地引雄一さんの著書「STREET KINGDOM 東京ロッカーズと80'Sインディーズ・シーン」を読んでいたら、テレグラフ・レコード創設のくだりでカトゥラ・トゥラーナの話が出てきて、当時購読していた音楽誌「マーキー・ムーン」のことを思い出した。”AVANT-GARDE MAGAZINE FOR 'ARS-NOVA'”と銘打っていた同誌は、「フールズ・メイト」や「ロック・マガジン」に若干遅れて登場し、私は1981年7月発行のVol.5から愛読していた。当初は同人誌っぽさの残る装丁で、ライヴ告知フライヤーが挟まっていて猥雑なイラスト満載の秘密結社めいた雰囲気があった。プログレ、フリージャズ、前衛音楽、現代音楽、中世音楽などの知られざるアーティスト/作品を特集し読み応えがあったが、何よりも嬉しかったのは付録のソノシートだった。Marquee Moon Distributionというレーベルを立ち上げ、それが後にBell Antiqueというプログレ専門レーベルになり、目白にWorld Disqueというレコード・ショップを開店することになる。
その第1弾のカトゥラ・トゥラーナは女装のヴォーカリスト広池敦氏、斎藤千尋氏(b)、斎藤史彦氏(p)、渡辺聡司氏(ds)、大串喜孝氏(cello)の5人組で、広池氏の造語による歌唱、リコーダーやチェロを駆使した室内楽サウンドはクリス・カトラーが設立したレコメンデッド・レコード一派に負けないオリジナリティ溢れるもので一発でノックアウトされた。ライヴでは女性ダンサーも交え華麗なステージを展開したというが、徐々にピアノを中心としたエレガントなサウンドに変貌し、テレグラフで2枚、Switchレーベルで12インチを1枚リリースしている。どれもユニークな内容だが、私にとってはマーキーのソノシートが最も衝撃的だった。後に本誌に広池氏が寄稿し、ソノシート音源は過去のものとして葬り去りたい旨の文章を書いたが、私としてはこの路線を追求してほしかった。
1981年10月発売のVol.6にはパイディアとジル・ド・レイの2バンドのソノシートがついた。
パイディアはマッドジミーこと清水誠氏(vo)、目黒多加志氏(g)、坂本理氏(syn)、山本達也(ds)、塗谷ひでこ嬢(p)の5人組。シンセのうねる電子音とクリムゾンを思わせる変拍子サウンドがカッコいいプログレ=ニューウェイヴ・バンドである。1984年にドラムに吉田達也氏、ギターに河本英樹氏(ex-Ruins,YBO2)が加入しオート・モッドと並ぶポジティヴ・パンクの代表バンドとして人気を博す。坂本氏は現在カンタベリー系を中心としたプログレの評論家として活躍中。
ジル・ド・レイはMar氏(vo.syn)、S氏(vo.g)、244氏(vo.per.rhythm box)、Emi嬢(b)、Gin氏(key)の5人組。横須賀出身で1981年9月にゼルダや水玉消防団のソノシートを出していたインディー・レーベル、アスピリン・レコードからシングル「吸血鬼」でデビュー。リズム・ボックスとキーボードの上に悪魔的なヴォーカルが乗るサウンドは当時のバウハウスやジョイ・ディヴィジョン、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークといったダーク・エレクトロ・ロックの影響を感じる。因みに同名のヴィジュアル系バンドとは別モノ。
1982年1月発売のVol.7にはリビドーとプネウマを収録。
リビドーは成田ミウ氏(vo.b)、青山綾氏(g)、小林トマ氏(ds)、吉原弘子嬢(p.syn)の4人組で1980年9月吉祥寺マイナーでデビュー。耽美的なサイケデリック・サウンドはとてもユニーク。80年代にいくつかのインディー・レーベルから作品をリリースし、ポジティヴ・パンク/ニューウェイヴに分類されるが、実音は音響系のさきがけ。白塗り白衣の衣装も含め、成田氏の私的世界を展開した。残念ながら1990年成田氏の急逝により解散。
プネウマはジャーマン・エレクトロに大きな影響を受けたシンセ奏者Pneuma氏のソロ・ユニット。ここではゲスト・ヴォーカリストを2名迎え幽玄な電子音響ワールドを展開している。ライヴではクラウス・シュルツェばりに10数台のシンセを操って壮大なサウンドスケープを産み出していたそうだ。
