<金曜は本の紹介>
「ほんとうはすごい!日本の産業力(伊藤洋一)」の購入はコチラ
この「ほんとうはすごい!日本の産業力」という本は、住信基礎研究所主席研究員の伊藤洋一さんがWEB連載「10代で学ぶ金融そもそも講座」2010/6/30~2011/6/29の原稿に加筆修正の上、発刊されたものです。
第1章では、情報を読み取る技術として、新聞やネット、テレビのそれぞれのメリット・デメリットについて書かれていて、英語で読む重要性についても書かれています。ネットは即時性というメリットがありますね。
第2章では、日本の素晴らしい産業力について具体的な記述や、日本が今後どうあるべきかについて書かれています。航空・宇宙分野や、細胞シート、iPS細胞の作製に関する基本特許取得、光触媒技術、スーパーコンピュータ等実は凄いということがわかります。
第3章では世界の通貨をめぐる戦い、特にアメリカと中国について、第4章では主に日本の金融政策について書かれています。経済の中心は先進国から途上国へ移りつつあること、通貨安競争について理解できます。
この本は、どれも分かりやすく説明があり、特に10代の若い方にはオススメかと思います。とてもオススメな本です!
なお、伊藤洋一さんのラジオ「伊藤洋一のRound up」はipodで毎回楽しく聞いていて、その歯切れの良い口調はとても好感が持てます。経済情勢がよく分かります。こちらもオススメです!
以下はこの本のポイント等です。
・いま日本は、伝統的な繊維産業では苦しいところに追いやられている。ほとんど壊滅状態の地域も日本にはある。しかし一方で、東レの炭素繊維などが新たな技術として航空機の機体に使われている。つまり、ある国の産業と競争して生き残るためには、いろいろな意味で脱皮しなければいけないのだ。いつまでも過去を振り返っていてはいけない。
・新たに日本から登場しようとしているのがMRJというわけだ。同機はエンジンなど一部を除いて純国産であり、これができてはじめて日本に戦後初の航空機メーカーが誕生することになる。筆者は2009年に、そのMRJを名古屋の工場で取材する機会を得た。そこでいままでにない薄さの座席に座り、機内の広さを実寸大で確認した。また、その天井に淡く富士山が遠近法で浮き上がり、機内の光が和室の雰囲気であることも見た。「乗り物好き」には、実に楽しい時間だった。MRJがカナダやブラジル、ロシアや中国のメーカーに伍して、100人乗り以下のリージョナルジェット市場(たとえば成田-香港など)で大きく羽ばたけるかは、私にとっても日本にとっても大きな関心対象なのである。取材して興味深かったのは、数え方にもよるが、MRJの部品の数は100万にも達するということだ。現在主流の内燃機関の自動車の部品の数は3万と言われる。MRJクラスの飛行機でも部品の数は凄まじい。そういう意味では、航空機産業は非常にすそ野の広い産業だ。それが1000機、2000機と売れていったときの波及効果は凄まじい。むろん、自動車とは台数ベースが全く違うのですぐには比較にはならないが、たとえばいまの順調な受注ベースが増加すれば、MRJが日本の産業界に及ぼす波及効果は非常に大きなものになる。
・重要なのは、日本は戦後経済の発展に取り残されてきた航空機とロケットの分野でもきちんと産業領域を広げていることである。このことを忘れて、「日本の産業力は落ちてきている」などと現象的に主張するのは間違っている。テレビやDVD再生機、音楽再生機など日本が得意とした分野で、他の国が出てくるのはある意味自然である。覇者はいつでも真似され、追われる。日本には「次の産業」を作る決意があってよいし、それだけの技術力は持っていると思う。
・私が深く印象に残っているものとしては、東京女子医科大学の岡野光夫教授により開発された「細胞シート」だろう。これは組織や臓器を細胞から作り直していこうという再生医療であり、その技術は培養した細胞をシート状にして取り出すという画期的なものだ。シート状の細胞を障害のある部位に張りつけるだけで、組織や臓器の機能を回復させていくことができるようになった。再生医療の新時代を予感させる驚くべき最新テクノロジーと言える。
