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「一瞬で大切なことを伝える技術(三谷宏治)」という本はとてもオススメ!

2013年11月29日 01時00分00秒 | 
<金曜は本の紹介>

「一瞬で大切なことを伝える技術」の購入はコチラ

 「一瞬で大切なことを伝える技術」という本は、会話が苦手な方でも大切なことをちゃんと伝え、ちゃんと会話・議論することができるようになるための秘訣について書かれた本です。

 といってもそんなに難しいことはこの本には書かれておらず、必要な技術は次のたった一つとなります。

「重要思考」=「重み」と「差」

 「重み」とはそのことがダイジか重要かということであり、「差」とは他者(他社)よりも優れているかという意味です。

 つまり会話・議論の質を上げるには、ダイジで差があることを考えることが大切だということですね。
それが「重要思考」ということとなります。

 本書ではその「重要思考」を次の4つのステップで、やさしく分かりやすく説明しています。

(1)言いたいコトをはっきりさせる(重要思考で考える)
(2)言いたいコトを相手に伝える (重要思考で伝える)
(3)相手が言いたいコトを理解する(重要思考で聴く)
(4)相手とちゃんと会話・議論する(重要思考で伝え合う)

 まずは重要思考で考えることができるようになることが大切で、次に重要思考で伝えることができるようになり、そして相手が重要思考でしゃべるように聴き、そして相手と重要思考で伝え合うようになると、会話や議論の質がかなり増すこととなります。

 それから「ほめる」極意も、他(自分とか)とちゃんと「比べる」こと、そして「相手のダイジなところ」でほめることが大切とのことで、これはナルホドと思いました。
 これも重要思考(=「重み」と「差」)と同じですね。
相手のダイジなところできちんと差を述べてほめることが大切ですね。

 それから、自分が相手に話した後に、何がダイジだったのか確認するのも良いようです。
自分の子供にもさっそく試しているのですが、確かにこちらの思いがキチンと伝わったか確認できますし、自分で考えて決めたことになるので、ちゃんとやるようになりますね。
職場や子供にオススメだと思います。

 またこの本は、2012年啓文堂書店ビジネス書大賞を受賞し、第一位獲得とのことです。

「一瞬で大切なことを伝える技術」という本はとてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・日常におけるロジカルの超基本とは、もっと単純です。それはまず「塊」と「つながり」がはっきりしていることなのです。

・「重要思考」とは、「塊」と「つながり」のちょっとした応用ともいえます。一番強いつながりのある塊に集中する、ということですから。

・「重要思考」とは、ダイジなところで差があるか、と考える方法です。それだけです。でもたいてい、ヒトは「差がある」ところしか考えません。不思議なことに「ダイジかどうか」がいつも抜けているのです。ダイジでないならどうでもいいのに・・・。

・何か策を思いついたら、すぐもう一度考えましょう。「重み」はどれくらいだろうか、と。そして、よりダイジなことのために役に立っているだろうか、と。それこそが、重要思考なのです。

・Step1まとめ抜粋
 ・ロジカルの超基本は、塊とつながり
 ・ダイジでないなら、どうでもいい
 ・ダイジかどうかは「重み」で示す
 ・悩みとは感情であり、そのとき思考上は停止状態
 ・止まっている思考を動かすのに一番なのは「ヒトと話す」こと

・「重要事項」は単純です。実質的には「差」の部分と、その「重み」の部分の2つしかありません。なので、話すときも、複雑なことはできなくて、「差」と「重み」のどっちから話すか、くらいです。「差」の部分を結論、「重み」を前提とすると、結論から話すのがロジカルの王道でしょう。でも日本人は「状況の大変さをわかって!」「難しさを理解して!」と思う気持ちが強いのか、だいたい状況説明(前提)から入ります。時間の大半をそれに使い、話はどんどん細かくなっていき、そのうちに自分でも言っていることがわからなくなって・・・崩壊します。相手も興味を失ったり、イライラし始めたり。一生懸命なヒトほど、こうなります。だから結論から先に。

・コンサルティング会社に就職して最初に言われたことの1つは「ワンスライド・ワンメッセージ」です。スライドというのは、報告資料の1頁のこと。同時にそれはプレゼンテーション資料でもあるのですが、その1枚当たり、言いたいコトは1つだけにせよ!なんでもかんでも詰め込むな!という教えです。ある意味とても贅沢な話ですが、伝えることの本質でもあります。「一度に伝えることは1つに絞る」いっぺんに3つも4つも伝えようとするのではなく、1つにしようと言っているだけです。とても簡単そうでもあるのですが、なかなか実行できません。なぜなのでしょう。それはおそらく、「塊」や「つながり」が曖昧だからなのでしょう。言葉そのものが曖昧。つながりが原因なのか結果なのか相関なのかが曖昧。何が前提で何が結論なのか曖昧。一番ダイジなコトが曖昧。だから、ふわふわしたものが、ずらずらとつながってしまいます。ロジカルの超基本、重要思考ができていないのです。これでは絞れません。上司への報連相に、もし上手下手があるとすれば、それはどれだけのことを伝えられるかではなく、どれだけのことを捨てられる(伝えない)かにあります。だから「1分で話す!」ことを自分に課してください。そうすれば、伝えられるのは、一番ダイジなコトだけです。捨てる技術や心持ちの話は、し始めたらきりがありません。でも、「1分で話す!」という枠を自分に課して「重要思考」することで、捨てられます。

・ヒトが一度に受け止めきれる情報量には限りがあります。ヒトの脳には受け入れた情報を一時的にプールする「ワーキングメモリ」と呼ばれる機能があり、その容量は極めて限られていることがわかっています。15秒以内に、90%の情報が忘れ去られ、それを超えて保持できるのは、数字であれば7つ、文字では6つ、単語では5つしかありません。それらがうまく塊になっていれば、それごとにまとめられていくので、一度に処理できる情報量は上がります。しかし、そうでなければ脳のワーキングメモリはあっという間にあふれてしまいます。

・「5ワード以下で区切りながら、短く話す」「言い直さない」が鉄則です。言い直すくらいなら、同じことを繰り返しましょう。

・相手にちゃんと伝えるコツの最後に、ちょっとだけ高等技術を紹介します。それが「結論を相手に言わせる」ことです。これは「○○の交渉術」といった本には必ず載っている技術で「自己説得」とも言われます。ヒトは他人の言ったことより何より、自分の言ったことを信じますから。話の最後に相手に質問して、結論を言ってもらいます。こちらの言いたいコトと一致していれば大成功です。

・「言いたいコトを1つに絞る」「段落ごとに区切って話す」「短く言う。言い直さない」を、努力してやりとげたのであれば、大丈夫。相手が、こちらの伝えたいことを、受け止め、理解し、考える時間があったということなのですから。

・Step2のまとめ抜粋
 ・「重要思考」で話すことは、「差」だけでなくその「重み」を伝えること
 ・相手があまりにせっかちなときには結論はあとで言う
 ・最高なのは最後に結論を相手に言わせること
 ・一度に伝えることは1つが適当
 ・そのための練習として「1分で話す!」
 ・人間が一度に記憶しておける単語数は5つ
 ・いっぺんに起承転結全部は話さず、段落ごとに区切って話す
 ・「重要思考」で話すときの使用禁止用語は、「~が1つある」

・思いこみの壁を崩す努力も尊いですが、それよりはまず、理解力の壁をなんとかしましょう。相手を理解する能力を上げるべく、努力するのです。言葉の解釈がズレているなら、確かめて補正しましょう。価値観が(多少)ズレているなら、確かめて俯瞰しましょう。もし相手の考えそのものが曖昧なのであれば、それをはっきりさせるお手伝いをしましょう。そう、これは「重要思考」そのものです。
 ・相手は、何をどの程度すごい(「差」)と言っているのでしょう
 ・相手は、本当は何をダイジ(「重み」)だと思っているのでしょう
 ・そもそも「塊」と「つながり」は明確でしょうか
これらを明らかにすることこそが、相手の言いたいコトを理解する、ということなのです。ただ黙って聞いていても、理解力の壁は超えられません。

・いくら伝え方が上手になっても、それだけではただの演説です。自分から相手へだけでなく、相手から自分への流れがなくては、コミュニケーションになりません。そのためには、相手の話を引き出し、理解し、それに対してまた自分の意見を述べることが必要にんります。その繰り返しがコミュニケーションなのです。問題は、そこでの「理解力」でした。なぜ相手がしゃべる話は、理解しづらいのでしょう。答えは簡単です。曖昧で、「塊」や「つながり」が明確ではないからです。

・・一番ダイジなコトは何?
 ・それを実現するためにダイジなコトは?
 ・それらに対して、オプション間での差はどれくらい?
そう、「重要思考」で聴くとは、相手に「重要思考」をしてもらい、それを伝えてもらうことにほかなりません。それが自分の理解力を上げるということなのです。

・傾聴の目的は、相手への指導や教育ではありません。自分の聞きたいことを「聞く」(尋問)のではなく、相手が伝えたがっていことをちゃんと「聴きとる」ことです。そしてそのために、相手が自分自身の考えを整理し、納得のいく結論や判断に到達するよう支援せよ、と言います。そのテクニックのいくつかを挙げましょう。
 ・受容:うなずき・アイコンタクト・あいづち
 ・明確化:繰り返し・質問
 ・確認:言い換え・要約
つまり、ただ聞くだけではない、ということです。コーチング用語としての「傾聴」はActive Listeningの訳です。うなずき、繰り返し、質問をしながら進めるのが、傾聴なのです。「うなずき」などは、機械的にならないように気をつけましょう。すぐバレます。「繰り返し」は、相手の言うことをほぼそのままリピートするだけなので簡単ですが、これもやり過ぎないように。「言い換え」や「要約」は、聞いたままではダメなので大変ですが、失敗を恐れず短く表現するのがコツです。あくまで「相手の意見の確認」であって「自分の意見の表明」ではないことをお忘れなく。

・「相手の話は最後までさえぎらずに聴け」とコーチングの指南書は言います。でも、現実にはムリです。こちらが切らない限り無限に話し続けるヒトがいるからです。いや、そこまで言わないまでも、話がだらだらと無意味に続いてしまうヒトはいっぱいいます。原因はそのヒトだけにあるのではありません。聞く相手が、止めない(反応して意見を言わない)から悪いのです。相手が発言しないので、そのヒトは「ちゃんと理解されているのだろうか?」と不安になってどんどん説明を続けるわけです。だから、「話が繰り返しになったな」「もう2周目だ」と思ったら、切ってあげましょう。そのほうが親切です。

・「重要思考」の超基本は、塊とつながりを明確にするでした。実はもう一つ大前提があります。それは論理と感情を分ける、事実と推測を分ける、ということです。

・誘導尋問だから悪い、と言っているのではありません。相手の思考を限定し歪める危険と隣り合わせなので気をつけようと言っているだけです。とくに「要約による確認」のフェーズでは誘導が起こりがちです。自分の言葉で言い換えるからです。そこに相手でなく「自分」が入り込みます。

・つい口をはさみたくなる気持ちは、よ~くわかります。「あ、そこ違う」「それも誤解だなぁ」「これは混ざってい」「おいおい、そんな結論じゃないだろう」でもせめて1回は全部、言いたいコトを言わせてあげましょう。それが相手の伝える練習になるからです。そして自分が、自信で思うほどには優秀ではないからです。どんな相手の話にも、よく聴くと新しい発見があります。なのに自分の知っていることや知見を、しゃべりたい、しゃべりたいと身構えていては、そんな発見もままなりません。相手が話すことは、まずは材料だと思えばいいのです。全部が整合していなくてもかまいません、8割すでに知っている話でも仕方ありません。でも、どこかに新しい、面白い話がきっと眠っています。本人すら気づかなくて、重要思考的には強調されていなくてわかりづらいかもしれないけれど。そんな面白い話など相手がするわけない、という自惚れが「しゃべりたい」病につながるのです。そんなに自分って優秀でしょうか。多分、違います。相手の話に潜む、ダイジなコトや面白い差を「発掘」するのが、聴くことだと割り切りましょう。

・Step3のまとめ抜粋
 ・「バカの壁」は2つ。思いこみの壁と理解力の壁
 ・相手がしゃべる話が理解しづらいのは、塊やつながりが明確でなく、差と重みが曖昧だから
 ・「重要思考」で聴くとは、相手に「重要思考」をしてもらい、伝えてもらうこと
 ・ちゃんと聴くための傾聴スキルは英語ではActive Listening
 ・相手の話が長すぎたら、ちゃんと切る!
 ・上司相手の傾聴は難しいが、原因はあなた自身の感情だったりする
 ・傾聴での「明確化」や「確認」は誤導尋問になりがちなので注意
 ・相手が話すことはまずは材料だと思って、とにかく聴く。しゃべりすぎない!

・議論はなんのためにするの?「質疑応答」はただの点数稼ぎでもないし、勝ち負けを決めるためのディベートでもないよ。よりよい結論を導くための、「発展的議論」にこそ価値があるんだ。

・会議のムダ、暴走を防ぐための議論ルールが5つあります。
 ①プレゼンターは簡潔な文章でまとめ、みなは終わりまで聴く
 ②質問する前にみなで3分考える
 ③勝手に話さない、ダイジなコトからズラさない
 ④賛否を示し、「コメント」とかに逃げない
 ⑤決め方を決めておき、雰囲気で決めない

・パワーポイントなどのプレゼンテーションソフトは、本来、論理(仮説や証拠、答え)を1個1個しっかり積み上げるための道具です。だから、ブロック(スライド1枚1枚)を積み上げるような形になっています。なのでブロック(=塊)間の「つながり」が、よくわかりません。全体の論理的な流れがすぐわからなくなってしまうのです。だからプレゼンテーションの最後に、必ず文章で、言葉で、簡潔にまとめることが必要です。

・いきなり議論(質疑応答)に移ってはいけません。それだと、考える時間がありません。考えないで質問となるとヒトはみな、感情的なものや、脊髄反射的なもの、いつもの持論の反復、に走ります。だから、みながこちらの主張を咀嚼し考え、質問を吟味する時間をとることです。

・かみ合う議論というものの最大のポイントは「お互い逃げない」ことです。主張のダイジなところから逃げない、質問から逃げない、回答から逃げないこと。それをみなが守ることが、意味のある質疑応答の前提となります。そのためには、①発言したければ手を挙げる、②指名されてから発言すること。そして、③勝手に議論のテーマ(ダイジなコト)を変えない、④変えるならそれを事前に言い、承認を受けることです。

・主張への賛否を明確にすれば責任が発生します。賛成したものが失敗したときの責任や、反対しのに成功したときの責任が。でも「コメント」なら責任は問われない、とそのヒトたちは思うのです。これを、許さないこと。「それは賛成ということでしょうか、反対ということでしょうか」と詰めましょう。もしくは会議の最初に宣言しましょう。「発言において「コメント」的発言は不要です」「発言の際には、提案への賛否を明確にしてから、発言してください」

・まずは、決め方を決めること。意見が割れたときどう決めるかを事前に定めましょう。あくまで全員一致にこだわるのか、多数決で決めるのか、それとも責任者に決定を委ねるのか。それさえ決まっていればなんとかなります。

・百聞は一見にしかず(百聞不如一見)、はよく耳にする言葉です。前漢の名将「趙充国」の言葉です。後世につくえた続きがあります。
 ・百聞不如一見 百見不如一考 百考不如一行
この3句は。聞く、見る、考える、行う、を比較して、「ものごとの真の理解のためには、100回聞くより1回直接見ることだ。でも100回見たって、ちゃんと自分で考えないと真の理解には達しない。そしてさらに、100回考えるより1回自分自身でやってみることのほうが、真の理解のためにははるかに近道である」ということを語っています。この3句をかけ算すると、100万回聞いたって1回の試行錯誤に及ばないということでしょうか。かみ合う議論をする力を身につけることに、これらを適用してみます。
 ・百聞は一見にしかず→①言葉だけでなく現物を示す・現場に行くことで伝える
 ・百見は一考にしかず→②相手に即答させず自分で考える時間をとってあげる
 ・百考は一行にしかず→③相手に自分で発言させ議論に参加させる

・「最近、技を1つ開発したんです。さんざんしゃべった後、相手に聞くんです。「今俺が話した中で、一番ダイジなのは何だと思う?」って」「そしたら、ぼーっと聞いちゃいられないから、ちゃんと話を聴くし、自分で考えるし、しかも自分が大事だって思ったことは実行するし。全然違いますよ~」彼の話は続きます。「これを、家で5歳の息子にもやってみたんです。まあ、お説教なんですけど、わーっとしゃべって、最後に聞くんです。「今お父さんが話した中で、一番ダイジなコトは何だと思う?」って」「子どもってそう聞かれるとマジメに考えて、自分の意見を言うんですよ。「これだと思う」って」「あとは「そうだ、よくわかったな」って言ってあげるだけ。しかも、自分で決めたことだから、ちゃんとやりますよ。それまでやる気なかったことまで、やるし」これが「ダイジなコトを相手に決めてもらう」方式です。出色の技だと思います。ただし、相手の意見を尊重する度量が必要ですよね。そのうえでぜひ、お試しを。

・Step4のまとめ抜粋
 ・すれ違いの議論を空中戦という
 ・会議では勝手に話さない、ダイジなコトからズラさない
 ・会議ではダイジなコトについては必ず結論を出してから、次に進む
 ・会議では議論に入る前にまず、決め方を決める
 ・百聞は一見にしかず。では百万聞は一行(やってみこと)にしかず
 ・発言を促すためには小グループから積み上げるのが有効
 ・相手のやる気を引き出す究極技は、議論で相手に決めさせること

・店頭接客や営業でもっとも重要なのは「自分ほめる」ことです。相手は、何よりもヒトを見ています。あなた自身が「すばらしい」のだと納得したいですし、そう思えたときに、あなたから買おうと思ってくれるわけです。だから、上手に自分をほめましょう。手順はこれまでと、同じです。
 ・相手が店員や営業担当者でダイジと思っていることを確認する
 ・それらの点で、自分や自分のチームがいかに優れているかを示す
いやらしくなくサラリと、でも自身をもって「差」を強調しましょう。そしてこれらは、採用面接や(たぶん)合コンの席でも使えます。相手をほめ、そして自分をほめること。相手がダイジと思っているところでアピールです。

・マーケティングってなんでしょう。「売れる仕組みをつくることだ」ってよく言います。ドラッカーはもっと過激に言い切りました。「マーケティングの究極の目標は、売り込み(セリング)を不要にすることだ」

・30年以上ハーバードビジネススクールの教授を務めたセオドア・レビットは、マーケティングをこう定義しました。「マーケティングとは、顧客の創造である」ここで言う顧客とは、あるニーズを持ち、そしてそれを満たすためにお金を払ってくれるヒトたちのことです。それを新たに生み出していくことこそが、マーケティングだと言うのです。「需要の創出」とも言います。「重要思考」で言えば、お客様として一番「誰」がダイジで、その人たちにとってダイジなコト(価値)は何かを考え、その価値を「差」のある方法で提供しよう、となります。

・レストランAの問題を「重要思考」で考えてみます。やるべきことは次の4つのステップです。
 誰    「一番ダイジなお客様を決める」
 ニーズ  「その人たちにとってダイジな(欲しいとか困っている)コトを理解する」
 提供価値 「お店としてどんな価値を提供するかを定める」
 方策   「それを実現するための4Pなどの方策を考え実行する」

・その前に、超基本である「塊とつながりをはっきりさせる」がありました。「うちのレストランAの売上が思わしくない!」というオーナーの叫びから、この問題は始まったわけですが、「思わしくない」ってどれくらいなんでしょう。計画との比較でしょうか、前年実績との差でしょうか、それとも類似の他店との比較なのでしょうか。それも、いったいどの程度なのでしょう。それがはっきりしないと、どれくらいの改善を考えればいいかの目標がたちません。

・ファシリテーションですから、重みがこれで差はこうだ、という答えは参加者に任せます。それでもファシリテーターとしてこれを使うには、目的によって3つのパターンがあります。
 ・プロセスを伝える→①コーチ役として議論の仕方にのみ口を出す
 ・視点を伝える  →②突っ込み役として質問だけを投げかける
 ・答えに導く   →③リード役として考え方のフレームワークを与える

・コーチ役としての主なセリフはもちろん「「重要思考」になってない」です。そして、「それってダイジなの?」「重みと差を明らかにしよう」と語りかけます。議論のプロセスにのみ集中して、内容の善し悪し、結論の是非に口は出しません。結論よりも参加者の議論力向上を目的とした、時間に余裕があるときのファシリテーションでしょうか。議論の内容をよく知っていなくてもできるので、可用範囲が広いのも特長です。


<目次>

Prologue ロジカルに伝える最強の技術、「重要思考」
 01 大切なコトはなぜ伝わらない?
 02 大切なコトが互いに伝わる会話・議論への4ステップ
Step1 言いたいコトをはっきりさせる
 03 ロジカルの超基本は「塊」と「つながり」
 04 「重要思考」で考える
 05 「重要思考」のミニ演習 3題
 06 ツイッターはなぜ大震災時にユーザー数を伸ばしたのか
 07 NG態度「座って悩む」
 カフェ問答 その1
 Step1の一問一答式チェックリスト
Step2 言いたいコトを相手に伝える
 08 考えたまましゃべると伝わらない
 09 「重要思考」で伝える
 10 相手にちゃんと伝えるコツ
 11 NGワード「~が1つある」
 カフェ問答 その2
 Step2の一問一答式チェックリスト
Step3 相手の言いたいコトを理解する
 12 バカの壁をどう超える
 13 「重要思考」で聴く
 14 ちゃんと聴くためのコツ
 15 NG姿勢「誤導としゃべりたい病」
 カフェ問答 その3
 Step3の一問一答式チェックリスト
Step4 相手とちゃんと会話・議論する
 16 すれ違いの空中戦にならないために
 17 「重要思考」で会話・議論する
 18 ちゃんと会話・議論し伝えるコツ
 カフェ問答 その4
 Step4の一門一答式チェックリスト
上級編 「重要思考」でほめる・つなぐ・ファシる・決める
 19 ほめる力~接客・営業に必須です
 20 顧客視点でつなぐ力~マーケティングではダイジです
 21 ファシリテーション力~日本人の新しい強みに
 22 多人数の場の支配力~講演や発表会で
 23 緊急判断力~3.11から学ぶこお
おわりに


面白かった本まとめ(2013年上半期)

<今日の独り言> 
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「とん太(高田馬場)」でのトンカツはとてもオススメ!