1982年4月発売のVol.8にはロストとカレイドスコープを収録。
ロストは田村寿一氏(vo.syn)、田村磯夫氏(vo.g)、佐藤雅史氏(b)、坂本徹氏(key.p)、島崎和志氏(ds)の5人組。メンバーの志向はそれぞれ違うそうだが、バンドとしてはユーロ・ロックの影響濃いプログレで、日本ではアウター・リミッツやネガスフィアといったバンドと共演していた。このソノシートの音源はニューウェイヴ風のサウンドを取り入れた新機軸とのこと。このソノシート以外に音源は残っていないようだ。
カレイドスコープは山崎慎一郎氏(ts)、山崎薫氏(key.p)、伴田宏氏(b)、石垣秀之氏(ds)の4人組ジャズ・ロック・バンド。Marquee Moon Distribution傘下のL.L.E.レーベルはプレグレ寄りのレーベルで、インストのジャズ・ロック・バンドもリリースしていた。宇江須文左衛門グループというバンドがぎゃていにも何度か出演したことがあり、意外に本格派のジャズ・ロックを聴かせお気に入りだった。カレイドスコープとのカップリング・アルバム「Dual Cosmos」はよく聴いた。L.L.E.レーベルは派手なスターはおらず真摯に音楽を追究するバンドばかりの地味なレーベルだが、是非ともCD化してもらいたいものだ。
1982年6月発売のVol.9にはマジカル・パワー・マコとタイム・ユニットを収録。
ジャップ・ロックの生ける伝説マジカル・パワー・マコさんは70年代に3枚のアルバムを出した後1981年に4年ぶりの4th「Welcome To The Earth」をリリース、続いて1982年Marquee Moon Distributionから限定500枚のクリアLP「Music From Heaven」をリリースすることになり、その先行音源がソノシートに収録された。当時彼の音を聴いたことはなかったので、ヴァンゲリスやマイク・オールドフィールドを思わせる宅録ミニマル音響が印象的だった。クリアLPを買おうかどうか迷って結局買わなかったのが悔やまれる。10年程前偶然マコさんにお会いして新作のCDRを頂いたのだが、相変わらず曼荼羅チックなサイケデリック・トランスを展開していて感動した。今年新レーベルCHILLRERU(チルレル)を設立し精力的に活動中である。
タイム・ユニットは関口孝氏(g)、春成恵一氏(key)、久野真澄氏(b)、長沼武司氏 (ds)からなるインスト・バンドで余り表立った活動はしていなかったようだ。現代音楽、ジャズ、ロックを融合したサウンドは美狂乱やKENSOの登場で一部で活性化していたネオ・ジャパニーズ・プログレの流れに位置づけられる。
1982年10月発売のVol.10にはイギリスのアンビエント・ミュージックSEMAを収録。
1982年12月発売のVol.11にはドイツのフリー・ミュージック界の大物ハイナー・ゲッベルス&アルフレッド・ハースを収録。
1983年4月発売のVol.12には中潟憲雄氏(key)、浜田龍美氏(g)、桜井良行氏 (b)、竹迫一郎氏(ds)からなるプログレ・バンド、アクアポリスを収録。UK、ブラッフォード風のテクニカルなインスト・サウンドは悪くはないのだがこの頃からマーキー・ムーン誌自体がプログレ/ユーロ・ロックに特化するようになり初期の前衛性を失っていった。
1983年夏発売のVol.13には最後の付録ソノシートとなったMamoru Fujiedaを収録。現代音楽家藤枝守氏のソロ音源で、リリカルなピアノ・サウンドにマーキー・ムーン最後の煌めきが残る。この頃ユーロ・プログレ中心のレコード販売システムWorld Disqueを発足し、通信販売や自主制作を行うようになる。
1984年のVol.14以降は読むことはなくなった。版型が大きくなり「marquee」と誌名を短くしてからも90年代半ばまではアンダーグラウンドな音楽を取り上げていたが、1997年「MARQUEE」としてピチカート・ファイヴを表紙にしたオシャレ系音楽誌に大変身、かつての面影は全く無くなってしまった。ゆらゆら帝国や中田ヤスタカ氏を取り上げるセンスは嫌いではないが、80年代の前衛カルト誌時代が懐かしく思い出される今日この頃である。
マーキー・ムーン
由来はテレヴィジョンの曲
「フールズ・メイト」と並んでマイナー系プログレ・ファンには忘れられない雑誌であろう。