・同じ再生医療の分野で2011年8月中旬に伝わってきた嬉しいニュースは、京都大学の山中伸弥教授が世界に先駆けて作製したiPS(人工多能性幹)細胞、いわゆる万能細胞について、細胞の作製に関する基本特許が米国で成立したことだ。これに関しては、日本と欧州ではすでに京大の特許が成立している。再生医療でも世界最大の市場規模を誇る米国で、営利優先の民間機関ではなく公的機関である京大の特許が認められたことは素晴らしく、日本の技術力の高さを証明するものと言える。この結果、iPS細胞の実用化に向けた研究が広くオープンに行われる環境が整ったといえる。
・東京大学先端科学技術開発センター及び工学系研究科応用化学専攻の橋本和仁教授が行っている光触媒、太陽電池、人工光合成など、光エネルギーの変換研究も非常に興味深いものだった。光触媒技術の最大の特徴は、太陽の光を利用して酸化チタンが入った粉末を布とフィルムでできたシートに入れて匂いを取り除くというもの。この光触媒シートはそれが持つ殺菌効果も活かして、冷蔵庫や台所、ごみ箱や靴の中など匂いの気になるあちこちで活躍しているのだが、さらにその応用として光触媒シートを利用して、工場から排出されるガス等で汚染された土壌を浄化する技術の研究開発も行われている。1990年代から実用化が始まり、年々数百億円単位で急激に拡大すると思われる光触媒の市場だが、この技術は日本が先端を行っている。環境クリーニングの技術は、日本のみならず世界規模の巨大市場へ展開する可能性があるのだ。
・震災後の日本を明るくしたニュースといえば、スーパー・コンピュータだ。日本のスーパー・コンピュータ「京」(理化学研究所、富士通)は2011年6月に、処理スピードで世界一になった。「京」は毎秒8162兆回という気の遠くなるような膨大な計算を達成し、CPUの実行効率も93.0%を記録するなど、圧倒的な高性能で2位の「天河1号A」(中国)の毎秒2566兆回を大きく引き離した。スパコンは、より正確な気象情報から新薬開発にまで、その国の技術力の維持、今後の技術の展開には欠かせないものである。日本の技術力を維持するためには、常に世界の最先端を走っていなければならない。
・2011年の夏の話題といえば、次世代を担う旅客機ボーイング787の日本への飛来がある。MRJ(乗客は100人未満)よりはるかに大きな旅客機だ。この最新鋭の飛行機の機体に使われているのは、従来のアルミ合金製に比べて劇的に機体を軽くする日本の炭素繊維技術だ。東レが長い時間をかけて育てた技術で、繊維をシート状にして、まるで板のようにして使う。この結果、ボーイング787は機体の軽さゆえに、劇的に燃費を向上させることに成功した。アメリカのメーカーの飛行機であっても、肝心なところで使われているのは日本の技術だ。
・まず指摘しておきたいのは、「財政赤字の増大→国債発行の増額」は株式市場や不動産市場にとって打撃が大きいということだ。なぜなら、財政赤字が出て赤字国債が発行されれば、その分だけ株式市場や不動産市場に流れる資金の規模が縮小する。いまは、その金額が40兆円を超えている。膨大な国内貯蓄が国債消化で消えていることになる。実際のところ、日本の財政赤字の増大、それに伴う国債の発行増の軌跡と日本の株式市場や不動産市場の低迷は軌を一にしている。それは考えてみれば当然で、それだけの資金を市場から集めなければならない財政赤字・国債新規発行は、確実にその分の資金を株式市場や不動産市場から奪う。そして資金を国債市場に固定化する。金融の世界では昔から「クラウディングアウト」という単語が使われ、これは「政府支出の増加が利子率を上昇させて、民間の投資を現象させる現象」をいう。いまの日本は企業の資金需要が弱い分だけ利子率は上がらないが、資金は国債市場に吸い取られて他の投資市場があおりを食っていると思う。