2013年11月27日 01時00分00秒 | 外食
<水曜は食べ物のおはなし>

 以前このブログで紹介したZAGAT2013に新たに掲載され、食べログでもTOP5000に選ばれている高田馬場にある「とん太」でトンカツを楽しみました!

 場所は、JR高田馬場駅から徒歩約5分で新目白通り沿いにあります。

 高田馬場といえば、以前このブログでその感動を紹介した「成蔵」というトンカツ屋もあり、少し場所は離れていますがトンカツ激戦区なんですね。

 店の入口には、「とん太」の「のれん」が下がり、木の戸を引いて入りますが、清潔感があり、かなり高級感があります。
さすが入口から美味しいオーラが出ていますね^_^)

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↑店の入口

 店内は左側に座敷席があり、右側に10席ほどのカウンター席があります。
一番右側のカウンター席に座ってメニューを見ました。
すぐにお茶と紙おしぼりが運ばれます。

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↑メニュー

 定食の「上ロースかつ」にするか「上ミックス」にするかで悩みましたが、いろんな味を楽しむために「上ミックス」1750円を注文しました!
 ミックスとは、エビフライとヒレ、魚がセットになったものです。
魚は「白身魚」か「イカ」を選べ、「白身魚」を注文しました。
 壁のメニューを見るとカキフライ2個500円などを追加注文することもできましたが、量が分からないので我慢です^_^;)
やっぱり注文すればよかったかな~?

 このお店は珍しいですが味噌汁を選べました。
嬉しいサービスですね。
「豚汁」もしくは「ワカメ」、「しじみ」から選べます。
ここはオーソドックスに豚汁を選びました。

 そしてすぐに、「ゴマ」とお新香が運ばれます。
「ゴマ」は自分ですります。
ソースは自家製で辛口とのことです。
辛ければケチャップを混ぜてくださいとのことでした^_^;)

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↑ゴマとお新香

 そしてしばらくして「上ミックス」が運ばれます!
エビが大きい!!
そして衣が焦げていなくてサクサクです!

4img_1121
↑上ミックス

 さっそく魚を食べますが、おぉぉ衣がサクサクで中が柔らか~い!
これは美味しすぎで、魚が少し小さいのが残念です。

 それに対してエビフライはとても大きく、そして中はアツアツ柔らかで、タルタルソースが合います!
これは美味しすぎですね。
ついパクパク食べてしまいます。

 そしてもちろんヒレも想像以上に柔らかく良い揚げ加減で美味しく、ご飯がすすみます!
すりゴマの辛口ソースも良かったですね!
そんなに辛くはなく、ケチャップ不要でしたね。

これらミックスフライの柔らかさには驚きましたね!
美味しくてとても満足です!

今度は「特ロースかつ」などを注文したいと思います。
「とん太」のトンカツやミックスフライはとてもオススメです!

美味しかったものまとめ(2013年上半期)

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とん太

夜総合点★★★★ 4.0
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関連ランキング:とんかつ | 高田馬場駅学習院下駅目白駅

 

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軽井沢現代美術館はとてもオススメ!

2013年11月25日 01時00分00秒 | イベント・外出
<月曜はお勧めなおはなし>

約4年振り軽井沢現代美術館へ行ってきました!

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↑軽井沢現代美術館

相変わらず白色を基調とした館内は清潔できれいで広く、ゆったり現代美術を鑑賞できます。

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↑館内

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↑館内

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↑館内

奈良美智さん、ロッカクアヤコさんの作品は、最近よく見かけるようになり、その女の子の絵の風貌は独特で面白いですね!
巨大な白いオブジェもあり、圧巻でした!

それから2Fには、すっかり有名になった草間彌生さんの特別展も開催されていました。
独特の網目模様が素晴らしいですね。
すっかり見入っていまいます。

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↑草間彌生展の案内

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↑草間彌生展

それから同じく2Fには樋口佳絵展が開催されていました。

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↑樋口佳絵展の案内

2013年9月1日(日)~12月1日(日)に開催されているもので、特徴的なのは遠近を圧縮した簡潔な構図やデフォルメされた子供たち、大胆な余白や細部の塗り残しの一種の未完成さとのことです。
独特な表情の子供たちで面白いですね。
今回は新作を含めテンペラ・油彩、ドローイング、木彫作品など約30点を展示していました。
これから人気が出て売れるんですかね^_^)

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↑樋口佳絵展

1Fではいろんなグッズ販売もされていて、草間彌生さんのかぼちゃの絵柄の置物やハガキを買いましたね。

そして、紅茶もしくはアップルジュース、クッキーが出されて美味しく堪能できました。

そして、そこには落書帳がいくつか置かれていて、この美術館に来た方が絵や感想を書いているのですが、どれも絵が上手くてユーモアがあってビックリ!
特に奈良美智さんや草間彌生さんの絵が多く楽しめましたね。
またプロが書いたと思われる鳥の絵もあってその美しさには感動。

軽井沢現代美術館は、ゆったりと最近の画家の絵を堪能でき、またお茶や落書帳も楽しめ、とてもオススメです!

お勧めなお話(2013年上半期)
自動車保険を安く!

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「継続する心(中日ドラゴンズ 山本昌)」という本はとてもオススメ!

2013年11月22日 01時00分00秒 | 
<金曜は本の紹介>

「継続する心」の購入はコチラ

 「継続する心」という本は、プロ野球の中日ドラゴンズで、現役選手最年長で、最年長先発勝利記録更新中の山本昌さんが書いたものです。

 山本昌選手は、2012年時点で213勝を達成し、最多勝が3回、最優秀防御率が1回、最多奪三振が1回、ベストナインが2回、沢村賞が1回の成績を残す大投手です。

 しかしながら、実は当時は将来を期待されたルーキーではなく、ドラフト5位で指名された無名の投手で、高校3年生の時には教師になるつもりで、日大への進学が内定していたようです。

 プロ入り後も1年目にクビになりかけ、5年目には事実上の戦力外通告である米国メジャーリーグ1Aへの「島流し」を経験しながらも、努力だけは人一倍やって、目標を高く持ち、短所を長所に変える方法などを学んで成功することができたようです。

 「継続する心」という本はその成功の秘訣についてビジネスマンにも通じる内容で分かりやすく書かれていて、とてもオススメです!

 特に、以下については感銘を受けましたね。

・努力を信じる
・自分を見いだしてくれる人と出会う
・短所を活かす
・少しずつでも続ける
・どん底にこそチャンスがある
・遊びも真面目に取り組み、その経験を活かす
・博識となり「引き出し」を多く持つことが大切
・悩みや不安、心配事はプラスに作用する
・他人のせいにはしない
・ランニングすることで肩やひじを痛めない
・運は普段の行いにつきる
・信条は努力・恩義・夢・忍耐・感謝
・体重の変化は健康の根本
・何事もベストをつくす
・自己暗示は有効
・仕事の中で生き甲斐を見いだすことが重要
・オフの時間には仕事は持ち込まない
・不調の状態を普通と思うこと


以下はこの本のポイント等です。

・アスリートに限らず、それぞれの世界で一流のプロになるためにはどうすればいいか。努力するのは当たり前だが、その前提として自己分析力-すなわち、自分を客観的に見て評価するという視点が不可欠だと思っている。自分に足りないものは何か、どうすればそれば補えるのか。あるいは短所を克服するにはどういう方法が考えられるのか。長所をより伸ばしていくには何をなすべきか。今の自分に必要なもの、足りないものを的確に分析することによって、練習の目的が明確になってくるのだ。

・プロ入りを決心させてくえた日大藤沢高校の香椎監督の言葉にすがり、僕は目前のハードルに向かって猛然と走り出したのである。キャンプインに際して、僕は開幕の2ヶ月間、一日も休まず投球練習を行った。才能に劣るなら、死ぬほど努力するしかない。休日も投げた。おそらく、休日までも投げ込み練習をした投手は、日本のプロ野球界ではいないのではないだろうか。それくらい自分を追いつめた。僕は、自分に何かを課し、それを実行することで野球は上達すると信じている。それが物事を俯瞰して見る習慣を身につける結果につながった。これによって自分に何が足りないのか、また何を伸ばせばもっと上へ行けるのか、などの「啓発する心」の礎を作ったような気がする。だからキャンプで1日も休まず投球練習を続ければ開幕一軍につながると信じ、自分にもそう言い聞かせてがんばったのである。入団して4年目、僕は開幕一群に選ばれた。球威やピッチング技術はともかく、野球の神様が「マサが頑張っているから一軍に入れてやれ」と言ってくれたか、あるいはひたむきな練習態度が監督やコーチに認められたか。いずれにせよ、「一念じ、岩をも通す」という言葉があるが、これは本当だと、当時を振り返って思うのである。

・僕が引いた野球選手というあみだくじは、1988年のマイナーリーグへの「島流し」と、小山先生との出会いという2本の横線によって、当たりくじになったのだと思っている。小山先生と出会うことがなかったら、そして「フォームが美しい」という一言がなかったなら、僕の野球人生は確実に終わっていたことは確かである。いま不遇であろうとも、決してくさったり、あきらめたりしてはならない。才能を見いだしてくれる-いや、石ころと思っていた自分の才能が、実は宝石であったことを見抜いてくれる「目利き」が現れることもあるのだ。1995年、左ひざを手術して二軍でリハビリ生活を送っていた僕が、ヒマつぶしにラジコンレースを始めた。そして、ラジコンの性能追求に没頭する若者たちのように、野球のことをもっと追求していけば、自分はもっともっとよくなるのではないか-そう閃いた。同時に、僕は小山先生と出会うのである。ちょうどこの頃、ドラゴンズのトレーニングコーチが、ワールドウィングで使用しているトレーニングマシーンを3、4台購入して、それを名古屋球場に備え付けた。リハビリ中だった僕は、何気なくそのマシンを使ってみたところ、「めちゃくちゃいいじゃん、これ!」と、気に入ったのである。それでマシンについて調べ、鳥取のワールドウィングを知った僕はこの年のオフ、アポを取り小山先生を鳥取に訪ねた。ワールドウィングには投球練習場があり、僕が投げる姿を小山先生はそばでじっと見ていて、「マサくん、君のフォームは美しいね」とおっしゃった。「本当ですか?」「うん。でも、ここをこういうふうにしたら、もっとよくなるんじゃないかな」「先生、僕のフォーム、もう好きに直してください。先生の好きなようにつくってください」僕は、思わずそう告げていた。それから毎晩、二人で話し合った。力が生まれるメカニズムから筋肉の動き、関節の役割、そして、どこをどう動かせば瞬発力を引き出せるのか-。小山先生は「初動負荷理論」について、僕が納得するまで説明してくださり、フォームの改造に着手したのである。それから17年、それまでの81勝にさらに132勝を積み上げ、47歳で通算213勝をあげることになる。小山先生と出会うまで、僕は身体の状態や調子を感覚でとらえていた。「今日は身体がちょっと重いな」「調子が出ないな」-そんな具合だ。しかし小山先生の指導で、筋肉や身体の動きやパワー、瞬発力といったものをメカニズムとしてとらえるようになった。だからこそ、この年まで現役で投げることができ、しかるべき成績と記録を残せたのである。

・ドラフト5位で入った無名選手でクビにされかけた身としては、出来すぎた”大成”と言っていいだろう。では、なぜ大成できたのかといえば、ガニ股という「短所」のおかげである。ガニ股であったから、僕の決め球になるスクリューボールがマスターできたのだ。少し専門的な解説をすれば、力を逃がす球はよく曲がる。力を逃がすには、ヒザを外に開けばいい。ヒザを開いたほうがいいなんて言う野球人はたぶんいないと思うが、球をリリースする位置と、反対側の腰の位置が遠ければ遠いほど変化球は曲がる。ガニ股の僕は自然にヒザが外に開くので、スクリューボールに合っていた。ヒザが開くという致命的な欠陥が、スクリューボールには「長所」となったのである。ただ、スクリューボールをアメリカで覚えたということが僕には幸運だった。アメリカのマウンドは日本のそれより高いので、変化球の曲がり具合など投手に有利になっている。しかも、打者はブンブン振り回してくるから、ストンと球が落ちたらもう当たらない。これがもし日本でスクリューボールを覚えていたなら、コツンと当てられて、「やっぱ駄目だな」とスクリューボールに見切りをつけていたかもしれない。初めて投げた打者が4番で、ブンブン振り回してくれたので自信をつけたのだった。ガニ股という短所がなければ、僕はこれだけの勝ち星をあげることはできなかった。こおことから「短所」とは何かということを考えてしまうのである。結論から言えば、「短所」は活かすことで「長所」に転じるということなのだ。

・「継続は力なり」という。そのとおりだ。歴史書が大好きでよく読むが、仏教の歴史本に「最下鈍の者も12を経れば必ず一験を得ん」という言葉を見つけて、思わずヒザを打った。日本天台宗開祖・最澄の言葉で、最下鈍ーすなわち「どんなに愚かで才能のない人間であっても、一つのことを12年続けていれば、必ず一つは秀でるものをつかむことができる」という意味だ。「最下鈍の者」とは最澄自身を指していて、比叡山にこもって修行したのが19歳から31歳まで。この修行年数が12年というわけである。最澄に自分をなぞらえるのはおこがましいが、さしたる才能もない僕がなぜ213勝をあげることができたのかといえば、その最大の要因は「継続力」にあると思っている。

・僕は逆発想する。”目標値”を成果から逆算するのではなく、継続できるかどうか、から考えて決めるのだ。たとえば毎朝走るなら、「何キロだったら毎日続けられるか」を考える。だから思い切って距離を短くする。5キロを目標にしたいと思ったら、1キロにする。これだったら、雨が降ろうがヤリが降ろうが継続できるからだ。これは僕の考え方だが、「継続は力なり」の「力」とは精神力を養うことを意味すると思っている。たった1キロでも、1か月、2か月、半年、1年と続けていくうちに「俺はやりとげている」という自信が腹の底から沸き上がってくるものだ。5キロの距離をノルマにして挫折すれば「自己嫌悪」、わずか1キロでも継続すれば「自信」。どっちがいいか、言うまでもないだろう。

・いつものように、寝る前に中国古典関係の本を読んでいたら、「礼記」の次の一節に目を引かれた。「射は君子に似たるに有り。諸を正鵠に失いて、諸を其の身に反求す」正鵠とは「弓の的」のことで、「弓を射て的を外した際には、その原因を我が身に求めようとする。君子の態度も同様で、君子は失敗の原因を他に求めるのではなく、常に我が身を振り返って反省するものだ」という意味になる。他人のせいにするな-ということで、「まさにそうだ」と膝を打つ思いだった。

・プロ入りして29年間を振り返れば、「他人のせい」にしたくなることは山ほどあるが、僕はいつも「自分のせい」にし、それを励みにしてきた。「野球の神様が見ている」という思いは、いまこうして振り返ると、責任はすべて自分自身にあるという思いに通じているのだろう。だから野球人生に全力投球してきたし、いまもしている。「他人のせい」にできない以上、すべては「自己責任」であり、自分が踏ん張るしかないからである。幸いにも運に恵まれ、周囲の人たちにも恵まれて、努力は実ってくれたと思う。無名選手だった僕にしては出来すぎだろう。そんな半生をいま振り返ってみて、もう1回やれと言われても、とてもできないと思う。人生は1回きりで本当によかったと、これは本心から言える。努力もしたが、それは僕が勤勉だからじゃない。「他人のせいにしない」という生き方が、そうさせたのだと、いまは思っている。逃げている暇はない。自分から変わっていく努力をしなければならないのだ。そういう意味で、僕は幸せだ。野球選手として頑張れたからではない。記録を残せたからでもない。「人生は一度で十分だ」「人生は1回でいい」と思えるような生き方をしてこれたことが、幸せだと思うのである。

・不遇の時代に、どういう心構えで過ごすか。ここが人生勝負だと思う。くさるか、境遇を呪うか、発奮するか、それともギブアップするか。だが「不遇」というやつは、心構え一つで飛びあがるためのジャンピングボードにもなる。ルーキーの頃、戦力外通告におびえ続けてきた僕は、「5年が勝負」と自分に言い聞かせていた。プロの世界は厳しい。「5年やって芽が出なかったら確実にクビになる」-そう思っていた。そして、迎えた5年目。今季が最後のチャンスだと腹をくくって春期の沖縄キャンプに臨んだ。そのころ僕の年俸は400万円。それに対して、ドラフト1位で入団してきた高校生の立浪和義は倍近くの700万円を超えていてた。僕はそんな程度の選手で、いつクビになってもおかしくなかった。だから5年目のキャンプは必死で練習した。それが星野監督に認められてか、オープン戦の開幕投手に指名されたのである。オープン戦とはいえ、開幕投手なのだ。好投すれば一軍へのキップを手に入れることができるかもしれない。5年目にしてめぐってきた絶好のチャンスに、僕は奮い立った。野球人生をかける覚悟でマウンドにあがった。初回に5点取られて、あっさりKO。

・口答えできる相手じゃないので、僕は絶句するしかなかった。アメリカリーグとは言っても、マイナーリーグのほうだ。しかも、1A。メジャーリーグはメジャーを頂点に上から3A、2A、1Aとなっているが、その1Aにいろというのだ。ドジャースと中日ドラゴンズは友好関係にあることから、前年から、若手の選手を何人か留学させていた。要するに戦力外選手の「島流し」「であった。

・「敗戦処理」からスタートだ。アメリカの先発ローテーションは、5,6回連続で失敗しないと変えないシステムになっている。「こいつを使う」と決めたら徹底的に使う。そのやり方がいいのか悪いのかはともかく、なかなかローテが回ってこないことになる。それでも僕は、もうくさることはなかった。辛抱して頑張っていれば必ずチャンスが来ると自分に言い聞かせ、黙々と敗戦処理を続けているうちに、チームのエースがケガで故障。僕は先発ローテーション入りするのである。それからは面白いように勝ち始めた。7月のオールスターまでに8勝4敗という快進撃が認められ、8月下旬、半年ぶりに急遽、星野監督に呼びもどされる。中日は巨人と優勝争いを演じており、「島流し」の僕が一軍のマウンドにあがったのである。8月30日の広島戦に登板し、プロ入り初勝利。以後、5連勝。ちなみに9月16日にはヤクルト戦で初完投、初完封をやってのけた。ドラゴンズは6年ぶりに優勝し、地元名古屋の熱狂的な中日ファンから、僕はまるで「救世主」のように賞賛されたのである。いま、そんな25年前を振り返ると、あの留学が僕の大きな転機だったことがわかる。もしファン主催のパーティがなかったら、ふてくされたままでいたら、僕の野球人生は若くして終わっていただろう。このときの経験から、不遇であろうとも辛抱し続け、チャンスが来るときに備えて、コツコツと準備をすることの大切さを学んだ。中日ドラゴンズから正式にクビを言い渡されるまで、僕は1Aで頑張り抜く覚悟でいた。出口が見えないトンネルであろうとも、果敢に一歩を踏み出し、ひたすら歩いて行った結果が、最年長現役投手という栄誉につながったものと思っている。風がなくても、いざ吹き始めたときのために帆は高く掲げておくべきだ。そして、その帆は自分自身で掲げるしかない。風というチャンスは必ず吹く。一瞬の”つむじ風”を逃すか、つかまえるか。ここで人生は180度変わってくるのだ。

