉこれは意外と醤油に合います!
さすが美味しいです!
2種類の醤油を楽しめるというのは嬉しいですね。


↑モッツァレラチーズと醤油

それから、シャンパーニュのシャンパンを注文します。
「ギィ・ド・サン・フラヴィ」で、少し辛口ですね。
グラスは少し大きめで、もちろん美味しいです!


↑ギィ・ド・サン・フラヴィ

それから〆に、「日本一!めんどくさいけどテンションのあがる卵かけご飯」を知人も勧めていたので注文しますが、確かにテンションが上がりました^_^;)


↑日本一!めんどくさいけどテンションのあがる卵かけご飯

20種類ほどの醤油がズラリと並べられ、卵とご飯をかき混ぜて、1スプーンずつ小皿に分けて、好きな醤油をかけて、卵かけごはんを楽しみます!

 特に添加物が入っていない、魚油が入ったものが美味しいと思いましたね。
確かにめんどくさいけど、いろんな醤油を楽しめてテンションが上がります!

 なお、このお店は、全国各地の珍しい醤油をいつも探していて、各地に行って醤油を探しているようですが、このお店にその珍しい醤油を持ってくると、シャンパン1杯と交換してくれるようです^_^)
一度に5本交換など数が多いのは無理なようですが、1~2本ぐらいで本当に珍しい醤油であれば、美味しいシャンパンと交換してくれるようなのでぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

シャンパン&醤油バー フルートフルートというお店は、美味しいシャンパンや醤油を楽しめ、とてもオススメです!
予約して行くことをオススメいたします!

美味しかったものまとめ(2015年下半期)

<今日の独り言>
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シャンパン&醤油バー フルートフルートバー・お酒(その他) / 北新地駅大江橋駅西梅田駅

夜総合点★★★★ 4.5

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ワサビ用「サメ皮おろし板」はとてもオススメ!

2016年03月28日 01時00分00秒 | 良い物・サービス
「サメ皮おろし板」の購入はコチラ

 デパートで本わさび用の目が細かい「おろし器」を買おうとすると、お店の方に「「さめ皮おろし板」がいいよ!」と言われたのでその「さめ皮おろし板」を買おうとしたのですが、なんとデパートでは売っていないということが判明しました^_^;)

 どうしようかと思ってたまたま数日後に東京の築地場外を歩いて刃物屋を物色していると、なんと「さめ皮おろし板」を発見したので速攻で購入しました!
さすが魚市場がある築地ですね!

「さめ皮おろし板」は「大」「中」「小」とあり、家庭用には「中」が適度な大きさかと思い購入しました!
「小」はかなり小さく使うのが大変そうでしたね。
「中」は1240円でした♪


↑サメ皮おろし板

この「サメ皮おろし板」とは、おろす部分が「本鮫皮」を使用したもので、白くなめしてあるので衛生的なようです。
特にこの「サメ皮おろし板」は、細かく綿状におろすことができるのが特長で、ワサビの他には大根・ニンジン・生姜にも使用できるようです。

さっそく、本わさびも買って、試してみました♪
なるべく、「の」の字になるようにおろしてみます。


↑本わさびをおろしてみる

おぉぉ確かにクリーミーに綿状におろせる!
さっそくそのおろしたワサビを食べてみますが、茎側ということがあるのかもしれませんが、ツーンとはならずマイルドで美味しい!
これは嬉しいですね!

脂の乗ったブリの刺身にこのワサビがとても合います♪
美味しい!素晴らしいですね!

なお、この「サメ皮おろし板」は食器用洗剤等で簡単に洗うことはできますが、熱いお湯に浸したり、長時間水に浸してはいけないとのことです。
鮫皮の伸縮により木台部分とはがれてしまうためです。

本格的にワサビを家庭で堪能するためには「サメ皮おろし板」は、とてもオススメですね!


お勧めなお話(2015年下半期)

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「ありがとうの神様(小林正観)」という本はとてもオススメ!

2016年03月25日 01時00分00秒 | 
「ありがとうの神様」の購入はコチラ
 「ありがとうの神様」という本は、故人である小林正観氏のいくつかの著作を再編集して加筆・修正を加えたものです。

 幸せとは「今、足りないものを探して、手に入れること」ではなくて、「自分がすでに頂いているものに感謝し、自分が恵まれていることに気がつき、嬉しい、楽しい、幸せ・・・、と生きていること」で、そのために実践することは、「思いを持たず」、よき仲間からの「頼まれごと」をただやって、どんな問題が起こっても、すべてに「ありがとう」と感謝する(受け入れる)こと。

 また掃除・笑い・感謝を生活の中で実践することであり、「ありがとう」を口に出して言い、逆に「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言わないこと。

 すると、神様が味方をしてくれて、すべての問題も出来事も、幸せに感じて「よき仲間に囲まれる」ことになり、「喜ばれる存在」になる。

 これこそが「人生の目的」であり「幸せの本質」とのことです。

確かに私も最近特にそうだなぁと思う内容ばかりです^_^)

また、そのほか以下についても書かれていて興味深かったですね。

・人に寛容になるためには自分を許すこと(緩ますこと)
・人間はたいしたものではないと思い知ることも大切
・施しをしないと財が入らない
・人を当てにしたり頼ることも大切
・喜ばれるお金の使い方をすること
・天才を育てた母親の共通項は「子どものことを丸ごと全部受け入れ、肯定していた」
・学校の先生は、先生自身がどうしてその学問を好きになったのかや、どんな面白さや深さがあるのかを生徒に話すことが大切
・教育とは「みんなと同じことをする子ども」に育てることではなく「自分で物事を考え、その結果、自分で自分の行動や生活、生き方を組み立てていけるようにすること
・子どもをきちんと育てるには声を荒げてはいけない
・ストレスを受け流す柔らかさを持っている人はガンになる可能性が低い
・花粉症を治すならば完全主義者をやめて「いい加減(よい加減)の人」になること^_^;)
・腹の中が煮えくり返っていても「ありがとう」と言い続けること。そうすればまわりの状況を楽しめる
・感謝・笑顔・賞賛が大切
・神社はお願いするところではなく感謝しに行くところ
・許せなくても感謝すること
・結婚相手(その他の人間関係・社会関係も)に条件をつけず、自分を選んでくれてありがとうと思えれば問題は起きない
・人間関係をよくするには「自分を変えること=自分が人格者になること」
・自己顕示欲・復讐心・嫉妬はNG
・知識を持ち、それを実践して知恵にし、知性すなわち謙虚さを持つこと
・ひたむきさ、誠実さ、奥深さが必要
・感謝されるには究極的にはその人のそばにいてあげること、すなわち仁
・悩み・苦しみは目の前の現象を否定し、受け入れないところから生じている→過去・現在・未来を受け入れること
・辛い体験と嬉しい体験はワンセット
・自分が幸せだと思った瞬間にそう思った人にだけ幸せが生じる
・過去を悔やむことをやめて未来に向けていかに自分を磨き向上させ成長させるかが大切
・目の前にいる人を大事にし、目の前にやるべきことをただひたすら大事にやることが大切
・執着を捨てることが大切 

「ありがとうの神様」という本は、人生向上のヒントとなることが多くとてもオススメです!

以下はこの本のポイントなどです。

・「般若心経」の最後の部分は「ボウジ ソワカ」といいます。この「ソワカ」とは「事がなる」「事が成就する」という意味だそうです。まったくの偶然ですが、「神様が人間の成す行為の中で、好きなものは何だろう?」と考えていたら、「そわか」の3文字に思い至りました。
「掃除」の「そ」
「笑い」の「わ」
「感謝」の「か」

・なにごとも「思いどおりにならない」ことがわかって、「思いどおりにならなくていい」「思いを持たなければいい」と気づいた瞬間から、人生はラクになります。もちろん、夢を持ってもいい。希望を持ってもいい。ですが、夢や希望というものは、「どうしても叶えたい」というより、「叶わなくてもそれはそれでいい」と思うほうが、楽しい人生を味わえます。「何かをしたい」という思いを持たない。私たちがすべきことは「いかに喜ばれる存在になるか」ということだけです。頼まれごとを淡々とこなし、こき使われながら死んでいけばいいのです。

・70代の男性から、「医者にかかっても、神経痛がよくならない」という相談をいただいたことがあります。私が「神経を緩ませてください」と言うと、はじめは「はぁ?」と不思議がられたのですが、その後、数十秒後には、その方は、こう言いました。「痛くなくなりました」。どうして、神経を緩ませると、痛みがなくなるのでしょうか。じつは、「許す」の語源は「緩ます」であり、神経を緩ませていない人は、人を「許せない」人であり、だから、痛いらしい。「あなたがやっていることは、他人に迷惑をかけていますよ」と、チクチクと空から痛みがやってくるのです。緩ますことは、すなわち、「許す」ことです。自分に対して厳しい人は、体が「あなたの厳しさには耐えられません」と悲鳴をあげて痛みが起こっているようです。また、自分に厳しいひとは、他人にも同じレベルで厳しい。「自分にはとても厳しくて、他人には甘い」という人は少ないと思います。人に寛容になるための方法は、自分を許すことです。したがって、「いいかげんな人」「自分で自分に甘い人」「適当な人」になればいい。「いいかげん」というのは、「よい加減」のこと。「いいかげんで適当な人になる」ということは、「よい加減で自分の能力に見合った自分の生き方をする」という意味です。自分で自分を許すことができたら、他人を許すことができる。他人を許すことができたら、緩ますことができる。緩ますことができたら、神経の痛みがなくなるらしい。日本人は、体験的に「許す」と「緩ます」が同じ語源であることを知っていたのでしょう。神経がピーンと張っているときは、心も体も痛くなりやすいことを昔から知っている民族だったのです。

・「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を口にしないように戒めようというのが私の唱える「五戒」です。なにがあっても、「五戒」を言わずに、口から出る言葉がすべて優しく、周囲の人を元気づけるものであれば、神様や宇宙を味方につけることができます。人間は、「自分の発した言葉」で自分の人生をつくっています。「私」の周囲の環境や、自分が立たされた状況は、すべて「自分の発した言葉」によって形成されていきます。ですから、朝から晩まで、「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」と言い続けると、この言葉をまた言いたくなる現象や出来事に囲まれます。私は「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」の7つの言葉を、七福神ならぬ「祝福神」と呼んでいます。

・「エモーショナル(感情的になる)」を克服するひとつの方法が、「人間はたいしたものではない」と思い知ることです。もともと人間は、たいしたものではありません。「たいしたものである」という実態が存在しているわけではない。自分が肩に力を入れて、勘違いして、虚像を作り出しているだけです。「その虚像は幻で、「人間はたいしたものではない」」と思い知った瞬間に、エモーショナルは、1秒でなくなります。

・「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言わないでいると、人から、さまざまなことを頼まれるようになります。頼まれごとがあったら、あとはなにも考えずに笑顔でやっていけば、必ず生活もできるし、友人、知人があなたのことを支えてくれるはずです。

・たとえ病気でも、与えられた状態の中で、頼まれごとをやり続けていたら、神様は、「この人をもうちょっと長生きさせようかな」と思うのではないでしょうか。なぜなら、この人は、まわりを喜ばせることができるのですから・・・。私たちの人生は、長生きすることがテーマなのえはありません。「生きている間に、どれだけ喜ばれるか」だけです。この世に生を受けた目的とは、「いかに喜ばれる存在になるか」ということです。そして、喜ばれる存在になるために「頼まれごとを淡々とこなす」こと。それが人生のすべてなのです。

・「どうしたら売上が上がるのか」「どうしたらお客様が増えるのか」「どうしたら利益を確保できるのか」を考えるのではなく、「どうしたら喜ばれる存在になれるか」だけを考えるようにしたら、お金の入り方が変わってきた実感があります。どうも神様は、「喜ばれる存在になろう」と決めた人を、放ってはおかないみたいです。

・頼まれごとは、基本的には断らない方がいいと思います。頼まれごとを安易に断ってしまうと、それ以降、「頼まれなくなる」からです。「一否定3年」と覚えてください。頼まれたり持ち込まれたりしたものを「好きじゃないので」「嫌いなので」と好き嫌いを中心に選り好みしていると、ここから先、楽しい仕事の話は「3年間」はやってきません。ただし、なかには「断ってもいい頼まれごと」があります。断ってもよい条件は次のとおりです。
①「借金」は、断ってもいい
②「自己嫌悪」が大きくなるときは、断ってもいい
③「能力的にできない頼まれごと」は、断ってもいい
④単なる数合わせは断ってもいい
⑤先約がある場合は、断ってもいい

・2500年前に、お釈迦さまが「托鉢」(修行僧が鉢を持って家々を回り、食べ物やお金をもらう)を思いつきました。そして、こう言ったそうです。「明日から托鉢というものをやりたいと思う。托鉢では、「貧しい人々」の家を回りなさい」弟子たちは驚いて、「どうして金持ちではなく、貧しい人々なのか」、その説明を求めると、お釈迦様は、「貧しい人々は、自分が貧しいと思い続けて、他人に施しをしてこなかった人たちです。他人に施しをすることで救われるのだから、救いに行ってあげなさい。そのための托鉢です」と答えたといいます。「自分に財力がないから、施しができない」と思っている人は、「施しをしてこなかった」がゆえに、財が入ってこなかったのでしょう。先に施しありきです。それは金額の問題ではありません。気持ちの問題です。1割でもいい。たとえばゆとりのない人が、1万円の1割(1000円)をひとのために差し出す。この1000円は、神様からみると、「すばらしいもの」ではないでしょうか。「自分が置かれている状況よりも、もっと困っている人がいるかもしれない。だから、少しでも役立ててほしい」と思ってお金を使うと、それを見守っている神様は、どうやら「4倍以上」にして返してくれるみたいです。お金が貯まったから出すのでも、普通の人よりも持っているから出すのでもなく、「自分の出せる金額を出す」ことから、はじまるようです。

・「トイレの蓋を閉めた人たちには、臨時収入があった」ことがわかりました。ただし、「トイレの蓋を閉めればそれでよし」ではなく、すべての人が「トイレをピカピカに磨いてから蓋を閉めていた」のです。信じられないかもしれませんが、「入れた覚えたないのに、お金が出てきた」ということが実際にあるようです。臨時収入があった人に共通しているのは、「トイレ掃除をしてから、トイレの蓋を閉めていること」です。そして、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言わず、いつもニコニコして、「自分が喜ばれる存在でありたい」と思いながら生きていることです。世のため人のために「喜ばれる存在」として生きている人には、本当に困っているときに、お金が湧いてくることがあるらしいのです。

・一所懸命頑張って、自分で自己資金を貯めるという考え方は、やめてもいい。電話1本で「100万円出してくれる人」が100人いたら、1億円のお金ができます。私自身も、「株式会社SKP」をつくるとき、知り合い4人に「お金は出すけれど、口は出さない出資者になりませんか?」と電話をかけました。すると、15分感で1000万円を出してくれる人が決まり、3日後には会社を設立する資金が集まりました。すべて自分の力だけでやる、という考えは、「自惚れ、奢り、高ぶり、傲慢」です。なぜ、人を当てにしないのですか?人を頼りにすればいいではありませんか。他人を頼ることができないとしたら、それは、自分が他人を許さないからです。甘えさせないからです。「困ったときに、自分を支えてくれる人をいかに増やしていくか。それが人生を楽しいものにしてくれるのです。

・新しい仕事をはじめた人に、「頑張ってね」と励ますかわりに、その人から商品を買ってあげることです。セーターを編むのを仕事にしている人には、「友だちだから安くしてよ」と値引いたりしない。むしろ、「より高い金額を払ってあげる」のです。自分のわがままのためにお金を使うのではなくて、「喜ばれる」ようにお金を使う。そういうお金の使い方をしていると自分のところに「倍返し」で返ってくる・・・。そのお金を「喜ばれる」ように使うと今度は4倍になって返ってくる・・・、4倍になったお金をまた「喜ばれる」ように使うと今度は8倍になって返ってくるようです。反対に、お金をため込んだり、自分の贅沢のために使いはじめたりすると、お金の流れがストップしてしまいます。行列ができる「おいしいお店」と、客が少ない「おいしくないお店」があったとしたら、私は「おいしくないお店」に入るようにしています。「おいしいものを食べたいkらお金を使う」のは、エゴです。お金は、「喜ばれるように使う」ものなので、流行っていないお店に使ったほうが、喜ばれます。1日に2000人のお客様が並ぶラーメン屋さんでは、私の払うラーメン代は「売上げの2000分の1」でしかありません。ところが、1日に10人しか来ないラーメン屋さんでは、私の600円が、「10分の1」の売上げを占めるのです。喜ばれ方がまったく違います。このように、喜ばれるお金の使い方をしていると、いつの間にか、お金自身があちこちの財布で、ひそひそ話をするようになるらしい。「あの人のところに行くと、喜ばれるように僕たちを使ってくれるよ」「そうか。じゃあ、ほかの家に行ったら、その噂話をしてあげよう」お金が来たときは、「しょうがないなあ」と言いながら、使ってあげるといいです。それも、自分のエゴのためではなく、喜ばれるような使い方をしましょう。お金は、喜ばれたくて、喜ばれたくて、しょうがない状態で存在しているのです。

・「天才のつくり方」というものがあります。私が思うに、天才と呼ばれた人たちには、共通項があるようです。それは、母親の存在です。天才を育てた母親は、「子どものことを、丸ごと全部受け入れ、肯定していた」のです。たとえば、子どもが、アリの行列を何時間も見入っていても、もやしが生えるのを一晩中眺めていたとしても、「何をしているの?早く寝なさい」「そんな変わったことをしていないで、普通の子どもになりなさい」とは叱りません。子どもに対して文句を言ったり、小言を言ったりしないで、「この子は、こういう子なんだ」と肯定的な見方をする。その結果、子どもの才能は、すくすくと伸びていくのではないでしょうか。天才をつくるのは、難しくありません。「この子は、こういう子だ」と認め、守り育ててきた子どもが天才になります。子どもが、夢中になっているときに、「すごいね」と言って丸ごと受け入れ、ニコっと笑顔で接してあげればいいのです。

・私は先生方に、「教育を考えるときに、動機付け(やる気にさせる)を意識してください」とお願いをしました。「先生自身が、どうしてその学問を好きになったのか」「どんなおもしろさや深さがあるのか」を話すことによって、生徒の動機付けができるのだと思います。