・財政の赤字を増やさずに景気を刺激する方法はないのか。筆者はあると思っている。それは「規制緩和」である。いまの大きな携帯電話市場は、一連の規制緩和の成果として花開いている。その他の部門でも積極的な規制緩和をし、需要を引き出せば、日本の景気が良くなる余地は大いにある。したがって筆者は、「仕分け」は財政支出でも必要だが、いまの日本では「規制の仕分け」こそ必要だと思っている。マスコミで大いに脚光を浴びた「財政支出の仕分け」よりも、むしろ「規制の仕分け」のほうが先に必要だったのではないか、と考えている。
・リーマン・ブラザーズの倒産に端を発した世界的な危機の中で、「タイミングと政策の規模」で抜群だったと高く評価されているのは、中国の政策である。危機から2ヶ月も経たないうちに、「4兆元」という大きな規模の景気刺激策が発表された。この結果、中国の景気は世界各国に先立って良くなった。いまはインフレ圧力に晒されているが、その素早さは世界から賞賛された。なぜ中国は素早く動けたのか。それは一つには、民主主義の政治ではなく、中国共産党の一党独裁だからである。胡錦涛主席と温家宝首相など、何人かの指導者の間で合意があれば、すぐに政策を決め、発動することができる。これは民主主義国家ではなかなか真似のできないことで、それが如実に示された。むろん、ここにはリスクもある。スピード感あふれた発表になっても、その政策が間違っていればどうしようもない。
・「Thanksgiving」と表記されるアメリカの感謝祭は、日本の正月のような意味を持ち、アメリカ人は皆、生まれ故郷に集まろうとする。日本の正月がそうであるように。休みで移動している間は、金融のポジションなど持ちたくないのが人情だ。欧州の人間にとってはクリスマスが特別な意味を持つ。街全体が静かになり、人々は時にリユニオン(再会)を楽しみ、時にバケーションを楽しむ。欧州の人々もこの時期には金融取引からの一時撤退を図る。毎年そうだから、人々は普段に比べて11月から12月末まで金融取引を手控える。そもそも休暇気分なのに自分一人でポジションを持って唸っていたくない。それはそうだろう。
・日本の年末年始、その前のアメリカの感謝祭休日、その後の欧米のクリスマス休暇ばかりでなく、金融市場には毎年決まった「季節性」「季節要因」が存在する。そうした理屈抜きの”決まり”を知っておくことも市場に参加するうえでは重要である。
・筆者は、数多くの国を取材して、日本のデフレ圧力が”海外発”であることも目撃している。たとえば2008年にベトナムを取材したときに、ホーチミンやハノイの工場で働いている若年労働者の月給が約8000円であることを知って衝撃を受けた。日本のちょっとレートの高いアルバイトでは、1日分の金額である。それだけ労働賃金が安いから、日本を始めとして台湾や韓国、それに中国の企業の工場が次々に進出しているのだ。製品製造コストの中で高い比率を占める労働賃金がこれだけ安いということは、日本の輸入物価がその分安くなることを意味する。
・ドル・円の為替取引量は「1日当たり5860億ドルに達する」(BISんど国際機関の調査)と言われている。これに対して日本が9月15日に行った単独介入は当初の推定によれば「24億ドル前後」(市場関係者)とされる。介入額だけ聞くと大きいが、全体の中ではいかに小さいかが分かるだろう。これを協調介入でやっっとしても、1日のドル・円為替取引量のほんの一部を介入が動かすだけである。
・アメリカは、自国の貿易収支が著しく悪化しているのは、「中国が人民元のレートを不当に安く設定し、それで輸出を伸ばして不当に稼いでいるからだ」と考える。それを反映するように米議会では、「人民元を不当に安く誘導している」ことを理由に、「対中制裁法案」が提出され、かつ通過している。人民元の為替レートさえ切り上げられればアメリカ経済は救われると、考えているふしがある。むろん、中国の人民元が不当に安いのは問題だが、ドルが安すぎるのも非常に大きな問題なのである。つまり、「通貨安競争」といわれる戦いは、第一にアメリカと中国の間で戦われている。アメリカは自国通貨安の放置国であるのに、「問題はもっぱら中国の人民元だ」と言い、一方の中国は「いま人民元を切り上げたら、中国で企業倒産や失業が頻発する。中国経済は混乱するが、それは中国が世界経済を牽引できないことを意味している。それでよいのか」と警告する図式。アメリカが弱いのは、いままでのドル安にもかかわらず米貿易収支がむしろ悪化している現実で、これは「アメリカはドルを安くしたら何が売れるのか」という疑問につながっているのである。米中の為替を巡る戦いは厳しい。