・恩人に感謝し、恩に応えようとして頑張った結果が、いつのまにか現役選手生活30年になっていた。こうした恩人たちとの出会いや人脈は、自分で創りだそうと思ってもなかなかできることではない。そこには、運が必ずある。運はどこからやってくるのかといえば、それは「普段の行い」につきる。それだけのことだ。僕は、子どもの頃からやってきた。ありふれたことのように思われるかもしれないが、運とは自分でたぐり寄せるものではなく、普段から正しいと思うことをやり続けることによって向こうkらやってくるものなのである。自分には才能がない、ごく普通の人間だと思っている。世の中の大多数がそうだと思う。そんな普通の人間でも、普段の行いをちゃんとしていれば、運は必ずやってくる。僕には野球の神様、ビジネスマンのみなさんには仕事の神様がやってくるはずだ。

・努力、恩義、夢、忍耐、感謝ー。信条は何かと聞かれたら、僕はこの5つをあげる。もちろん手を抜くこともあれば、そうと自分で気がつかないまま、人さまに迷惑をかけていることもあるだろう。感謝しているつもりでいても、そう思ってくれない人もいると思う。未熟な僕が信条を口にするなどおこがましい限りだが、「そうありたい」という気持ちで野球人生を送ってきたことに偽りはない。この信条のなかで「努力」「夢」「忍耐」の3つは自分を奮い立たせるものだが、「恩義」と「感謝」の二つはお世話になった方々に対する僕の一方的な思いだ。

・ピッチャーの転換期は、だいたい32、3歳だ。加齢と酷使とで肩が衰えてくるからだ。そこで、速球派でやってきた投手が軟投派に方向転換し、楽に投げようとすると失敗する。変えては駄目なのだ。速球派は、速球派のなかえ自分を追求していかなえればならない。球のスピードが、たとえ10キロ遅くなったとしても、やはりキレで勝負するくらいの気迫がないと落後していくのだ。

・自分で言うのは気が引けるが、僕はノーツーでも選択肢が多い。ルクリューボールという決め球も持っている。スローカーブも自信の一球だ。こうした投球術を駆使したことによって213勝をあげられたのだと確信を持って言える。サラリーマンだって「引き出し」が勝負ではないだろうか。僕もいろんな方々とおつきあいがあるが、たとえば信頼のおけるクルマ屋の社長は、クルマに関してエキスパートであるのはもちろんだが、クルマ以外のことにも博識で、人間的魅力にあふれている。だから全幅の信頼を置いている。人格もまた重要なスキルということなのである。

・もうちょっとやってみようと思うことが重要である。少しの努力でも毎日やり続けることだ。僕はそれをやり続けているから成果を残せているのだと思う。僕は歴史が大好きだ。とりわけ中国史に引かれる。だから、よく読む。寝る前に本を読むのが習慣になっていて、何かしら読まなければ眠れない。これは飲んで帰っても同じで、夜中の3時頃まで本を開いている。「人間としての幅を広げるため」などと言えばカッコづけになるが、要するに中国史のスケール観が好きなのだ。

・体重チェックは欠かさないようにしている。寿司も焼肉も大好きでよく食べに行くが、健康のバロメーターとして体重には気を配っている。常に体重計に乗って、500g太ったとわかれば、「今日は米を食べるのをやめよう」と決める。体重の変化というのは、健康の根本だ。それだけをしっかり管理しておけば、何を食べてもいいと思っている。「この食品は栄養がいっぱいだから身体にいい」とか、「これは身体に悪いから絶対に食べてはいけない」という決まりはつくらないようにしている。ちなみに、健康サプリメントは一度も用いたことがない。

・たまたま僕が趣味にしていたクワガタは一例だが、ここまで手がかかるからこそ、仕事のことを忘れて没頭する。飲酒や中途半端な趣味だと、仕事のことが頭の片隅にこびりついたままでいる。したがって、頭のフレッシュは中途半端なものになってしまうと、僕は経験から思うのだ。そのクワガタも、いまは飼っていない。そこまで没頭させられる趣味だけに、若いころと違って、自分の身体のケアと、クワガタのケアの両立が次第に難しくなっていったからである。現役を引退するまで”お預け”にした。目的や夢を実現するためには、時に趣味を封じる勇気も必要なのだ。

・人間の身体だって、足の裏は大事にされないが、足の裏があるからこそ、歩いたり走ったりできる。敗戦処理も、足の裏も、必要とされるものには立派な存在価値があるのだ。そういう気持ちでマウンドにあがれば、敗戦処理であってもベストを尽くすようになる。投げることに幸せを感じる。こうした努力で、僕の投球技術は次第に磨かれていき、エースの故障というチャンスに先発入りするのである。努力が必ず成果につながるとは限らない。だが、この努力なくして成果は絶対にないことだけは確かなのだ。

・このことはぜひ言っておきたいのだが、高いレベルの集団に入ったら、そのレベルまで伸びてくる選手がいる。ダルビッシュ有なんか、その典型だ。日本ハム時代、ファームにいたときはイマイチだったが、一軍に引きあがられるや、たちまちエースに登りつめた。上のレベルへ入ってみて、自分がどうすればいいかを的確に見抜く才能を持っていたということだ。だから、ドラフト指名の上位下位は関係ない。下位で入ってきた無名のルーキーが、何かの弾みで高いレベルの集団に入れられるや、たちまちそのレベルまで上達してしまうこともあれば、1位で入ってきても、鳴かず飛ばずで終わる選手もいる。二軍の群れに入ってしまうと、一軍の群れに戻っていくことはかなり困難なことだ。

・ビジネスマンと恋愛小説の関係について僕はわからないが、野球選手とランニングについてなら「必要だ」と断言できる。走れなくなった選手は、肩やヒジが壊れるkらだ。なぜかというと、ランニングは両腕を振ることで足を前に運んでいく。練習で常に走っているということは、常に肩やヒジを動かし続けているということでもある。つまり肩とヒジの準備運動を継続的に、しかも十分にやっているというわけだ。ところが、ケガや年齢から走れなくなった-あるいは、きちんと走らなくなった選手は継続的な準備運動が足りないため、投球練習を始めると肩とヒジを傷める。これが僕の分析であり、一見、意味がなさそうなランニングが、実はピッチャーには欠かせないということになる。

・プロゴルファーの青木功さんと鳥取のトレーニングジムで一緒になることがあるが、ゲンかつぎについて、こんなエピソードがあるそうだ。翌日の朝飯にと、寿司屋でお稲荷さんを頼んだときのこと。「明日はエイトバーディーを取りたいから8つつくって」と冗談で言ったつもりが、なんと翌日はエイトバーディーを取ったそうだ。あるいは、以前、乗ってらしたクルマのナンバーが「816」だったので、「今日はパターがハ・イ・ルかもしれないな」と思っていたら、実際によく入ったという。こうした経験から、「ちょっとした自己暗示というか、言葉に表して自分自身にほのめかすと意外と効果があるものだ」ということだった。

・そんな僕だから、試合前は食事がノドを通らない。試合前練習は、ナイターのホームゲームであれば午後2時半ごろから、ビジターならそのあと4時頃から始める。ゲーム終了が9時をすぎるので選手は軽食をとるが、僕は無理。練習時間から先は緊張から胃袋が食事を受け付けない。バナナ1本がせいぜいだろう。だから昼食にしっかり食べる。胃袋はすでに緊張しているので、登板日の昼食はいつもカレーライス。カレーライスならスプーンでかっこむことができるからである。こうして僕はずっと、マウンドにあがってきたのだ。こんな話を書いたのはほかでもない。誰だって重要な使命を担うときは緊張するということを言いたいからだ。スピーチだってそうだろうし、試験や面接だってそうだろう。大きな商談もそうなら、クレーム処理の矢面に立たされるのも大変な緊張とプレッシャーがかかる。だが、人生という試合に登板している以上、緊張とプレッシャーは毎試合、ついて回るものだ。そして、この緊張とプレッシャーからは決して逃げることはできないということをわかっていただければ幸いである。緊張とプレッシャーは、逃げることもできないし、ねじ伏せることもできないが、「友だち」になることはできる。敵対するのではんく、仲良くすることで、励みに転じるのだ。このことを参考までに付け加えておきたい。ドラゴンズのOBと雑談していたときのことだ。OBは僕にこんなことを言った。「俺たちみたに現役を退いたら、2度とあの緊張感のなかではプレーできないんだぞ。あの緊張感があるから、野球をやれるんだ」この言葉を聞いたとき、僕は緊張とプレッシャーと「友だち」になろうと考えたのだった。開放はされなくとも、仲良くできるようになったことは確かである。

・仕事は、人生の中で一番長い時間を費やす。その中で生き甲斐を見いだすことが重要だ。そして、オフの時間に仕事を持ち込まず、はっきりと区別することが必要だ。

・絶好調の登板は年間に1試合か2試合あるかどうか。3試合を超えることは、まずない。2年連続で最多勝をとった頃は、ブルペンで投げているときから「今日は絶対勝てる」と思ったこともあるが、そういうのは例外中の例外。むしろ不調の状態を「普通」と思い、それで勝ち星をあげるようでなければやっていけない。それがプロの世界だと思う。

・監督への抗議だから、緊迫した状況になっていた。星野監督が現れ、選手たちと対峙して座ると、ジロリと全員を見回し、「おまえら、罰金が多いとか文句言ってるらしいな。俺が来てから、給料下がったやつ手を上げろ」二軍の選手を含め、誰も手をあげていない。「そういうこっちゃ!」ピシャリと言って、星野監督は腰をあげた。誰も、何も言えない。星野監督の言うとおりだ。落合さんも、しょうがねぇな、という顔をしていた。あとで知ったことだが星野監督は、罰金をキャンプ地の施設のために使っていた。(監督、すげぇ!)これが貫禄の違いかと感激したものだ。それでいて細やかな気遣いもできる。選手の奥さんの誕生日には必ず、花を贈ってくれる。監督から女房に花を贈られて、喜ばない選手はいない。僕の宝物の一つに、星野監督から贈られたスイス製の高級腕時計がある。通算147勝で星野監督の現役時代の勝ち星を抜き、さらに150勝したときだ。阪神との対戦が始まる前のナゴヤドームで、阪神の関係者が「監督が呼んでいます」と告げに来た。そのとき星野監督は阪神の監督をしていたのだが、「監督が呼んでいる」の一言で僕はドキリとした。反射的に「怒られる!」と、すくみあがったのだ。おそるおそる三塁側監督室に入って直立不動すると、「マサ、おめでとう」と笑顔で渡されたのが、その腕時計だった。「星野仙一」と刻印され、150勝の祝福メッセージが添えてあった。フロリダのマイナーリーグへ「島流し」にした監督が、いまこうして祝福をしてくれている。星野監督との出会いがなければ、僕はいま頃何をしているだろうか。感謝してもしきれない。200勝をあげた夜、僕が真っ先に電話をかけ、報告したのは星野監督だった。

・落合さんが監督になられた2004年の前年、チームはやっとの思いでAクラスにとどまった。それくらいの力しかなかったのに、落合監督は「いまの選手の力を10%底上げすればトレードなど補強は必要ない。十分に優勝を狙える」という話をされた。いまの力がどれくらいかを知っている選手はみんな半信半疑だったが、落合さんは決して上から目線で物をいうことはなく、「見守る力」を持ってコーチを信じ、選手ひとりひとりに何をすべきか考えさせて育て、使いきり、見事優勝を果たした。監督が何を求めているかが理解できない選手は決して使わないし、過去の実績があってもレギュラーにはなれなかった。眼力、見る力にかけてはすごい人だ。本当にこれだけ野球の情勢を知る能力を持った指揮官はそうはいない。僕は星野監督に若い頃鍛えられて、ベテランになってからは落合監督の理論を学んだ。落合監督との8年間があったからこそ、僕は200勝できたと思っている。

・悩みや心配事が仕事の足を引っ張るというのは、大いなる誤解か、言い訳である。「一病息災」という言葉があるように、努力を怠らなければ、悩みや心配事は1つ2つあったほうが仕事はうまくいくのだ。僕の場合、故障をかかえ、「ヤバイかな」と心配しながら登板したときは、意外にいい結果が出ている。神経が「心配」のほうに集中しているため、緊張することを忘れてしまっているかだ。従ってリキむこともなければ、緊張に気持ちがうわずることもない。しかも不安を押して登板しているのだから、腹のくくりもある。好投する条件がそろうというわけである。

・こうして振り返ると、本当に素晴らしいキャッチャーに支えられてきた。そして、つくづく思うのは、パートナーというのは、「相手が、自分にとってよきパートナーであるかどうか」ということより、「自分が相手にとってよきパートナーであるかどうか」という視点が大切なのではないか。他人のせいにしてはいけない。


<目次>

まえがき
第1章 続ける
01 こだわる
02 ハードルは自分で設ける
03 置かれた環境で花を咲かす
04 自分に足りないものは何か
05 才能よりも努力を信じる
06 見いだしてくれる人と出会う
07 短所を活かせば長所に変わる
08 「少しずつでも続ける」を心がける
09 指揮官の「一言」は重い
第2章 めげない
10 往生際について
11 終わらない心を持つ
12 「自分のせい」にする勇気
13 人格を磨く
14 どん底にこそチャンスがある
15 遊びも真面目に取り組む
16 恩人が運をつくる
17 努力は裏切らない
第3章 変わる
18 恩義と感謝を忘れない
19 「引き出し」を持つ
20 イメージでメンタル習慣をつくる
21 変えていいもの、いけないもの
22 試す心
23 進化する心を持つ
24 趣味に学ぶ
25 「自分に何ができるか」を考える
第4章 受け入れる
26 自分も他人も責めない
27 黙々とこなす
28 ゲンをかつぐ
29 緊張を「友だち」にする
30 「もし」を封じる
31 好調と不調をコントロールする
32 上司を敬遠せずに、学ぶことを知る
第5章 腹をくくる
33 腹をくくる
34 開き直る心
35 若手を教育するには失敗談がいい
36 ダイヤではなく”いぶし銀”を目指す
37 他人のせいにしない
38 あきらめない
39 人生は、思った以上に短い
あとがき

面白かった本まとめ(2013年上半期)

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「ムッシュヨースケ(中目黒)」でのカレー等はとてもオススメ!

2013年11月20日 01時00分00秒 | 外食
<水曜は食べ物のおはなし>

 以前このブログで紹介した「TOKYO地下鉄ぐるり おみやげ散歩」という本に掲載されていた中目黒にあるムッシュヨースケというカレー店に行ってみました!

 カレー店ですが、シェフはフレンチの料理人とのことで、ワクワクしました。

 場所は東京メトロ中目黒駅から山手通りを徒歩10分ほどのところにあります。

1img_1099
↑外観

 さっそく店内に入りますが、静かに女性ボーカルによるピアノジャズがBGMとして流れています。
30名ほど座れるテーブル席があり、少し薄暗くて落ち着けます。

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↑店内

 さっそくメニューを見ます。
前菜やスープなど充実していてさすがフレンチのお店です。

飲み物としてブラッドリーオレンジジュース650円を注文し、4500円のカレーのコースを注文します。

女性の店員さんが優しく笑顔で接してくれて嬉しいですね。
苦手なものがないか確認するところも、さすがです。

まずスープを選びますが、トマトスープ、カリフラワーポタージュ、かぼちゃのスープから選べ、かぼちゃの冷製スープを選びました。
ポタージュはフォワグラソテーを追加で選ぶこともできましたね。

次にカレーを選びます。
かなり種類があり悩むところですが、「TOKYO地下鉄ぐるり おみやげ散歩」という本に「野菜たっぷりベジタブルカレー」が紹介されていたので、迷わずそれを注文します。

そしてすぐに飲み物が運ばれました。
さすが底が広いおしゃれなコップです。
もちろん100%ジュースですね。

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↑ブラッドリーオレンジジュース

 そしてキッシュが運ばれました。
アツアツのうちに召し上がってくださいとのことで、ズワイガニやエノキが入った温かく豪勢なキッシュを楽しみます!
さすが柔らかくホカホカでかなり美味しい!

4img_1102
↑キッシュ

そして三種の前菜が運ばれますが、さすがフレンチ!美しい!!
右手前がナスとトマトできれいに固めたもので冷たくて美味しいです!
野菜が身体に染みいります。

左手前はさんまとポテトです。
サンマがうまく酢で漬けられていてこれも美味しい!
ポテトと合いますね。

そして奥が鴨の心臓とのことで、これは柔らかくジューシーに焼かれています。
その下には黒米がしっとり柔らかく存在感を示していました。
このお皿はいろんな味を楽しめ素晴らしかったですね^_^)

5img_1104
↑三種の前菜

 それから、かぼちゃの冷製スープが運ばれます。
スープの上に揚げたバターナッツが添えられているとのことです。
このスープが旨い旨い!
冷えたぼちゃスープがかなり甘く濃厚で、そしてコクがあります!
あまりに美味しくてかなり味わって楽しみました。

6img_1107
↑かぼちゃスープ

 そして、メインの「野菜たっぷりベジタブルカレー」が運ばれますが、野菜たちが想像以上に美しくてビックリ!
 ナス・マッシュルーム・さつまいも・インゲン・じゃがいも・かぼちゃ・パプリカなどが、ライスに美しく刺さっています^_^;)
 たくさんの野菜を目の前にして、カレーをどのようにかけるか悩んでしまいますね^_^;)
ルーは少し酸味がありますが、十分煮込まれていて、さすがにこれも美味しいです!
美しさとおいしさに脱帽です。

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↑野菜たっぷりベジタブルカレー

そして、最後にデザートですが、これも選ぶのが大変です。
一番人気の「クレームキャラメル」プリンを選びました。
焼きたてのアップルタルトもあるとのことでそれにも惹かれて少し悩みましたね。

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↑デザートメニュー

そして「クレームキャラメル」が運ばれますが、結構ボリュームがある!
そしてそのプリンの濃厚さにはとても驚きました!
こりゃ美味しいよ!
プリンの上にある黒いカラメルは少し苦みがあり、そのプリンの甘さと融合して美味しさをより引き立てますね!
これは美味しかった!

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↑クレームキャラメル

コーヒーも十分美味しかったです。

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↑コーヒー

ムッシュヨースケというお店は、本格的なフレンチと美しく美味しいカレーやデザート等を堪能でき、とてもオススメです!!

美味しかったものまとめ(2013年上半期)

<今日の独り言>
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レストラン ムッシュヨースケ

夜総合点★★★★ 4.0
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デジタル握力計が記録もできとてもオススメ!

2013年11月18日 01時00分00秒 | 良い物・サービス
<月曜はお勧めなおはなし>

「デジタル ハンドグリップ メーター 握力計」の購入はコチラ

 テニスや野球など特に強く手で握ることが必要なスポーツで勝つためには、握力を強めることが肝心で、そのためには握力がどのくらいあるか計ることが重要だと思い、さっそく握力計をAmazonで買ってみました!

 学校や健康診断などによくあるアナログの握力計は安くても約9000円ほどとお値段は高いようですが、今回買ったプラスチック製のデジタル握力計は送料込みで1870円と結構安くて驚きましたね。
注文すると、さっそく翌日には届けられて、さすがAmazonです。
スピーディーです!
しかも、意外としっかりとした箱で、中は黄色の布に握力計が置かれていて高級感がありました。
握力計自体もしっかりとした作りで全然問題ありません。
説明書はもちろん日本語で、マクロスという日本の会社の製品でした。

 このデジタル ハンドグリップ メーターというデジタル握力計は、19人分の記録を保存することができる優れものです。
まあ、左右両手をそれぞれ計測するのであれば、9人分が登録できますね^_^)
90kgまで計測できます。

単4の乾電池を2本入れ、ON/SETボタンを押します。
そして男女や年齢を登録できます。

 その男女年齢別の平均値との比較が6段階で自動的に表示されるのは嬉しいですね!
さっそく計測してみましたが、約45kgで平均値より「強い」と出て嬉しかったです^_^;)
また、前回記録比も矢印で表示されます。

簡単に握力計で握力を計測でき、家族でこの握力計は楽しんでいますね。
ぜひ一家に一台握力計はいかがでしょうか?
とてもオススメです!!