・私は教育の専門家ではありませんが、教育とは、「みんなと同じことをする子ども」に育てることではなく、「自分で物事を考え、その結果、自分で自分の行動や生活、生き方を組み立てていけるようにすること」であるt思います。ということは、「普通に就職をするのは嫌だ。世界を周遊したい」という子どもを育てた母親は、すばらしい教育をしたということにほかなりません。しかもこの息子は「旅費はすべてアルバイトをして稼ぐから、好きにやらせてほしい」と申し出たそうです。家に帰った母親が、私から聞いたことを息子に話したところ、彼は「お母さんが考え方を変えるのは大変だろうから、今まで通り、何も変わらなくていいよ。自分は自分の生き方でやっていくから」と言ったそうです。この母親は、本当に素晴らしい子育てをしたと思います。

・子どもをきちんと育てるには、声を荒げてはいけません。言いたいことは、にこやかに、穏やかに言う。言うことを聞いてくれなくてもいいのです。子どもとの関係は、「言うことを聞かせること」ではなく、「にこやかに、穏やかに言うという方法論があること」を教えることが大切なのです。

・わが家の長女は知的障害を持っているので、同様の障害を持つグループと交流があり、最近、不思議なことがわかりました。知的障害を持つ人の中で、ガンになる人は少ない、ということです。その理由は、おそらく、「ストレスを感じることが少ない」からでしょう。ストレスはガン細胞を活性化させる要因のひとつですから、ストレスを受け流すやわらかさを持っている人は、ガンになる可能性が低くなると考えることができます。

・花粉症であり完全主義者の人と一緒に、流しそうめんを食べに行ったことがあります。この人は、とても面白い。目の前を流れていくそうめんを、一本たりとも逃さないのです。ずーっと追いかけていって、最後の一本まですくい取って食べています(笑)。だから、花粉症を治そうと思うのなら、完全主義者をやめて「いい加減な人」(よい加減な人)になることです。「ほどほどに、自分の能力に見合った自分の生き方をする」ようにすると、花粉症の症状が緩和されることがあるようです。

・心を込めなくてもいいから、「ありがとう」をたくさん言っている人には、「ありがとう」と言いたくなるようなことが、次から次へと起きてくることになります。目の前に嫌いな人がいて、心の中では「この人のことが嫌いだ、苦手だ、このやろう」と思っていても、「ありがとう」と言ってみる。言われた相手はきっと「感謝された」と思うはずです。腹の中が煮えくり返っていても「ありがとう」と言い続ける。そうすれば、まわりの状況を楽しめると思います。

・人間にエネルギーを与えてくれるものが「3つ」あります。
①「(か)感謝」・・・「ありがとう」と感謝されること
②「(え)笑顔」・・・笑顔を向けられること
③「(し)賞賛」・・・「今日はステキな服を着ていますね」などと、ほめられること
です。私はこの3つの頭文字を取って「おかえしの法則」と名付けました。どうも、この3つを与えられると、人は元気になるらしい。この3つの反対の概念として、「不平不満」「不機嫌」「あらさがし」があります。これらは、まわりの人間のエネルギーを奪い取るものです。不機嫌な顔をして、不平不満を言い、相手の悪いところをあらさがしして指摘すれば、相手は元気を失ってしまうでしょう。反対に、元気のない人には、「か(感謝)・え(笑顔)・し(賞賛)」を注いであげれば、元気になっていきます。

・神社は、「○○○をしてください」「○○○を叶えてください」とお願いをするところではありません。「今の自分がいかに恵まれていてありがたいか」を「感謝しに行く場所」ということになります。ただ自分が生かされていることに感謝し、手を合わせて「向こう側」に伝えることで、神様を味方につけることができるようです。

・嫌いな人、許せない人、好きになれない人がいて、その感情を自分で抑えることができないのなら、許す必要はありません。好きにならなくてもいい。でも、「感謝することはできるか」を考えてみてください。許せない人でも、3年間、感謝し続けたら、許せるようになるかもしれません。6年間感謝しつづけたら、好きになれるかもしれません。9年間、感謝し続けたら、尊敬できるかもしれません。

・1000組以上の仲人をして、「1組も離婚をしていない」という方がいます。この方は、「どうやって男女を選んで引き合わせているのか」というブライダル雑誌の取材に、次のように答えていたそうです。「女性に条件をつける男性も、男性に条件をつける女性も選びません。「相手が女性なら誰でもいい」「相手が男性なら誰でもいい」と考えている男女だけを引き合わせています」この方の発言には、「結婚の本質」が隠れていると私は思います。結婚相手が自分に合うか合わないか、ではなく、「自分の問題」だということです。条件をつけたり、わがままを言ったりしている人は、誰と結婚してもうまくいかないでしょう。男性運がないのも、女性運がないのも、運がないからではなく、自分が条件を振り回しているからです。それは、結婚のみならず、すべての人間関係、すべての社会関係でも同じです。「あーだ」「こーだ」と言わないで、「私を選んでくれてありがとう」という心で生きていくことができたら、親子関係も、夫婦関係も、仕事関係も、ものすごくラクになると思います。その人間関係の中で「私を選んでくれて、ありがとう」と言えるようになったら、問題が起きることは少なくなるはずです。

・損得勘定で考えてみても、もっともラクで、楽しく、簡単に人間関係の悩みを解決できる方法は、「自分を変えること」=「自分が人格者になること」です。自分のまわりにいる人を、「自分の思い通りに、気に入るように変えたい」と思うから、人間関係はうまくいかなくなります。すべての人間関係をうまくいかせるには、「その人は、その人である」という、そのことをまるごと受け入れることです。目の前の人が、自分の考え、生き方、価値観とは違うことを認める。説得しようとか、理解してもらおうとか、思わない方がいいようです。

・人間は、そもそも「たいしたものでない」のに、成長していくにつれて、心の中に「3つの感情」が芽生えてきます。
①自己顕示欲
②復讐心
③嫉妬
です。この3つは、人からもてはやされて、高い評価を受けるようになった頃に出てきます。これらはすべて「マイナスのエネルギー」であり、神様から嫌われる性質です。どれほど「すごい実力」を持った人でも、口から出るのが「自分がどれほどすごい人か」という自己顕示欲、「自分はこんなにすごいんだけど、別の人が評価されていうのは許せない」という嫉妬、「いつか見返してやるんだ」という復讐の言葉ばかりなら、誰も話を聞きたいと思いません。「自己顕示欲」「復讐心」「嫉妬」の3つの感情を持つ人は、損をしている。とても、もったいないと思います。「どれほどすごい人物か」というのは、自分から話さなくても、伝わるものです。「すごい実力」を持っているのだったら、ただ黙って行動で示せば、誰もが認めてくれるでしょう。

・「知識」を持ち、それえを実践して「知恵」にすれば、それなりに賞賛されたり、評価されたりするでしょう。ですが、「尊敬」されえてあり、「敬愛」されることにはなりません。「尊敬」や「敬愛」を集めるには、3つ目の知である、「知性」が必要です。「知性」とは、わかりやすく言うと、「謙虚さ」のこと。どれほど賞賛され、どれほど評価されても、決して威張らない、自惚れない、慢心しないことです。「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」ということわざがあります。「人間も、学問や徳が深まるにつれ謙虚になる」というたとえです。社会的な地位や評価、身分、経済的優位性を身につけると、人は自分を見失い、「謙虚さ」を保つのが難しくなります。認められれば認められるほど、頭を垂れる。これが私の考える「知性」=「謙虚さ」です。「知識」と「知恵」に加えて「知性」を持つ人は、多くの人に尊敬されることでしょう。

・「ひたむき」で「誠実」な仕事ぶりなら、その会社を辞めても評価は残ります。さらに「奥深さ」があれば、あなたは「魅力的な人」として、上司からも同僚からも「生涯ずっとつき合っていきたい存在」になれるでしょう。
・「ひたむきさ」
 「この仕事をやってほしい」と言われた際、拒否したり、わがままを言ったり、異議を唱えたりせず、自分に与えられた仕事を実直にこなす。自分の意見を述べるときは、すべての要求に100%応えてから。
・「誠実さ」
 約束を守る。対外的に表明したこと、口にしたことについて、できるかぎり努力をする。やる気のないことについては、軽率に口にしない。
・「奥深さ」
 仕事とは関係のない「自分の世界」(趣味など)を持つ。鉄道に詳しい、絵が描ける、観葉植物に詳しい、俳句をつくる、アニメのことなら何でも話せる、など、ほかの人がとても及ばないような独自の世界を持っている人は、「おもしろい」し、「魅力的」に映る。

・「自分の存在が感謝される」ためには、何をすればよいのでしょうか。坂道を歩いている人の荷物を持ってあげるとか、高齢者に席を譲るのも、いいでしょう。しかし、究極的には、「その人のそばにいてあげること」ではないでしょうか。「仁」という文字は、「人が二人」と書きます。「人が二人いる」という意味です。私は、「仁」こそ、究極の愛の形であると同時に、いちばん簡単な愛の形であると考えています。「仁」とは、「ただ、その人のそばにいてあげる」こと。時間的に、距離的に、地理的にそばにいるのはもちろんのこと、たとえ距離が離れていても、「精神的」にいつもその人のそばにいてあげることです。究極の愛とは、おそらく「仁」です。特別なことをしなくてもいい。

・「悩み・苦しみは、目の前の現象を否定し、受け入れないところから生じている」私たちが、目の前に起きている現象を受け入れれば、悩みも、苦しみも、存在しません。私自身が慶子に対して、「この子はこれでいい。この子はこれで十分に幸せではないか」と受け入れた(感謝した)瞬間、私の悩みはなくなりました。どんな悩みも消し去る「3秒」の方法があります。その方法とは、
 1秒目・・・過去のすべてを受け入れること
 2秒目・・・現在のすべてを受け入れること
 3秒目・・・未来のすべてを受け入れること
これで終わりです。自分に起きたことやこれから起きることは、すべて自分が成長するために必要だと思うこと。目の前の状況を受け入れれば(感謝できれば)、悩みも苦しみもなくなって、ラクに生きることができるでしょう。

・10年に一度しか起きないような「つらい体験」をした人は、その半年以内に「10年に一度しか起きないような、嬉しい体験」をするようです。「前半分」と「後ろ半分」で必ず「幸せのワンセット」になっています。ですから、「つらいこと」があったときは、「嬉しいこと」の先払いをしていると考えてみたらどうでしょうか。ただし、この先払いシステムには、ひとつだけ条件があります。「喜びの本体」を受け取る前に、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言わない」ということです。恨み言や不平不満を言うと、せっかく代金を先払いしたのに「商品(本体)が届かない」ことにもなりかねません。誰が見ても「大変だ」と思うことが起きても、ありのまま受け入れる(感謝する)。文句を言わない。その実践ができている人だけに、「先払い現象」が起きるようです。

・ひとつの現象や出来事に。プラスもマイナスも、幸も不幸もありません。すべての人が、「幸せだ」と言える出来事や現象があるのではなく、自分が「幸せだ」と思った瞬間に、そう思った人にだけ「幸せ」が生じるのです。「幸せ」とは、存在するものではなく「感じるもの」です。結局のところ、私たちが、目の前の現象をどう思うか、感じるかであって、普通に歩けることが幸せだと思った人には、幸せが1個。目が見えることを幸せだと思った人には、幸せが2個手に入る。耳が聞こえて幸せ、口で物が食べられて幸せ、鼻で呼吸ができて幸せ・・・と考えていけば、「幸せ」はいくらでも手に入ります。すべての人に共通する「幸せ」はありません。ひとえに「私」が「幸せ」を感じるかどうかで、「幸せ」が存在するかが決まるのです。

・過去の自分の判断に後悔をする人は、未来のことをあまり考えていにょうな気がします。自分を磨いたり向上させたりすること以上に、過去を悔やみ後悔することにとらわれているようです。自分を高めようとしない人に限って、過去を振り返ってばかりいます。過去に自分が下した判断は、正しかった。その時点では「最高の自分」だったのですから、「完全に100%正しかった」のです。過去を悔やむことをやめて、未来に向けて「いかに自分を磨くか、向上させるか、成長させるか」を考えてみてはいかがでしょうか。過去を振り返るより、「今の自分がどれだけ未熟か」を認識しながら、謙虚に生きていくことにしましょう。

・今、目の前にいる人を大事にする、目の前にやるべきことがあったら、ただ、ひたすら大事にやっていく・・・。私たちにできることは、ただ、それだけのようです。

・「色即是空」とは、「形あるもの、目に見えるもの、命あるものは必ず滅する。常なるものはなく、無常である。常に同じものはない。形あるものはない」とする解釈が主流です。ですが私は、「お釈迦さまは、もう少し違うことを伝えたかったのではないか?」と思っています。「色」とは、「幸、不幸」「軽い、重い」「大きい、小さい」といった評価や論評を加えた状態のことをいうのではないか。そして、「空」とは、評価も、論評も、性格付けもされていない中立の状態をいうのではないか・・・。私たちが「楽しい」とか「つまらない」と評価している現象は、実体として独自に存在するわけではありません。淡々とした「何の色もついていない空の現象」が続いているだけです。お釈迦さまは、「現象はもともとニュートラルであり、ゼロであり、色がついていない。それなのに、私たちの心が、「遠い、近い」「重い、軽い」「つらい、楽しい」「悲しい、嬉しい」といった色をつけているにすぎない」ということを言いたかったのではないでしょうか。

・「そこから先は、神の領域」私は、この言葉をいつも思い出すように生きています。結局、私たちにできることは、「うたし」な人(嬉しい、楽しい、幸せ)、キレイな人、謙虚な人、素直な人、誠実な人という5つの人格を目指すことであって、「そこから先は神の領域」なのです。「手の届く範囲の身の回りをキレイにする」「謙虚に物事を考える」「誠実に生きる」ということは、自分ですることができる。しかし、「そこから、何が生まれるのか」「そこから先、自分の人生はどうなるのか」ということについては、「そこから先は神の領域」で、「人間がコントロールできる領域」を超えたところ・・・。なのかもしれません。

・お釈迦さまが悟った道のりはいくつもありますが、その中のひとつに
「四諦」という考えがあります。「4つの諦め」「4つの悟り」のことです。「諦」という文字は、ある種の心の落ち着きや悟りを示しています。
 第1の悟り・・・「苦諦」
  「人生は苦悩に満ちている」という悟りです。
 第2の悟り・・・「集諦」
  「執着が、悩み・苦しみの元である」という悟りです。
 第3の悟り・・・「滅諦」
  「執着によって、悩み・苦しみが存在しているのだから、執着をなくせば、悩み・苦しみはなくなる」という悟りです。
 第4の悟り・・・「道諦」
  「悩みや苦しみは、こうでなければならない、ああでなければならない、こうすべきだ、という「とらわれ」や「こだわり」が自分自身を縛り付けている状態である。したがって、滅する(執着を捨てる)ということを、日常生活のあらゆる場面で実践していけばよい」という悟りです。
この4つの悟りを実践することで、お釈迦さまは、悩みや苦しみから離れ、「解脱」(悩みや迷いから溶き放たれて、自由の境地に到達すること)できたそうです。

良かった本まとめ(2015年下半期)

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シャンパン食堂(大阪市 北新地)はとてもオススメ!

2016年03月23日 01時00分00秒 | 外食
 知人の紹介及びNAVERで大阪の北新地で1100円以内のコスパ最強絶品ランチとしても紹介されているシャンパン食堂へ行ってみました!
場所はアバンザという大きなビルの後ろにあります。


↑店構え


 ビルの地下1Fへ降りていきます。

店内は壁が暖色系で明るいし、ほのぼのとしたビストロ風でカウンターバーもあります。
イスの色がエンジ色とグレーで、交互に置かれているのは面白いですね^_^)


↑店内

メニューを渡され、どうも表面の1000円のランチがオススメなようです。
1000円で前菜やメイン、パン、コーヒー等が楽しめます。
+150円で前菜を追加できるとはかなり良心的ですね。
さすが、コスパ最強ランチです^_^)
かなりリーズナブルだと思います!


↑メニュー表面


↑メニュー裏面

しかし、せっかく東京から大阪まで来たので、奮発してメニュー裏面の1900円の昼のコースを注文します♪


少し経ってまずはアミューズが運ばれますが、スープの色が美しい!
野菜のスープで温かくてコクがあり上質さを感じます♪


↑スープ

そして温かいフランスパンが運ばれます。



↑フランスパン

それから前菜として牛肉パテですが、これがかなり密度が濃く、質感があり美味しい!
添えられたマスタードと合います!
これはボリュームもあり満足感が広がりますね♪


↑前菜の牛肉のパテ

メインはマトウ鯛の白ワインソースのポワレで、人参やインゲンの上にポワレが置かれています。
見た目も美しく、十分にポワレされていて美味しい!
結構厚みもあります♪
ソースも美味しくてフランスパンに付けて食べましたね^_^)


↑マトウ鯛のポワレ

そして美味しいコーヒーが運ばれます。


↑コーヒー

デザートはアイス2種盛りかチーズ3種盛りを選べたのですが、チーズ3種盛りを注文しました。


↑チーズ3種

癖のあるチーズですが、濃厚で、コーヒーによく合います!
これは美味しいです!

シャンパン食堂はさすがコスパ最強絶品ランチで、リーズナブルに1000円からランチを楽しめ、とてもオススメですね!
シャンパンも500円から楽しめるようでした^_^)



美味しかったものまとめ(2015年下半期)

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シャンパン食堂ビストロ / 北新地駅西梅田駅大江橋駅

昼総合点★★★★ 4.2

 
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「サンクラフト 快菜 スーパーおろし器」はとてもオススメ!

2016年03月21日 01時00分00秒 | 良い物・サービス
「サンクラフト 快菜 スーパーおろし器」の購入はコチラ

 使っていた大根おろし器はプラスチック製で経年劣化によりかなりボロボロになってきて、大根をおろすのも大変になってきたので、新たに大根おろし器を買うことにしました♪
さっそくデパートのキッチン用品売り場に行くと、様々なタイプが売られていてどれを選ぶか悩みましたね^_^;)
スライサーとのセットになった物が一見お得に感じましたが、ここはやはり大根おろし専用を買うことにしました♪

というのは、購入した「サンクラフト 快菜 スーパーおろし器」には、以下のメリットがあったためです。

●斜めにセットすることにより、力が入りやすくなりスムーズにおろせる
●裏面には滑り止めがついている
●傾斜により水切りを使って大根の水気がしっかり切れる
●水切りを外しても使用できる
●収納は「おろし金」を裏返しにすると、コンパクトとなる
●大根だけでなく、生姜・山芋・トマト・りんご・パン・チーズなどもおろせる
●おろし金はステンレス製で錆びない


↑サンクラフト 快菜 スーパーおろし器

家に帰って、さっそく大根をおろしてみましたが、すごい!すごくおろせる!
みるみるうちに大根がおろされます!
早い!!
しまった、自分の指をおろしてしまった^_^;)
皆さま、すごくおろせるので、自分の指をおろさないように、気をつけてください!