・日本と韓国や中国の間でも通貨を巡る言い争いが生じている。日本の管首相が「韓国、中国にも共通ルールの中で責任ある行動を取ってほしい」と通貨問題に触れたからだ。日本の企業人なら、ウォンの動きが実に韓国の輸出企業に都合よく動いていることを従来から苦々しく思っていた。世界経済の危機に当たってウォンは真っ先に下落し、強さを保つ円とのかい離が広がる。そのたびに日本企業の競争力は削がれる、という展開だったからだ。
<目次>
第1章 情報を「読み」「取る」技術
見えそうで見えない市場
まずはインターネット
無限のリソースがある世界
どうやって英語を学ぶか
紙の新聞とネット展開は別
朝刊、夕刊の「締め切り時間」
新聞社のネットサイトも重要
同時に日本の新聞を批判的に見る
新聞報道はニーズを満たしているか
すべての情報と分析は遅延する
事実は記事に先行する
読む側の責任
マスコミには”癖”がある
「情報の癖」とは何か
日本の新聞の癖
海外の圧力を大きく伝える
貿易に敏感な国民性
日本では悲観論が前面に出る
報道を割り引くこと
テレビの弊害
笑い話、しかし現実
「かっけ反応」の報道パターン
テレビは経済に弱い
第2章 日本のほんとうの産業力
「格付け」とは何か
投資に尺度を提供する
格付け機関の認定が制度化
利益相反を引き起こす問題
なぜ格下げの影響が一瞬だったか
パワーとは「産業力」である
「日本の産業力」は強まる
円高の苦境だけを見るのは間違い
先進国が通った道
国内産業を捨てるアメリカ
いまこそ脱皮しなければならない
「言語の壁」は徐々に低くなる
日本製ジェットが世界の空へ
YS-11以来の期待を担うMRJ
部品生産のすそ野が凄まじく広い
上昇するロケット打ち上げ分野
医療の新時代を予感させる「細胞シート」
極東の島国だからこそ生まれたモノ作りの美意識
「技術力を磨く」ことに尽きる
スーパー・コンピュータ「京」の実力
劇的に軽い日本の炭素繊維
産業力の横幅を広げよ
財政を健全化するために
株価低迷の要因
規制緩和で景気が良くなる余地は大いにある
年金システムの再構築を
大震災に「財政的に」どう立ち向かうか
阪神・淡路大震災とは違った視点で再考すべき
世界は日本の財政事情を知っている
復興税の創設を
素早く、予想外にやる
遅い決定は逆効果
人々の心を活性化させる
説明が必要な時代
バーナンキ議長の説明
なぜ浜岡原発だけ停止?
実際に何が起こったのか
第3章 ゆがみ続ける世界経済
「通貨」をめぐる世界論争
アメリカは孤立した
アメリカの「通貨敗戦」
声明は妥協の産物
真逆の中国経済
two-speed nature
共通基盤の欠如
世界経済は強いのか、弱いのか
9億人のアジア中間所得層
インフレの局地戦
インフレの局地戦の拡大
ホリデーシーズンの特徴
静かだった2010年の年末
金融市場の「季節性」
第4章 日本は司令塔になれるか
グローバル環境が制約になる
デフレの海外要員
制御不能な原油高
価格変動を制御する機関はない
先進国も不安でいっぱい
失われた司令塔
G7の経済は”青息吐息”
「新G7」の形成
中央銀行の金融政策はパワーを欠いている
戦後から急成長期における日銀
企業の銀行離れ
金融政策はかつての有効性を失った
危機との遭遇
傷むバランス・シート
危機の連鎖の中で
6年半ぶりの介入
介入いろいろ
単独か、協調か
単独、その日だけの介入は効果が薄い
為替は政治バトルの場
人民元を巡る米中の「通貨戦争」
通貨ゲームで日本の切れるカードは?
