1980年代後半の英国インディ・ロック・シーンで「アノラック」と呼ばれる独特スタイルのバンド群が活躍した。ファンが好んでアノラック(フード付防寒着)を着ていたことからそう呼ばれるようになったという。パステルズ、タルラー・ゴッシュ、ヘヴンリー、レイザーカッツ、BMXバンディッツなどが飾り気のないギター・サウンドに乗せて60'sキャンディ・ポップ風の甘いメロディを歌った。演奏力はアマチュア・レベルで決して上手くはなかったが、その素朴な感性が一部のロック・ファンに高く評価されたのである。その胸キュンの歌は今でも私の大切な宝物である。スコットランドのエジンバラ出身のヴァセリンズもアノラックの代表的バンド。ニルヴァーナのカート・コバーンが「世界で一番好きなバンド」と語ったことで有名になった。1989年のアルバム「DUM DUM」一枚だけで解散してしまったが、1990年代にSUB POPよりコンピ盤がリリースされ多数のファンを獲得した。
▼1980年代の写真
▼2010年代の写真
2008年に中心メンバーのユージン・ケリー(vo,g)とフランシス・マッキー(vo,g)により再結成。翌年のサマーソニックで来日も果たした。今回の来日は「HMV GET BACK SESSION」という、アーティスト本人が自身の過去の作品を収録曲順どおりにプレイする、いわゆる「名盤再現」ライヴ・シリーズである。会場のWWWは3,40代の往年のアノラック・ファンから20代の若いファンでギッシリ。スタンディングだが、客席が4段になっており比較的観やすいし音もいい。2段目の最前列を確保。
この日のサポート・アクトは向井秀徳氏(ZAZEN BOYS)とLEO今井氏によるユニットKIMONOS。事前にYouTubeで検索するとバンド編成のPVがあったのでてっきりバンドだと思ったらピアノとギターのデュオだった。1曲だけサンプラーで打ち込みビートを鳴らしたが基本的にはデュオ演奏。何ともつかみ所のないユニットだった。30分の演奏。
さていよいよヴァセリンズの登場。80年代当時は長髪の美少年だったユージンはすっかり髪が薄くなり短髪にしている。フランシスは歳は隠せないが当時のチャーミングな雰囲気はそのまま。ふたりをバックアップするのは同郷スコットランドのベル・アンド・セバスチャンのスティーヴィー・ジャクソン(g)とボビー・キルディア(b)に1990'sのマイケル・マクゴーリン(ds)。ギターが3人とはまるでブルー・オイスター・カルトだ。しかも3人ともセミアコというのが面白い。フランシスは花柄のワンピースの上にフリンジ付ライダース革ジャンを着ており意外にロック姉ちゃん風。
まず「DUM DUM」再現ライヴからスタート。1曲目「Sex Sux (Amen)」の最初の音が鳴った途端に何も変わっていないことに喜びと軽い衝撃を覚える。とにかく”青い"。青春時代を真空パックしてそのまま開封したような瑞々しいサウンドが溢れ出す。フランシスが上機嫌で「コンニチハ」と日本語で挨拶しては英語でユージン・ネタの冗談を言うがスコットランド訛の英語は殆ど聞き取れない。「Teenage Superstars」ではユージンが「このバンドにティーンエイジャーはいないけどね」。「次の曲は私のことを歌った曲よ」とフランシスが紹介した曲が「Bitch」で大ウケ。しかも終わった後に「私はBitchだけどユージンはCuntよ」とひと言。そう、ヴァセリンズの曲は爽やかな曲調に比べ歌詞は四文字言葉連発でかなり過激なのだ。そこがカート・コバーンが愛した理由でもある。タイトル・ナンバー「DUM DUM」では"ダムダム"という掛け合い部分を観客が合唱。CDで聴き結構クールなのかと思ったら思いの外熱いロック魂を感じた。45分で「DUM DUM」再現は終了。「これで一旦引っ込み5分後に再開します。その間にフランシスがパンツを交換するよ」とユージンが言ったので休憩の予定だったのだろうが、観客からはアンコールの歓声。休憩する間、そしてパンツを変える間もなく再登場。
2010年の21年ぶりのニュー・アルバム「セックス・ウィズ・アン・エックス」の曲を交え後半はヒット曲大会。ニルヴァーナのカヴァーで知られる「Molly's Lips」ではKIMONOSのふたりがゲストで参加しクラクションをプカプカ鳴らす。客席も盛り上がり大会で会場が一体となった素晴らしい演奏が続く。ホントのアンコールも含めトータル2時間15分の至福の時間だった。アノラックの素人っぽい初期衝動を未だ保ち続けていることが何よりも嬉しかった。胸に大きくロゴの入ったTシャツを買おうと思ったらもう売り切れで残念だった。
永遠の
少年少女に
捧げます
7月1日には山梨県 河口湖ステラシアター 大ホールで「DUM-DUM PARTY’2012 ~夏の黄金比~ Curated by OFFICE GLASGOW&DUM-DUM LLP」に出演。共演は相対性理論と小山田圭吾(ゲスト)。今日の今日だから今から行ける方は少ないと思うが楽しそうなイベントである。