これは、おろし金が金属で、斜めにセットされるし、膨らみがあるので、よくおろせるのでしょうか。
また、裏面に滑り止めがついているので、しっかり固定されておろしやすいですね。
それから、水切りがあるので、そのまま大根おろしが食べやすいというのも嬉しいです^_^)

なお、収納時は「おろし金」を裏返しにすると、膨らみがケースの中に入るので、コンパクトになり非常に良いです!
おぉぉ素晴らしい!

やはり、「大根おろし器」は専用品だと斜めにしてよくおろせるし、すべり止めがついているので固定されるし、水切りもできるし、とても便利ですね!
「サンクラフト 快菜 スーパーおろし器」は、とてもオススメです!!


お勧めなお話(2015年下半期)

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「最後はなぜかうまくいくイタリア人(宮嶋勲)」という本はとてもオススメ!

2016年03月18日 01時00分00秒 | 
「最後はなぜかうまくいくイタリア人」の購入はコチラ

 「最後はなぜかうまくいくイタリア人」という本は、現在イタリアと日本でワインと食について執筆活動を行っている著者が、その経験からイタリア人の特質について、楽しく具体的例や歴史、その根拠なども取り上げなら分かりやすく説明したものです♪

この本であげられているイタリア人の特質とは以下となります。

特にイタリア人は寄り道をしながらも今を柔軟に大切に楽しくしぶとく生き、そして寛容で、食事の時間が大切なんだなぁと思いましたね^_^)

・アポの時間は努力目標
・時間の遅れは正確なルールに基づいて遅れる
・仕事とプライベートはあえて分けない(公私混同するが私の時間に仕事が割り込んでも寛容)
・イタリア経済を支えているのは家族工房型企業
・計画は立てなくても最後は何とかする
・分業ができない(各人がなんでも屋)
・複数のことはできず、ひとつずつ作業を進めることを好む
・何事もダメもとで果敢にトライ
・人生の醍醐味は最終目的ではなくその過程、寄り道にある
・自分が嫌なことに立ち向かえないだけでなく人が嫌な思いをしたり、悲しい思い、寂しい思いをしたりするのも非常に苦手
・イタリア人の最大の特徴は寛容
・実用性より美しさ
・体裁を繕うのが好き
・イタリアの南の方は待機主義で一瞬のチャンスをとらえる集中力はすごい(まさにサッカー)
・短所は直さず長所を大事にする
・家族の結束は非常に強い
・「友人の友人」という薄いコネでも問題が解決
・しょっちゅうカップルは離合する
・食卓の時間が長く、人生のほとんどすべての問題を解決する場
・食卓はコネを広げる出会いの場
・食事を共にした相手は友達、仲間という位置づけ
・あらゆる接待の中で自宅に招くことが最高

「最後はなぜかうまくいくイタリア人」という本は、イタリア人について楽しく本質を理解でき、とてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・まず第一に予定表や打ち合わせ通りに物事が運ぶなどと考えるのはイタリアでは大きな間違いで、そんなのはあくまくで努力目標のようんものでしかなく、不測の事態が起こることのほうが普通である。慌てる必要はまったくないということだ。人生は常に不測の事態の連続で、そんなことにいちいち腹を立てること自体がおかしいという哲学である。第二に、そのようなことがイタリア全体で常態化している限り、不測の事態に慌てるというのは愚の愚であり、どっしりと構えて、解決策を見出すことに全力を尽くすほうがよほど大切であるということだ。そこでイライラしても何も生まないし、むしろ事態は悪化する。不測の事態を乗り越えたときによりよい仕事ができる準備をすることこそ、重要なのだ。そして第三に、どんな不測の事態が起こってもイタリア人は諦めずに、ほとんどの場合は最後になんとかする能力があるということである。子どものころから不測の事態に慣れきっている分、それに対する対応能力が破格に高いのだ。すべてが綿密に準備され、計画通りに物事が進むことが当たり前になっている日本とは、ずいぶん異なる仕事のやり方であった。

・重要なことは、時間の遅れは十二分に予想可能で、しかもかなり正確なルールに基づいて遅れるということである。だから対応可能だし、極論をいえば、読み替えたあとのプログラムに従えばパンクチュアルですらある。友人の家に招待されたときの「20時に家に来てください」も額面通り受け取らないほうがいい。20時に行くと、向こうではまだソースの準備中といったことが多い。とくに南ではそうである。20時に来てくださいと言われたら、ミラノなら20時15~30分、ローマなら20時半~21時ごろにチャイムを鳴らすのが適当だろう。イタリア人にとって、アポの時間はあくまで数値目標である。選挙のときに出てくるマニフェストのようなもので、「この数字を目指して頑張ってみます」といった感じだ。だから「夕食20時」と言われれば、「20時に向けて頑張ってくれているけれど、おそらく20時半~21時ごろだろうな」と読めばいいのである。大学の授業でも「教授は15分遅れてくるものだ」という暗黙の合意があるので、9時開始の授業だと生徒は9時15分を目指して集まってくる。だから、万が一教授が9時に教室に来ようものなら、生徒はほとんど集まっていないし、授業を始めてから生徒がぞろぞろと教室に入ってくるという不愉快なことになる。だから教授もそんな事態を避けるために、「ちゃんと」ルールを守って15分遅れてくるというわけだ。イタリア人は時間にルーズなのではなう、建前として設定した時間と、本音として守ろうとしている時間にズレがあるだけなのである。そしてそのズレは少なくともイタリア人の間では共有されていて、社会はうまく機能している。15分から30分の遅れは、ちょうどハンドルの「遊び」のようなもので、杓子定規でない寛容な社会を、無意識のうちに生み出している気がする。

・イタリアでは、公私の区別があいまいだ。というより、公私混同が激しい。しかも、激しければ激しいほど、社会に活気が出て、皆が生き生きとしているような気がする。公共窓口では、受付の人が携帯電話で家族か友人と無駄話をしている間、サービスが停止して、長い列をつくって並んでいる人が待たされるということも普通だし、レストランでもサービスの人がおしゃべりに熱中して、客が呼んでいるのに気づかないということも珍しくない。「私語を慎む」という概念はおおよそ存在しない。思い立ったが吉日ではないが、「思い立ったときがおしゃべりタイム」なのである。笑ってしまうのは、そのおしゃべりに客も頻繁に参加することだ。本来なら待たされる側の客は、おしゃべりにより不利益を被るので、「反おしゃべり」の立場であるべきなのだが、そもそもそのようなけじめが存在していない人たちなので、いまそこにあるおしゃべりの快楽に目を奪われるのである。ただ、一方、「私」の時間に仕事が割り込んでくることにはかなり寛容である。家族経営の中小企業が多いこともあり、家族の食卓がいつの間にか営業会議になって、大いに仕事の話で盛り上がり、そこで素晴らしいアイデアが出てくるということもよくある。また、さすがに時間の概念に著しく欠けているだけあって、自らの労働時間に関しても、権利意識が低い。だから意外に残業に関しても寛容で、少しぐらい時間がずれ込んでもあまり気にしない。「あまり細かいことは言わない」人が多いのだ。

・要は働き方の問題なのである。完全に疎外された労働は苦役に陥りやすい。「公」と「私」が、「仕事の時間」と「私の時間」がうまく溶け合った労働は、生き甲斐を生みやすい。イタリア経済を支える中小企業はこのような働き方の好例である。大きな家族のようなものなので、分業の概念も明確でない。だから、「姪っ子の洗礼がある」と言えば、「明日は休みにして。私が代わりにやっておくから」となるし、仕事の話に熱中すれば、「このまま私の家で夕食を食べながら、この話を続けよう」ということにもなる。公私混同が活力を生んでいるのである。

・イタリア人が最も力を発揮して一生懸命働くのが、家族工房型の企業である。イタリア経済を支えているのもこの家族工房型で、世界的菓子メーカーのフェッレーロ、ファッションのサルヴァトーレ・フェラガモ、ベネトン、ワイナリーでいえばアンティノリやフレスコバルディなどは、世界的成功にも関わらず、いまだに家族工房的特徴を完全に保持している。

・誰が考えても1時間で終わるはずがないのに、1時間しか予定されていなかったこの会議であるが、正午に開始され、結局14時半ごろまで延長されることになる。ただイタリア人のすごいところは、無謀な計画を立てるが、それがダメだったときの対応能力と、驚異の粘り腰を持っているところである。時間が遅れようと、予約していたレストランに迷惑をかけようと、諦めないで難題をすべて解決してしまおうとするのである。そこで終わらなければ、レストランでも話を続けて、なんとしてでも終えてしまう。「食事の場で仕事の話をするのはお行儀が悪いです」なんてことを言う輩はいない。そんなことを言っていられる場合ではないのである。日本人の普通の感覚でいったら、「もう無理だから、今日はここまでにして、後日仕切り直しましょう」となってしまうところだが、イタリア人は諦めない。誰に迷惑がかかろうとお構いなしで、最後まで粘るのである。諦めが早い自分の淡泊さを反省させられ、イタリア人を尊敬してしまう瞬間である。ミラノ万博も「絶対に間に合わない」とさんざん言われたが、開幕してみればそれほどの支障もなく行われている。やはりイタリアの場合は「そんなことを言っていられる場合ではない」危機状況が常態化しているので、皆が日常的に火事場の馬鹿力を出すことに慣れているようだ。少々のことではひるまない、このしぶとさこそがイタリア最大の武器である。

・分業が進むと作業の全体像が見えなくなることも、イタリア人の労働意欲を下げる。いま自分が行っている作業が、全体にとってどのような意味があるかが見えないと、意欲がわかないのである。「全体の設計図は上の人が考えているから、あなたは与えられた仕事をちゃんと遂行することだけを考えなさい」と言われて納得できる気質ではない。だから当然イタリアは、大工場で規格化・標準化された製品を大量に生産することは苦手である。フィアットがヨーロッパを代表する自動車のメーカーになれない原因だ。一方、全体像が見えて、自分がすべての工程に関われる仕事には、驚くべき集中力を発揮する。イタリアが誇る職人芸の世界がそうである。

・均一化され標準化された安心感のある車ではドイツのフォルクスワーゲンに敵わないイタリアだが、1台1台のマシンを職人が仕上げ、それぞれが微妙に異なることが魅力のフェラーリでは、他を寄せ付けない名声を確立している。イタリアで仕事をしていると、各人の職務が不明瞭で、全員が「なんでも屋さん」のような働き方をしている企業が多い。

・複数の作業や事案を平行して同時進行させると作業効率があがり、「段取りがいい」「要領がいい」と褒められる。しかし、イタリア人はこれが苦手である。ひとつずつ作業を進めていくことを好み、複数のことを一度に依頼すると、混乱する人が多い。

・そもそも、いまするべき課題があるのに、その先のことを段取りするという発想がんおである。まず目の前の課題を片づけて、そのあとで次のことを考えましょうということだ。能率をあげようとして、平行して複数のことをしてもらおうと依頼すると、それらをひとつずつ片づけていこうとするので、かえって遅くなる。

・イタリア人は、とにかくなんにでもダメもとで果敢にトライする。相手に失礼だとか恥もかくかもしれないといった心配は、あまりしない。これは明らかに一種の才能で、私はいつも感心している。”ダメもと精神”に基づくメールをよくもらう。「5年ぐらい前に一度お会いしたのですが、今度日本に行きますので、お目にかかりたいのです。ワインを輸出したいので、輸入元を紹介してもらえませんか?」とか、「先日の講演を聞いて感銘を受けました。今度うちでもぜひ講演してください。残念ながら、ギャラも交通費も出せないのですが」といった具合である。もちろんこれを断っても、相手は別に腹を立てることもない。ダメもとでトライしているのだから。基本的に、身近にある便利なものはなんでも使おうという発想の人たちなので、コネでも、人材でも、資金でも、そこにあれば、可能であれば、それを使わせてもらおうと考える。だから、イタリア人の友人がよくとんでもなく疎遠な人に、レストランの紹介などを頼もうとする。「都合のいいときだけ急に連絡しても、冷たくあしらわれるだけだから、やめておいたほうがいいよ」と助言しても、「別に断られたとしても、失うものは何もないから」と答えて、さっそく電話している。ところが驚くべきことに、このような場合、依頼されたほうのイタリア人も、かなり寛容で親切に対応してくれることが多いのだ。自分も同じような依頼をしているので、「明日は我が身」と思うのかもしれない。皆がダメもと精神を共有しているということは、絶対に過去に成功体験があったはずで、ダメもとでぶつかってこられた相手が、かなりの確率で親切な対応をしてあげていたということになる。やはりイタリア人は優しいのである。もちろん、万が一冷たくあしらわれたり、不愉快な対応をされても、そんなことではひるまない。何も失ったわけではないからだ。だから立ち直りも早いし、またすぐに次の挑戦をしている。

・よく見かけるのは、レストランのサービスの人間や、飛行機のキャビンアテンアントが、客の前でプライベートなおしゃべりを延々と続けるという光景である。もちろんこちらが声をかけて何かを依頼すれば、すぐにおしゃべりをやめてサービスをしてくれるので、別に実害があるわけではないのだが、日本人的にはやや違和感を覚える行動ではある。このようなことが成り立っているのは、それについてクレームをつける客がいないからである。どのような場においてもそれぞれの人が好きなことをするのを許容しようというスタンスが、広く国民に共有されているのである。「好きなようにさせてあげたほうが、ちゃんと仕事をしてくれるでしょう」という感じなのだろう。極端に客を大切にすサービスというのは、客の視線に萎縮したサービスになりやすい。客が何を望んでいるか推察することよりも、クレームを受けないことを重視した、無難にマニュアル化されたサービスに走りがちである。それに対してイタリアのサービスは、基本的に友達に対する親切のような感じだ。自分も友達でいるときのようにくつろいで好きにしているが、客に対しても友達に対するかのようになれなれしく親身になってくれるのである。だからイタリアの場合はこちら側も少し馴れ馴れしく、図々しくしたほうが、しっかりしたサービスを受けられるように思う。

・リソルジメントと呼ばれるイタリアの統一と近代国家の誕生は、人民革命ではなく、サルデーニャ王国によるイタリア諸国の吸収合併という形で行われた。イタリア国家は自分たちが獲得したのではなく、サヴォイア王家がよそから来て押しつけたものという意識が、中南部イタリアには強い。それゆえ、納税義務と国民の権利がセットになった民主主義、市民文化を確立することができなかったのである。そういう点では、歴史的経緯は日本に似ているかもしれない。ただ、その結果生まれた行動パターンがあまりに異なることが、興味深く思われる。

・「いま」に100%集中できるイタリア人の能力について述べたが、これは新しい関心が出てくると、今度はそちらに100%集中することを意味する。何かをしている最中に新しい興味の対象ができると、本来の目的を忘れて今度はそちらに熱中してしまうのだ。

・最終目的はあくまで最初の一歩を踏み出す方向を示してくれる北極星のようなもので、醍醐味はその過程、寄り道にあるのである。このような経験をするたびに私が思い出すのが、古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」である。イタリアではなく、古代ギリシャの英雄の話ではあるが、その精神において非常に似ているものを感じるのだ。ご存じのように、これはトロイア戦争を勝利に導いた英雄オデュッセウス「ユリシーズ)が、妃ペネロペが待つ故郷イタケーに帰ろうとするが、さまざまな苦難に遭い10年間漂泊させられるという話である。この間にオデュッセウス一行は、ひとつ目巨人キュクロープスたちに食べられそうになったり、セイレーンに難破させられそうになったり、冥界に足を踏み入れたりといろいろな冒険をする。この話で印象的なのは、なんとなくこの一行が楽しんでいるように思えるところだ。妻が待つ家に帰ろうとしているのになかなか帰してもらえない可哀想なオデュッセウスというのが本来の筋のはずなのに、むしろ妻のもとにさっさと帰らなければならないのに、行く場所に行く場所で危険な目に遭いながらも、トロイの木馬を考案した彼ならではの機知と胆力によりうまく切り抜けて、スリリングな冒険を楽しんで、「俺たちってすごいよな」と満足している男たちの話に思えるのである。実際、魔女キルケーとは1年間暮らしたうえに子供までもうけているし、海の女神カリュプソーとは7年間も一緒に暮らしている。旅の本来の目的を完全に忘れて、各地での暮らしをかなり楽しんでいるのである。故郷では妻ペネロペが求婚してくう男たちを騙しながらも、夫の帰りをひたすら待っているというのに、浮気まで何回もしているのだ。家に帰ることが目的であれば、危険な目に遭いそうな場所は避けて、万が一そんな目に遭いそうになっても、ひたすら逃避するのが賢明である。ただ、オデュッセウスはむしろ冒険を求めて、それを楽しんでいるようだ。帰宅することが目的でスタートした旅だったのに、途中に興味深いことがあると各地でそれに熱中してしまい、気づいたら、本来なら数週間で帰れたはずの帰路なのに、10年経ってしまいましたというような印象を受けるのである。ただ、その代わりに、その10年はワクワクするような冒険の連続で、3000年近く経った今でも全世界で語り伝えられているほど「充実した」(?)旅になった。まっすぐ家に帰っていたのでは、この旅は誰の記憶に残ることもなかっただろう。私にはオデュッセウスが悲劇の英雄というよりも、妻が待つ家にさっさと帰らなければならないのに、バルをはしごして、友人たちと冗談を言ってじゃれ合いながら、なかなか帰宅しないイタリア人男性に見えてくるのである。本来の最終目的に拘泥することなく、その瞬間に面白そうに思えることに熱中して、いまを生きる。だから人生が寄り道をくり返し、ジグザグに進むのだ。オデュッセウスは「寄り道こそが人生だ」の哲学を具現化しているように思える。

・このような行動パターンは、世界におけるイタリア移民の数の多さとも関係している。イタリア移民は世界中に数多くいるが、その多くは「出稼ぎ」に行って、結局定住した人たちだ。もともとは出稼ぎが終わったら故郷に帰るつもりであったが、出稼ぎ先で破格の対応能力を発揮してしまい、現地にうまく馴染んで、結局そこで家族をつくり、その国の住民になってしまうのだ。行った先の生活に熱中してしまい、気づいたら帰国することを忘れて何十年が経っていたというパターンが多い。結局どちらが幸せだったのかは誰にもわからないが、「早く故郷に帰りたい」と思い続けた数十年ではなく、帰国を忘れるぐらい熱中できる人生であったことはたしかだろう。