時に市場は「常軌を失う」
アメリカが許した
国際摩擦の危機
おわりに
面白かった本まとめ(2011年下半期)
<今日の独り言>
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この「ほんとうはすごい!日本の産業力」という本は、住信基礎研究所主席研究員の伊藤洋一さんがWEB連載「10代で学ぶ金融そもそも講座」2010/6/30~2011/6/29の原稿に加筆修正の上、発刊されたものです。
第1章では、情報を読み取る技術として、新聞やネット、テレビのそれぞれのメリット・デメリットについて書かれていて、英語で読む重要性についても書かれています。ネットは即時性というメリットがありますね。
第2章では、日本の素晴らしい産業力について具体的な記述や、日本が今後どうあるべきかについて書かれています。航空・宇宙分野や、細胞シート、iPS細胞の作製に関する基本特許取得、光触媒技術、スーパーコンピュータ等実は凄いということがわかります。
第3章では世界の通貨をめぐる戦い、特にアメリカと中国について、第4章では主に日本の金融政策について書かれています。経済の中心は先進国から途上国へ移りつつあること、通貨安競争について理解できます。
この本は、どれも分かりやすく説明があり、特に10代の若い方にはオススメかと思います。とてもオススメな本です!
なお、伊藤洋一さんのラジオ「伊藤洋一のRound up」はipodで毎回楽しく聞いていて、その歯切れの良い口調はとても好感が持てます。経済情勢がよく分かります。こちらもオススメです!
以下はこの本のポイント等です。
・いま日本は、伝統的な繊維産業では苦しいところに追いやられている。ほとんど壊滅状態の地域も日本にはある。しかし一方で、東レの炭素繊維などが新たな技術として航空機の機体に使われている。つまり、ある国の産業と競争して生き残るためには、いろいろな意味で脱皮しなければいけないのだ。いつまでも過去を振り返っていてはいけない。
・新たに日本から登場しようとしているのがMRJというわけだ。同機はエンジンなど一部を除いて純国産であり、これができてはじめて日本に戦後初の航空機メーカーが誕生することになる。筆者は2009年に、そのMRJを名古屋の工場で取材する機会を得た。そこでいままでにない薄さの座席に座り、機内の広さを実寸大で確認した。また、その天井に淡く富士山が遠近法で浮き上がり、機内の光が和室の雰囲気であることも見た。「乗り物好き」には、実に楽しい時間だった。MRJがカナダやブラジル、ロシアや中国のメーカーに伍して、100人乗り以下のリージョナルジェット市場(たとえば成田-香港など)で大きく羽ばたけるかは、私にとっても日本にとっても大きな関心対象なのである。取材して興味深かったのは、数え方にもよるが、MRJの部品の数は100万にも達するということだ。現在主流の内燃機関の自動車の部品の数は3万と言われる。MRJクラスの飛行機でも部品の数は凄まじい。そういう意味では、航空機産業は非常にすそ野の広い産業だ。それが1000機、2000機と売れていったときの波及効果は凄まじい。むろん、自動車とは台数ベースが全く違うのですぐには比較にはならないが、たとえばいまの順調な受注ベースが増加すれば、MRJが日本の産業界に及ぼす波及効果は非常に大きなものになる。
・重要なのは、日本は戦後経済の発展に取り残されてきた航空機とロケットの分野でもきちんと産業領域を広げていることである。このことを忘れて、「日本の産業力は落ちてきている」などと現象的に主張するのは間違っている。テレビやDVD再生機、音楽再生機など日本が得意とした分野で、他の国が出てくるのはある意味自然である。覇者はいつでも真似され、追われる。日本には「次の産業」を作る決意があってよいし、それだけの技術力は持っていると思う。
・私が深く印象に残っているものとしては、東京女子医科大学の岡野光夫教授により開発された「細胞シート」だろう。これは組織や臓器を細胞から作り直していこうという再生医療であり、その技術は培養した細胞をシート状にして取り出すという画期的なものだ。シート状の細胞を障害のある部位に張りつけるだけで、組織や臓器の機能を回復させていくことができるようになった。再生医療の新時代を予感させる驚くべき最新テクノロジーと言える。