お勧めなお話(2013年上半期)
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「植物はすごい(田中修)」という本はとてもオススメ!

2013年11月15日 01時00分00秒 | 
<金曜は本の紹介>

「植物はすごい(田中修)」の購入はコチラ

 「植物はすごい」という本は、その書名の通り、植物の成長力や光合成、トゲ、渋み・辛み、防衛物質、香り、毒、紫外線防御、暑さ・乾燥・寒さ対策、タネなし等の植物のすごさについてまとめたものです。

 植物は、動きまわることはできないし、声をあげることもできませんが、実はすごい機能を色々と持っていることを明らかにしていて、なかなか興味深く読めます。

「植物はすごい」という本はとてもオススメです!

以下はこの本で興味深かったポイント等です。

・キャベツの水分含量は、約95%なので、1200gのうち、1140gが水で、残りの60gが成長した量です。これでも、最初のタネの1万2000倍です。1000円が、約4ヶ月で、1200万円になるという増え方です。キャベツの成長力は、”すごい”のです。植物の生長力がすごいのは、キャベツだけではありません。レタスの一粒のタネは約1mgで、市販されるときの重さは、約500gです。乾燥させて含まれている水分を除いたときの重さは、約25gです。タネの重さの約2万5000倍です。1000円が、約4ヶ月で、2500万円にんおと同じ増え方なのです。大根の生長量もほぼ同じです。一粒のタネは約10mg、市販されるときの1本の大根の重さは、約1kgで、乾燥したときの重さは、50gです。タネの重さの約5000倍です。約4ヶ月で、1000円が500万円になるのと同じ増え方なのです。

・植物たちは、水と二酸化炭素からブドウ糖をつくりますが、そのとき、光のエネルギーを使います。その結果、ブドウ糖の中に、光のエネルギーが取り込まれ、蓄えられます。私たちは、摂取したブドウ糖をからだの中で分解します。その途上で、ブドウ糖の中に蓄えられていたエネルギーが放出されます。そのエネルギーはすぐに使われることもありますが、体の中に蓄えられることもあります。ブドウ糖から得られたエネルギーは、私たちが歩いたり走ったりするためのエネルギーに使われます。また、成長したり、体を維持したりするための物質をつくるのに役立ちます。ブドウ糖は、蓄えていたすべてのエネルギーが取り出されてしまうと、原料であったもとの水と二酸化炭素に戻って、体から出ていきます。植物たちは、エネルギーの源となるブドウ糖やデンプンを自分で作っているのですから、何も食べなくても、生きていけるのです。食べ物を探し求めて動き回らなければならない動物を見て、植物たちは、「ウロウロと動きまわらなければ生きていけない、かわいそうな生き物だ」と思っているでしょう。

・ナスやトマト、ピーマンなどは、連作を嫌がる代表的な野菜です。もし、連作すれば、生育は悪く、病気にかかることが多いのです。うまく収穫できるまでに成長したとしても、収穫量は少なくなります。「連作障害」といわれる現象です。その原因は、いろいろ考えられます。一つは、同じ場所で同じ種類の植物が栽培されていると、その種類の植物に感染する病原菌や害虫がそのあたりに集まってきて、病気になりやすくなることです。また、毎年、同じ養分を吸収するために、その種類の植物に必要な特定の養分が少なくなることです。さらに、植物が根から排泄物を出していることがあり、それらが蓄積して成長に害を与えることです。こんな理由で多くの野菜は、連作されるのを嫌がるのです。野菜以外の植物たちも、野菜と同じしくみで生きています。そのため、ほかの植物たちにとっても、同じ場所で続いて暮らしていくことはよくないことなのです。

・アセトアルデヒドによって、タンニンが不溶性のタンニンに変えられた姿が、柿の実の中にある「黒いゴマ」のように見えるものです。これは口の中で溶けないので、食べても渋みを感じることはありません。黒ゴマのような黒い斑点が多い柿の実ほど、渋みは消えているのです。こうして、渋い柿は自然に甘くなります。柿の実は、タネができる前の若いときには、虫や鳥に食べられないように渋みを含みます。タネができあがってくると、鳥などの動物に食べてもらえるように甘くなりタネを運んでもらいます。たいへん巧妙な”すごい”しくみを備えているのです。

・コアラが食べるので有名なユーカリの葉っぱには、殺人や自殺に使われる「青酸」が含まれています。しかし、コアラはユーカリの葉っぱを食べます。コアラは、ユーカリの葉っぱを食べても、青酸を無毒にするしくみをもっているからです。コアラ自身には、この毒を無毒化する力はありません。でも、腸の中に青酸を無毒にする細菌を住まわせています。しかし、生まれたばかりのコアラの腸内には、この細菌はいません。そのため、子どもが生まれると、「食い初め」に、親は自分の糞を食べさせます。親の糞の中には、青酸を無毒化する能力をもった腸内細菌が混じっています。生まれたばかりのコアラは、食い初めで親の糞を食べるだけでなく、親の肛門あたりをはげしくなめます。こうすることで、自分の腸に青酸を無毒化する細菌を住まわせ、子どもはユーカリを食べられるようになります。コアラは、このようなしくみを身につけ、親から子どもへ、この大切な腸内細菌を伝えています。そのおかげで、ほかの動物が食べない有毒なユーカリの葉っぱを、ほぼ独占的に食べていけるのです。

・ヒガンバナがお墓に植えられたのは、土葬だった時代、埋葬した遺体を食べに来るモグラやネズミを寄せ付けないためでした。畦に多いのは、モグラやネズミが畦を壊すことを防ぐためでした。また、「ヒガンバナの球根は、水にさらして毒を抜けば、食べられる」といわれます。そのため、「田や畑で栽培する作物が不作の年、畦に植えておいたこの植物の球根で飢えをしのぐ救荒植物の役割があった」ともいわれます。球根には、多くのデンプンが含まれているからです。だから、毒さえ抜けば、空腹を満たす食べ物になります。

・花は、紫外線が当たって生み出される有害な活性酸素を消去しなければなりません。次の世代に健全な命をつなぐために、生まれてくるタネを守らねばなりません。そのためには、活性酸素を消し去る抗酸化物質が大量に必要です。ビタミンCやビタミンE以外にも、植物がつくる代表的な抗酸化物質があります。それは、アントシアニンとカロテンです。これらは、花びらの色を出すもと(素)になる物質なので、「色素」とよばれます。アントシアニンとカロテンちうのは、花びらを美しくきれいに装う二大色素です。植物たちは、これらの色素で、花を装い、花の中で生まれてくる子どもを守っているのです。二大色素は、紫外線の害に対する二大防御物質なのです。

・以前は、田植え前の田には、レンゲソウが育っていました。マメ科のレンゲソウは、根についている小さな粒々の中に住む「根粒菌」に空気中の窒素を材料にして窒素肥料をつくってもらいます。そのため、レンゲソウは葉っぱや茎に窒素をいっぱい含みます。その葉っぱや茎を田植えの前に田んぼにすき込むと、窒素がしみ出してきて、土地が肥えます。だから、長い間、レンゲソウは、「緑肥の代表」として使われてきました。ところが、近年は、田植えが機械化されて、小さいイネの苗を早くに植えるようになりました。そのため、すき込まれるレンゲソウが大きく成長するのを待っていられないのです。そこで、レンゲソウにかわって、より成長の早いナノハナが「緑肥の代表」になりつつあります。ナノハナは、根粒菌に窒素肥料をつくってもらう植物ではないのですが、田植えの前に大きく成長するので、その葉っぱや茎が緑肥として役立つのです。ナノハナは、観光資源や「緑肥」として役立つために栽培されるだけではありません。実を搾って「なたね油」が採れます。その搾りかすは、油かすとして肥料になります。また、飼料としても使われます。「なたね油」は、家庭や学校給食のためのてんぷらを揚げるのに使われたあとに、回収されます。そのあと、きれいにされて、バスやトラックのディーゼルエンジンを動かす燃料として使用されます。これは、「バイオディーゼル燃料」といわれます。この植物は、それにとどまらず、「土壌の放射能汚染を緩和する効果がある」といわれています。1986年、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で大事故がありました。そのとき、放出された放射性物質によって土壌が汚染されました。その土壌汚染の緩和に役立つことが示されています。その理由は、ナノハナは、放射性物質であるセシウムやストロンチウムを土壌から吸収するからです。ただ、これはナノハナだけの特別な性質ではありません。ふつうの植物も、土壌からカリウムやカルシウムを養分として吸収します。そのとき、セシウムやストロンチウムも一緒に吸収します。それなら、「なぜ、ナノハナだけに、土壌の放射能汚染を緩和する効果があるといわれるのか」との疑問が生まれます。これについては、納得のいく説明はなされていません。ナノハナは、成長が速いので、他の植物より多くの量を吸収するのかもしれません。ですから、成長の速いヒマワリにも同じはたらきがあるといわれています。しかし、現在では、ナノハナやヒマワリが特別の作用をもつことを裏付ける根拠は見つかっていません。

・アントシアニンは、赤ジソ、サニーレタス、ムラサキキャベツ、ムラサキタマネギなどにも含まれています。「葉っぱにアントシアニンが含まれているというが、ムラサキタマネギの食用部が葉っぱなのか」という疑問があるかもしれませんが、ムラサキタマネギやタマネギの食用部は葉っぱなのです。球形の食用部は、短い茎のまわりに、うろこ状のぶあつくなった葉っぱが集まったものです。カロテンも、花だけでなく、パセリ、ホウレンソウ、シュンギクなどの葉っぱに多く含まれています。アントシアニンやカロテンは抗酸化物質ですから、これらの野菜は、私たちの健康に良いということになります。特にカロテンを私たちに多くもたらしてくれるのは、緑黄色野菜です。緑黄色野菜とは、緑色や黄色の色素を多く含んだ野菜を指します。代表的な緑黄色野菜には、青ジソ、パセリ、シュンギク、コマツナ、ニラ、ホウレンソウ、ダイコンの葉っぱ、クレソンなどがあります。また、ノリやワカメなどの海藻類にもカロテンが多く含まれていることがわかっています。アントシアニンやカロテンは、花びらや葉っぱだけでなく、実の皮や果肉の中にも存在します。これは、実の中のタネを紫外線の害から守り続けているのです。タネが完全に成熟するまで、植物たちが自分の子どもを守っている姿と思えばいいでしょう。

・高山植物の花には、美しくきれいであざやかな色をしているものが数多く存在します。空気が澄んだ高い山の上には、紫外線が多く注ぐからです。また、太陽の強い光が当たる畑や花壇などの露地で栽培するカーネーションと紫外線を吸収するガラスで囲まれた温室で栽培するカーネーションを比べると、露地栽培のカーネーションの花の色はずっとあざやかです。紫外線を含んだ太陽の光を直接受けるからです。植物たちは、健康に生きるために、紫外線や太陽の強い光から体を守っています。紫外線や強い光という有害なものが多ければ多いほど、植物たちは色あざやかに魅力的になるのです。植物たちは、逆境に抗して美しくなるのです。逆境に出会えば、苦労しなければなりません。その苦労をすることが魅力を増すことにつながるのです。この理屈は、私たち人間の場合にも当てはまります。

・水の不足に困るのは、家の庭や畑、花壇で育つ植物たちです。だから、これらの植物たいには、たっぷりと水をやることが必要です。夏の猛暑の中では、昼間の暑さのために、夕方になると、庭や畑、花壇の土はカカラに乾きます。ですから、水をやるのは、夕方がいいのです。夕方、水不足のために、ぐったりと葉っぱを下に垂らしていた植物も、夜の間に水を吸って、朝にはピンと葉っぱを広げます。夜の間に水を吸い、朝の太陽の光を十分に水をもった状態で迎え、元気よく光合成をはじめます。

・カビやキノコの菌糸の繁殖は、とても速いのです。カビやキノコがじめじめとした湿った状態の暖かい中で繁殖することは、よく知られています。だから、夏の夕方にたっぷりの水が与えられると、栄養のある庭や畑、花壇ならば、夜の暖かさを利用して、菌糸は喜んで繁殖します。このような土地では、夕方に水をやってはいけません。カビやキノコの菌糸がはびこると、植物が枯れたり、生育が抑制されたりするからです。朝早くに水をやれば、カビやキノコの菌糸は、昼間の太陽の強い光やそれに含まれる紫外線に弱いですから、植物の生育に害を及ぼすほど繁殖することはありません。

・昼間には、水やりをしないほうがいいでしょう。昼間にまいた水は土の中にしみこむ前に、暑さのために乾いてしまい、まいた水の大半は無駄になります。たっぷりとやったつもりでも、土の中にしみこんだ水は意外と少ないのです。昼間、土の表面が濡れるだけの水やりは、水を吸収するための値を土中深くにのばしている植物たちには、役に立ちません。また、昼間にまいた水は、土中の水を吸い上げて蒸発させてしまうことがあります。暑いとき、土の表面から下にしみこんだ水は、土の中にある水と結びつくと、土の表面から蒸発するときに、土中の水を引き上げて、いっしょに蒸発させるのです。すると、土中の水までなくなってしまいます。何のために、水をやったのかがわからなくなります。

・「虫を捕らえて、それを食べて栄養としている」というと、ハエトリソウはいかにも動物のように生きているという印象があります。しかし、そうではありません。この植物はふつうの植物と同じように、クロロフィルという緑色の色素を持っています。クロロフィルは葉緑素ともいわれ、文字通り、葉っぱの緑色の素になる色素で、光合成のための光を吸収する色素です。ですから、この植物は光合成を行います。そのため、日当たりの良い場所を好んで生活します。ハエトリソウは、十分な光と水があれば、光合成をするのです。だから、光合成でつくることができるブドウ糖やデンプンをほしがってはいません。ハエトリソウがほしがっているのは、タンパク質などの窒素を含んだ物質です。私たちは、これらの物質を主に肉や魚から得ます。同じように、ハエトリソウも虫を消化して窒素を含んだ物質を吸収します。ふつうの植物は、窒素を含んだ養分を土の中から吸収します。だから、「なぜ、ハエトリソウは根から窒素を含んだ養分を吸収しないのか」という疑問が浮かぶでしょう。ハエトリソウは北アメリカの出身ですが、原産地となる土地は、窒素などの養分をあまり含まないやせた土地なのです。だから、これらの養分を根からは吸収できなかったのです。そのため、これらの養分を補うために、虫のからだから窒素を含んだ物質を摂取する能力を身につけたのです。「そんな生き方をしてまで、そんなやせた土地に生きる利点はあるのか」との疑問もあるでしょう。ふつうの植物は、養分が乏しいので、そんな土地には生きていけません。だから、こんな能力を身につけることで他の植物たちに邪魔されずに競争もせずに、やせた土地で生きていくことができるのです。

・ハエトリソウは、感覚毛に1回触れただけでは、葉っぱは閉じません。20~30秒間に連続して2回触れたときだけに、葉っぱは閉じるようになっています。これは、風で運ばれてきたゴミなどが触れても、無駄に葉を閉じないためです。葉っぱを閉じるということは、ハエトリソウにとって、エネルギーを消耗することなのです。だから、無駄には閉じないのです。栽培しているときに、面白がって何度も触っていると、葉は枯れてしまいます。植物そのものが枯れてしまうこともあります。

・果実というのは、本来、タネがなければ、肥大しません。植物にしてみれば、わざわざエネルギーを使っておいしい実をつくる意義は、「動物に食べてもらい、その果実を食べるときに一緒に体内に入ったタネを、糞といっしょに離れた場所に排出してもらう」ことです。あるいは、動物に実が食べられるときに、タネが飛び散ります。動物が実をくわえて移動し、別の場所で食べてくれれば、タネは離れた場所に散布されます。そうすれば、自分が動き回ることのできな植物も、生育地を広げたり、生育地を変えたりできます。だから、動物に果実を食べられるときにタネがないのなら、果実をつくる意味がありません。そのため、タネがなければ、おいしい果実は実りません。

・トマトの温室には、セイヨウオオマルハナバチというハチが人為的に放たれます。このハチは、ミツバチと比べ、温度が低くても活動が活発で、花粉をつけてまわる能力が高いのです。だから、トマトの実をならせるのに役に立ちます。ところが、「セイヨウ」という言葉が名前につくことから想像される通り、ヨーロッパ原産の外来種のハチです。そのため、温室から逃げ出すと、日本の生態系を荒らすことが危惧され、「特定外来生物」に指定されており、取り扱いには注意が必要です。トマトが栽培されるビニールハウスでは、外へ逃げ出すことがないように、万全の対策を講じることが義務づけられています。だから、セイヨウオオマルハナバチは利用しづらいのです。温室栽培でトマトの実をならせるもう一つの方法は、「オーキシン」を使うことです。イチゴの実を大きくするはたらきのあるオーキシンを花にかけると、花粉がつかなくても、実が肥大します。オーキシンは、イチゴだけでなく、トマトの実も肥大させる作用をもっているのです。ただ、オーキシンで実を肥大させると、花粉がメシベについて実ができるわけではないので、実が肥大してもタネはできません。そのため、季節はずれに売られているトマトには、「タネなし」のトマトがあります。

・温州ミカンの祖先は、江戸時代初期に、中国から渡来しました。そのときのミカンにいは、タネがありました。ところが、約400年前の江戸時代前期、当時の薩摩で栽培されていたときに、このミカンに突然変異がおこり、「温州ミカン」が生まれました。「オシベのやくがしなびて、花粉がメシベについてタネをつくる能力をなくす」性質と、「タネができなくても、子房が肥大する」性質を併せもつミカンが生まれたのです。子房とは、ミカンの場合、私たちが食べる部分です。花粉が能力をなくし、タネができなくても、本来ならタネがつくられる場所であるメシベの基部が肥大するのです。これが、タネなしの「温州ミカン」です。タネなしの果物の場合、多くの人に「タネがないのに、どうやって増やすのか」という疑問がもたれます。このミカンは、私たち人間が、主に接ぎ木で増やします。もし、人間が接ぎ木をしなければ、温州ミカンは絶滅してしまう運命にあります。

・バナナにも、昔、タネがありました。でも、突然変異がおこって、タネができなくなったのです。バナナを輪切りにして注意深く観察すると、中心部に小さな黒色の点々があります。それが、タネのなごりです。突然変異がおこる前のバナナには、タネがありました。バナナのタネはけっこう大きくてアズキの豆くらいの大きさでした。そえが、一本のバナナにたくさん詰まっていました。現在でも、タネのあるバナナは残っており、沖縄県などで見ることができます。突然変異をおこしてタネをなくしたバナナは、食べやすくて都合がいいので、人間が大切に栽培して、タネなしフルーツの代表にしたのえす。「タネのないバナナをどうして増やすのだろうか」という疑問があるでしょう。タネをつくる能力をなくしたバナナも、根もとから新しい植物体を生やす能力をもっているのです。バナナを育てていると、親の株の根もとのあたりから、新しい芽生えが出てきます。その芽生えを育てると、バナナの実がなります。タネなし果物の代表であるバナナも、次の世代へ命をつないでいくという”すごい”能力をもっているのです。

<目次>
はじめに
第1章 自分のからだは、自分でまもる
(1)「少しぐらいなら、食べられてもいい」
 植物たちの成長力は、”すごい”
 何も食べなくても生きている植物たちは”すごい”
 必要な栄養を自分でつくり出せる植物たちは”すごい”
 すべての動物の食糧を賄う植物たちは”すごい”
 親離れ、子離れのよさは”すごい”
 何も語らない植物たちの思いは”すごい”
(2)食べられたくない!
 トゲはからだを守る”すごさ”の象徴
 トゲでからだを守る植物たちは”すごい”
 「刺さると、痛い」だけでないトゲは、”すごい”
 ないタネをトゲで守る植物は、”すごい”
 病気の原因にもなるトゲは、”すごい”
 ライオンを殺すトゲの”すごい”
第2章 味は、防衛手段!
(1)渋みと辛みでからだを守る
 クリの実の堅い守りは、”すごい”
 渋柿の巧妙さは、”すごい”
 「痛み」で感じる味は、”すごい”
 ストレスで辛みを変える”すごさ”
(2)苦みと酸みでからだを守る
 「苦み」の成分は?
 「えぐい」って、どんな味?
 酸みの力は”すごい”
 ミラクル・フルーツの思いは?
第3章 病気になりたくない!
(1)野菜と果汁に含まれる防衛物質
 「ネバネバ」の液でからだを守る”すごさ”
 タンパク質を分解する果汁の”すごさ”
(2)病気にならないために
 かさぶたをつくって実を守る植物たちの”すごさ”
 かさぶたをつくるしくみ
(3)香りはただものではない!
 カビや病原菌を退治する”すごさ”
 枯れ葉になっても親を守る”すごさ”
第4章 食べつくされたくない!
(1)毒をもつ植物は、特別ではない!
 有毒物質でからだを守る”すごさ”
 身近にある”すごい”有毒植物
 有毒物質で食害を逃れる”すごさ”
 毒をもって共存してき”すごさ”
 地獄を生み出す”すごさ”
(2)食べられる植物も、毒をもつ!
 ”吟持”を保つ”すごさ”
 ”擬態”でからだを守る植物たち
 食べ方を戒める”すごい”果物
第5章 やさしくない太陽に抗して、生きる
(1)太陽の光は、植物にとって有害!
 紫外線と闘う植物たちの”すごさ”
 まぶしい太陽の光と闘う”すごさ”
(2)なぜ、花々は美しく装うのか
 花の色素は、防御物質
 葉っぱや根や果実にも、防御物質
 逆境に抗して、美しくなる”すごさ”
 ”皮”は実を守る
第6章 逆境に生きるしくみ
(1)暑さと乾燥に負けない!
 植物は熱中症にならない!
 暑さと闘う”すごさ”
 夜に光合成の準備をする”すごい”植物たち
(2)寒さをしのぐ
 熱力学の原理を知る”すごさ”
 地面を這って生きる”すごさ”
(3)巧みなしくみで生きる
 ”すごい”生き方をする植物
 「肉食系植物」とは?
 「根も葉もない植物」の”すごさ”
 ピーナッツの”すごい”かしこい生き方
第7章 次の世代へ命をつなぐしくみ
(1)タネなしの樹でも、子どもをつくる
 タネがなくても肥大する”すごさ”
 温州ミカンは、子どもをつくる
 パイナップルもタネをつくる!
(2)花粉はなくても、子どもをつくる
 「無花粉スギ」でも、タネをつくる
 イネがもたらした”すごい”発見
(3)仲間とのつながりは、強い絆
 地下に隠れて、からだを守る”すごさ”
 イギリスで嫌われる”すごさ”
 子どもを産む葉っぱの”すごさ”
おわりに
参考文献

面白かった本まとめ(2013年上半期)

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「ポンチ軒(東京 神田小川町)」でのトンカツがとてもオススメ!