・日本では、子供のころから脱線や寄り道はよくないことだと教えられて育つ。小学校でも少しでもわき道にそれる生徒がいると、「いまは何をする時間ですか?」と本の道に戻るよう先生に叱られたものだ。下校時には先生が「寄り道しないで、まっすぐ家に帰りなさい」とプレッシャーをかけた。下校時の寄り道ほど楽しい経験はないにもかかわらずだ。その結果私たちは、目的遂行能力は高いが、その過程を楽しむことができない、というよりも、それを楽しむことに罪の意識を持つようになってしまったような気がする。本来の目的を忘れて寄り道に熱中する。しばしばそこから非常に面白い経験や発想が生まれる。イタリア人は、事務遂行能力は低いが、発想とアイデアは抜群だとたたえられる。そのような卓越した思いつきは、彼らの得意技である寄り道や脱線から生まれているのかもしれない。

・イタリア人は、自分が嫌なことに立ち向かえないだけでなく、人が嫌な思いをしたり、悲しい思い、寂しい思いをしたりするのも非常に苦手である。

・イタリア人の最大の特徴は何かと問われれば、それは寛容であることだと答えるだろう。イタリア人はたいていのことを簡単に許してしまう。正論と不寛容が強く結びついているフランス人と対照的である。イタリアで驚くのは、お金を持ち逃げするとか、借金を踏み倒すとか、致命的と思われる問題を起こした人が、数年で何もなかったかのように復活していることである。皆もそんな過去には触れないようにして、「彼にも事情があったんだろう」とか「生きていくためにはいろいろあるから」などと変に理解がある。私などは「どんな事情があったにせよ、お金を持ち逃げするのはダメだろう」と考えるのだが、イタリア人はそうは思わない。その場しのぎでなんとかしようとする人に対しては非常に寛容なのである。だから少々の過ちを起こしても、「彼も反省しているのだから」と、たいていは2、3年で許してもらえるのである。イタリア人は心の広い国民だと思われるかもしれないが、残念ながらこのような態度は、事態を何も改善しない。イタリアの町、とくにローマで目立つのが、路上の子どもたちによるスリである。日本人観光客もしょっちゅう被害に遭っている。私などはもっとちゃんと取り締まるべきだと考えるのであるが、イタリア人はなぜか寛容だ。「可哀想にあの子たちも生きていかなければならないのよ」とか、「やりたくてやっているわけではないから、やむにやまれぬ事情があるんだろう」などと同情的である。だから警察の取り締まりもどこか中途半端で、結局、観光客は被害に遭い続ける。

・「美しさ」へのこだわり、「見た目」のこだわりも、イタリア人は破格である。イタリア製品について、「デザインはすばらしいがすぐ壊れる」とか「見た目はいいのだが、一度洗濯すると色落ちする」などの苦情をよく聞くが、確かに実用性よりも、美しさや見た目を重視している面はあるかもしれない。しかしこれが優れたイタリアデザインの源になり、美しい田園風景を保持することになり、イタリアが観光大国として成立している基盤となっていることも否定できいない。やはイタリア人はセンスがいいのである。

・イタリア人は厳しい規則が大好きだというと、多くの人が不思議そうな顔をする。ただ、これは事実である。もちろん最初から守るつもりはない。だから、規則は厳しければ厳しいほど、「格好いい」のである。ある意味、自分たちの活動を飾ってくれる美辞麗句のようなものという感覚なのだろう。「私たちはこんなにも厳しい規則のもとでやってるんですよ」と胸を張りたいのだ。

・イタリア人は体裁を繕うのが好きである。内容を充実させることよりも、外の装いにこだわることが珍しくない。会社があまりうまくいっていないのに順風満帆のように喧伝するとか夫婦関係が破綻しているのに円満を装うとかである。この根にはローマ・カトリックの影響があり、話はちょっとややこしい。カトリック教会は清く正しい生き方を説き、良き夫、良き妻、良き子、良き経営者、良き職人などであることを説いた。もちろん皆がそうなれれば問題はないのだが、皆が聖人君子なわけではないので、それらの教えを破る人が出てくる。ただ、そのときに教えを破った側も、教会側も、問題を追求して事を荒立てることは不利と考えて、目をつぶり、体裁だけを繕うことを選んできたというのである。だから、とりあえず体裁さえ繕えば、何をしてもいいという偽善モラルが根付いたという。典型的な例として挙げられるのが、有名なルキノ・ヴィスコンティの映画「山猫」の最初のシーンである。バートランド・カスター演じる主人公のサリーナ公爵が、家族と祈りを捧げている。いかにも敬虔なカトリック一家といった感じである。サリーナ公爵は大貴族なので、ミサを行っているのはお抱え神父である。そしてこの敬虔な公爵はミサのあと、神父を引き連れて街へと出かける。どこへ行くのかというと、愛人の家に行くのである。敬虔なカトリック信者としてミサに参加し、真剣に祈って、体裁を繕ったので、これで心おきなく愛人のとことに行けますというわけだ。イタリアではこのようなダブル・スタンダードの偽善をよく見かける。私の友人は愛人が何人もいるが、彼は日曜の朝は必ず妻と子どもたちを連れて教会のミサに参加し、そのあとは家族仲良く昼食をとる。家庭の良き父を演じきっているのである。これで彼は、月曜日から安心して愛人のところに行けるのである。

・イタリアの場合、経験的に下手にあがくよりは、待っていたほうがうまくいくことも多いような気がする。不確定要素が多い中で必死に計画を立てて、その通りにいかずイライラするよりも、何もしないで、体力の消耗を抑えて、感覚を研ぎ澄まして、大きなチャンスが訪れたときにそれを逃さないようにしたほうがいい場合も多いのだ。変に動き回って疲労していたのでは、大切なチャンスを逃す恐れがある。たしかに南の人は、一瞬のチャンスをとらえる集中力はすごいような気がする。それまで何もしていないから、力が余っているのだろう。緻密な計画を立ててそれを遂行するということは、それ以外の可能性をつぶしてしまう可能性がある。訪れてくれるであろう多くの幸運の女神を、あらかじめ拒否してしまう恐れがあるのだ。だから心を無にして、フリーハンドで、アンテナだけを敏感にして、その時々のチャンスをつかまえていく。このような生き方は、ちょうど奇跡が上から運よく降ってくるのを待つのと同じで、かなり他人任せである。だから、努力するよりも祈るという方向に走りやすい。努力しても報われる可能性が低い社会では、間違っていない人生処方だ。

・イタリアで絶大な人気を誇るサッカーこそ、まさにこの「待機主義」型スポーツの典型ではないだろうか。サッカーのゴールは小さな努力地道に積み重ねて実現されることよりも突然降ってわいた幸運をうまくつかまえた場合に実現されることが多い。幸運がかなりの割合を占めるゲームなのである。

・イタリア人に短所を直そうという発想はあまりない。私から見れば直すべき欠点と思えるようなことでも、それはその人の個性ととらえてあげるのである。「彼はいつも時間に遅れるけど、そういう人なのよ」とか「妻は見栄っ張りで浪費家だけど、仕方ないから」とか非常に寛容である。もちろん一度か二度は注意するのだろうが、それで直らなければ、「そういう人だから」で落ち着く。だから別れようという話にはならないのである。その理由は、短所を上回る長所を見つけて評価するのがうまいからだ。「いつも時間に遅れるけど、必ず素敵なレストランに連れていってくれるから」とか、「いつも綺麗で魅力的だから」といった具合だ。確かに人間は、好きなことだけをやらせておくとその才能は伸びるだろう。一方バランスのとれた総合的プレイヤーのような人材を養成しようとすると、欠点を矯正する必要があり、均一な規格品的人材を養成してしまう恐れがある。個性を伸ばす教育ということがよく議論されるが、それはある意味欠点を許容する寛容な教育であるのかもしれない。イタリアがたまに輩出するとんでもない天才を見るにつけ、やはり欠点と個性は紙一重なのだとの思いを強くする。

・イタリア人の家族の結束は非常に強い。同族企業が多い国だが、その同族企業には兄弟5人全員が働いているだけでなく、その次の世代になると従兄同士で15人が働いているという例も珍しくない。日本の同族企業は兄弟で揉めることがしばしばあるが、イタリアではあまりないようだ。それどころか、50を過ぎても兄弟がいつも一緒にいて、妻といる時間よりも兄弟といる時間のほうが長い、というケースもよくある。家父長にあたる立場の人は、孫まで含めた家族全員を保護する必要があり、それぞれに適した職を用意してやることが暗黙に求められる。

・イタリアのこの家族の強い団結は、当然、異国にずっと支配されてきた歴史と密接な関係がある。被支配民族として、頼れるものは家族だけという考え方である。支配民族に対する抵抗から生まれて発達したシチリアのマフィアが、その組織を「家族」と呼んでいるのは象徴的だろう。マフィアも、構成員の多い大家族なのである。この例からもわかるように、家族という概念はもっと広い形でもとらえられる。「クラン(一族)」といってもいいかもしれないが、同じグループに所属するメンバーがお互いに融通を利かせあって、便宜をはかりあうという発想が強い。

・「友達の友達は皆友達だ」的芋づる式友人関係はある意味、地中海的互助主義の特徴である。この場合、電話をもらった方も丁寧にもてなす必要がある。なぜなら、明日は自分が便宜をはかってもらう立場になるかもしれないからだ。このようにして常に誰かを頼っていき、頼られたほうは便宜をはかることにより、彼らの仲間は拡大していく。恩義の貸し借りの物々交換が物事を進めていくのである。イタリアのようにどんなジャンルでも正規ルートがあまりうまく機能していない国では、物事をスムーズに進めるには、コネによる裏口解決が不可欠である。たとえば4時間待ちの列がある美術館でも、友人の友人を頼れば、簡単に裏口から入れてしまうなどの例である。ここで重要なのは、「強力なコネを頼れば」ではなく、「友人の友人」という薄いコネでも問題が解決してしまうことだ。便宜をはかりあうという相互依存関係が重要で、頼られたほうは、それほどの知り合いでなくても驚くほど親切に対応してくれる。頼られたほうも無意識のうちに、「今回は頼られたので、私はちゃんと便宜をはかりました。次回私が頼ったときは、ひとつお願いしますよ」というアピールを不特定多数の友人の輪に対して発信しているのである。強力なコネを持っている人は少ないが、友人の友人レベルのコネなら持っている人は多い。だから多くの裏口解決が蔓延してしまうのである。多くの人が美術館に裏口から入ると、今度はまともに待っている人にはいつまでたっても順番がまわってこない。真面目に行動すると馬鹿を見る、という結果になるのだ。だから、機転を利かして裏口を探れる人のほうが、世渡り上手として尊敬され、むしろ真面目に列をつくって待っている人が「まぬけ」として馬鹿にされるという矛盾した文化が形成されるのである。

・このコネ社会文化の行動パターンとして、彼らが日本に来たときに本当に困る問題がある。向こうではそれなりのレストランに行くときはコネを頼って、声がけしておいてもらうことが多いので、それを私に求めてくるのである。「今度3つ星懐石料理店のCに行くことになったから、イサオのほうから一言添えておいてくれ」という要求だ。「日本は基本的にすべてのお客さんを平等に扱うし、私が声がけしなくてもちゃんとしてくれるよ」と言っても、納得しない。どちらにしても店で「私はイサオの友達だ」を連発しそうで怖い。それに、前述のルールに従うと、頼られたときにちゃんと便宜をはからないやつは仲間ではないから、次に頼ってきたときにも便宜をはかってやらないという理屈になり、私が将来イタリアで働きにくくなる恐れがある。仕方ないのでお店に電話して(もちろんお店が知り合いの場合だが)、「何も特別なことはしなくていいから、来たら「イサオさんから話を伺っております」とだけ言ってくれ」と頼んでおく。それだけで彼らは非常に満足なのだ。彼らの理屈では、これで「他人としてではなく、仲間として扱われた」ということになる。非常に曖昧でゆるやかな「持ちつ持たれつ関係」が、実は驚くほど正確に等価交換され、機能している国がイタリアなのである。

・イタリアで特に目をつくのは、身近な人とカップルになる人が非常に多く、かなり狭いグループの中でカップルの離合が繰り返されることである。もちろん身近な人は気心が知れているし、安心である。かつ、イタリア人はパートナーの過去にこだわったりする人は少なく、「とりあえずいま自分が幸せになれるか」ということにしか関心がないので、非常に親しい友人の元カレや元カノであった場合でも、まったく問題はない。また元カレ、元カノのほうもまったく気にしていないので、皆非常に仲良くやっていける。感心するのは、イタリア人は感情的にこだわりがないことだ。何年か一緒に暮らしていたカップルが別れるには、それなりの理由があるだろうし、つらい思いもしただろうと想像するが、そのようなことはまったく感じさせない。やはり「いまに集中する」力が破格に強いので、過去のことは簡単に忘れるのだろう。最も頼りになるコネである元カレ、元カノを非常に大切にして、一緒に仕事を続けている。

・「ラテンラバー」という言葉がある。イタリアやスペインの情熱的なプレイボーイを意味し、イタリア生まれの無声映画のスター、ルドルフ・ヴァレンティノがその原イメージになっているとされる。イタリア人男性には、この役割を演じなければならないという「呪縛」に囚われている人が少なくない。このような自称ラテンラバー君は、女性にモテることが自らの存在理由であるので、いかに自分が女性にモテるかをアピールしたがる。女性とのアヴァンチュールを手柄話のように話しまくるのだ。だから彼らは恋人ができると、それを友人たちにすぐに見せたがる。自分が密かに彼女との恋を楽しんでいただけでは、ラテンラバーとしての存在をアピールできず、意味がないからである。このような男性はダイエットにも気をつけて、体も鍛えているので、男性の私から見てもなかなか格好いいし好感も持てる。案外頭のいい人も多く、話していても退屈しない。不思議なことあが、彼らは、結婚は敗北であると考えている。ドン・ジョヴァンニのように、結婚しないで各地の女性とアヴァンチュールを重ねるのが理想というわけだ。だから、自分が結婚していることを恥じていて、「一瞬の心の迷いだった」などと訳のわからない言い訳をしている。

・イタリアの食事は短くても2時間、長い場合はアペリティフを入れると5時間などということも珍しくない。昼食と夕食を合わせると、1日の活動時間の大半を食卓で過ごすということだって起こりうるのである。たしかに、「生命を維持するために必要な栄養素を摂る行為」としての食事には、この時間は長すぎる。もちろんイタリア人も栄養補給のためにそれほどの時間を費やすことはない。厳密にいえば、イタリアでは食事の時間が長いのえはなく、食卓にいる時間が長いのである。それはイタリアの食卓が、栄養補給以外の社会的意味を非常に多く持っているからで、結果として時間が長くなるのである。イタリアでは、食卓は人生のほとんどすべての問題を解決する場であり、とても重要な意味を持っている。食卓は人との出会いの場であり、別れの場であり、相手を見定める場でもある。就職活動の場であり、プロジェクトをスタートさせる場であり、打ち合わせの場でもある。社会の重要な活動の多くが食卓で行われるのである。そういう意味ではイタリアにおいて食事をするということは、ひとつの重要な儀式である。

・イタリアのようなコネ社会では、友人の輪を広げないと仕事も発展しない。そして、そのためにはアペリティフは最高の機会なのである。だからよく「アペリティフに1時間半もかかるなんて信じられない」という批判を聞くが、さまざまな活動を展開するためにはそれなりの時間が必要なのである。それが嫌で、食事をすることだけが目的であれば、アペリティフが終わるころに来ればいい。実際私もコネを広げることになんの興味もないパーティーの場合はそうしている。逆に、プロジェクトを発展させたかったり、仕事の中押しをしたかったり、コネを広げたいパーティーの場合は、アペエイティフに行って、十分に活動できたらディナーはパスするという場合もありうる。

・イタリアの伝統的な食事はアンティパスト(前菜)、パスタ(リゾットやスープの場合もある)、メインディッシュ(魚、肉など)、ドルチェ(お菓子)という4皿構成である。この1皿と1皿の間がやたらと長いのだが、それはキッチンが遅いのではなく、わざとある程度の時間を挟んでいるのだ。4皿が次々に出てきて、あっと言う間に食事が終わってしまったのでは、食事の重要な目的である社会的活動ができない。イタリアの食事が長いのは、料理人がのろまなのではなく、それだけの時間が必要とされているからである。

・イタリアのパーティーは、まちまちに人が集まってきて、なんとなく始まり、三々五々に人が散っていき、なんとなく終わるというのが理想だ。だからイタリア人は締めのあいさつを嫌がる。楽しい時間が徐々にフェード・アウトしていくというのが理想で、そこに残って話し続ける人もいれば、さっさと切り上げて場所を変え、盛り上がる人もいる。それぞれが継続的に夕べの時間を楽しんでくれればいいのである。締めのあいさつをするということは、楽しく流れている時間に唐突にピリオドを打って、「さあそろそろ帰りましょう」とメッセージを送っているようで、彼らには暴力的に思えるのだ。日本では「いただきます」と「ごちそうさま」で食事の始まりと終了を宣言するが、イタリアにそのような言葉はない。

・イタリアの食卓はコネを広げる出会いの場だから、招く側は一生懸命に招かれる客にとって有意義な人物を招待して、チャンスを広げてあげようとする。それが優れたホストの条件なのである。だから友人の家に招かれると、そのたびに異なる人物がいて、新たな可能性が提供される。その中から気が合って親友になっていく場合もあれば、フィーリングが合わなくてそのままになってしまう場合もある。そういう意味では、イタリアの食卓は男女の区別なく繰り返される合コンのようなものであるともいえる。たとえそのままになっていた相手でも、将来なんらかの理由でコンタクトする必要が出てきたときは、「3年前のAの家に招かれたときにご一緒した○○です」とメールを送ると、一見さんよりははるかに簡単に事が進む。食卓は貴重な生身の名刺交換の場(イタリアの場合はプライベートな場で名刺交換をすることは少ないが、実際に会ったという記憶が名刺代わりになる)でもあるのだ。だからコネが重要なイタリアでは、この食事の誘いを断っていると、チャンスは広がらない。「イタリアの食事は長いからパス」という外国人をよく見かけるが、それではイタリア社会で地位を固めることは難しいだろう。食卓が嫌いな人間は信頼されないという変な国なのである。

・私は数々のワイナリーを訪問してきたが、訪問だけで帰った場合と、一緒に食事をした場合では、親しみがまったく異なるし、次に会ったそきの距離感も異なる。ワイナリーを訪問して出会っただけの相手は単なるビジネスパートナーのような位置づけなのに対して、一緒に楽しい食事を共にした相手は、たとえそれが1回だけであっても、友達、仲間という位置づけになるのである。前者が建前だけの付き合いにとどまったのに対して、後者は少しでも本音の付き合いができた関係という意識を持つのだ。食卓は人間を裸にする。私は仕事でたくさんインタビューをしてきたが、相手の本質に迫るなら、事務所における100時間のインタビューよりも、2時間の食卓の共有のほうがはるかに役立つと確信している。もうすでにほかの文献などにも散々書かれている建前の部分ではなく、そこでしか得られない本音を聞くことができるからだ。

・食卓でフィーリングが合う相手とは、根源的なところで響き合っているので、ビジネスもきっとうまくいくだろうし、男女の場合なら結婚してもうまくいく可能性が高い。一方どこかしっくりこない相手とは、「肌が合わない」可能性が強いので、職業的にも、プライベートでもあまり好ましい発展はないだろう。もちろん私とフィーリングが合わない人でも、ほかの人とはフィーリングが合うだろうし、ひとそれぞれの相性である。重要なのは自分と波長の合う相手を見つけることで、そのためには食卓が理想的な場であるということだ。

・イタリアの食事の習慣で日本と最も異なるのは、あらゆる接待の中で、自宅に招くことが最高とされているところであろう。日本だとよほど親しい仲でない限り、自宅に招くことは少ないと思うが、イタリアでは、高級レストランに招くよりも自宅に招くほうが、心のこもった行為とされている。しかも、基本的に招かれると次は招き返すのが礼儀とされているので、この連鎖がずいぶん続くし、友人が多い人の場合、かなりの頻度で自宅の夕食に誰かが来ているということになる。もちろんこの場合も、重要なことは美味しい食事をごちそうすることではなく、相手を家族の一員のように扱うことである。実際、自宅に招かれた場合は出される食事もその友人が日ごろ食べているもので、特別な料理が用意されるわけではない。だから招待も前もってではなく、昼間に会っていて「今晩食べにくる?」といったような軽い感じで招かれることも多い。だからこちらも、「それでは行かせてもらうわ」ぐらいの感じで行けばいい。あまり事が仰々しくなってしまえば、自宅に招待するということの意味がなくなってしまうからである。

・私の知り合いでピエモンテ出身の有名なワイン生産者がいる。有名な貴族で、いつも高級な仕立服を見事に着こなしていて、ダンディーで、礼儀正しく、必ずレディーファーストで、まさに絵に描いたようなジェントルマンだ。ところが、私のまわりの女性ワイン生産者にはあまり人気がない。「堅苦しい」「刺激的でない」「結婚したら退屈そう」というのが理由だ。結婚するなら堅実なほうがいいと思うのだが、イタリア人女性はやはり「面白くなければ人生じゃない」派が多いようだ。そんな女性に限ってやや軽薄な男性が好きで、そんな男の冗談に笑い転げて、「いやーだ」などとはしゃいでいる。やはりイタリア人女性はチョイ悪系が好きなようだ。機転が利いて抜け目ないほうが、堅実で真面目であるより評価される国なのである。



良かった本まとめ(2015年下半期)

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大和寿司(東京 築地場内)はとてもオススメ!