・同じ再生医療の分野で2011年8月中旬に伝わってきた嬉しいニュースは、京都大学の山中伸弥教授が世界に先駆けて作製したiPS(人工多能性幹)細胞、いわゆる万能細胞について、細胞の作製に関する基本特許が米国で成立したことだ。これに関しては、日本と欧州ではすでに京大の特許が成立している。再生医療でも世界最大の市場規模を誇る米国で、営利優先の民間機関ではなく公的機関である京大の特許が認められたことは素晴らしく、日本の技術力の高さを証明するものと言える。この結果、iPS細胞の実用化に向けた研究が広くオープンに行われる環境が整ったといえる。
・東京大学先端科学技術開発センター及び工学系研究科応用化学専攻の橋本和仁教授が行っている光触媒、太陽電池、人工光合成など、光エネルギーの変換研究も非常に興味深いものだった。光触媒技術の最大の特徴は、太陽の光を利用して酸化チタンが入った粉末を布とフィルムでできたシートに入れて匂いを取り除くというもの。この光触媒シートはそれが持つ殺菌効果も活かして、冷蔵庫や台所、ごみ箱や靴の中など匂いの気になるあちこちで活躍しているのだが、さらにその応用として光触媒シートを利用して、工場から排出されるガス等で汚染された土壌を浄化する技術の研究開発も行われている。1990年代から実用化が始まり、年々数百億円単位で急激に拡大すると思われる光触媒の市場だが、この技術は日本が先端を行っている。環境クリーニングの技術は、日本のみならず世界規模の巨大市場へ展開する可能性があるのだ。
・震災後の日本を明るくしたニュースといえば、スーパー・コンピュータだ。日本のスーパー・コンピュータ「京」(理化学研究所、富士通)は2011年6月に、処理スピードで世界一になった。「京」は毎秒8162兆回という気の遠くなるような膨大な計算を達成し、CPUの実行効率も93.0%を記録するなど、圧倒的な高性能で2位の「天河1号A」(中国)の毎秒2566兆回を大きく引き離した。スパコンは、より正確な気象情報から新薬開発にまで、その国の技術力の維持、今後の技術の展開には欠かせないものである。日本の技術力を維持するためには、常に世界の最先端を走っていなければならない。
・2011年の夏の話題といえば、次世代を担う旅客機ボーイング787の日本への飛来がある。MRJ(乗客は100人未満)よりはるかに大きな旅客機だ。この最新鋭の飛行機の機体に使われているのは、従来のアルミ合金製に比べて劇的に機体を軽くする日本の炭素繊維技術だ。東レが長い時間をかけて育てた技術で、繊維をシート状にして、まるで板のようにして使う。この結果、ボーイング787は機体の軽さゆえに、劇的に燃費を向上させることに成功した。アメリカのメーカーの飛行機であっても、肝心なところで使われているのは日本の技術だ。
・まず指摘しておきたいのは、「財政赤字の増大→国債発行の増額」は株式市場や不動産市場にとって打撃が大きいということだ。なぜなら、財政赤字が出て赤字国債が発行されれば、その分だけ株式市場や不動産市場に流れる資金の規模が縮小する。いまは、その金額が40兆円を超えている。膨大な国内貯蓄が国債消化で消えていることになる。実際のところ、日本の財政赤字の増大、それに伴う国債の発行増の軌跡と日本の株式市場や不動産市場の低迷は軌を一にしている。それは考えてみれば当然で、それだけの資金を市場から集めなければならない財政赤字・国債新規発行は、確実にその分の資金を株式市場や不動産市場から奪う。そして資金を国債市場に固定化する。金融の世界では昔から「クラウディングアウト」という単語が使われ、これは「政府支出の増加が利子率を上昇させて、民間の投資を現象させる現象」をいう。いまの日本は企業の資金需要が弱い分だけ利子率は上がらないが、資金は国債市場に吸い取られて他の投資市場があおりを食っていると思う。