2013年11月13日 01時00分00秒 | 外食
<水曜は食べ物のおはなし>

 食べログで神保町駅周辺を検索すると、高評価だったので「ポンチ軒」へ行って来ました!
 といっても、神保町駅からは少し離れていて、最寄り駅は小川町駅となります。

1img_1021
↑店構え

 ポンチ軒は、トンカツで有名なようで、以前は東京の赤坂で店を構えていたようです。
2012年5月にこの神田小川町で名称を変えて「ポンチ軒」として開店したようです。
 平日の夕方17:45頃に訪れて、一人だったのでカウンター席を案内され、熱いおしぼりを手渡してくれます。
 さっそくメニューを見て何を選ぶか迷います。

2img_1022
↑メニュー

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↑メニュー

 初めての店なので無難にロース豚かつ定食1520円やヒレ豚かつ1620円を選ぼうかと悩みますが、ここはやはり店名にもなっている名物の「ポンチかつ定食」1520円を注文しました!
「ポンチかつ」とは、ローススライスを巻いたジューシーかつで葱と黒胡椒風味とのことです。

 それから食べログの口コミを読むと、「カツと特製カレー」1480円も人気で、カレーを食べたいと思い「ちょこっとカレー」300円も注文しました。
まさに私のように、豚かつの他にちょこっとカレーライスを食べたい方に最適ですね^_^;)

 それから、すり胡麻が無料サービスで付き、ご飯も1杯お代わり無料、キャベツもお代わり無料というのは嬉しかったですね。
すり胡麻を頼みました。
すぐに器に入れられた胡麻が運ばれ、さっそく胡麻を擦ってソースを入れ、豚かつを待ちます。

4img_1024
↑すり胡麻

 しばらくして、ご飯に豚汁、漬け物、カレーが運ばれ、そして少し間を置いて豚かつ・キャベツの盛り合わせが運ばれました。

5img_1026
↑ポンチかつ定食とちょこっとカレー

 さっそく、レモンをかけ、ポンチかつを一口食べてみますが、葱と黒胡椒が効いた肉汁がジュワァーと口に広がり驚き!
これは旨い!!
ソースを付けなくても、かなり美味しいです!
この肉汁感が堪りませんね!
この美味しさと柔らかさには、とても驚きました!

6img_1028
↑ポンチかつ中身の拡大

 これは、この店自慢の低中温揚げ切りが生み出したものですね・・・
感動です!

 それから、カレーも挽き肉入りでコクがあり、漬け物も繊細で、そしてキャベツは新鮮で瑞々しく、豚汁も適度な大根と豚肉の具で出汁もよく効いていて美味しい!
さすが、食べログで人気なだけはありますね。
「ポンチ軒」の豚かつは美味しくてとてもオススメです!
今度は他のメニューを頼んでみたいと思います。

美味しかったものまとめ(2013年上半期)

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ポンチ軒

夜総合点★★★★ 4.0
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関連ランキング:とんかつ | 小川町駅新御茶ノ水駅淡路町駅



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千葉市ふるさと農園へ行ってみました!

2013年11月11日 01時00分00秒 | イベント・外出
<月曜はお勧めなおはなし>

千葉市花見川区三角町にある千葉市ふるさと農園へ行って来ました!

以前このブログで紹介した「子どもとおでかけ タダで楽しむ千葉パーフェクトガイド」という本に紹介されていたためです。

千葉市ふるさと農園では、江戸時代の茅葺屋根の農家や水車小屋を再現して昔ながらの農家や農業を体験でき、また「ふるさとの館」もあって、千葉の農業を学んだり温室も体験できます。

駐車場無料、入場無料というのも嬉しいですね。

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↑千葉市ふるさと農園

駐車場から少し歩いてまず入口に長屋門がありましたね。
天保6年(1835年)に建築されたものを再現したとのことです。
茅葺屋根で時代を感じます。

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↑長屋門

そして農園の中を歩くと古民家がありました。

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↑古民家

古民家の中には機織機や釜があります。
昔の家の香りがしますね^_^)

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↑機織機

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↑釜

そして少し離れたところには水車小屋がありました。
川の流れで水車が回り、それを動力として利用しています。
エコで良いと思います^_^)

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↑水車

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↑水車小屋の中

農園はかなり広く、大根やごぼう、里芋、ニンジン、さつまいもなどたくさんの野菜が作られていましたね。
天気もよく清清しくてゆっくりできました。
癒されましたね。

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↑広大な農園

それから、併設されている「ふるさとの館」へ行ってみました。

9img_1075
↑ふるさとの館の外観

10img_1072
↑ふるさとの館の中

「ふるさとの館」では、千葉の農業や食品加工について学べましたね。
また、千葉市の姉妹・友好都市がたくさんあるのには驚きました。
アスンシオン(パラグアイ)、ノースバンクーバー(カナダ)、ヒューストン(アメリカ)、ケソン(フィリピン)、天津(中国)、モントルー(スイス)、呉江(中国)とのことです。

11img_1070
↑千葉市の姉妹・友好都市

それから温室もあり、フルーツやトマト、小松菜が栽培されていました。
トマトは最近は土なしの水の養分で育てるんですね。

12img_1074
↑温室

それから、近隣農家で採れた野菜、味噌、梅干しなども売っていて、梅干550円を買いました!
無添加で焼酎で漬けられていて健康そうだし、たくさん入っていて嬉しかったですね!

「千葉市ふるさと農園」は、広大な農園で江戸時代の建物と自然を満喫して癒され、また農業についても学べ、オススメです!

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「「余命3カ月」のウソ(近藤誠)」という本はとてもオススメ!

2013年11月08日 01時00分00秒 | 
<金曜は本の紹介>

「「余命3カ月」のウソ」の購入はコチラ

 この「「余命3カ月」のウソ」という本は、抗がん剤の毒性・拡大手術の危険性などを一般の人にもわかりやすく啓蒙を続けて2012年「第60回 菊池寛賞」を受賞した著者が書いたものです。

 著者はがんの放射線治療を専門とし、乳房温存療法のパイオニアとして知られ、患者本位の治療を実現するために医療の情報公開も積極的に進めているようです。

 著者は、20年以上「がんは切らずに治る」「抗がん剤は効かない」「健診は百害あって一利なし」「がんは原則として放置したほうがいい」と言い続けているようです。

 この本の内容は、日本で従来から信じられてきた「がん対策」の疑問について明らかにし、よりがんと共生して長生きする方法について述べたものです。

 従来の考え方と著者の考えには、以下のような違いがあり驚きましたね。
私自身も先入観があり本当かな?と当初は思いましたが、具体例や海外の状況等を読むと、著者の言っていることが正しいかなと思います。

①は従来で、②は著者の考えとなります。

①がんは切除するのがよい
②がんは放置するのが長生きになる

①がんを初期切除すればがんの転移はない
②がんは当初から転移する能力を備えている

①抗がん剤は効果がある
②抗がん剤は副作用や急死を含む「縮命」作用が伴う

①玄米と野菜しか食べないなどの食事療法ががんに効果
②食事療法で体重を激減させると体力が落ちてがんが増殖

 著者も研修医時代は、がんは積極的に抗がん剤や手術で治療するのが当たり前だと思っていたようですが、患者が抗がん剤の毒性で苦しみそして命を縮めるのを見て疑問を抱き、それでがん治療の理論を考え抜き、がん放置療法を確立したようです。

 著者は、慶應大学病院の外来で最長23年以上にわたり、「がんを治療しない」患者を150人以上診てきましたが、その中に初診で普通に歩いて来て1年以内に逝ったというケースは一つもなかったようです。
 特にスキルス胃がんは悪性度が高く進行が速いとされ、見つかると同時に「余命3カ月」と言われる患者も多いようですが、「治療しない」と決めた著者の患者は診断から数ヶ月で亡くなった方は皆無で、逆にスキルス胃がんを抱えて普通に仕事や好きなことを続けて3年から9年も生きた方は何人もいるようです。
 元気な人が、あっという間に変わり果てた姿で逝くのは、今までのがんの治療のせいのようです。

 それから本書を読んで、「がんもどき」が「がん」と判断されるのが多いというのには驚きましたね。
 「痛い、苦しい、食べられない」などの自覚症状がないのに、健診や人間ドックで見つかったがんはほとんど「がんもどき」のようです。
気をつけたいと思います。 

 それから検診で受けるCT・レントゲン・マンモグラフィなどの放射線や放射線治療による被爆にも注意が必要のようです。

「「余命3カ月」のウソ」という本は、がんに対する考えが深まり、長生きのヒントにもなり、とてもオススメです!

以下はこの本の内容等です。

・医者が余命を宣告するときはたいてい、短めに伝えます。だから、余命を言われた人の6割近くは、宣告より長く生きています。なぜ余命宣告は短めなのか。ひとつには、患者さんが万一早く亡くなられた場合に、家族などからとがめられないように、つまりリスクヘッジのために、最悪の場合を想定して伝えるから。「1年は大丈夫です」と言っておいて、3カ月で患者さんが亡くなったら、医者として面目が立たない。また生存データを見せて「同じ症状の患者さんは1年前後で亡くなられているケースが多いです。しかしがんは個人差が大きい。こんなに長生きしている人もいますよ」と正しく伝えると、患者さんを治療に追い込むには、迫力に欠けます。それで「治療しないと余命3カ月」とキッパリ短く言い切ったり、ひどい医者は「放っておくと明日、亡くなってもおかしくない状態」などと脅しにかかるわけです。なぜ、そうまでして治療をさせたいのか。治療をしないと医者としての仕事がなくなって、暮らしていけないからです。「おまんまの食い上げ」は、誰だって困ります。治療が命綱の医者にとって、余命は短く言えば言うほど「うまみ」が増します。まず、治療をやりたい放題やるために、これほど重宝な道具はありません。患者さんも家族も、多くは「医者がウソをつくはずがない」と信じていますから、「余命3カ月」と奈落に突き落とされ、「でも、手術や抗がん剤で治療すれば2年生きられる」と希望を与えられると、「先生にお任せします」とすがりついてしまう。その裏には「がんは放っておくとあっという間に死ぬ」という、思い込みがあります。医者はその恐怖を逆手にとって余命を短く言うほど、脅しが効き、治療しやすくなる。そして万一、手術の合併症や抗がん剤の毒で患者さんが亡くなったときも、遺族に「もともと手遅れで余命3カ月だったし、難しい手術になると言われてたから仕方ない。先生方は、あらゆる手を尽くしてくださった」と感謝してもらえます。逆に、患者さんが宣告より長く生きれば生きるほど「先生のおかげです」と、これもまた、感謝。手術したのが「がんもどき」なら再発も転移もしませんから、「先生に手術できれいに取ってもらったおかげで、がんが治った。神の手だ」と称えられます。「余命3カ月宣告」は医者にとって、いいこと尽くめというわけです。

・がんは、あいまいさや「もどき」の大変多い病気です。たとえばマンモグラフィだけで見つかる「乳管内乳がん」は、名前はがんでも無害な「がんもどき」です。世界のデータを見てもそれは明らかなのに、ピンクリボン運動などで「乳がんは早期発見・早期治療すれば100%治る。定期的に検診を」と、盛大にPRしています。無意味な手術で、乳房を丸ごと切り取られる患者さんも多い。「早期発見・早期治療でがんを取ったから、5年たっても私は元気。ラッキー」と喜んでいる人は、不用意に体を傷つけて、損をしたのです。世間にあふれる「がんが消えた」「奇跡の生還」ストーリーも、おできとおなじ「がんもどき」が自然に消えたのを「がんが治った」と吹聴しているだけです。がんと言われても、苦痛がないなら様子を見るのがいちばんです。どうしても治療したいなら、「その診断は正しいのか」を、よく調べてください。医者にがんの治療を勧められたら、まずは「本当にがんなのか」を確かめること。
 ①顕微鏡での組織検査でがんと確認された。
 ②定期的な検査(胃レントゲン、内視鏡、超音波、CT等)のデータがあり、それを行った医者からデータをもらえる。
最低限、この2つを満たすようにしてください。そしてもし本当にがんとわかっても、なんとかして治療を先延ばしにしてください。

・がんは、エイリアンやウイルスのように外からきたものではなく、もともと自分の中にあった正常細胞が、ちょっと変化して育ってきたものです。がんはある日突然生じるのではなく、最初に1個のがん幹細胞が生まれてから健診などで見つかるまでに、何年も何十年もかけて育ってきます。正常細胞とがん細胞の違いは「秩序」です。がん細胞は、無秩序に分裂していく「暴走族」。体からの命令を無視して勝手に増殖を続けます。細胞の形も崩れています。がん細胞と正常細胞の遺伝子は、構造や機能がほぼ共通しています。だから、がん細胞を殺す抗がん剤は、必ず正常細胞も殺してしまうことになります。

・本物のがんと「がんもどき」の違いはただひとつ、臓器への「転移」の有無にあります。本物のがんは、最初の1個のがん幹細胞の時点で「全身に転移して増大し続け、宿主の命を奪う」性質を備え、直径0.1ミリ時点でも転移する能力を持っています。これは、肺や大腸のがんが急に脳や骨に飛んでいくわけではないんです。本物のがん細胞は、まず周囲の血管やリンパ管の壁を食い破り(浸潤)、続いて血液やリンパ液にのって全身をめぐります。そして今度は肝臓や脳の血管壁に取りついて食い破り、そこで増殖してかたまりを作っていきます。最初に転移が起きた時点では、CTから超音波検査まで、どんな最新鋭機で検査をしても、がん細胞を見つけることは不可能です。なぜなら今の検査技術では、がんが直径1センチ前後、重さ1グラム、細胞約10億個の大きさに育ってからでないと「転移巣」として見つけることができないからです。転移がんを治す方法は見つかっていないので、転移が見つかったらまず、治るのをあきらめることが第一歩です。治そうと思うと無理な治療に走り、命を縮めやすいからです。症状の緩和、延命といった、現実的な目標を立ててください。

・僕は、がんの病巣を切り取る手術はできるだけ避けたほうがいいと思います。延命効果ははっきりしないのに、あまりに手術のリスクが大きい。医者に言われるまま手術に突入し、「まさかこんなことになるとは・・・」と愕然とする患者さんや親族を、僕は数え切れないほど見てきました。「初期の肺がんが検診で見つかり、症状もないのに切除手術。すると術後の経過が悪く、2カ月で死去」「喉頭がんのリンパ節転移が見つかり、手術で首の組織をざっくり切除された。声はまともに出ない、食事は長時間かかる、首はひどく変形・・・という術後の厳しい現実にうつ病を患い、結局がんも再発」。こういう痛ましい事例を、身近でも見聞きされていないでしょうか。今まであった臓器を取ると、なくなったことによる脱落症状が起きます。それでやせ細って体力もなくなり、退院後もげっそりやつれたままになりやすい。いったん切り取った臓器や神経は、二度と再生しません。また医者の判断や手元がちょっと狂っただけで重い障害や死に直結します。手術を勧められたら「その後どういうことになるのか」を、できるだけ具体的にシュミレーションしてください。

・分子生物学の研究が進んで「がんは当初から転移する能力を備えている。がんが大きくなってから転移するという説は間違い」ということが、はっきりしてきています。がんが直径1cmに育ってから発見されるのは、NK細胞が、がん細胞を敵として見分けられなかったから。「免疫系ではがんを排除できない」証拠です。実際、「胃がんを手術しなかった患者の生存率」の複数のデータで、抗がん剤を使った人、免疫療法をやった人の5年生存率はどちらも20%以下、治療をしなかった人のほうがずっと長生きで、5年生存率が50%という数字が出ています。免疫細胞療法の治療費は高額で、「がんを抑え込みたいなら一生続ける必要がある」と毎月数十万円を請求されたりします。詐欺にのせられないでください。

・僕も研修医時代は、がんは積極的に治療するのが当たり前だと思っていました。助手になり講師になってからも、たとえば乳がんの治療に、当時欧米でスタンダードになっていた、日本一強い抗がん剤を使っていた時期もあります。けれども患者は毒性で苦しみ、数人は明らかに、命を縮めてしまった。それで抗がん剤治療に疑問を抱き、改めて臨床データ論文を読み込んで分析し、がんの原理にまでさかのぼっていき、治療の理論を考えました。すると手術、放射線、がんの早期発見などについても、臨床経験からさまざまな疑問がわき起こりました。さらに臨床データ論文を読み込み、理論を再構築する作業を続けました。一貫していたのは、「どうしたら患者さんがいちばん苦しまずに、長生きできるだろうか」ということ。そこを基点に無理や矛盾のない診療方法を考え抜いて「がん放置療法」を確立しました。「患者よ、がんと闘うな」(文藝春秋)のときは、実際に診ていた、がんを放置した人が少なかったけれど、それから臨床を重ねて最近、理論がさらに深まってきました。固形がんの最前の治療法は「無治療」。治療は、がんによる痛みや苦しみが出てきたときだけ、生活の質(QOL)を維持するためにやれば十分です。これは世界で最も新しい治療法であり、がんへの最善の対処法と確信しています。がん放置療法の基本は、まず余命宣告など忘れること。そうつらくなく日常生活を送れるうちは、あわてて治療をしないで、様子を見ることです。そして息苦しい、食べられない、痛いなどの症状が出てきたら病院に行って、苦痛をやわらげる緩和ケアをしてもらう。これだけ。とてもシンプルです。