2016年03月16日 01時00分00秒 | 外食
東京の築地場内は2016年11月7日から豊洲へ移転することが決まっており、築地場内を楽しめる期間はあとわずかとなってきました・・・。

そんな中で、築地場内にある大和寿司は以前このブログでも紹介したLonley Planet Tokyo という人気の外国人向け旅行ガイドにも掲載される人気店で、朝7時にも関わらずいつも行列を作っていてなかなかその寿司を楽しむことはできませんでした。

しかし、正月明けの週はかなり空いているということが分かり、平日の6:20頃に訪れると、10人ほどしか並んでいませんでした!
ラッキーです!
20分ほど並んで店内に入ります。
この大和寿司は他の築地場内の店とは違い、2軒分の広さがあり、寿司を握る方も多いので、比較的に回転が速い店ではあります。


↑店構え

ラッキーなことに大将の前の席に案内されて嬉しさ倍増です。


↑店内及び大将

大将は温かく迎えてくれ、「おまかせでいいよね?飲み物はビール?日本酒?お茶」」と訊いてくるので、「おまかせとお茶でと」お願いします。
おまかせの値段が書いていないので分かりませんでしたが3780円のようです。

そして、おしぼりと熱いお茶が運ばれ、次々と寿司が握られていきます。
大将の握りが速い!!
まず自信たっぷりに「カマトロ」が握られます。
冷んやりしていて、マグロに脂が乗っていて、これはかなり美味しい!

このお店は、ネタにすでに醤油が塗り込まれているので、そのまますぐに食べられるのが素晴らしいですね!
醤油皿に醤油を入れて、寿司をその醤油に付ける必要がないので楽です♪
しかも、美しく見えます!


↑マグロのカマトロ

そして、ロシアの国後のウニと、生きた車エビが握られ、大将は自信たっぷりにしゃべりかけながら寿司を置いていきます。
確かに美味しいよ。
いつも行列を作っている理由が分かりました^_^)
こんなに美味しければ並びたくなります^_^)


↑ウニと車エビ

そして、味噌汁が運ばれますが、このお店は十分に出汁が効いていて、これは満足です!
美味しい!


↑味噌汁

そして、中トロが握られます。
大将曰く、「他のお店ではこれを大トロと言っているところもあるよ!」
脂が乗っていて、これも美味しいです!
シャリが立っていて、歯ごたえがあり、とても美味しいんですよね。


↑中トロ

それから先ほどの車エビの頭部分を焼いたものと、巻物が運ばれます。
巻物が中盤に運ばれるとは驚きですが、イクラの巻物には驚きました^_^)
イクラの巻物とは初めてでしたね。
マグロと思って食べたので、想定外の味に驚きました。
もちろん美味しいです。


↑エビと巻物

それからアオリイカと玉子、カンパチ・穴子が運ばれます。


↑アオリイカと卵


↑カンパチと穴子

特に穴子がすごく柔らかくて美味しいのには驚きました!
これは美味しいです!

大将によると、最近海水温が高いので、旬が春より前倒しになっているとのことです。

以上でおまかせは終わりでしたが、なかなかこのお店には行列で来れないし、美味しいので、追加で注文しました。
大将におまかせして、真鯛と赤貝、マカジキを選んでもらいます。
真鯛は身が引き締まっていて、そして適度に切れ込みがあり食べやすい!
もちろん美味しい!


↑真鯛

そして赤貝が大きくて、これも身が引き締まっていて美味しい!


↑赤貝

そして、「メカジキ」ではなくカジキ類で一番美味しいと言われる「マカジキ」というの素晴らしい!
これが、脂が乗っていて最高に美味しいです!


↑マカジキ

大和寿司は、いつも行列を作っていて並ぶのが大変ですが、それだけの価値がある美味しいお店だと思います。
とてもネタやシャリ等が美味しくて、とてもオススメです!
やはり、行列を作るお店は美味しいんですね^_^)
なお、このお店は外国人の客が約9割を占めています・・・^_^)

美味しかったものまとめ(2015年下半期)

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大和寿司寿司 / 築地市場駅築地駅東銀座駅

昼総合点★★★★ 4.0

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プラネタリウムバー(東京 白金台)はとてもオススメ!

2016年03月14日 01時00分00秒 | イベント・外出
 東京メトロ白金台駅からプラチナ通りを約5分ほど歩いた右側にプラネタリウムバーがあるのは知っていたのですが、ようやく近くを訪れる機会があったので思い切って寄ってみました^_^)


↑ビル入口


↑ビル入口の看板

 プラネタリウムバーは、少し変わったオシャレな造りのビルにあり、そのビルに入って少し階段を上がったところにエレベーターがあり、そこから5Fまで上がります。
そしてドアを開けると真っ暗で驚きました^_^;)


↑階段

 足元を注意しながら席まで、たどたどしく歩きます^_^;)
真っ暗で何にも見えないよ・・・。

 カウンターにいた店員さんが、赤いライトを照らしながら席を案内してくれます。
赤いライトだとまぶしくないんですね。
確か19:30頃と早い時間だったのですが、ほぼ満席で、入口近くの席に座ります。

 奥の席の天井がドーム型となっていて、そこにメガスターゼロプラチナという装置で星空を映し出しています。
このメガスターゼロプラチナは、プラネタリウムクリエーター大平貴之氏製作の小型超高性能プラネタリウムで、彼が趣味でこの機械を作ったというのは素晴らしいですね♪
そのあたりのことは、彼の著書である「プラネタリウムを作りました。7畳間で生まれた410万の星、そしてその後」に詳しく書いてあり、それを読んだ時は感動しましたね^_^)
この本もオススメです♪

「プラネタリウムを作りました。」の購入はコチラ

 プラネタリウムバーの星空は、特に天の川が綺麗に見えていて素晴らしいです!
このメガスターゼロプラチナは何と500万個の星を再現でき、12.0等星の星まで映すとは驚きました!
というのは実際の夜空では肉眼では6等星までしか見えないので、ここでは12.0等星ものかなり暗い星も見えることになります。
だから、このプラネタリウムバーの夜空はこんなに綺麗なんですね!

残念ながら席が入口近くでドームの真下ではないことから、あまり星が見えなかったので、ぜひ事前に予約して、良い席を確保して行くことをオススメしますね♪

それからメニューを見て注文します。
チャージは500円で、カクテルなどアルコールは1000円、ソフトドリンクは800円と白金台及びこのプラネタリウム環境の下では、比較的リーズナブルかと思います。
2時間制です。
なお3500円で飲み放題にもできるので、これを利用するとお酒が強い方はかなりコストパフォーマンスが優れているかと思います♪
そのほかミックスナッツなどのツマミもあります。


↑テーブルの上のドリンク

 それから1時間に1回5分程度、星空の説明があるようです。
私の時は、冬の大三角形などの説明がありましたね。
ベテルギウスやシリウスなどです♪

 その説明の後には、湾曲したレール上のカーテンが自動的に開き、白金台のビルの夜景を見ることができました^_^)
なんだかオシャレですね!

ぜひカップルで、プラネタリウムバーのロマンチックな良い雰囲気を味わっていただくことをオススメします!!
とてもオススメです!!

お勧めなお話(2015年下半期)

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「とにかく妻を社長にしなさい(坂下仁)」という本はとてもオススメ!

2016年03月11日 01時00分00秒 | 
「とにかく妻を社長にしなさい」の購入はコチラ

 「とにかく妻を社長にしなさい」という本は、「いますぐ妻を社長にしなさい」の続編で、前編とは違い具体的に特に以下について、とても分かりやすく説明しています。

(1)どうすれば種銭(資金)を貯められるのか
(2)どうすればプライベートカンパニーを作ることができるのか
(3)どんなプライベートビジネスをすればいいのか
(4)どうすれば妻や家族を説得できるのか

 その中で興味を持ったのは(2)と(3)で、特に以下についてはナルホドと思いましたね^_^)

・法人では社長の退職金は経費となる→小規模企業共済利用が良い(月7万円所得控除可でしかも高金利)
・赤字繰り越し節税は個人事業では3年だが法人では9年可能
・合同会社は株式会社と個人事業の良いところを両方兼ね備える
・「会社設立ひとりえできるもん」のような会社設立サポートサービスを活用すると楽
・公的金融機関からお金を借りる場合には、手数料無料等のゆうちょ銀行での口座開設がオススメ
・経営セーフティ共済は月額20万円で損金可(40ヶ月以上経てば返してもらえる)
・中小企業庁が作ったポータルサイト「ミラサポ」はコンテンツも充実
・ワンルームマンション投資は利回りが悪い可能性が高い
・大家を目指す人に一戸建て木造中古住宅から始めるのが良い
・日本政策金融公庫が使い勝手が良い
・地元の信金や地銀を見つけ、あらかじめ定期預金取引など実績を作ること
・売りたい人が多い時に買い、買いたい人が多い時に売るのが鉄則


 「とにかく妻を社長にしなさい」という本は、プチ起業したい方にはとても参考となり、とてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・プライベートカンパニーで取り組む副業のことを、プライベートビジネスと呼びます。世に言う「プチ起業」です。夫婦で協力しつつも妻が中心となって取り組む副業である点と、お金の本質が感謝の気持ちである点から突き詰めると、失敗しないプライベートビジネスは次の5つの条件を満たしたものになります。
①小さな金額から始められること
②利他的なビジネスであること
③簡単に学べて再現性があり、片手間で手軽にできること
④家事の合間にできて、無理なく続けられること
⑤他人任せにしないで妻がコントロールできること
これさえ満たせば、インターネットビジネスや個人輸入などどんな副業でも構いません。こうして妻を巻き込んで一緒に学びながらビジネスを続ければ、妻のもとには「感謝の気持ち(お金)」が流れ込んでくる。結果として夫婦・家族が裕福になれる。これが「サラリーマンでもできる魔法の資産形成術」の概要です。

・「感謝の気持ち」が生まれなければ、「お金」も生まれはしません。「お金」にとって一番大切なキーワードは「感謝の気持ち」なのです。そして、お金の本質が「感謝の気持ち」だと気がつくと、投資と消費と浪費の意味も次のように正しく理解できるようになります。
 ・投資とは、人様に役立つことにお金を使うこと
 ・消費とは、自分と家族のためにお金を使うこと
 ・浪費とは、誰の役にも立たないことにお金を使うこと
これに気づくだけで、「お得か否か」ではなく「必要か否か」でお金の使い道を判断できるようになります。

・高級な食材だろうと、高額な美容品だろうと、しっかりと考えた結果、自分や家族の役に立つものだと判断できるのであれば、それを買うのは正真正銘の消費です。自信を持って買ってください。浪費でないと判断できてから、その上で初めてお得か否かを判断すればよいのです。お得かどうかの判断は、要不要の判断をして必要だという結論が出た後でしかありえません。ちなみに、お得か否かを判断する基準は「価格に見合った感謝の気持ちを感じるか否か」です。このことに気づいてからは、私たちも「使用頻度が低いもの、なくても大丈夫なもの」に相当する買い物をしなくなりました。マイカーも手放したし、余計な保険には入っていません。安くても不要なバーゲン品や福袋にはまったく興味がなくなりました。一見お得なものとは金輪際おさらばです。その一方で、高価であっても良質で必要なものは迷わずに買います。私も自己啓発には時間とお金を惜しみません。良質なセミナーには10万円出してでも毎年参加しますし、先日も50万円のセミナーに申し込みました。

・最寄り駅から遠い物件や特徴を打ち出しにくい物件ほど、「格調高き」とか「歴史と調和した街並み」とか「荘厳な雰囲気に包まれた」とか「クオリティのある暮らし」といった抽象的で美しい文言でデコレーションされています。また、モデルルームで演出されている生活感のないおしゃれな家具や調度品、テレビコマーシャルで流れてくる家族との幸せな生活風景も同じような雰囲気を醸し出しています。つい先日もすてきなモデルルームを見学したのですが、内装オプションに2800万円もかかっていると知って気絶しそうになりました。お気づきの通り、これらはすべて実体のない幻であり、手の届かない蜃気楼です。なぜなら、マンションが1棟建っただけで、その街がいきなり格調高い洗練された街並みに変貌するなんて、絶対にありえないからです。そんなのは販売促進のために作られた、売り手本意の勝手なイメージです。その証拠に、実際にマイホームを買って住んだ瞬間にすべてが幻だったと気づきます。格調高い我が家の上下両隣には普通の住人が住んでいて、新たなしがらみが始まります。騒音問題やゴミ問題、管理会社問題や修繕積立金不足など、マンション管理に絡む諸問題が露わになり、格調高いどころか「ゆとりとは程遠い日常」が繰り広げられるのです。家族の幸せな未来は、マイホームが自動的に作り上げてくれるわけではありません。家族一人一人が協力しながら自分たちで作るしかないのです。ところが、新築マンションや新築戸建ての価格には、こうした夢のある暮らしや格調高い雰囲気のお値段までもが含まれています。ただの幻・蜃気楼にしかすぎないものに対して、私たちは数千万円もの大金を支払っているのです。もちろん土地や建物自体には価値があるし、基本性能も付加価値も備わっているのでしょう。しかし、購入価格の実に3分の1以上は「根拠のない蜃気楼」と「豪華で過剰な設備」の対価です。派手な宣伝を繰り広げていて建築坪単価が100万円以上もする物件と、口コミで商売をしている建築坪単価50万円以下の物件との価格差を見ると、そのことがよくわかります。

・夢を騙った蜃気楼に費やされているのは、マイホームの購入代金だけではありません。マイホームは高価なので通常は住宅ローンを組んで買います。仮に4000万円のマンションを買うとすると、住宅ローンの支払金利はフラット35(金利2%、期間35年)で1500万円です。マンション自体に1500万円の根拠のない蜃気楼と豪華で過剰な設備が含まれていますから、合計で3000万円ものムダなお金を支払う計算です。一口に3000万円と言ってしまいましたが、とんでもない大金です。一世帯あたりの生涯支出は約2億円ですが、蜃気楼を買うためにその6分の1にあたるお金を使い込む。そのために莫大な借金を抱えて、借金返済のために人生を切り売りして一生を終える。借金してギャンブルに3000万円つぎ込み、すべてを失うようなものです。家族を幸せにするどころか、家族の人生を犠牲にすることにさえなりかねません。もし3000万円のムダがなくなれば、老後に不足すると言われる3000万円を貯められるのですから。

・結論からお話しすると、家を借りる「借り暮らし」で済ませるのがベストでしょう。なぜなら、家を賃借することは浪費ではなく消費なので、ムダ遣いせずに済むからです。しかも付随効果として、憲法で保障されている「居住移転の自由」「職業選択の自由」「奴隷的拘束や苦役からの自由」が実際に手に入ります。たとえば「居住移転の自由」について考えてみると、マイホームを買った場合でも、理屈の上では好きなだけ他の場所へ引っ越しできます。でも現実には、転勤でもない限り引っ越しなんてしません。その点「借り暮らし」なら、騒がしい隣人やゴミ屋敷おばさん、刺青のお兄さんが引っ越してきても、自分たちがよそへ引っ越せばすべて解決します。そもそも論として、新築信仰はもう捨てましょう。欧米諸国の住宅は美しくて情緒がありますが、取引されているうちの9割は中古住宅です。新築が9割を占める国は日本くらいのもの。ただでさえ、空き家があふれて社会問題になっているのですから、これ以上、新築を増やす必要はありません。だから、まだマイホームを買っていない人はグッとこらえて、まずは「借り暮らし」をしましょう。それだけで、新築マイホームに漏れなくついてくる1500万円の幻と1500万円の金利を支払わなくて済みますから、合計で3000万円も得をします。