・財政の赤字を増やさずに景気を刺激する方法はないのか。筆者はあると思っている。それは「規制緩和」である。いまの大きな携帯電話市場は、一連の規制緩和の成果として花開いている。その他の部門でも積極的な規制緩和をし、需要を引き出せば、日本の景気が良くなる余地は大いにある。したがって筆者は、「仕分け」は財政支出でも必要だが、いまの日本では「規制の仕分け」こそ必要だと思っている。マスコミで大いに脚光を浴びた「財政支出の仕分け」よりも、むしろ「規制の仕分け」のほうが先に必要だったのではないか、と考えている。
・リーマン・ブラザーズの倒産に端を発した世界的な危機の中で、「タイミングと政策の規模」で抜群だったと高く評価されているのは、中国の政策である。危機から2ヶ月も経たないうちに、「4兆元」という大きな規模の景気刺激策が発表された。この結果、中国の景気は世界各国に先立って良くなった。いまはインフレ圧力に晒されているが、その素早さは世界から賞賛された。なぜ中国は素早く動けたのか。それは一つには、民主主義の政治ではなく、中国共産党の一党独裁だからである。胡錦涛主席と温家宝首相など、何人かの指導者の間で合意があれば、すぐに政策を決め、発動することができる。これは民主主義国家ではなかなか真似のできないことで、それが如実に示された。むろん、ここにはリスクもある。スピード感あふれた発表になっても、その政策が間違っていればどうしようもない。
・「Thanksgiving」と表記されるアメリカの感謝祭は、日本の正月のような意味を持ち、アメリカ人は皆、生まれ故郷に集まろうとする。日本の正月がそうであるように。休みで移動している間は、金融のポジションなど持ちたくないのが人情だ。欧州の人間にとってはクリスマスが特別な意味を持つ。街全体が静かになり、人々は時にリユニオン(再会)を楽しみ、時にバケーションを楽しむ。欧州の人々もこの時期には金融取引からの一時撤退を図る。毎年そうだから、人々は普段に比べて11月から12月末まで金融取引を手控える。そもそも休暇気分なのに自分一人でポジションを持って唸っていたくない。それはそうだろう。
・日本の年末年始、その前のアメリカの感謝祭休日、その後の欧米のクリスマス休暇ばかりでなく、金融市場には毎年決まった「季節性」「季節要因」が存在する。そうした理屈抜きの”決まり”を知っておくことも市場に参加するうえでは重要である。
・筆者は、数多くの国を取材して、日本のデフレ圧力が”海外発”であることも目撃している。たとえば2008年にベトナムを取材したときに、ホーチミンやハノイの工場で働いている若年労働者の月給が約8000円であることを知って衝撃を受けた。日本のちょっとレートの高いアルバイトでは、1日分の金額である。それだけ労働賃金が安いから、日本を始めとして台湾や韓国、それに中国の企業の工場が次々に進出しているのだ。製品製造コストの中で高い比率を占める労働賃金がこれだけ安いということは、日本の輸入物価がその分安くなることを意味する。
・ドル・円の為替取引量は「1日当たり5860億ドルに達する」(BISんど国際機関の調査)と言われている。これに対して日本が9月15日に行った単独介入は当初の推定によれば「24億ドル前後」(市場関係者)とされる。介入額だけ聞くと大きいが、全体の中ではいかに小さいかが分かるだろう。これを協調介入でやっっとしても、1日のドル・円為替取引量のほんの一部を介入が動かすだけである。
・アメリカは、自国の貿易収支が著しく悪化しているのは、「中国が人民元のレートを不当に安く設定し、それで輸出を伸ばして不当に稼いでいるからだ」と考える。それを反映するように米議会では、「人民元を不当に安く誘導している」ことを理由に、「対中制裁法案」が提出され、かつ通過している。人民元の為替レートさえ切り上げられればアメリカ経済は救われると、考えているふしがある。むろん、中国の人民元が不当に安いのは問題だが、ドルが安すぎるのも非常に大きな問題なのである。つまり、「通貨安競争」といわれる戦いは、第一にアメリカと中国の間で戦われている。アメリカは自国通貨安の放置国であるのに、「問題はもっぱら中国の人民元だ」と言い、一方の中国は「いま人民元を切り上げたら、中国で企業倒産や失業が頻発する。中国経済は混乱するが、それは中国が世界経済を牽引できないことを意味している。それでよいのか」と警告する図式。アメリカが弱いのは、いままでのドル安にもかかわらず米貿易収支がむしろ悪化している現実で、これは「アメリカはドルを安くしたら何が売れるのか」という疑問につながっているのである。米中の為替を巡る戦いは厳しい。