・医者のすすめるがん治療のウソを見抜く、9つの心得をまとめてみます。
 ①元気なのに「余命3カ月」「余命半年」はありえない
 ②人はがんで、すぐには死なない
 ③検診を受けない。受けても忘れる
 ④リンパ節まで切り取っても、がんは治らない
 ⑤検診で受ける放射線量に要注意
 ⑥治療法がひとつ、ということはない
 ⑦セカンドオピニオンは、違う病院の違う診療科で
 ⑧「免疫力」よりも「抵抗力」
 ⑨無治療が最高の延命策

・抗がん剤は、大変高価な薬ですから、たっぷり使えば使うほど、病院の収入は増え、製薬会社もうるおう。それも乱発の一因です。「もうからない」ことはあと回し。たとえば「乳がんには、この経口抗がん剤は効果がない」とわかっていても、より効果のある方法を前向きに考えることはない。人件費と手間を考えると採算が合わないからです。医学は科学なのに、治療法を決める動機のかなりの部分が「もうけ」にある。本来は学会が新しい医学を広めたり、教育指導する立場にありますが、日本の学会は役割を果たしていません。健康行政にかかわる官僚も含めて、「自分たちの一挙手一投足が多数の人命にかかわる」という発想にはならない。利権がからんでいるからです。整理すると、抗がん剤の開発・販売でもうける製薬会社。その製薬会社から多額の寄付などを受けて治療ガイドラインを作る学会幹部。そのガイドラインを丸暗記して専門医資格試験をクリアするがん専門医。ガイドラインに沿った治療を行わないと、医療裁判になったときに負けるから、治療も、盲目的にガイドライン通りに行われます。天下りの問題もあります。2010年、厚労省は自ら、同省や国立病院に在籍していたことのあるOB29人が、国内の製薬会社15社に再就職していた、と発表していまs。病院は抗がん剤を使うほどもうかり、患者・家族は「医者の言うことをきかないと見捨てられる」という恐怖があるから素直に従う。マスコミは「がん難民」「夢の抗がん剤」などと患者をあおって販売部数や視聴率を上げようとする。がん産業が巨大化するほど、国の税収は増える。がんが実にいろいろな人の「めしのタネ」になっていて、持ちつ持たれつ。抗がん剤は特にもうかるから、拒否する人が増えると困る人が無数にいる。そこがいちばん大きな問題です。

・がんが見つかると、患者も家族も多くは「治療しない」ことに耐えられず、「やれることはすべてやりたい」というワナにはまります。その中には抗がん剤も含まれます。1990年、アメリカ議会に提出された技術評価局報告書h、「抗がん剤、放射線などは病巣を一時的に縮小させるが、この縮小は無意味であり、延命効果が認められないうえに、患者の生活の質を悪化させる」と断定しています。抗がん剤を使うと、がん細胞が急速に抵抗力をつけ、かえって悪化するだけでなく、患者の免疫や肝臓などの機能に壊滅的打撃を与えるという意味です。厚生省(当時)の研究班も、手術後の抗がん剤使用について「延命効果、生活の質の向上効果がない」と認めています。抗がん剤は、1割のがん(小児がん、血液のがんなど)にしか効かないことを専門家も認めています。また、日本で認可されている抗がん剤の半分以上が、欧米では認可されていません。日本では、抗がん剤が医薬品として認可されるためには、臨床試験で、奏効率が2割でよく、その際、治癒効果、延命効果などは、考慮されてきませんでした。奏効率が2割とは、「2割の患者が、4週間以上主要の大きさが半分以下になればよい」ということ。つまり8割の患者に無効でも、4週間だけの効果でもよいということです。最近は抗がん剤によって引き起こされる嘔吐などを抑制するため、吐き気止めが使われています。今まであった吐き気がなくなると、患者さんは「抗がん剤が効いている」と勘違いしえ、今までより長期間、抗がん剤の治療を受けることになります。すると、抗がん剤の毒性がますます強く出て、寿命を縮める結果になることが多い。

・イレッサに代表される新しいタイプの抗がん剤「分子標的薬」が、このところ続々とがん細胞を効率よく狙い撃ちできる、というのが分子標的薬の売り。従来の抗がん剤は、正常細胞もがん細胞も含めた不特定多数の「増殖スピードが比較的速い細胞」をターゲットにしていました。それに対して分子標的薬は、「細胞の増殖、浸潤、転移などに関わる、がん細胞に特有の分子」をターゲットにします。がん細胞を狙って作用させられるなら、副作用を抑えながら治療効果を高めることができるはずです。しかし、現実は真逆でした。肺がん治療薬イレッサは2002年、「画期的な夢の新薬」としてさっそうと登場し、世界に先駆けて日本で発売されました。しかs、医者がイレッサの副作用のことなどをよく知らずに、安易に投与したケースが多かったこともあり、たくさんの患者さんが重い副作用としての間質性肺炎に陥りました。4000人以上の患者さんの、大規模な追跡調査が行われ06年にその結果が報告されました。イレッサを服用して間質性肺炎や急性肺障害を発症した人は約4%、亡くなった人は約1.6%にものぼりました。100人がイレッサを服用すると、1~2人が亡くなる、という恐ろしい薬害です。特に「間質性肺炎などの肺障害がある」「喫煙歴がある」「体力が低下している」などに該当する人は、イレッサによる重い副作用を被りやすいことがわかっています。その間に「イレッサには延命効果がない」という臨床試験結果も発表されています。分子標的薬は、がん細胞に存在する特定のタンパクだけに抱きつき、その働きをさまたげる物質で、血液のがんである慢性骨髄性白血病では、目覚ましい効果がありました。それで固形がんに対しても、乳がん、肺がん、大腸がん、腎がん等でさまざまな分子標的薬が開発・認可されています。しかし、固形がんには延命効果は認められなかったのです。その理由はまず、細胞内の分子の働きが複雑だから。各細胞には2万種以上ものタンパクがあるので、そのうちひとつを分子標的薬で抑え込んでも、ほかのタンパクによって細胞機能を維持できる場合が多いのです。また、ターゲットになるタンパクは正常細胞にも存在するので、そえを死滅させた結果毒性が生じて、時には患者さんを死に至らしめる。だから十分な量を投与できない。従来の抗がん剤から進化したつもりが、結果は同じだったわけです。

・医者は毎年何千人も生まれているのに、日本の人口は年々右肩下がり。病人、けが人だけ診ていたら、患者さんは先細りです。それで健診・検診で元気な人の中から「病気」を掘り起こし、いらない治療をして、医療界の繁栄を図っている。医者不足の問題も、意味のに健診、がん検診、人間ドックに人手が取られ、救急医療など絶対必要な部分が手薄になっている、という構造があります。フィンランド保健局が15年がかりで行った追跡調査で、「医者の健康指導は、体によくない」ことが、はっきりしています。「まじめに定期健診を受け、異常が見つかったらライフスタイルを改善したり、治療をする」という努力は皮肉にも、命を縮めるのです。5年間の試験期間のあとは全員、自由に任せたら、10年後、信じがたい結果が出ました。せっせと「体にいいこと」に励んだ介入群は、病死、自殺、事故死、総死亡数とも、すべて放置群よりずっと多かったのです。この皮肉な結果から「薬を使っていくら数値を改善しても、健康長寿にはつながらない」「検査で異常があると言われて落ち込んだり、いやいや運動したり、好物をひかえなければならない精神的ストレスは、寿命を縮める」ことが推測できます。体は自分のものです。検査の数値に従わないで、体の声を聞いてください。

・最近「子宮頸がんワクチン」と称し、パピローマ・ウイルスの予防ワクチンの接種が、小中学女子にも盛んに奨励されています。しかし、がんの予防には全く無意味です。子宮頸がんの原因は、性行為で感染するヒト・パピローマ・ウイルス。このウイルスは子宮頸部の上皮を増殖させ、イボを生じさせ、粘膜を増殖させて、がんとそっくりの病変をつくります。しかしこれは、遺伝子の傷ではなく感染が原因の「上皮細胞の慢性変化」「慢性感染症」でしかありません。診療を国が仕切るスウェーデンのデータなどを見ると、検診で発見されるゼロ期のがんは、部位に関係なくほぼ「がんもどき」。僕自身も10人以上の治療しない子宮頸がんを診てきましたが、ゼロ期と思われた数人の病変は、やがてすべて消えました。ゼロ期の子宮頸がんには、ほぼ100%、ウイルス感染が見られます。しかし「ワクチン接種で本物の子宮頸がんを防ぐことができた」という実証は、ひとつも出ていないんです。子宮頸がんワクチンは、副作用も心配です。肩の近くの筋肉に注射するので大変痛くて、失神、発熱、頭痛などの訴えが続出しているほか、長期間にわたって運動機能低下や歩行不能が続いているケースもあります。検診で子宮頸がんが見つかって、治療をする場合のことも、お話ししておきます。日本では1期~2期は手術、3期~4期は放射線治療が行われています。欧米では1期~4期すべてが放射線治療の対象です。治療成績は、1期と2A期では手術と放射線治療の生存率は同等、2B期では放射線のほうが上回っています。もし手術を選んでしまうと、骨盤の中にあるリンパ節まで広く切除されます。また周囲の、膀胱や直腸を支配する神経まで切れてしまいます。すると排尿・排便がうまくいかなくなる。子宮がん切除手術を受けた患者さんの一部はカテーテル(管)を、そのつど尿道にさし込んで排尿しなければならなくなります。放射線治療ならば、手術と比べものにならないほど合併症や後遺症が軽くすみます。特に1B~2A期では、全摘術ではなく放射線治療をすべきです。

・国内のCT装置の台数はダントツ世界一で、全世界の設置台数の3分の1以上を占めていまう。放射線検査による国民被ばく線量も、発がん死亡率も、世界ワーストです。日本の医療現場では、がん検診などによって、1年間で長崎、広島に落とされた原爆の数発分の放射線量を受診者や患者に当て、医療被ばくによるがんで亡くなる人は推定、毎年13,500人という説もあるほど。イギリスの研究によると、日本は「がん死亡の3.2%は医療被ばくが原因」「世界15カ国中、最もCT検査回数が多い」「発がんへの影響は英国の5倍」という医療被ばく大国(2004、医学誌(ランセット))です。欧米の医療の専門家っちは、医療被ばくの発がんリスクを前提にして、患者保護に動いています。

・CT検査では、360度全方向から体にエックス線を当てて、人体の輪切り映像を見て診断します。被ばく線量はレントゲンの200~300倍!これは1回だけのCT撮影でも、発がん死亡のリスクが生まれる量です。45歳の人の場合、「被ばくにより発がん死亡する」確率は、全身CT1回で1万人中8人(0.08%)、30年間毎年受けると、1万人中190人(1.9%)と推定されています。

・やや太めのほうが長生きする理由として、研究チームが挙げたのは「体脂肪が増えると心臓を保護する」「慢性疾患にかかったときに、体脂肪が多いほうが体力が保てて有利」など。僕もがんの患者さんに「体の抵抗力をつけるのがいちばん。特にコレステロールは細胞を丈夫にするので、減らさないことが大事です。ウナギでもトロでもステーキでも、好きなものをなんでも食べて、ちょっと太ったほうが長生きしましょ」とアドバイスします。がんを治療しない、と決めた患者さんが、自分で見つけてきた食事療法に走ったら、今までおとなしかったがんが、信じられないような増殖のしかたをして、あっという間に亡くなられた。そういうことが今までに2度ありました。食事療法というのは「玄米と野菜しか食べない」「牛肉と乳製品は食べない」など、ないない尽くしの、体重を激減させるものがほとんどです。すると体力が落ちて、がん細胞をのさばらせてしまうのではないかと思います。メタボ健診でなにか言われても、よほどの肥満体でない限り、好きなものをバランスよく楽しく食べるのが、長寿のもとです。

・僕は病院に行かないので、がんがわかるのは「ものが食べられない」などの症状が出て、調べたら胃がんで胃の出口が狭くなり、あちこち転移していた、というような末期段階でしょう。食事、呼吸、排泄だけは損なわれないように、狭くなったところを広げるステント挿入術などをして、痛みは鎮痛剤やモルヒネでコントロールする。そしてできる限り、今までと同じ生活を続けたい。体力ががんに負けて寝たきりになったら。理想としては、自宅で、身内に看取ってもらうのがいちばん幸せだと思います。

・治療法を決めるにあたり、僕ならこういうスタンスでいきます。
 ①がん細胞は自分の体の一部。だから敵対視しないで、共生する道を考えてみよう。
 ②がんの成長は、世間で思われているほど速くない。早期がんも進行がんも、今の大きさになるまでに、5年、10年、時には30年もかかっている。だから「治るか治らないか」の運命は、診断の前にほとんど決まっているはずだ。
 ③その運命が、診断後1ヶ月や2ヶ月のうちに変わるとは考えにくい。だから、あせらず腰を据えて、治療を受けることが損か得か、受けるとしたらどの治療法にするか、じっくり見極めよう。
 ④がんで死ぬのは自然なことだけれども、治療で死ぬのは不自然で、不条理だ。それに副作用や後遺症のない治療法はないから、治療のデメリットのほうもよく考えよう。
 ⑤治療が苦しくても、治療後にラクになることが確実なら、治療期間中と直後の時期はがまんしよう。
 ⑥逆に治療前より日常生活が苦しくなり、それが一生続くなら、本当の意味の治療ではない。手術で胃や食道などの臓器を摘出したら、わずかな例外を除いて、ふつう手術前より苦しくなり、不便が一生続く。従って摘出手術の多くは、治療として失格。また副作用が強い抗がん剤治療も、ずっと続けなければならないなら失格。
 ⑦本物のがんはほぼ、治癒ではなく延命が目標になる。しかし人それぞれの本来の寿命がわからないから、治療によって延命したのかどうか、本当のところはわからない。あるかないかわからないのに「延命をもたらす」という治療法に賭けると、人生がめちゃくちゃになる恐れもある。
 ⑧だから発想を転換して「日々の生活能力が保たれ、これからの日常をよりラクに過ごすことができる治療」を選ぶ。それは結果的に延命の可能性につながるだろう。
 ⑨たとえば手術と、臓器を残せる放射線治療がある場合は、放射線を選ぶ。がん切除手術はほとんど役に立たず、手術以外の治療法で十分という例が少なくない。たとえば、子宮頸がん、食道がん、膀胱がんの進行がん、前立腺がんなどは放射線治療をやってみて、手術を考えるのは、その結果を見てからで十分だと思う。手術をするにしても、臓器を全部取るのではなくて縮小手術でよい場合がある。たとえば、乳房温存療法など。日本では、がんの転移や再発予防と称してリンパ節の廓清(ごっそり取ってしまうこと)を非常に広い範囲に行うが、世界的にはその意味が認められていない。切除するにしても、もっとずっと狭い範囲でよく、リンパ節の廓清も必要ないことが多いから慎重に。
 ⑩医者に「この手術には1%の可能性がある」と言われたら、100%助からないと考える。まれに生きる人がいても、それは手術をしたからではなく、何もしなくても同じだった。1%と言われた場合、手術で助かったり、いい結果が出る可能性はゼロ。
 ⑪巨大図書館、書籍・雑誌・新聞、ネットなど、あらゆる情報源にああり、治療成績や生存率のデータも調べて、判断の材料をできるだけ豊富にしよう。

・Q:私は数年に1回、大腸のポリープを取る手術をしています。医者に「このまま放っておくとがんになる」と言われているのですが、本当ですか?
 A:それは治療費を稼ぐためのセールス・トーク。ポリープはがんには移行しません。もし移行するなら、ポリープの頂にがんができて病巣が広がり、それが崩れて進行がんになるはずです。その移行段階の病変が、全く見つかっていないんです。また「大腸がんは、一見正常な粘膜の部分から急に立ち上がってくる」ことを証明した日本人医師がいます。欧米でも「すべてのポリープを切除しておいても、大腸がんが発生する」ことがわかってきたため、「大腸がんはいきなり発生する」説が、世界で支持されつつあります。

<目次>
はじめに
第1章 偽りだらけの余命宣告
 医者が、余命を短く言う理由
 余命宣告の歴史
 余命の診断に3カ月以上かかる
 5年生存率と、20年目の転移・再発
 ケーススタディ がんを治療しないとどうなるか
 ケース1 CT検査で肺がんが見つかり「すでに4期で全身に転移」
      →3年9カ月生存
 ケース2 手術から4カ月で逝った中村勘三郎さん
 診断を忘れたほうが長生きする
 放射線治療なら食道を残せて生存率は同じ
 治癒率は12%
 手術への不安を語り続けた
 手術は大成功。しかし・・・
 治療をいっさい拒んで7年生き、消えるように逝く
 ケース3 乳がんの乳房全摘手術を断ったら、23年変化なし
 手術をいっさいしないという選択
 ケース4 スキルス胃がん「無治療」で、10年近くふつうの日常を
 症状がないから、手術お断り
 がんが9センチになっても無症状
 緩和ケアをしながらロシアや沖縄を旅した
 手術さえしなければ、穏やかに死ねる
第2章 余命とはなにか
 余命はとても幅広い
 生存期間中央値とは
 リード・タイム・バイアスという仕掛け
 データの落とし穴に要注意
 見かけ倒しの延命効果
 医者が、データを見せない理由
 余命を聞かない、という選択
第3章 がんとはなにか
 なぜ、本物のがんは治らないのか
 がんはあいまい
 がんと闘う、という無茶
 苦しみ抜いて死に至るがん治療
 正常細胞は品行方正、がん細胞は暴走族
 発がんバケツがいっぱいになると
 転移と余命
 どういう状態で生き延びるのか
 がんの手術で、まさかこんなことに・・・
 がんを切り取る手術は危険がいっぱい
 メスが入るとがんが暴れ、体が不自由になる
 手術が成功した=治った、わけではない
 手術をしすぎる日本人
 進化した放射線治療
 「ドカンとがんを焼く」重粒子線治療のリスク
 免疫ではがんを防げない、治せない
 積極治療から、がん放置療法へ
 がんの早期発見・早期手術は無意味
 早期胃がんは、がんではない?
 がんの進行について
 マンモグラフィも子宮頸がんワクチンも無意味
 欧米と日本では、がんの定義が違う
 がんの転移が2~3年以内に出る理由
 がんもどき理論誕生のきっかけ
 他臓器に転移しないがんは、命を奪わない
 医者にだまされない、9つの心得
第4章 余命を縮める抗がん剤の正体
 日本は抗がん剤後進国
 抗がん剤でがんが消えても、必ずリバウンドする
 効かない抗がん剤がはびこるカラクリ
 抗がん剤はもうかる
 抗がん剤の縮命作用
 欧米の常識は、抗がん剤=毒
 抗がん剤にはNOと言おう
 イレッサで死者857人。延命効果なし
 死も副作用のうち
第5章 予防医学が余命を削る!
 百害あって一利なしのがん検診
 早期発見は「患者を呼ぼう」医学
 日本でだけ盛んながん検診
 乳がん検診群のほうが短命
 子宮頸がんワクチンで防げるのは、がんもどき
 実は原発事故よりこわい、医療被ばく
 CTスキャンの被ばく線量は、レントゲンの200~300倍!
 メタボ健診は寿命を縮める
 がん、老化と共生する生き方
第6章 限られた余命を、どう生きるか
 態度を決める自由
 心のよりどころ、というとりで
 人は死んでも、まわりの人の心に生き続ける
 どのように、人生を去るか
 もし僕が進行がんになったら
 治療法を自分で選ぶ
 治療法の決め方
 病院の外に、健康な日を3日下さい
Q&A 余命のギモン ケーススタディ
付録「がん」に関するアンケート結果
おわりに

面白かった本まとめ(2013年上半期)

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「魚金二号店(東京 新橋)」で食事を楽しみました!

2013年11月06日 01時00分00秒 | 外食
<水曜は食べ物のおはなし>

 念願の新橋にある人気の「魚金」へ行ってきました!
(行ったのは二号店です^_^)
 店名に「魚」がある通り、刺身が有名でいつかは行ってみたいと思っていました。
予約が必須のお店のようですが、一人だったので運良く相席で潜り込むことができました^_^;)
 
1img_0917
↑店構え

 テーブルに座ってさっそくメニューを見ますが、やはりメニューの最初に刺身がありますね!

2img_0906
↑メニュー

3img_0907
↑メニュー

 刺身六点盛り1980円やお手頃三点盛り1280円がありますが、それぞれ12種類と7種類の刺身がある豪華版

で、2~3人用とのことです。
メニューは六点盛ですが、実際の刺身の種類は多いようです^_^;)
 回りのテーブルを見ますが、刺身六点盛りはかなり豪華な刺身で驚きます!
お店の人に相談すると、一人用に780円で刺身を盛ってくれるとのことで、それを頼みます。
一人用があるのは嬉しいですね!