・定期預金であればお金を出した客自身が利息をもらえるのに、投資信託はお金を出したお客が手数料まで払わなければなりません。さらにその結果として元本が半分に減ったとしてもすべて客の責任で、証券会社も銀行も1円たりとも責任を取りません。それどころか、たっぷり手数料を持っていってしまいます。つまり、お客を料理して食べてしまうのです。儲かるか損するかわからないのにお金を全額出したうえに3%の手数料と毎年1.5%の手数料を支払うお客。お金を一切出さないで、手数料だけ確実にもらい続ける銀行と証券会社。あなたならどちらが得だと思いますか?お金の本質に沿って考えると、答えは明らかですね。投資信託にお金を使っても、世の中から感謝されるわけではないので「投資」にはなりません。また、自分に役立つものも手に入らないので、消費でもありません。誰のために役に立つのかわからないのですから、浪費なのです。唯一喜ぶのは、リスクがないのに手数料をもらえる証券会社と銀行です。証券会社や銀行にとっては「投資信託」かもしれませんが、私たちにとっては「浪費信託」以外の何物でもなかったのです。そんな実態を知っているので、銀行員たちは投資信託を買いません。唯一買うとしたら、日銀が買っているような上場投資信託のみです。その場合でもリスクは避けられないので、せめて手数料の安いネット証券経由で買います。ちなみに私は、年金代わりの資金を海外で積み立てています。過去の運用実績が平均8%以上とハイレベルであるうえに、円安リスクなどを避けられるメリットがあるからです。

・固定費を減らす場合には、最初だけ出費削減の工夫が必要になりますが、いったん削減してしまえば後はほったらかしでOKです。「意志の力」は必要ありません。そこで、まずは固定費を削減しましょう。やることは最初に一度だけ固定費をリストアップして削るだけ。そうすれば、あとは毎月自動的に最低限必要な出費だけでおさまるようになります。固定費の代表格は「自動車関連費」「住宅関連費」「生命保険料」「通信費」ですので、。たんねんに洗い出して見直してください。難しいのは変動費の削減です。なぜなら、削減するためには「意志の力」が必要だからです。でも「意志の力」の代わりに「習慣の力」を活用すると、比較的ラクに削減できるようになります。変動費の削減を習慣の領域にまで高めるのは大変なのですが、一つだけ簡単な方法があります。それは、いままでの悪い浪費の習慣を単純にやめるのではなく、別のいい習慣で上書きしてしまうことです。なぜなら、単純にやめてしまうだけでは、やめた場所に空白が生まれてしまい、そこに新たな悪い習慣が入り込むか、さもなくば元の悪い習慣が出戻ってしまうからです。

・「種銭ワークシート」を用意しました。本書をひと通り読み終えた段階で次の①~⑨の順番で書き込んでみましょう。
①あなたがやってみたいと思う副業候補を選ぶ
②具体的にやりたい内容を記入する
③その副業が上記の5条件を満たしているかどうかをチェックす。
④必要な種銭の金額と、いつまでに貯めるかを決める
⑤副業を始めるために、最初にやるべきことが何かを考える
⑥あなたにとっての浪費が何か、思い当たる出費すべてをチェックする
⑦具体的に、いくら削減できるかを計算する
⑧それぞれの浪費を削るために、何ができるかを考えて記入する
⑨作った内容を家族に見せて、浪費削減のための協力を要請する

・従業員を雇うような普通の会社なら、人事規定などの社内規定は外せません。でも、プライベートカンパニーは文字通り「プライベートな会社」です。家族以外の従業員は雇いません。せいぜい忙しいときに家族にバイト料を払って手伝ってもらう程度でしょう。もちろん出張手当などを経費として落とせるように、簡単な社内規定は作りますが、ネットで検索した雛形でこと足ります。決算や確定申告も市販の会計ソフトで間に合います。個人事業をするにしても決算や確定申告は必須なので同じこと。税金に至っては、住民税7万円を支払ってもお釣りがくるほど法人はケタ違いに節税向きです。もちろん、個人事業から小さく始めることを否定するつもりはありませんが、後でお話しするようにトータルで支払う税額は法人よりも個人事業のほうが多くなりますので、損するのはあなたです。とくに大家業のように初期投資が必要なプライベートビジネスでは、資産の名義を個人から法人に変更するだけで多大な出費になるので、現実的でもありません。中途半端に個人事業を始めるより、最初からプライベートカンパニーを作って自分への強制力を効かせるほうが、よっぽど賢いと思います。

・そもそも節税とは、お金を世のために有効活用する経済活動のこと。節税するには売上を減らすか、経費を増やすしかありません。そこで、まっとうな会社は経費を増やします。経費とは将来の売上を増やすための「種まき費用」だからです。経費がかかった分だけ世の中にお金が出回る。つまり誰かがそのお金を受け取ります。受け取った人もそれを何かに使います。自由に使えるお金は、増えるほどに幸せになる。自分に当てはめてみるとよくわかるでしょう。たとえば、取引先とランチミーティングをすると「会議費」という名の経費になります。互いに役立つ情報を交換できて商談も弾むし、ランチミーティングに使ったお店だって商売繁盛です。セミナーの参加費や書籍代も経費になりますが、これらも学んだことを世の中に役立てられて、セミナー会社や出版社の売上アップにもつながります。私たち夫婦がプライベートビジネスに得らんだ大家業であれば、不動産投資を続けることで収入増と節税とが両立します。物件の売り主さんも不動産屋さんもホクホク顔でしょう。国や地方公共団体には不動産登記費用や不動産取得税が納められます。また、オンボロ物件であればリフォームされて、リフォーム業者さんの懐も潤います。キレイになった家に入居する人も大喜び。引っ越し業者さんや家具・雑貨・家電のメーカー、そして小売店にもお金が流れていきます。こうして、経費を使うことで世の中に出回るお金の量が増えていきます。流れるお金の量が増えると経済が活性化して景気がよくなるので、多くの人がハッピーになります。税収も増えるので、国としても喜ばしい限り。だから経費をふんだんに使うこと、つまり節税は、社会貢献の一つなのです。

・百聞は一見にしかず。プライベートカンパニーを使うと、具体的にどのくらい節税できるのかを見てみましょう。まず社長に支払う役員報酬、出張手当、福利厚生費、社宅借上費は経費になります。個人事業ではいずれも経費にはなりません。したがって、こうした経費が年間300万円かかったとすると、個人事業では税法上300間年も余分に利益がでたとみなされます。税金は利益に対してかけられるので、個人事業のほうがたくさん税金を支払うのです。たとえば、地方でよく見かけるようなアパートを1棟経営する場合で考えてみましょう。(夫がサラリーマンで、妻がアパートを経営)。アパート経営に必要な経費はプライベートカンバニーも個人所有も同じです。この例だと家賃収入540万円に対して約280万円の経費がかかります。個人事業では、所得の基礎控除38万円と青色申告特別控除65万円を差し引いても24万円が課税されます。一方、プライベートカンパニーでは社長の給料や社宅費を経費にできるので、7万円の法人住民税しかかかりません。もし同じようなアパートを4棟持っていたら、税額の差は7倍の120万円に拡大します。たった1年でこれだけの差。事業の規模は年々拡大するので、プライベートカンパニーの手元に残るお金はみるみる膨らんでいく。このカラクリに気づいている大家さんは利益がマイナスになるまで経費を使って節税し、不動産投資を拡大し続けます。だから実際の資産は巨大な雪だるまのように、もっともっと成長していき、個人事業と法人の保有資産の差は見た目以上になります。

・法人では社長の退職金も経費ですが、個人の事業主では経費になりません。退職金は「最終月額報酬×通算勤続年数×功績倍率」で計算されるので馬鹿になりません。親族への給料も法人では経費ですが、個人事業では限られた場合にしか経費になりません。赤字を翌年以降に繰り越す節税方法も、個人事業では3年が限度です。ところが法人では9年も繰り越せます。そのため、建物や設備を購入して赤字を増やし、9年間節税し続けることも可能です。

・個人の場合には損益通算できないので、仮に株で1000万円の大損をしたとしても、所得からは容赦なく所得税と住民税が引かれてしまいます。これに対して法人ではすべての収入を損益通算できるので、1000万円の利益が出た年に妻(=社長)に退職金1000間年を支払うと、儲けがなかったとみなされて、税金を0円にすることができます。個人ではどうあがいても不可能だった裏技を、プライベートカンパニーでは手軽に駆使できるようになるのです。

・法人の優位性はこうした目に見えるものだけではありません。たとえば車を法人名義で所有すると、車についての出費はすべて法人が事業のために使った経費とみなされます。ところが個人事業では、プライベートで車を使った瞬間に経費から外れます。なぜそこまで差別されるのか不思議に思って、知り合いの税理士い聞いてみたところ、個人では事業と家計が混ざるけれど、法人の支出は事業用しかありえないから、と言っていました。税法という法制度だけではなく、行政の運営までもが個人事業に対しては厳しく、法人に対しては寛容になっていたのです。

・プライベートカンパニーは合同会社です。プライベートカンパニーとはその名の通り私的な会社です。車にたとえると合同会社は軽自動車で、株式会社は大型トレーラーのようなもの。マイカーを買う時に、トレーラーを買う人なんて一人もいません。もちろん、資本金を大々的に集めて、従業員を大勢雇って、事業を手広く展開するのなら、株式会社のほうが圧倒的に有利でしょう。でも、妻社長メソッドで取り組むのは副業です。副業である以上、手間暇も経費もかからない合同会社以外には考えられません。合同会社の特徴を一言で言うと「いいとこ取り」でう。株式会社のいい所と個人事業のいい所を両方兼ね備えているからです。株式会社のいい所は何と言っても節税しやすい点ですが、合同会社でもこのメリットは同じです。個人と違って、経費にできる範囲が広くて9年間の赤字繰り越しや損益通算ができます。このように合同会社h株式会社の優位性をすべて備えています。その一方で、個人事業のように小回りが利くので、一度使うと手放せません。たとえば株式会社と違って株主総会は不要ですし、決算報告義務もないので手間暇がかかりません。株式会社では決算報告を官報に載せなければならないので掲載費用6万円が毎年かかりますが、合同会社ではいずれも不要です。従業員ゼロで社長一人の会社にしてしまえば、厚生年金と健康保険の掛け金を抑えることも可能です。会社を設立するときも公証役場での認証手続きが不要なのでらくちんですし、設立費用は株式会社の20万円に対して6万円台でおさまります。これに対して合同会社のデメリットとしてよく挙げられるのは、株式会社と比べて認知度が低いとか、社長の正式名称が代表取締役ではなく代表社員だということです。でも、そんなのは些細なこと。

・合同会社は株式会社より簡単に作れるので、素人の私たちには本当に助かります。具体的には次のように設立します。最初に市役所や区役所に行って、住民基本台帳カードを電子証明書として登録してもらいます(手数料1000円)。このあたりは役所に行くと全部やってくれます。また、その住民基本台帳カードをパソコンに読み込ませるためのICカードリーダライタを家電量販店やネット通販などで購入しておきましょう(1500円前後)。次にインターネットで「電子定款」の雛形を検索して、これをワードなどで加工し、プライベートカンパニーの電子定款を作ります。そして、無料PDFリーダーをダウンロードして、この電子定款をPDF化します。このPDFという電子文書に電子署名をするためのPDF署名プラグインソフトと登記申請用総合ソフトを、法務省のウェブサイト「登記ねっと」からダウンロードして、登記を申請していく、という流れです(平成27年4月現在)。住民基本台帳カードの発行と電子証明書登録に1時間、ICカードリーダライタを使ってネットで登記申請するまでの時間が1時間、事前準備に1時間と考えて、3時間程度あればプライベートカンパニーの申請手続きができてしまうわけです。

・おすすめなのが「会社設立ひとりでできるもん」のような会社設立サポートのサービスを活用する方法。先ほどのような正攻法で合同会社を設立する場合、合計で6万3000~6万5000円程度の実費がかかりますが、「会社設立ひとりでできるもん」を使った場合には、6万5000円ですべての手続きが完了します(平成27年4月現在)。情報入力から定款印刷・登記申請書印刷まえ、会社設立の専門知識のない人でも、手軽に法人の設立が行えてしまうのです。何よりもすばらしいのは、一度登録したデータが「会社設立ひとりでできるもん」のサーバー上で保管される点です。将来的に出資者が変更になったり、住所が変わったりした際に、このデータを使って簡単に変更手続きができてしまいます。会社設立時と比較して、登記事項の変更手続きは異常に煩雑なので、このメリットは半端じゃありません。

・お金を銀行から借りる場合、通常はその銀行に普通預金口座を作りますが、日本政策金融公庫のような公的金融機関には口座がありません。そこで、公的金融機関からお金を借りる場合には、ゆうちょ銀行での口座開設をおすすめします。なぜなら、ゆうちょ銀行では法人の場合でもインターネットバンキングを手数料無料で使えるからです。社長や従業員の給料振込口座をゆうちょ銀行に作っておけば、振込手数料も無料です。しかも、従業員が30名以上であれば毎月無料で自動振替もしてくれます。

・気をつけてほしいことの3つ目は、「社員」と「業務執行社員」の決め方です。合同会社では、お金を出す人(出資者)のことを「社員」と呼んでいます。株式会社の株主と同じです。株式会社では出資者である株主と、会社を経営する役員とを分けて考えます。ところが合同会社では、出資者である社員が同時に経営者にもなってしまいます。したがって、夫と妻の両方が出資すると、二人とも「社員」として合同会社の共同経営者になるため、サラリーマンの夫は会社の副業禁止規定にひっかかります。そこでこの場合には、妻を「業務執行社員」として、「社員」である夫と明確に区別します。業務執行社員とは出資者兼経営者のことで、株式会社の代表取締役に似ていると思ってください。そうすると夫は何もしなくても、自動的にただの出資者に格下げされて経営者からはずされます。同じように、相続税対策のために子供を出資者に連ねる場合にも、親を「業務執行社員」にすれば大丈夫です。なお、効果的な相続を目指すなら子供が100%出資するのが理想なのですが、その場合には親を業務執行社員にできなくなり何かと不便です。ですから、親も出資したほうがよいでしょう。出資は1円からできます。

・合同会社を設立できたら、今度は①法人設立届出書、②青色申告の承認申請書、③減価償却資産の償却方法の届出書、④給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書、⑤源泉所得税の納期の特例の承認に関する届出書、という5種類の書類を提出します。いかめしい名前の書類ですが、中身はたいしたことはありません。すべてA4サイズの用紙1枚で簡単な書式です。雛形をダウンロードして住所などを手書きして郵送すれば大丈夫ですので、1時間もあれば完了します。会社所在地の税務署にこの5種類とも提出して、都道府県と市区町村には①だけ出せば完了です。提出期限が一番短い書類に合わせて、法人設立後1ヶ月以内にまとめて提出しましょう。なお、「会社設立ひとりでできるもん」では、こうした書類の作成も無料でサポートしているようです(平成27年4月現在)。

・サラリーマン夫の妻には退職金がありません。退職金は年金のような社会保障ではないのでしかたのないこと。そのため、妻の退職金は自分で賄うしかないのですが、じつはこれに打ってつけの制度があります。それは小規模企業共済というすごい制度です。小規模企業共済とは、国が作った「経営者のための退職金制度」です。何がすごいかというと、退職金の積立額を所得から全額控除できるので、衝撃的な節税が可能になるのです。掛金は毎月7万円まで掛けられるので、年間84万円まで所得から控除されて税金がかかりません。したがって、妻がプライベートカンパニーからもらう給料は、先ほどの100万円と小規模企業共済の掛金84万円との合計で、年間184万円まで税金がかからないのです。プライベートカンパニーにとっては妻に払う184万円の給料は全額損金扱いになるので、損益通算で184万円分の利益に対して税金がかかりません。驚くのはここから。この低金利のご時世に、共済金掛金の利率は1.0%という高金利での運用が予定されているのです。実際のところ、平成25年度までの過去9年間の運用実績は平均で2.05%と、ファンドマネージャー顔負けのハイパフォーマンスでした。元本保証で一番金利が高い円建ての運用商品は日本国債ですが、その10年物でさえ0.5%程度の低い金利しかつきませんので、小規模企業共済がどれだけすごいかおわかりいただけると思います。加えて毎年1年分をまとめて納めると、さらに0.5%ほど得をするというおまけつきです。トータルで考えると、過去9年間の運用実績は2.5%だったということになります。これは10年国債の5倍以上の運用実績にあたります。独立行政法人中小企業基盤整備機構という経済産業省の外郭団体が運営する退職金制度ですから、実質的に元本は保証されているようなものです。

・もう一つすごい仕組みが、経営セーフティ共済です。経営セーフティ共済とは、取引先の予期せぬ倒産による連鎖倒産から中小企業を守る制度で、小規模企業共済と同じように中小企業基盤整備機構が運営しています。月額20万円まで掛金を掛けられるのですが、払い込んだ掛金は税法上、法人の場合は損金、個人の場合は必要経費に算入できるので、年間240万円まで節税が可能です。つまり小規模企業共済やその他の控除も合わせると、合計で424万円もの節税が可能になるというわけです。ちなみに個人事業の場合、不動産所得のような事業所得以外の収入は必要経費としての損金算入が認められませんが、プライベートカンパニーは法人ですのでこうした制約もありません。40ヶ月以上経てばいつでも任意解約をして100%返してもらえますので、妻社長の退職金代わりにも使えます。さらにすごいのは、前納制度を使うと年利3.25%で運用できる点です。これだけの高利回りの運用と節税をまとめて実現できる商品や仕組みには、そう滅多にお目にかかれないでしょう。

・日本再生のためには、小規模企業の「稼ぐ力」が強化されなければなりません。その大役を担っているのが経済産業省であり、先方を担うのが中小企業庁や中小企業基盤整備機構です。彼らの本気度は中小企業庁が作ったポータルサイト「ミラサポ」を見るとよくわかります。お役所が作ったとは思えないくらい洗練されていて、コンテンツも充実。たとえば難しくてわかりにく補助金について、わかりやすく書き直されていて、検索から申請手続きまですべてミラサポで完結できます。また、その道10年以上のプロによるアドバイスを年間3回まで無料で受けられるというすごいサービスもあります。逆に、もしあなたが何かのプロであれば、ミラサポに専門家として登録すると、時給5000円で仕事が舞い込むという仕組みになっているので、まさに一石二鳥。しかも、売上拡大、経営改善など、経営上のあらゆるお悩みの相談に対応する「よろず支援拠点」というサービス拠点を全国展開するという力の入れようです。その他、多種多様な起業支援セミナーを紹介したり開催したりしているので、見ているだけでワクワクします。

・「避けるべき物件」とは①ワンルームマンションのような幻でラッピングされた物件、②資産家層をターゲットにした物件、③節税できない物件、の3つです。なぜなら、いずれも裕福になれないか、なれたとしても時間がかかる物件だからです。