・日本と韓国や中国の間でも通貨を巡る言い争いが生じている。日本の管首相が「韓国、中国にも共通ルールの中で責任ある行動を取ってほしい」と通貨問題に触れたからだ。日本の企業人なら、ウォンの動きが実に韓国の輸出企業に都合よく動いていることを従来から苦々しく思っていた。世界経済の危機に当たってウォンは真っ先に下落し、強さを保つ円とのかい離が広がる。そのたびに日本企業の競争力は削がれる、という展開だったからだ。
<目次>
第1章 情報を「読み」「取る」技術
見えそうで見えない市場
まずはインターネット
無限のリソースがある世界
どうやって英語を学ぶか
紙の新聞とネット展開は別
朝刊、夕刊の「締め切り時間」
新聞社のネットサイトも重要
同時に日本の新聞を批判的に見る
新聞報道はニーズを満たしているか
すべての情報と分析は遅延する
事実は記事に先行する
読む側の責任
マスコミには”癖”がある
「情報の癖」とは何か
日本の新聞の癖
海外の圧力を大きく伝える
貿易に敏感な国民性
日本では悲観論が前面に出る
報道を割り引くこと
テレビの弊害
笑い話、しかし現実
「かっけ反応」の報道パターン
テレビは経済に弱い
第2章 日本のほんとうの産業力
「格付け」とは何か
投資に尺度を提供する
格付け機関の認定が制度化
利益相反を引き起こす問題
なぜ格下げの影響が一瞬だったか
パワーとは「産業力」である
「日本の産業力」は強まる
円高の苦境だけを見るのは間違い
先進国が通った道
国内産業を捨てるアメリカ
いまこそ脱皮しなければならない
「言語の壁」は徐々に低くなる
日本製ジェットが世界の空へ
YS-11以来の期待を担うMRJ
部品生産のすそ野が凄まじく広い
上昇するロケット打ち上げ分野
医療の新時代を予感させる「細胞シート」
極東の島国だからこそ生まれたモノ作りの美意識
「技術力を磨く」ことに尽きる
スーパー・コンピュータ「京」の実力
劇的に軽い日本の炭素繊維
産業力の横幅を広げよ
財政を健全化するために
株価低迷の要因
規制緩和で景気が良くなる余地は大いにある
年金システムの再構築を
大震災に「財政的に」どう立ち向かうか
阪神・淡路大震災とは違った視点で再考すべき
世界は日本の財政事情を知っている
復興税の創設を
素早く、予想外にやる
遅い決定は逆効果
人々の心を活性化させる
説明が必要な時代
バーナンキ議長の説明
なぜ浜岡原発だけ停止?
実際に何が起こったのか
第3章 ゆがみ続ける世界経済
「通貨」をめぐる世界論争
アメリカは孤立した
アメリカの「通貨敗戦」
声明は妥協の産物
真逆の中国経済
two-speed nature
共通基盤の欠如
世界経済は強いのか、弱いのか
9億人のアジア中間所得層
インフレの局地戦
インフレの局地戦の拡大
ホリデーシーズンの特徴
静かだった2010年の年末
金融市場の「季節性」
第4章 日本は司令塔になれるか
グローバル環境が制約になる
デフレの海外要員
制御不能な原油高
価格変動を制御する機関はない
先進国も不安でいっぱい
失われた司令塔
G7の経済は”青息吐息”
「新G7」の形成
中央銀行の金融政策はパワーを欠いている
戦後から急成長期における日銀
企業の銀行離れ
金融政策はかつての有効性を失った
危機との遭遇
傷むバランス・シート
危機の連鎖の中で
6年半ぶりの介入
介入いろいろ
単独か、協調か
単独、その日だけの介入は効果が薄い
為替は政治バトルの場
人民元を巡る米中の「通貨戦争」
通貨ゲームで日本の切れるカードは?
時に市場は「常軌を失う」
アメリカが許した
国際摩擦の危機
おわりに
面白かった本まとめ(2011年下半期)
<今日の独り言>
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