また、メニューにオススメとある「カキフライとイワシフライ盛り合わせ」880円も注文します。
季節的に最近牡蠣が始まったようです。

生ビールは大きめのグラスで520円でしたね。

それから「冷やしトマト」480円に、本日の一押し!!「あら煮大根」680円も注文します。
 味噌汁が本日は青海苔で150円と安いのでこれも注文します。

 さっそく、生ビールとお通し350円のモツ煮込みが運ばれますが、このモツが柔らかく甘く煮込んでありこれは絶

品!
うずらの卵もいい感じで、この美味しさには驚きましたね!
さすが魚金!

4img_0908
↑モツ煮込み

 そして大きな冷やしトマトが運ばれますが、ヒンヤリトマトを塩やマヨネーズを選んで食べられるのは嬉しいです!
満足満足!

5img_0909
↑冷やしトマト

 そして刺身が運ばれますが、カツオやブリ、サバ、マグロなどが大きく5点も盛られ、さすが魚金!!
そして大きなワサビも嬉しい!
刺身を十分堪能でき、幸せのひとときです!

6img_0911
↑刺身

それから、アツアツのカキフライとイワシフライが運ばれます!
カキフライがアツアツトロトロで、皿の奥にあるタルタルソースで美味しくいただきます!!
やっぱりこのアツアツさが堪りませんね!
そしてアジフライが巨大過ぎ!
これが2枚もあり食べるのに苦労しました^_^;)
写真では分かりにくいですが、アジフライの裏にはポテサラとキャベツの千切りがかなりあります。

7img_0912
↑カキフライとアジフライ

そして、「ブリあらに大根」が運ばれますが、これも巨大過ぎ!
この魚金はボリューム満点ですね!
写真では分かりにくいですが、かなりの大きさで、これは残念ながら一人で全部は食べきれませんでしたね。
無念!
お店の方も多すぎましたねと言葉をかけてくれました^_^;)

8img_0915
↑ブリあらに大根

味噌汁は、想像以上に具がたっぷりあって、出汁がよく利き、青海苔もたっぷりでこれもアツアツでもあり美味しかったですね!

9img_0916
↑味噌汁

 魚金は、想像以上にリーズナブルな割にボリュームがあり、そして魚が美味しく、さすが人気店でしたね。
特に他のテーブルに運ばれたダイナミックな刺身の盛りは壮観でした!
また魚金はボリュームがあるので注文には気をつけたほうが良いと思います。
魚金はとてもオススメなお店です!
なお、消費税とは別に奉仕料5%が別途必要ですのでご注意ください。
それから人気店なので予約必須です!

美味しかったものまとめ(2013年上半期)

<今日の独り言>
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魚金 2号店

夜総合点★★★☆☆ 3.6
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自動車保険を安くする!(2013年結果)

2013年11月04日 01時00分00秒 | 良い物・サービス
<月曜はお勧めなおはなし>

 2013年のインターネットでの各社自動車保険見積もり比較結果は以下の通りで、一番安かったのは年額30,850円のアクサダイレクトでした!
2位のセゾンと3位のSBI損保もほぼ同程度(1000円以内)の金額でしたね。

1位:30,850円(年額)アクサダイレクト(車両保険金額を自由に選べない。身の回り品担保特約10万円)
2位:31,240円(年額)セゾン自動車火災保険(搭乗者傷害1000万円)
3位:31,800円(年額)SBI損保
4位:35,760円(年額)三井ダイレクト
5位:35,890円(年額)イーデザイン
6位:43,440円(年額)ソニー損保
7位:46,210円(年額)アメリカンホーム

 そのためかなり悩みましたが、アクサダイレクトは車両保険金額を自由に選べず身の回り品担保特約も10万円ということ、セゾンは搭乗者傷害が最大で1000万円しか選べないという欠点があるため、総合的に考えてSBI損保を選びました!

 また、SBI損保が長期間にわたる事故対応で円満解決してくれて非常に満足していることもあります。

 なお、4位の三井ダイレクトと5位のイーデザインはほぼ同じ金額で約36,000円でしたね。

 自動車保険の条件は、対人無制限、対物無制限、人身傷害無制限、搭乗者傷害2000万円、一般車両保険あり205~220万円、身の回り品担保特10~30万円、弁護士費用担保特約、対物差額修理費用補償、ノンフリート18級などで、保険内容としてはかなり充実していると思います。
特に弁護士費用担保特約は安心です。


 ということで、自動車保険の見積もりはインターネットで無料で24時間いつでもでき、そして従来の対面の代理店と比べるとはるかに安価に契約でき、おまけに500円の商品券(マクドナルドのカード等)ももらえますので、ぜひ上記のINSWEBのサイトで見積もりをしてみてください!

 また、INSWEBでは見積もりできない保険会社もありますので、以下の見積もりサイトも活用し、できるだけ多くの保険会社から見積もりをもらい、できるだけ安くそして保障内容を良くしましょう~~!

 なお見積もりにあたっては、車検証と現保険契約書、免許証があると良いです。(ただ基本的には現保険契約書さえあれば見積もりできます。)

 また、無料見積もりをしたからと言って強引な訪問や電話は今までもまったくありませんので、ご安心ください!!

 それからどこの保険会社もホームページ上で細かい条件(例えば対物を3千万円にしたり、車両保険金額を変えたり、身の回り品担保特約をつけたり等)を変えて自由に比較検討できます。
最近は各会社特有の特約もあり面白いですね。

 これらの検討にあたっては、「?ボタン」などをクリックすれば、詳細説明を見ることもできますので、安心してください。
結構楽しく勉強になります。

ぜひ以下のサイトから見積もりを取ってみてください!
私も以下からもいつも見積もりを取っています。





↑良かったらこちらからでも見積もりをどうぞ!(比較.com)

参考までに、
 2012年の結果についてはコチラです。
 2011年の結果についてはコチラです。
 2010年の結果についてはコチラです。
 2009年の結果についてはコチラです。
 2008年の結果についてはコチラです。
 2007年の結果についてはコチラです。
 2006年の結果についてはコチラです。
 2005年の結果についてはコチラです。
 2004年の結果についてはコチラです。

お勧めなお話(2013年上半期)

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「イノベーション・オブ・ライフ(クレイトン・M・クリステンセン他)」という本はとてもオススメ!

2013年11月01日 01時00分00秒 | 
<金曜は本の紹介>

「イノベーション・オブ・ライフ」の購入はコチラ

 「イノベーション・オブ・ライフ」という本の著者であるクレイトン・クリステンセン教授は、毎年ハーバード・ビジネススクールで受けもつ講義の最終日に、ビジネスや戦略ではなく、どうすれば幸せで充実した人生を送れるかについて、学生たちと話し合う機会をもっているようです。

 2010年には学生たちのたっての希望で、その年の卒業生全員に向けて授業を行い、この内容を二人の共著者とともに加筆・書籍化したものが、この「イノベーション・オブ・ライフ」(原題:How Will You Measure Your Life?)という本です。

 クレイトン・クリステンセン教授は、2007年に心臓発作に襲われ、その2年後には悪性腫瘍が見つかり、今度は脳梗塞で倒れ、言語能力に障害が残りましたが、これほど大変な苦しみや挫折のなかでも、人がよりよく生きられるよう手助けしたいという思いがますます強くなったようです。

 現在はかなり回復されたようで安堵しましたが、本書はどうすれば幸せで人生を送れるかについて、ビジネス戦略を例に挙げながら、仕事(キャリア)の選択方法、時間やお金・労力の配分、人間関係、よりよい結婚生活法、子どもの育て方、自分のルール、目的をもつことの大切さなどについて分かりやすく説明しています。

 とても考えさせられ、自分の人生の参考になりました。

「イノベーション・オブ・ライフ」という本は、とてもオススメな本です!

以下はこの本のポイントなどです。

・仕事の衛生要因をただちに改善しても、仕事を突然好きになるわけではない。せいぜい、嫌いではなくなるのが関の山だ。「仕事に不満がある」の反対は、「仕事に満足している」ではなく、「仕事に不満がない」だ。この2つは決して同じことではない。安全な快適な職場環境、上司や同僚との良好な関係、家族を養えるだけの給料といった衛生要因に配慮するのは大切だ。これらが満たされなければ、あなたは仕事に不満をもつようになる。だがそれだけで、仕事を心から好きになれるわけではない。ただ嫌いではなくなるだけだ。

・ほどなくして私は何人かの友人に仕事が嫌になってきたと打ち明けられた。間違った理由で仕事を選んだことに気づいたのだ。おまけに彼らは身動きがとれなかった。給料に見合った贅沢なライフスタイルを送っていた家族にとって、もとの暮らしに戻るのは並大抵のことではなかった。真の動機づけ要因ではなく、衛生要因につられて仕事を選んだ結果、罠から抜け出せなくなったのだ。私は何も、不幸な仕事の根本原因が金銭だとは言っていない。そうではない。問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素より優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるときだ。

・仕事の動機づけ要因が満たされている人は、大金を得ていなくても、仕事を愛するようになることを、ハーズバーグ理論は示唆する。このような人は、仕事にやりがいを感じるはずだ。

・いざプレイハウスが完成すると、子どもたちはめったに中で遊ばなかった。実のところ、彼らを動機づけていたのは、自分たちの家を手に入れたいという願いではなかった。家を建てるという行為と、自分がそれに貢献しているという自覚が、満足感を与えたのだ。それまで私は大事なのは終着点だと思っていた。だが実は、そこに向かう道のりにこそ意味があったのだ。こうした動機づけ要因のもつ力は、計り知れないほど大きい。何かを成し遂げた、学んだという思い、有意義な成果を生み出そうとするチームを動かしているという自負。あのとき一人で簡単につくれるプレイハウスの組立キットを買っていたらと思うと、ひやりとする。

・金銭を追い求めても、せいぜい仕事への失望感を和らげるにすぎないということだ。それでも富の誘惑は、社会の俊英たちを混乱させ、惑わせている。本当の幸せを見つける秘訣は、自分にとって有意義だと思える機会をつねに求め続けることにある。新しいことを学び、成功を重ね、ますます多くの責任を引き受けることのできる機会だ。古いことわざに、こんなものがある。「自分の愛することを仕事に選びなさい。そうすればあなたは一生のうち、一日も働く必要がなくなる」。自分の仕事を心から愛せる人、有意義と思える仕事をしている人は、毎朝出社した瞬間から、はっきりと有利な立場にある。全力で仕事に打ち込み、ますます仕事をうまく行えるようになるのだ。

・私たちが最も陥りやすい間違いの一つは、それさえあれば幸せになれると信じて、職業上の成功を示す、目に見えやすい証に執着することだ。もっと高い報酬。もっと権威ある肩書き。もっと立派なオフィス。こうしたものは結局のところ、あなたが職業的に「成功した」ことを、友人や家族に示すしるしでしかない。だが仕事の目に見えやすい側面にとらわれたとたん、ありもしない蜃気楼を追いかけた、私の何人かの同級生と同じ道をたどる危険にさらされる。今度昇給すればとうとう幸せになれと、あなたは思うかもしれない。だがそれは雲をつかむようなものだ。動機づけい理論は、ふだん自分に問いかけないような問題について考えよと、わたしたちを諭している。この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?成長する機会を与えてくれるだろうか?何か新しいことを学べるだろうか?だれかに評価され、何かを成し遂げる機会を与えてくれるだろうか?責任は任されるだろうか?-これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。これを正しく理解すれば、仕事の数値化しやすい側面にそれほど意味を感じなくなるだろう。

・戦略の選択肢は、二つのまったく異なる源から生まれる。一つ目の源は予期された機会、つまり前もって予見し、意図的に追求することができる機会だ。このような予期された機会を中心とする計画を実行するとき、意図的戦略を推進しているという。選択肢の二つ目の源は予期されない機会で、一般には意図的な計画や戦略決定、推進するうちに生じる、さまざまな問題や機会の混じり合ったものをいう。続いて、予期されない問題や機会は、平たく言えば、経営陣や従業員の注目、資金、熱意を得ようとして、意図的戦略と張り合う。企業はここで選択を迫られる。当初の計画に固執するか、それを修正するか、それとも新しく生じた選択肢の一つに完全に乗り換えるかだ。この選択は、はっきりとした意志決定の形をとることもある。だが一般に、修正された戦略は、企業が予期されない機会を追求し、予期されない問題を解決するうちに下す、日々のさまざまな決定が凝縮したものであることが多い。このようにして形成される戦略は、創発的戦略と呼ばれる。

・私たちは人生やキャリアで、意識していようがいまいが、つねに意図的戦略か、創発的に現れる予期されない選択肢のどちらかを選びながら、道を進んでいく。どちらの手法も、私たちの心をつかもうとして張り合い、実際の戦略になろうとして正当性を主張する。どちらかの手法がもう一方に比べて本質的に優れているとか、劣っているということはない。むしろ、どちらを選ぶべきかは、あなたが道程のどこにいるかによって決まるのだ。戦略がこの2つの異なる要素からできていること、そして状況によってどちらを選ぶべきかが決まることを、しっかり理解しよう。そうすれば、キャリアを歩むなかで、ひっきりなしに現れる選択肢の中から、よりよいものを選び出せるようになる。

・あなたの求める衛生要因と動機づけ要因の両方を与えてくれる仕事が、すでに見つかっているなら、意図的な手法をとるのが理にかなっている。あなたははっきりした目標を持ち、いまの感触からすると、その目標には努力して達成する価値があると思っている。予期されない機会に合わせて戦略を修正することは忘れて、意図的に設定した目標をどうやって達成するかに、思考を集中しよう。反面、こうした条件を満たすキャリアがまだ見つかっていない人は、道を切り拓こうとする新興企業のように、創発的戦略をとる必要がある。別の言い方をすると、こういう状況にあるときは、人生で実験せよということだ。一つひとつの経験から学びつつ、戦略を修正していく。これをすばやく繰り返すのだ。これと思う仕事が見つかるまで続けよう。キャリアを歩むうちに、自分がどのような分野の仕事なら好きになれるのか、輝けるのかがわかってくる。そのうちに動機づけ要因を最大限に高め、衛生要因を満たせる分野がきっと見つかるだろう。だが象牙の塔に閉じこもり、問題をじっと考えていれば、いつか答えがひらめくというものではない。戦略は必ずと言ってよいほど、予期された機会と予期されない機会が組み合わさって生まれる。肝心なのは、外へ出ていろんなものごとを試しながら、自分の能力と関心、優先事項が実を結びそうな分野を、身をもって知ることだ。本当にやりたいことが見つかったら、そのときが創発的戦略から意図的戦略に移行するタイミングだ。

・仕事を引き受ける前に、あなたのやりたいことをやり遂げるには、誰に何をやってもらう、または何を提供してもらう必要があるのかを、じっくり考えて書き出す。こう自問しよう。「この仕事で成功するには、どんな仮定の正しさが証明されなくてはならないだろう?」それをリストアップする。それは自分の力で何とかなるものだろうか?同じように重要なこととして、いま検討している仕事で自分が幸せになるには、どんな仮定が立証されなくてはならないかを考えよう。あなたは外発的、内発的どちらの動機づけ要因をもとに、仕事を選ぼうとしているのだろう?なぜこの仕事を楽しめると思うのか?どんな根拠があるのか?転職を検討するたびに、立証する必要のある最も重要な仮定を洗い出し、それをすばやく、費用をかけずに証明する方法を考えよう。自分のとろうとする道について、現実的な期待をもつことを心がけよう。

・戦略は企業戦略であれ人生の戦略であれ、時間や労力、お金をどのように費やすかという日々の無数の決定を通して生み出される。あなたは一瞬一瞬の時間の過ごし方や、労力とお金の費やし方に関わる一つひとつの決定を通して、自分にとって本当に大切なのはこういうことだと、公に宣言しているのだ。人生に明確な目的と戦略をもつことは確かに大切だが、自分のもてる資源を、戦略にふさわしい方法で投資しない限り、何にもならない。結局のところ、戦略は正しく実行されなければ、ただの善意でしかないのだ。自分が心から実行したいと思う戦略を、実際に実行しているかどうかを確かめるには、どうすればいいだろう?自分の資源が流れている場所に、つま資源配分プロセスに目を配ろう。自分の立てた戦略を支えるような配分がなされていない場合、深刻な問題が起きる恐れがある。たとえば自分は慈善心のある人間だと自負している人は、自分の気にかけている大義や組織に、それだけの時間やお金を費やしているだろうか?家族が何より大事だと言うなら、ここ一週間の時間の使い方の選択で、家族を最優先しているだろうか?自分の血と汗と涙をどこに投資するかという決定が、なりたい自分の姿を映しだしていなければ、そのような自分になれるはずもない。

・あなたは親として、子どもにいろんなことを試みるが、うまくいかないことも多いだろう。そんなとき、失敗したと考えがちだ。でもそう考えてはいけない。実はその逆なのだから。ここまで創発的、意図的戦略について考えてきたこと、計画と思いがけない機会のバランスを図る方法を思い出せば、何かがうまくいかないということは、失敗とイコールでないことがわかるはずだ。失敗したのではなく、うまくいかないやり方を学んだのだ。おかげで、ほかの方法を試すべきだとわかる。

・家族や親しい友人との関係は、人生で最も大切な幸せのよりどころの一つだ。だが気をつけなくてはいけない。家庭生活が万事うまくいっているように思われるときは、家族との関係への投資を後回しにできると、ついつい考えてしまう。これは大きな間違いだ。深刻な問題がもちあがる頃には、関係を修復しようとしても、もう手遅れであることが多い。つまり、矛盾しているようだが、家族との強力な関係、友人との親密な関係を築くことに最も力を入れる必要があるのは、一見その必要がないように思われるときなのだ。

・アマル・ビデ教授は著書「新規事業の起源と進化」のなかで、最終的に成功した企業の93%が、当初の戦略を断念していたと指摘する。その理由は、当初の計画に成功の見込みがないことが判明したからだった。別の言い方をすると、成功した企業は、最初から正しい戦略をもっていたから、成功したのではない。むしろ成功できたのは、当初の戦略が失敗したあともまだ資金が残っていたために、方向転換して別の手法を試すことができたからだ。これに対して、失敗する企業のほとんどが、ありったけの資金を当初の戦略に注ぎ込んでいる。だが当初の戦略は、間違っていることが多いのだ。必勝戦略がまだはっきりしない、新規事業の初期段階では、投資家からの「良い金」は、「成長は気長に、しかし利益は性急に」求めるものでなくてはいけない。つまり、間違った戦略を推進して多額の資金を無駄にしないよう、できるだけ早くできるだけ少ない資金で、実行可能な戦略を見つけることを、新興企業に要求するのだ。最終的に成功した企業のうち、93%が当初の戦略を変更する必要があったことを考えると、初期段階の企業に可能な限り「早く大きく」成長することを求める資本は、ほぼ例外なく企業を崖に突っ込ませる。これが起きると、大企業でもあっと言う間に資金を使い果たしてしまう。また組織が大きければ大きいほど、方向転換は難しい。

・皮肉にもホンダが成功したのは、当初の台所事情があまりにも厳しく、利益モデルが見つかるまでの間、気長に成長を待つほかなかったからだ。もしアメリカ事業により多くの資源を配分する余裕があったなら、たとえ儲かる見込みはなくても、さらに多額の資金をつぎこんで大型バイク戦略を追求していたかもしれない。これは投資という観点から言えば、「悪い金」にあたる。だが実際のホンダには、スーパーカブに注力する以外、ほとんど打つ手がなかった生き延びるには、小型バイクのもたらす利益がどうしても必要だった。これが、ホンダが最終的にアメリカで大成功を遂げた、一番の理由だ。ホンダはやむを得ない事情から、理論に忠実な方法で投資をするしかなかったのだ。これに代わるのが、逆の手法だ。事業を早く大きく成長させるために投資を行い、利益をあげる方法はおいおい見つければいいと考える。まさに、モトローラがイリジウムでとった戦略だ。歴史をひもとけば、この道を歩もうとして失敗した企業の例には事欠かない。このようにして近道をしようとする企業は、必ず失敗する。

・「良い金、悪い金」の理論が説明する因果的作用のせで、ほとんどの企業に審判の日が訪れる。主力事業がつまづくか、頭打ちになり、新しい収益源がいますぐ必要になる。だが新規事業への投資を怠ってきた企業は、新しい収益と利益の源が本当に必要になったときには、もう手遅れなのだ。もっと日陰がほしいと思ったそのときに、苗木を植えなくてはいけない。苗木は一夜にして日陰を生み出せるほど、早く大きく成長できないのだから。日陰をつくるほど高く育つ木がほしいなら、長年かけて辛抱強く育てる必要がある。