・ワンルームマンションへの投資で経済的に自由になった人を私は知りません。私が知らないだけかもしれませんが、理屈の上でも裕福になることは困難です。広告やチラシ上では、「家賃収入だけでローンを返済できる」と錯覚するような数字と形容詞が躍っていますが、それこそまさに”幻”です。それは、購入費用から管理費や修繕積立金、諸々の手数料や税金まで、すべての費用が0円という絶対ありえない前提をもとに計算しているから。そもそも銀行はワンルームに手を出す人を相手にしません。「ワンルームマンションのオーナー」という事実だけで、銀行員はその人の資質を疑います。

・節税できない代表が鉄筋コンクリート造(RC造)の建物です。なぜなら、RC造の建物は、建築費を47年という長い期間で割って細切れにする形でしか経費化できないからです。経費として認められる金額が少ないので納税額が大きく膨らみ、新たな投資にお金を回す余裕がなくなってしまいます。また、RC造の建物は地価の高い一等地に建てられることが多いので、避けるべき物件の2番目にもひっかかります。しかも、えてして高層建築になりがちですから、防災上の設備やエレベーター、揚水ポンプ、高架水槽などを完備しなければならず、元々高い建築単価がさらに跳ね上がります。毎年80万円もかかるエレベーターの保守管理費をはじめとして、外壁や配管など大規模修繕のコストも膨らむし、固定資産税も莫大です。初心者が副業として手がけるには荷が重すぎるのです。唯一の例外は、売り主さんの事情で安くても早く売らなければならない中古物件ですが、表に出る前に売れてなくなります。

・もし今、私が何も経験がない状態で始めるとしたら、おそらく一戸建ての木造住宅から始めるはずです。なぜなら、木造中古の一戸建ては次のように、ありとあらゆるメリットが凝縮されているからです。
 ・空き家問題がクローズアップされることで、安価な中古住宅が手に入る
 ・首都圏近郊でさえ500万円以下の木造中古の一戸建てが入手可能
 ・木造の戸建てはコストもかけずにリフォームすることができる。
 ・自分たちがそこで暮らしながら少しずつ修繕することもできる
 ・ファミリー層の需要だけでなく、シェアハウスのような活用もできる。
 ・共用部分がないので大家側には電気代や掃除代がっからない。
 ・減価償却費として経費化しやすいので節税になり、固定資産税も少ない
 ・入居者が見つからなくても、マイホーム用の物件として転売できる
 ・最終的に取り壊す場合でも、解体費用が安く済む。
 ・日本政策金融公庫から無担保で借入するという奥の手を使えることがある
 ・民間銀行の住宅ローンを活用するという裏の手を使える場合がある
 ・空き家対策という国策にマッチしていて、社会への貢献度合いが大きい

・一番使い勝手がいいのは日本政策金融公庫です。日本政策金融公庫には国民生活事業という部門があって、昔の国民金融公庫のDNAが引き継がれています。中小零細企業や個人事業主にとっては最大の味方です。担保付借入の場合には、借入前に不動産を担保に入れなければならないので、不動産を現金で買えるだけの資金が手元にないとだめなので不便ですが、その代わり無担保融資の制度が充実しています。一戸建ての中古を無担保融資で借りて資金を増やした後、次の物件を買うときに最初の物件を担保に入れて借りればいいのです。

・弱者の味方という意味では、あなたの街の信用金庫や地方銀行もこれに準じる位置づけになるでしょう。なぜなら、信用金庫や地方銀行のような中小金融機関は中小企業や一般個人をメインの顧客層と想定した金融機関だからです。私たちも地元の信金さんにはお世話になりました。そのため、融資に積極的な地元の信金や地銀を見つけておいて、あらかじめ定期預金取引などの実績を作っておくことをおすすめします。中小金融機関が貸出の判断をする際には、顧客との過去の取引実績を重視するからです。

・銀行は「貸したお金が約束通りに返済されるか否か」以外に興味はありません。担当者は、回収できるかどうかにフォーカスしながら書類を作成し、融資を決める部署に回します。だから、誰が見ても貸したお金が返ってくる、と思える書類を作らなければならないのです。つまりあなたがやるべきことは、担当者の書類作りに協力すること、それだけです。ポイントは3つしかありません。①あなたが返済の約束を守る信頼できる人物であり、②資金計画と収支予定表で返済できることがわかり、③最悪でも担保や保証人から回収できること。この3点がわかるように事業計画書を仕上げなければなりません。大家業以外であっても、この3つのポイントは普遍的に当てはまる「鉄則」ですので、徹底的に頭と心と行動に染み込ませてください。

・担保物件については、万が一家賃で返済できなかった場合に売却して返さなければならないので、どのくらいの値段で売れるかを数字で示さなければなりません。それには、周辺の売買取引事例のような実勢価格が参考になります。また、毎年国土交通省から発表される標準地や都道府県が発表する基準地という場所の地価も役に立ちます。これらはすべて、国土交通省が提供する「標準地・基準地検索システム」というウェブサービスの中で公開しています。近隣の取引事例もここで調べることができます。その他に、固定資産税を支払う際の奇人になる評価額や、相続税を計算するときの基準になる路線価も一緒に書いておきましょう。いずれも不動産の購入を検討する際に仲介業者さんが教えてくれます。

・絶対に書いてはいけないのは、「融資をしてくれたら御行に預金もします」というような銀行が独禁法違反を疑われる可能性がある文言や、「支店長とは個人的に親しくしています」というような、背任罪を疑われる可能性がある文言です。専門用語で「歩積両建」とか「情実融資」と呼ばれていて、銀行の世界では一番嫌がられる行為です。また、日本政策金融公庫の場合には「投資」という単語がNGワードだそうです。「投資」の代わりに「事業」という単語を使うようにしてください。

・”フレキシブル”であることは大家業に大切なことですが、これは、ビジネス全般で「時」を見極める際にも大切です。なぜなら、「時」には「買い時」と「売り時」と「休み時」があるからです。売りたい人が多いときには買ってあげ、買いたい人が多いときには売ってあげる。これがお金の本質から導かれる鉄則です。そのほうが感謝してもらえて、結果的に感謝の気持ちとしてのお金があなたの懐に流れてくるからです。たとえば景気が悪いときには、買いたい人より売りたい人のほうが多いので、買い主は感謝されて良質な物件を安価で手に入れられます。まさに「買い時」といえます。逆に景気がいいときには誰もが買いたがるので、感謝の気持ちであるお金が売り主にたくさん支払われます。まさに「売り時」です。一方、景気がいいときは買い主にとってはいい物件が手に入りにくいので「休み時」です。買い急ぐと高値づかみしますから、そのタイミングでの無理は禁物でしょう。

・私と妻が起業した当初も、「アパート経営なんて大変だぞ」とか「世の中そんなに甘くない」とか「そんなことより仕事のようが大事だろ」などと、大量のドリームキラー光線を浴びました。破産しかけた身であったので、正直へこみました。でも、あきらめずに続けることができました。なぜなら、妻にこれ以上お金のことで苦労をかけず、ずっと幸せを感じ続けて欲しいと願っていたからです。親友といえども育った環境はあなたと違います。両親や親族もあなたとは違う時代を生きてきました。だから、あなたとは価値観が違って当然です。価値観が違うのですから、個性も違うし信念だって異なります。ミッションも描く夢も違います。あなたは、そんな他の人の価値観に従って、その人が正しいと信じるレールを生涯歩み続けることを望みますか?一度しかない人生なのだから、自分の価値観や信念に従って、自分だけの人生をまっとうしたいとは思いませんか?もし親や友人や職場の同僚の価値観・信念に従って生きるとしたら、それはあなたの人生ではありません。他人の人生です。自分の信念に従って、自分の人生を生きたほうが最終的にはずっと素晴らしい結果をもたらします。

良かった本まとめ(2015年下半期)

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文房具カフェ(東京 表参道)はとてもオススメ!

2016年03月09日 01時00分00秒 | 外食
 カンブリア宮殿というテレビ番組で紹介されていた東京の表参道にある文房具カフェへ行ってみました!
まさに文房具を取り扱うカフェです^_^)

場所は東京メトロ表参道駅A2出口から徒歩約5分のところで、手前にトンカツのサンドイッチなどで有名な「まい泉」があります。

店内の空間は広く、文房具や書籍、ワインなども陳列されています。


↑店内の右側は書籍、左奥はワイン


↑店内の売っている文房具

 そして店内で自由に使える文房具が置いてあるのは素晴らしいと思いましたね。
自分の席でその文房具を使うことができます。
さすが、文房具カフェ!


↑店内で自由に使える文房具

 そして年末に訪れたのですが、年末限定サービスとして、赤・白グラスワインが200円、生ビール400円、シャンパン300円と激安なのには驚きました!
これは嬉しいサービスです^_^)
さっそく、白ワインに引き続き赤ワインも注文しましたが、これが大きなワイングラスにたっぷり入っていて、え~大丈夫ですか??
というサービスでしたね・・。


↑年末限定

 料理の方は、焦がし醤油の焼き枝豆(381円)、グレープフルーツと茗荷のサラダ(810円)、高菜和え和風ポテトサラダ(463円)、青森県産津軽鶏とリンゴの香草焼き(1191円)を注文しますが、どれもボリュームがあり、そして想像以上に美味しい!

こんな焼き枝豆は初めて食べましたし、サラダにグループフルーツも新鮮、高菜和えのポテトサラダはワサビやからしを好みに応じて付けて食べるのですがこれが想像以上に美味しい!

そして、鶏肉がもちろん上手く焼き上げられているのですが、甘く焼かれたリンゴも合って美味しい!

文房具に目が行ってしまいますが、料理の美味しさは抜群です!


↑焦がし醤油の焼き枝豆


↑グレープフルーツと茗荷のサラダ


↑高菜和え和風ポテトサラダ


↑青森県産津軽鶏とリンゴの香草焼き


↑デザート

文房具カフェは文房具と親しめるだけでなく、リーズナブルにお酒や、美味しくボリュームのある料理を堪能でき、とてもオススメです!!


美味しかったものまとめ(2015年下半期)

<今日の独り言>
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文房具カフェカフェ / 表参道駅外苑前駅明治神宮前駅
夜総合点★★★★ 4.5

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「鳥のいるカフェ(東京 木場)」はフクロウ等とふれ合えてとてもオススメ!

2016年03月07日 01時00分00秒 | イベント・外出
 フクロウやミミズクなどに触れるカフェが東京メトロ木場駅近くにあるとは聞いていましたが、たまたま永代通りを木場から門前仲町へ向かって歩いている時に、道の左側にその「鳥のいるカフェ」を見つけたので、思い切って行ってみました!


↑店構え

 店構えは、緑あふれていて、そして右側の窓からは大きなミミズクが外を見回していて、とても目立っています^_^)

 店の前に置いてあるメニューなどを見ていると、優しく女性の店員さんが招き入れてくれます♪

 店内は緑あふれていて、そしてフクロウやミミズク以外にもインコなど様々な鳥が檻の中に入っています。
 店に入って左側はフクロウやミミズクなどが入った檻で、右側にインコなどいます。
特に店に入って左側の檻は広く、中に入って、フクロウやミミズクとふれ合うことができるようになっています。

 店内はかなり掃除が行き届いていて鳥のふんなどを目立たず、とても明るく綺麗だし、不快なにおいも全くありません。
素晴らしいですね。


↑店内の緑


↑ふくろうやミミズクなど


↑インコなど


↑インコなど

席に案内されて、さっそくメニューを見ます。


↑ソフトドリンク等メニュー


↑アルコール・軽食メニュー

ソフトドリンクは一律600円で、単品700円のケーキ等のデザートとのセットは1100円となります。
消費税込みの値段ですね。
アルコールも生ビールや赤ワインなど一律600円ですが、ふくろうラベルのかわいいプレミアムビールは1000円です^_^;)
軽食はソーセージ盛り合わせが1000円で、ミニピザトーストやとー図宇、チョコレートなどそれぞれ500円というお値段設定です。

健康的に「しょうが茶」600円を頼みました♪
鳥たちの写真撮影は自由で、飲みものが来るまでの間、しばらく店内を歩き回って鳥たちを見て、スマホで写真撮影しました^_^)

しばらく経って、その「しょうが茶」が運ばれますが丁寧に作っているようです。
黄色で可愛いフクロウの器で「しょうが茶」が運ばれたのには笑ってしまいましたね^_^)
アツアツで砂糖が入っていないのは素晴らしいと思いました♪
好みに応じて砂糖を入れれば良いようです。
生姜が効いていて、健康的においしく「しょうが茶」を頂きました^_^)


↑しょうが茶

店内には、様々な種類のフクロウやミミズク、インコがいて、それぞれ名前が付けられていました♪
フクロウ等を購入することもできるようです。
ただ、フクロウやミミズクは肉食なので飼う際には、ネズミ等のエサを準備するのが大変だと思います^_^;)


↑フクロウやミミズクの紹介


↑インコ等の紹介

以下の写真のフクロウは面白い存在でしたね^_^)
ついその表情には笑ってしまいます!
また「ハリスホーク」という種類の鷹はさすが格好良い!
手の上に乗せることができるようですが、ちょっと恐いですね^_^;)


↑フクロウと鷹

それから「クロオビヒナフクロウ」という種類のフクロウがとても可愛い!
なかなか、こちらを向いてくれないし、首の動きが速くてなかなか上手く写真が撮れませんでしたが、この可愛さは特筆かと思います♪
しかしながら、よく見ると、いろいろな動きに反応していて眼光が鋭いです^_^;)


↑クロオビヒナフクロウ

それから以下の写真のフクロウも可愛かったですね!
思わず微笑んでしまいます♪


↑フクロウ

それから、可愛くて格好良いのがミミズク♪
うん?もしかして耳があるのがミミズク?
毛並みもとても良いです!


↑ミミズク


↑ミミズク(腕の上に乗せたミミズク^_^))

500円を支払って、ふれあいルームで5分間ミミズク等とふれ合うことにしました♪
ふれあいルームは3名まで入ることができます。


↑ふれあいルームでのルール

どのフクロウやミミズクもかなりおとなしく、ゆっくり頭をなでることができます♪
フクロウたちは頭をなでると、気持ちよさそうにしていましたね^_^;)
くちばしで甘えることもあります♪
想像以上に可愛いです!

そして分厚い手袋をはめて、その手袋の腕の部分の上にミミズクを乗せてみます♪
ゆっくり手袋をミミズクの足元の前に持っていくと、ミミズク自らがその手袋に乗ってくれました♪
これはうれしいですね^_^)
ずっしりとした重量感もあり嬉しさ倍増です♪

せっかくなのでお店の方に写真を撮ってもらいます。
カメラを縦や横にして、たくさん撮影してくれたのは嬉しかったですね。
あっという間の5分間ですが、フクロウやミミズクの頭を好きなだけなでられるし、腕の上に乗せることもでき、十分楽しめました!
フクロウやミミズクがおとなしいのが嬉しい!

鳥のいるカフェは、十分楽しくフクロウやミミズクなどとふれ合うことができ、とてもオススメですね!
なお、浅草にも姉妹店があるとのことですので、近くに寄られた際には是非行ってみることをオススメします♪


お勧めなお話(2015年下半期)

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「スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?」という本はオススメ

2016年03月04日 01時00分00秒 | 
「スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?」の購入はコチラ

 「スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?という本は、世界で40ヶ国以上に1万1000を超える店舗を構え1日5店舗のペースでオープンしているスターバックスが、その成功に導いた社内に伝わる暗黙の非公式な知見に基づいて、46のルールにまとめたものです。

 具体的にはスターバックスをつくっている経営哲学、独特の社内文化、長く人をひきつけるブランディング、値引きやテレビCMに頼らないマーケティング戦略、人事に対する独自の考え方などです。

特に以下については知らない内容で驚きましたね^_^;)

・広告活動はあくまでも地域や個人に向けたものに限定
・新しい市場に参入した当初はコーヒーセミナーを開く
・米国では経費の増加を相殺するために2~3年おきに5セントずつ値上げしている
・各種映画でスターバックスのシーンがあるがお金は払っていない
・店舗に表示されている営業時間の10分早く開店し、10分遅く閉店する
・ボランティア活動にも時給を支払う
・テイスティングは20%も購入に結びつく
・向いていない人材はただちに解雇する

また本書を読んでスターバックスが成功した秘訣は以下だと思いましたね。

・最高品質のコーヒーを提供
・低価格戦略はしない
・セールはしない
・ロケーショニングに力を入れる
・地域社会にとけ込む
・親切なバリスタと清潔な店舗
・客とのふれあいを大切にしている
・自信ある商品をテイスティングで無料で与える
・従業員が伝導者となる
・情熱と資質を持った従業員を採用
・従業員の意見に耳を傾けるだけでなく意見について対応

 「スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?」という本は、ビジネスを成功させる秘訣がたくさんあり、とてもオススメです!!

以下はこの本のポイント等です。

・スターバックスにとって口コミによる宣伝はなくてはならないものなので、店内でのスターバックス体験以外にも、地道なマーケティング活動を展開している。例えば、各店舗の地域で行われるチャリティ活動に協力し、スコーンやドーナツなどを寄付してチャリティの宣伝や売り上げに貢献している。また何年も前から、ユタ州パークシティで開催されるサンダンス映画祭の舞台裏にエスプレッソバーを設置している。こうした活動はそれほど注目を集めないが、将来的に注目されると見越してのことだ。最近は、新商品をビルボードと呼ばれる大型屋外広告に表示したり、ラジオCMを流したりといった一般的な広告活動も行うようになったが、あくまでも特定の地域向けのもので全国的に展開するものではない。スターバックスの広告活動は、地域や個人に向けたものに限定されている。あくまでも事業を通じてマーケティングすることに全力を注いでいる。

・スターバックスの場合、豆からカップ一杯のコーヒーになるまでのストーリーを、商品パッケージやパンフレット、店内ポスターに表示するだけにとどまらない。コーヒーセミナーを開くのである。特に新しい市場に参入した当初は必ず実施する。このセミナーでは、十分に教育を受け、熱い情熱をもった「コーヒーを伝えるスペシャリスト」がさまざまなコーヒーの品種について講義し、コーヒーに合う果物やチーズ、チョコレートについて提案する。スターバックスは、ワイン醸造業者がワインに情熱を注ぐようにコーヒーに情熱を注ぎ、その熱い思いを消費者と分かち合うのだ。

・たった一日セールをやったことで、供給網に重圧がかかり、セール以後の通常販売が機能せず、スターバックスは損失を被ることとなった。だが最大の損失は、完璧な一杯のコーヒーという商品をつくること、そしてその商品でお客様に心から満足してもらうことに気を配れなくなったことだった。こうしてスターバックスはセール販売をやめた。その翌年はセールをしないことに不満をもつお客様の声が上がったが、さらに1年が過ぎると、セール販売は遠い過去の記憶となった。スターバックスの役員たちはこの失敗を教訓とし、従業員は価格に見合った素晴らしいコーヒーを提供することこそが重要であることを、改めて肝に銘じた。

・スターバックスに来店する顧客が使う金額(客単価)は、平均4ドル弱である。米国のスターバックスでは経費の増加を相殺するために、2~3年おきに5セントずつ値上げをしている。値上げに伴って客単価も上がり、ひいては売上全体が上がる。顧客はスターバックスの値上げを冷静に受け止め、5セント多く払わないといけなくなったからといって怒る人はまずいない。値上げした当初は来店客数が若干減るものの、2~3週間もすれば元に戻り、再び利用客は増加の一途をたどる。新商品には、高めの価格を設定する。新商品のドリンクの多くは期間限定のプロモーション用である。

・マーケティング活動がプラスの効果(資産)、マイナスの効果(負債)のどちらを生み出すものかを判別するにあたって、スターバックスは次の4つの点を考慮する。
□スターバックスのお客様のインテリジェンス(知的好奇心や判断力)を尊重しているか
□お客様に約束した内容を企業として責任をもって果たすことができるか
□従業員が楽しんで積極的にできるものか
□気が利いていて、オリジナリティがあり、心から信頼できるものだとお客様が受け取ってくれるか
この4つのうち、3つ以上「イエス」がつけば、その活動はブランド資産にある。

・スターバックスのロケーショニング戦略は「中心の中心に」と呼ばれるもので、不動産担当部門は、広告業者がビルボードの場所を選定するかのごとく、人目につきやすい、往来の多い角地の中から、店舗を構えるのに最適な場所を選び出す。スターバックスが店舗の拡大を始めた頃、一番お金をかけたのがロケーショニングである。ビルボードやテレビCM枠の確保にお金を費やす代わりに、土地を買い、次々に店舗をオープンしていった。目立つロケーショニングに加えてテイスティングサービスや口コミが功を奏し、スターバックスは独特の宣伝方法で注目を集める存在となった。これこそ最高のマーケティングだ。

・グッズのラインナップを揃えるにあたってリスクはつきものだが、スターバックスはそこに内在するリスクを軽減するため、以下の5つの暗黙の指針を忠実に守ることで、グッズの妥当性をはかっている。
①スターバックスコーヒーと同じく上質なものであること
②コーヒー、あるいは「コーヒーを楽しむひととき」に直接関係していること
③さまざまな工夫や、スターバックス独自のスタイルを加えることで、他にはない優れた品にできるものであること
④スーパーやインターネットなど、スターバックスの店舗以外でも入手可能にできるものであること
⑤店内、自宅、職場、または仕事中に、「値打ちあるひととき」を提供できるものであること

・スターバックスが大手企業ではなかった頃、広告費の捻出は一番後回しにされていた。だが会社が大きくなり、事業とブランドが呼応して確立されるにつれ、とても大切なことに気がついた。それは「口コミが企業にとって最高の広告である」といいうことだった。口コミを金で手に入れるやり方を模索する者も多いが、消費者の声はいまだに金で買うことはできない。ブランドのストーリーをありのままに語ったとしても、多数のライバル企業の広告メッセージがひしめき合うなかでは次第に疑念がもたれるようになるだろう。肝心なのは「注目されたいなら、注目に値するものでなければならない」ということだ。

・スターバックスは映画「ユー・ガット・メール」の中で起用してもらうためにお金を払ったわけではない。米国ドラマ「アリーmyラブ」や「セックス・アンド・ザ・シティ」で何度もスターバックスと口にされることや、ロゴ入りのカップの起用についてもお金を払っていない。映画「オースティン・パワーズ」の第1作と第2作でスターバックスは大きな役割を果たしているが、これもお金を払っているわけではない。むしろ逆で、プロデューサーのほうから、登場人物のイメージを視聴者に植え付けるためにスターバックスブランドを使わせてほしいと言ってきたのだ。

・例えば「10分ルール」というものがある。このルールは、店舗に表示されている営業時間よりも10分早く開店し、10分遅く閉店することからこう呼ばれている。10分早い開店は、朝の早いお客様にとってありがたく、10分遅い閉店は、遅くにコーヒーを飲みたくなったお客様にとってありがたいことである。この10分ルールはスターバックスに最低限求められることとして定着した。表示にある営業時間よりも長く店を開けることは、今では当然のこととなっている。このルールはほんの一例にすぎない。約束以上のことをするうえで最も重要なのは、日頃から約束以上のことをしようとする、誠実な従業員がいることである。

・人からもらって一番嬉しいものは何か考えてみてほしい。「そこまでやってくれたんですか!」と嬉しい驚きを誰かから告げられたことはどのくらいあるだろうか。これこそが約束以上のことをして得られる最高の報酬である。必要なことや期待される以上のことをやろうという気持ちをもって接しないと、驚きが言葉となってあらわれることはない。そして、そうした気持ちを全員がもつことで、約束以上を実行することが企業文化として社内の隅々にまで定着する。約束を守ることは大切である。だが、約束以上のことをやろうとすることは、もっともっと大切なことなのだ。

・地域にとけ込む一環として、「メーク・ユア・マーク」というプログラムを通して従業員のボランティア活動への参加を奨励している。このプログラムは、従業員が非営利団体のためにボランティア活動に従事した時間分の時給を支払うという仕組みだ。2000年からスタートし、米国とカナダの従業員がボランティア活動に参加した時間は、80万時間を超えている。

・スターバックスは、地域の「反発」を抑えるためだけではなく、次の5つの点での効果を計量化することで、地域社会への貢献は会社にとって必要だと捉えている。
①従業員の志気が上がり、勤務態度や接客態度が向上する
②定着率が高まる
③リーダーシップが身につく
④会社の評判を高める
⑤株価が上昇し投資家が集まる

・信じられないかもしれないが、スターバックスの熱狂的なファンを生み出した重要な要素は、CRMアプリケーションでもコーヒーでもない。なんと、親切なバリスタと清潔な店舗である。顧客が満足する鍵となる一番の条件は、上質なコーヒー、迅速なサービス、適切な価格だと思うだろう。だがスターバックスにはあてはまらない。社内で調査を行った結果、熱狂的なファンのファンたる所以、すなわち顧客ロイヤルティは、親切な従業員と清潔な店舗という、人とふれあう要素にあるという結果が繰り返し得られた。

・スターバックスのお客様は、店舗にいるパートナーとの人としてのふれあいを高く評価しているのであって、それを再現しようとしたが所詮本物とはほど遠いハイテクシステムは求められていないということを、スターバックスは学んだ。スターバックスは人を相手にしたビジネスとしてコーヒーを提供する会社であって、コーヒービジネスを通じて人に奉仕する会社ではない。

・「論よりテイスティング」であるのはもちろんのこと、テイスティングは販促活動でもある。社内調査によると、テイスティングの5杯に1杯、つまり20%も購入に結びついているとの結果が出ている。スターバックスが新ドリンクを発売するときの最も効果的な販促ツールは、ラジオ広告ではない。お客様に直接テイスティングしてもらうことである。

・商品を「分かってもらう」ために試供品を配ると、商品への自信と誇りがお客様に伝わり、商品への興味と購買意欲がわく。無料で試してもらうことが、商品に対する企業のプライドを消費者に強烈にアピールする。このプライドは、自分たちの商品には何ら不安はないという自信から生まれる。気に入ってもらいたいという思いから食べ物や飲み物の味見をさせているのだと、消費者はきちんと受け止めてくれる。消費者は自分の好みにあう素晴らしい商品に出会うことを待ち望んでいるのだ。無料で試してもらうことにより、何度も味わいたくなるくらい気に入ってもらえる自信があると、消費者にアピールできるのである。スターバックスのテイスティングサービスは、「新ドリンクのおいしさを(広告で表示するような)言葉だけで伝えようなんて思っていませんよ。お客様にしっかりと実感していただきたいので、さあ、まずは飲んだみてください」とお客様に訴えているのである。

・「お客様主導型テイスティング」とは、テーブルやレジカウンターのそばにあらかじめ置いてあるテイスティング商品をお客様が自分でとることであり、「店主導型テイスティング」とは、店舗の従業員がテイスティング商品の説明をしながらお客様に配ることである。お客様との交流を深める点でも、販売につなげる点でも、圧倒的にいい結果を出しているのは、店主導型だ。

・最初の試練は1990年代半ばから後半にかけてのことだった。この頃スターバックスの経営陣は、北米に1万店舗オープンしたらコーヒー市場は飽和状態となり、成長は停滞すると信じきっていた(ご存じのようにこの予感は外れた)。だが結果的に、なんとしても成長を続けようと中核事業を拡大し始めることになった。①米国外市場にも店舗を拡大すること、②スーパーに卸すコーヒー豆を増やしたこと。この2つの戦略がコーヒービジネスの核となる能力をうまく引き上げる形になり、ビジネス全体の成長を助けることになったのである。

・第二の試練は1999年。まだ成長は鈍化するとの見通しをもっていたので、コーヒーというホームグラウンドの外に成長できる分野を求めることに決めた。この方針を唱えた主力経営陣の言い分は、「顧客はスターバックスが、コーヒーだけでなくライフスタイルの分野にも進出することに賛同してくれている」というものだった。コーヒーだけでなくライフスタイルの分野にも進出して売上高を伸ばそうという思惑から、スターバックスは次の事業に乗り出した。
●自社ウェブサイトをライフスタイル発信サイトとして大幅にリニューアルし、キッチン用品から家具まであらゆる生活用品を消費者に提供する、巨額を投じた一大プラン
●懐かしい家庭料理をテーマにした本格的レストランのオープン
●カルチャー季刊誌の発行
●鉛筆削り、革表紙のノート、卓上時計、デザイン性の高い事務用品などを店舗で販売
こうしたライフスタイルを提案するブランドとして発展しようとした試みは、どれもうまくいかなかった。スターバックスが信じた顧客の賛同はマーケティングの幻想だった。そんな顧客も市場も、現実にはなかったのだ。

・企業が望む最高の社内環境は、会社や商品のことを周囲に熱く語るようなロイヤルティ(忠誠心)の強い従業員、会社の「駒」ではなく「伝道者」となる従業員がいる環境だろう。心から会社を信頼しないと、伝道者にはならない。伝道者となる従業員のいる会社は、その会社で働きたいから働く人々のいる会社であり、必要性にかられて働いているのではない。伝道者である彼らは、会社自体の良さ、会社の信条、会社のおかげでどう自分の生活の質が高まったかなどを周囲に話す。

・スターバックスのパートナーにとって、会社は目的を達成する手段ではない。彼らにとって会社は、いい人生を勝ち取るための手段である。意志をもって働き、会社の善行を賞賛するのは、自分たちの会社は価値のあるものを生み出していると信じているからである。仕事に費やした時間は、人生の質に大きな違いを生み出すことに貢献しているのだ。社内の至るところに根付いているスターバックスに対する強力なロイヤルティは、会社のために活かすことができる。自分が応援する会社で働きたいと思っているのだから、その熱意を利用しない手はない。スターバックスには、各自で考え、自分の意志と裁量で対応し、お客様に満足してもらうことを奨励する社内文化がある。従業員たちは自分の意志で自由に行動できるので、普段の仕事以上のことをして顧客や会社に尽くすのも自由であり、誰もがそうしようとする。スターバックスは勢いが衰えることなく成長を続けていったが、従業員の中に根ざした社内文化は、目的意識と意義という点ではほぼ変わることなく生き残った。これらが生き残ったのは、3つの重要な要素のおかげである。①ビジョンと運命の共有、②パートナー同士の交流を深めること、そして③適材確保/迅速解雇の精神、である。

・スターバックスは、適格な人材を雇えば、次はその人が適格な人材を雇ってくれるという考えをもつ。だが、いくらその人自身が良い人材であっても、時として間違った人選をすることはある。スターバックスでは、「向いている」人材を雇うときはじっくり時間をかけるが、「向いていない」人材はただちに解雇するのが通例である。スターバックスに「向いていない」人材とは、無気力な態度をとり、会社がやろうとしていることを信頼しないタイプである。このタイプは仕事を仕事としか捉えておらず、会社の使命や同僚、それにお客様にすらかかわろうとしない。意欲のない人はすぐに解雇しないと、やる気のなさが、ウィルスのように社内に広まってしまう。やる気のない従業員の解雇が遅いと、そのやる気のない態度が周りの人に伝染して、ひどい痛手を被ることになる。一方、向いている人材は、会社と商品に対して情熱を持っている。雇われる前から会社のビジョンに賛同している人は特にそうだ。

・特筆すべきは店舗で働く従業員の離職率である。よそのファーストフード店では従業員の回転率が300%近くなのに対し、スターバックスのそれは65%程度に抑えられている。つまり、ファーストフード店では12ヶ月に3回スタッフが入れ替わるのに対し、平均的なスターバックスでは18ヶ月に1回である。18~24歳という転職を重ねやすい年代がバリスタの圧倒的多数を占めていることを思えば、回転率を低く抑えることは非常に重要である。従業員がスターバックスで働き続けたい理由のひとつは、待遇がいいことである。「従業員エクスペリエンス」が大事だとスターバックスでは捉えているおかげで、フォーチュン誌によう「米国で働きたい企業トップ100」に、1998年以降連続してスターバックスの名前が挙げられている。”社員から選ばれる企業”というイメージを見返りとして得ているのだ。もちろんイメージだけでなく、店舗で実際に働いてお客様を満足させる従業員にそう思われないと、意味がない。従業員を大切にすることを態度で示すこともせず、期待を上回る扱いもしていなかったら、スターバックスは今日あるような企業にはなっていないだろう。

・スターバックスではミッション宣言を生きた文書にするために、ミッションに反することが行われていると感じたら、どんな活動についてでも疑問を投げかけるよう従業員全員に奨励している。この制度は「ミッションレビュー」といい、毎月200前後の意見や提案が、熱心に会社を気遣う従業員たちから提出される。提出された意見や提案には必ず返答するが、返答以上の形で応えることが多い。行動で示すのだ。そうすると、従業員全員に会社の考えが伝わるだけでなく、ミッションに沿って会社を運営していける。「意見に耳を傾けるだけでなく、意見について対応している」と従業員に分かってもらえる。そして、提案をうけて実施されたことについては、提案者個人の功績とされているということも付け加えておこう。

・商品がブランドをつくるのではない。人がブランドをつくる。ブランド構築には、商品そのものよりも、人のほうが大事なのである。だからこそ、お客様に素晴らしい商品と有意義な体験を提供するのにふさわしい人を雇うことに、スターバックスはとてつもなく力を注いでいる。従業員を雇うときは、店舗レベルでも企業レベルでも、応募者の偽りのない「人」としての資質をみる。その資質とは、次の4つである。
①誠実さ・・・誠実な人は接しやすく、誰からも好かれるので、周囲との信頼関係が生まれる。チームの中で大きく貢献するようになり、心のこもったサービスをお客様に提供してくれると捉えている。
②真面目さ・・・真地面な人は思いやりがあり、彼らにとってはすべてが大切なので、些細なことにも注意を払う。よって、「すべてが大事」なスターバックスでは、雇う際に一番重要視する資質である。
③知識欲・・・スターバックスで働く場合、お客様に自信をもってコーヒーについて語れるほどの知識を身につけてもらうことになる。この資質を見極めるポイントは、質問を投げかけてくるかどうかである。質問をするということは、スターバックスでは短所ではない。長所である。探求心のある人には豊富な知識が身につく。知識豊富になると、周囲に簡単に教えられるようになる。
④積極性・・・会社や地域に関わろうとする人は、スターバックスでは重視される。何かに参加したり周囲と交流を図るために時間をさくということは、面倒見のいい気質のあらわれである。スターバックスは人との感情のつながりを築いていこうつる会社なので、面倒見のいい人を求めている。

良かった本まとめ(2015年下半期)

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築地トゥットベーネ(東京 築地)のイタリアンはとてもオススメ!

2016年03月02日 01時00分00秒 | 外食
 ミシュラン東京2016ビブグルマンに掲載の築地トゥットベーネへランチで行ってきました!
 同じくビブグルマンに掲載の「築地パラディーゾ」の姉妹店として2015年に開業したお店です。
薪釜での調理が特長とのことです。

場所は東京メトロ築地駅から徒歩約5分のところにあります。
白色が基調の建物ですね。


↑店構え

予約していったのですが、2階席を案内されました。
1620円(税込)の週末のランチメニューから選びます。


↑メニュー

前菜盛り合わせの他に、ピザもしくはパスタを選ぶこととなります。
二人で行ったので、ピザとパスタそれぞれを注文してシェアすることにしました。
石釜で焼かれるピザは必須だし、せっかく築地なので魚介入りのパスタも食べたかったためです。

ピザは、悩みますがゴルゴンゾーラとマスカルポーネチーズでハチミツかけのものを選び、パスタは+500円ですが本日の貝類とチェリートマトソースのリングイネを選びました♪

さっそく前菜が運ばれますが、ボリュームたっぷりでビックリ!
これだけでお腹一杯になりそうです^_^)
たっぷりの野菜サラダに、キッシュ、大豆、生ハムでしょうか。
人気の理由が分かりましたね。


↑前菜

そして、石の薪釜で焼かれたばかりのアツアツのピザが運ばれます!
アツアツなのでチーズがとろとろ、そして甘いハチミツがかけられていて、、これは美味しいです!
ピザの裏が少し焦げていて、この石釜で焼いた感が嬉しいです^_^)


↑ゴルゴンゾーラとマスカルポーネチーズのハチミツかけピザ

そして貝類のトマトパスタが運ばれますが、貝がどれもでかい!!
ムール貝やハマグリがでかくてこれは嬉しいです!
豪快ですね!
トマトソースも美味しい!
麺はちょっと堅めでしたが、十分な歯応えでトマトソースとからみ良いです!
大きなハマグリの貝殻をスプーン代わりにしてスープを堪能しました!
ニンニクが効いていて美味しいです!
お店の方によると、やはり貝は築地場内で仕入れているとのことでした。


↑本日の貝類とチェリートマトソースのリングイネ

そして最後に濃いエスプレッソ!
さすがイタリアン!


↑エスプレッソ

さすが、ミシュラン東京2016掲載のお店ですね!
築地トゥットベーネは、石の薪釜で焼かれた美味しいピザや、築地から仕入れた新鮮な魚介を楽しめ、とてもオススメです!!

美味しかったものまとめ(2015年下半期)

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築地トゥットベーネピザ / 築地駅新富町駅築地市場駅
昼総合点★★★☆☆ 3.8

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