・映画「素晴らしい哉、人生!」が、何十年もの間大きな共感を呼び続けているのには、わけがある。主人公ジョージ・ベイリーを、人生の最もつらい時期に支えたのは、彼がそれまで投資してきた、数々の人間関係だった。ベイリーは映画の終わり近くに、お金はなくても豊かな友情に支えられていることに気づく。だれもがジョージ・ベイリーのような感情を味わいたい。だが、友人や家族との関係に、生涯を通じて投資するという仕事をしてこなかった人には、到底望めない話だ。忙しさにかまけ、図らずもおろそかにしてしまった友情の一つや二つは、だれにでもあるだろう。自分の友情だけは、放っておいても壊れないと思うかもしれないが、そんなことはまずない。どんなに信頼し合った友人でも、しばらくは変わらぬ関係でいてくれるだろうが、そのうちほかの人に時間と労力、友情を傾けるようになる。そうなれば、損失を被るのはあなただ。晩年になってから、かつてあれほど大切に思っていた友人や親戚と、なぜもっと連絡を取り合わなかったのだろうと嘆く人が多い。忙しくて、それどころではなかったのだ。だがそのまま放っておくと、深刻な影響が及ぶことが多い。黙って話を聞いて支えてくれる人を失い、闘病生活や離婚、失職などの大変な時期を、一人で堪え忍ばなくてはならなかった人たちを。それは世界中で一番孤独な場所かもしれない。

・研究者のトッド・リズリーとベティ・ハートは、生後二年半までの子供に、親の語りかけが与える影響を研究した。親子間で行われるすべてのやりとりを、細心の注意を払って観察し、記録したところ、親は1時間に平均1500語の言葉を、幼児に語りかけることがわかった。また「おしゃべりな」親(大学出の人が多かった)が、平均2100語を語りかけたのに対し、言語環境の貧しい親(低学歴の人が多かった)は、1時間に平均600語しか語りかけなかった。生後30ヶ月間の合計で見ると、「おしゃべりな」親の子どもは、平均4800万語を語りかけられたが、不利な環境で育った子どもは、わずか1300万語しか語りかけられなかったことになる。研究によれば、子どもが言葉に触れるべき最も重要な時期は、生後1年間だという。リズリーとハートの研究では、子どもたちが学校にあがってからも追跡調査をした。子どもたちに語りかけられた言葉の数は、彼らが生後30ヶ月間に聞いた言葉の数とも、成長してからの語彙と読解力の試験の成績とも、強い相関があった。また、子どもにただ何かを語りかければいいというわけではなかった。研究者たちは、親と幼児の間で行われる会話には、二種類あることに気がついた。一つは彼らが「仕事の話」と名付けたもので、たとえば「お昼寝の時間よ」「車に乗りましょう」といったものだ。これらは単純で直接的な会話であり、豊かで複雑な会話ではなかった。この種の会話が認知発達におよぼす影響は限定的だと、リズリーとハートは結論づけた。これに対して、子どもと面と向かって会話をし、大人とまったく同じ、知的な言葉を使って、まるで子どもが話し好きな大人たちの会話に加わっているかのように話しかけたとき、認知発達に計り知れないほど大きな影響があった。このような豊かなやりとりを、彼らは「言葉のダンス」と名付けた。言葉のダンスは、くだけた感じで思ったことを口にし、子どもがしていることや、親がしていること、しようと思っていることについて、あれこれ話すものだ。「今日は青いシャツを着る、それとも赤いシャツにしましょうか?」「今日は雨が降るかしらね」「ママったら、前にあなたのほ乳瓶を間違ってオーブンに入れちゃったときがあったわね」という具合だ。言葉のダンスでは、子どもに「もし~だったら」「覚えているかしら」「こうだったらいいと思わない?」といった問いかけをする。つまり子どもの身の回りで起きていることを深く考えさせるような質問だ。そしてこのような問いかけは、子どもが聞かれていることを理解できるようになるはるか前から、計り知れないほど大きな影響を及ぼすのだ。簡単に言うと、親が「余計なおしゃべり」をするとき、子どもの脳内で膨大な数のシナプス経路が活性化さえ、精微化される。シナプスとは、脳内の神経細胞同士の接合点のことで、神経細胞間の信号伝達はこのシナプスを通して行われる。わかりやすく言えば、脳内でシナプスの経路がたくさんつくられればつくられるほど、つながりがますます効率的に形成され、おかげでその後の思考パターンがより容易に、より早く形成される。

・さらに重要なことに、認知的優位性のカギが「言語のダンス」にあるのであって、収入や民族性、親の学歴などにあるのではないことを示している。別の言い方をすれば、低所得労働者でも、子どもにたくさん語りかけた人は、子どもの成績が非常によかった。また裕福な実業家でも、子どもにほとんど語りかけなかった人は、子どもの成績がとても悪かった。結果のばらつきはすべて、家庭内で3歳になるまでの幼児に語りっけられた言葉の量によって説明された。豊富な語彙と高い認知的能力をもって小学校に入学する子どもは、学校で早くから優れた成績をあげ、その後も長期にわたってよい成績をあげる確率が高い。これほど小さな投資が、これほど大きな利益を生む可能性があることには、唖然とさせられる。それでも多くの親は、子どもの学業成績に力を入れるのは、小学校にあがってからでいいと考える。だがその頃にはもう、子どもによいスタートを切らせる、絶好の機会を逸しているのだ。これは、友人や家族との関係への投資を、成果の兆しが見え始めるはるか以前から行わなくてはいけないという、数多くの例の一つにすぎない。時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう。キャリアを軌道に乗せようというときには、人間関係への投資は後回しにできると、思いたくもなる。それではいけない。大切な人との関係に実りをもたらすには、それが必要になるずっと前から等しをするしか方法はないのだ。

・片づけるべき用事のレンズを通して結婚生活を見れば、お互いに対してもっとも誠実な夫婦とは、お互いが片づけなくてはならない用事を理解した二人であり、その仕事を確実に、そしてうまく片づけている二人だとわかる。この気づきは、私に計り知れない影響を及ぼした。妻が片づける必要のある用事を心から理解しようとすることで、妻への愛情がますます深まる。妻もおそらく同じように思ってくれていることだろう。これに対して離婚は、自分の求めるものを相手が与えてくれるかどうかという観点から、結婚生活をとらえていることに、原因の一端があることが多い。与えてくれない人はお払い箱にし、別の人を探すという考え方だ。

・意外に聞こえるかもしれないが、人間関係に幸せを求めることは、自分を幸せにしてくれそうな人を探すだけではないと、私は深く信じている。その逆も同じくらい大切なのだ。つまり幸せを求めることは、幸せにしてあげたいと思える人、自分を犠牲にしてでも幸せにしてあげる価値があると思える人を探すことでもある。私たちを深い愛情に駆り立てるものが、お互いを理解し合い、お互いの用事を片づけようとする努力だとすれば、その献身を不動のものにできるかどうかは、私の経験から言えば、伴侶の成功を助け、伴侶を幸せにするために、自分をどれだけ犠牲にできるかにかかっている。

・製薬・自動車・石油・情報技術・半導体など多くの業界の企業が、デルと同じように、将来の能力の重要性をよく考えもせずに、アウトソーシングを推進している。この動きをあおっているのが、金融関係者やコンサルタント、研究者などだ。彼らはアウトソーシングを行えば、簡単にすばやく利益をあげられることを知っているが、その結果手放す能力を失うことのコストには気づかない。

・資源・プロセス・優先事項の能力モデルは、子どもが将来直面しそうな困難や問題から逆算して、どんな能力を備える必要があるかを考えるのに役立つ。子どもにできること、できないことを決定する要因の一つめが、資源だ。これには子どもが与えられた、または自ら獲得した、金銭的、物質的資源、時間、労力、知識、素質のほか、子どもが築いた人間関係や、過去から学んだことなどが含まれる。子どもの能力を決める二つ目の要因は、プロセスだ。プロセスとは、子どもが自力で新しいことを成し遂げたり、生み出したりするために、自分のもてる資源を使って行うことをいう。企業のプロセスと同様、目に見えにくいが、子どもの個性をつくる大きな要素だ。たとえば子どもの考え方や、洞察に満ちた質問をする方法、得意とするタイプの問題、問題の解決方法、他人と協力する方法などがこれにあたる。子どもの個人的な優先事項が、三つ目の能力になる。これは私たち大人がもっている優先事項とそう変わらない。学校、スポーツ、家族、仕事、信仰などがそうだ。優先事項は、子どもが日々決定を下す方法に影響を与える。頭のなかで考えていることや、様々なものごとのうち、どれを最優先するか、先延ばしにするか、はなから行わないかの決定だ。資源は何かを行う手段、プロセスは方法、優先事項は動機になる。

・アメリカでは近代経済史上初めて、若年層の失業率がほかのすべての年齢層を上回った。世界中の多くの先進国でも事情は同じだ。いったいどうしたことだろう?過去数十年間の経済政策のせいだと、わけ知り顔の人は言うが、私の見るところ、この状況を招いている要因は別にある。一つの世代全体が、雇用に直結する能力、特にプロセスを身につけないまま大人になってしまったのだ。私たちは家庭から仕事をアウトソーシングし、その結果生じた穴を、子どもたちに試練を与えず、やる気をかき立てもしない活動で埋めた。子どもたちを人生の困難な問題から隔離することで、知らず知らずのうちに、成功に必要なプロセスや優先事項を生み出す能力を、この世代から奪ってしまったのだ。

・私はこのときの経験から、自分の問題はできる限り自力で解決することを学び、自分の問題を自力で解決できるという自信をもち、また自分がそえをやり遂げたことに誇りを感じた。おかしなことだが、私はあの靴下がすり切れてはけなくなるまで、靴下をはくたびにつま先の直したところを見て、「ぼくが直したんだ」と思ったのだ。リーバイスの膝をどうやって直したのか、いまとなっては思い出せないが、きれいに直せたはずがない。だがそれを目にするたび、うまく直せなかったとは思わなかった。私が感じたのは、自分で直したという誇りだけだった。

・あなた自信、子ども時代にそんな経験をした記憶があるのではないだろうか。親から大切なことを学びとったとき、当の親には自分が何かを教えたという自覚がまったくなかった。たぶんそのとき親は、正しい優先事項を意識的に教えようとしていたわけではない。だが大切な学びの瞬間に、そばにいてくれたからこそ、あなたは学んだ価値観を本当に自分のものにすることができたのだ。このことが教えてくれるのは、一つには、子どもが学ぶ準備ができたとき、私たちがそばにいる必要がある。そして二つには、私たちは自分の行動を通して、子どもたちに学んでほしい優先事項や価値観を示す必要がある、ということだ。ところが私たちは、昔は家庭にいくらでもあった仕事の大部分をアウトソーシングすることで、子どもの生活に空洞をつくり、その多くを自分たちの関わらない活動で埋めている。その結果、子どもがいざ学ぶ準備ができたとき、そばにいるのは、私たちの知らない人や、尊敬できない人であることが多いのだ。

・子どもに必要なのは、新しいスキルを学ぶこおではない。能力の理論は、子どもに困難な挑戦を与えることの必要性を教えてくれる。子どもに厳しい問題を解決させ、価値観を養わせよう。どれほど多くの経験をさせても、心から打ち込めるような機会を与えない限り、将来の成功に必要なプロセスを身につけさせることはできない。また子どもにこうした経験をさせる役割を他人任せにする、つまりアウトソーシングすれば、子どもをあなたの尊敬、賞賛するような大人に育てあげる、貴重な機会を失うことになる。子どもが学ぶのは、あなたが教える準備ができたときではない。彼らは、学ぶ準備ができたときに学ぶのだ。子どもが人生の困難に立ち向かうそのそき、あなたがそばにいてやらなければ、彼らの優先事項を、そして人生を方向づける、貴重な機会を逃すことになる。

・彼は経営トップへの出世コースと思われるような職務や任務につく代わりに、どのような経験が得られるかかから逆算して、計画的に仕事を選んでいったのだ。「収入や名声をもとに仕事を選ぶようなことは絶対にしなかった」と彼は学生たちに語った。「むしろ、仕事を選ぶ際には必ずこう考えた。「この仕事は、私が将来立ち向かう必要のある経験をさせてくれるだろうか」」アーチボルトがビジネススクールを卒業後、初めてついた仕事は、華やかなコンサルティングの仕事ではなかった。彼は北ケベックで、アスベスト鉱山の経営に携わった。困難な状況で働く人たちを管理、指揮するという特定の経験を、経営トップになるまでに積むべきと考えてのことだった。そしてこれを皮切りに、同様の決定を下していった。戦略は功を奏した。彼はほどなくしてビアトリス・フーズのCEOに就任した。それから、わずか42歳にしてブラック&デッカーのCEOに就任するという、さらに高い目標を成し遂げたのだ。彼はその後24年間にわたって、この地位を務めあげた。

・あなたは親として、子どもが早いうちに重要な講座をとれるように、ちょっとした機会を見つけてやれる。ちょうどノーラン・アーチボルドがやったように、子どもが将来成功するためにはどんな講座が必要になるかを考え、それに合った経験を分析して模倣するのだ。背伸びをして、とても高い目標をめざすよう、子どもを励まそう。うまくいかなかったときには、そばにいて、子どもが正しい教訓を学べるように手助けする。偉大なことを成し遂げようとするとき、失敗するのは仕方ない。立ち上がってほこりを払い、またがんばろう。ときに失敗することがないなら、それは高みを目指していないのと同じだと、そう教えよう。だれもが成功をほめたたえるが、子どもが手の届かない目標を目指して頑張った結果であれば、失敗も賞賛しなくてはならない。

・子どもが困難な状況に陥ると、私たちはただもう本能的に手をさしのべようとする。だが子どもは難題に向き合い、ときに失敗することがなければ、困難から立ち直る力という、生涯を通じて必要になる能力を養うことはできない。長年ノンストップですばらしい業績をあげてきた人が、初めて大きな壁にぶつかると、精神的に参ってしまうことも多い。子どもをそんな目に遭わせたい親はいない。子どもにどんな能力を身につけさせたいかをつねに意識し、そのためにどんな経験をさせるべきかを考えよう。生涯を通じて必要になる能力を養うのに役立ちそうな経験を洗い出し、それを子どもに与える機会を設計するのだ。簡単ではないが、やるだけの価値はある。

・ほとんどの人が、「この一度だけ」なら、自分で決めたルールを破っても許されると、自分に言い聞かせたことがあるだろう。心の中で、その小さな選択を正当化する。こういった選択は、最初に下したときには、人生を変えてしまうような決定には思われない。限界費用はほぼ必ず低いと決まっている。しかしその小さな決定も積み重なると、ずっと大きな事態に発展し、その結果として自分が絶対になりたくなかった人間になってしまうことがある。私たちは無意識のうちに限界費用だけを考え、自分の行動がもたらす本当のコストが見えなくなってしまうのだ。この道に踏み出す最初の一歩は、小さな決定だ。いくつもの小さな決定を正当化し続けるうちに、いつしか大きな決定を迫られる。だがそのころには、もうそれほど大きな決定だと思わなくなっている。あるときふと辺りを見回し、前には考えられなかった終着点に着いたことに気づく。そのときになってようやく、自分がどんな道を歩んできたかを知るのだ。

・どんな企業も、望もうが望むまいが、目的をもっている。目的は企業の優先事項の中に宿り、経営者や従業員がそれぞれの置かれた状況で用いる優先順位づけのルールを実質的に決定する。多くの企業では、特定の強力な経営者や従業員が、企業は何であれ、自分の個人的な目的を達成するためにこそ存在すると考える。彼らにとって、企業は個人的な目的を達成する手段でしかない。そのような場合、企業の目的は、創発的戦略の入り口から入ってくることが多い。このような事実上の目的しかもたない企業はいつしか色あせ、製品やリーダーたちとともにたちまち忘れ去られる。だが明確な、説得力のある目的をもつ企業は、世界に計り知れないほど大きな影響と遺産を与える。企業の目的は灯台の光とな、従業員を本当に重要なものごとに集中させる。そして企業はこの目的のおかげで、どの一人の経営者や従業員よりも永らえることができるのだ。アップル、ディズニー、KIPPスクール、アラビンド眼科病院などがこの好例だ。

・企業の表明す目的が意味をもつためには、次の3つの部分をもっていなければなない。一つは、私が「自画像」と名付けたものだ。たとえていうと、絵画の巨匠は心でとらえたイメージをまず鉛筆描きのデッサンにしてから、油彩で描くことが多い。企業の「自画像」とは、主要なリーダーや従業員が、企業がいま進みつつある道を最後まで行ったとき、こんな企業になっていてほしいと思い描くイメージを言う。「自画像」という言葉が、ここではポイントだ。従業員がいつかあるとき、こんな企業になったのかと驚きをもって「発見」するようなイメージではないからだ。むしろ自画像とは、経営者や従業員が、旅の重要な節目に達したとき、実際にこうなっていてほしいと思う企業の姿を言う。二つ目として、目的が本来の役割を果たすためにいは、従業員と幹部が、実現しようとしている自画像に対して、深い献身をもたなくてはいけない。目的は書面で完結するものではない。従業員は、なにを優先すべきかという問いを、思いもよらない形で四六時中突きつけられる。このとき深い献身をもっていなければ、やむを得ない事情の波に揉まれて、自画像を傷つけてしまう。企業の目的の三つ目の部分が、経営者や従業員が進捗を測るために用いる、一つまたは少数の尺度だ。すべての関係者が、それぞれの仕事を尺度と照らし合わせることでこそ、企業全体が一貫した方向に進んでいける。この自画像、献身、尺度の3つの部分が、企業の目的をつくる。世界をよい方向に変えようとする企業は、けっして目的を成り行き任せにしてはいけない。価値ある目的が、いつの間にか現れることはまずない。目的は、明確な意図をもって構想、選択し、追求するものだ。だが企業がいったん目的をもてば、そこに行き着くまでの方法は、一般に創発的であることが多い。新しい機会や挑戦が現れ、それを追求する。偉大な経営者は、世界に足跡を残そうとする企業にとって、目的がいかに大切かを心得ている。

・私は自分の目的を明らかにしようとしてきた。また多くの友人や教え子が目的を見つけられるよう、手を貸してもきた。その経験から、自分の目的を自力で明らかにし、それを毎日実践していくには、人生の目的をなす3つの部分、つまり自画像、献身、尺度を理解することが、最も信頼できる方法だと断言できる。最後に忘れないでほしいのだが、これは一度やったらおしまいというものではなく、持続的なプロセスだ。わたし自身、自分の目的を十分に理解するまで、何年もかかった。だがその旅は実りあるものだった。

・私は学生たちに請け合う。じっくり時間をかけて人生の目的について考えれば、あとでふり返ったとき、それが人生で発見した一番大切なことだったと必ず思うはずだ。そして学校にいるいまこそ、この問いをじっくり考える最良のときなのだ。社会に出れば、ペースの速いキャリアや家族に対する責任、成功の目に見える報酬などに時間をとられ、周りが見えなくなることが多い。学校を終えて、舵ももたずに世の中にこぎ出せば、人生の荒波にのまれるだけだ。自分の目的をはっきり意識することは、長い目で見れば、活動基準原価計算(ABC)やバランススコアカード、コアコンピタンス、破壊的イノベーション、マーケティングの4P、ファイブフォース分析といった、ハーバードで教える重要な経営理論の知識に勝るのだ。あなたにも同じことが言える。じっくり時間をかけて人生の目的を考えれば、あとからふり返ったとき、それが人生で学んだ最も大切なことだったと必ず思うはずだ。

<目次>
 序講
 第1講 羽があるからと言って・・・
第1部 幸せなキャリアを歩む
 第2講 わたしたちを動かすもの
 第3講 計算と幸運のバランス
 第4講 口で言っているだけでは戦略にならない
第2部 幸せな関係を築く
 第5講 時を刻み続ける時計
 第6講 そのミルクシェイクは何のために雇ったのか?
 第7講 子どもたちをテセウスの船に乗せる
 第8講 経験の学校
 第9講 家庭内の見えざる手
第3部 罪人にならない
 第10講 この一度だけ・・・
 終講
 謝辞
 訳者あとがき

面白かった本まとめ(2013年上半期)

<今日の独り言> 
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