20年程前旅行で訪れたサンフランシスコの街角で青年に呼び止められた。「音楽は好きか?」と訊くので「好きだ」と言うと「どんな音楽が好きだ?」と訊かれ「プログレとかサイケとか」と答えるとおもむろにカセット・テープを取り出し「それじゃこれを気に入る筈だ」と売りつけられた。500円位で安かったしジャケットが気に入ったので言われるままに購入した。レア盤探しにレコ屋巡りをしていたのでこういう訳の判らないカセットも面白いかな、と思ったのである。シスコというのも良かった。これがニューヨークやロサンゼルスだったらヤクの売人か路上強盗の餌食にされていたかもしれない。
ホテルに帰って早速ウォークマンで(当時はMDは普及しておらずカセット・ウォークマンが主流だった)聴いてみると青年の言った通りゴングや初期アモン・デュールを思わせるフリーキーな演奏にラリった歌が乗ったサイケデリック・ロックだった。青年がよりによって何故東洋人の旅行者の私に声をかけたのか判らないが、多分シスコのへイトアシュベリー辺りをうろつく日本人はデッドヘッズ気取りのサイケ巡礼に違いないと思われたのだろう。ジャケットにテキサスの農場でのライヴ録音とあり歌詞カードが入っているが、電話番号が書いてあるだけでメンバーは載っておらず正体不明だった。中古盤店で掘り出すレコも殆どジャケ買いだったから特に気にせず、素性を調べようとも思わなかった。そうしたくてもネットもないから調べようがなかったのも事実。その後このカセットの存在はすっかり忘れていた。
先日部屋の掃除をした時にカセット・テープの入った段ボール箱が出てきてエアチェックしたカセットや貸レで借りたレコードのダビング・テープ、コンサートのライヴ録音、自分のバンドのテープなどを発見。その中にこのカセットも入っていた。今ならネットで調べれば正体が分かる筈と思いググってみたところ興味深い事実が判明した。
カセットの表記はZendik Farms Orgaztra「Strontium Rain」。Zendikで検索したら出て来たのがゼンディック・アーツ・ファーム(Zendik Arts Farm)というヒッピー・コミューン。ウルフ・ゼンディック(Wulf Zendik)と彼の妻アロル(Arol)が1969年に設立したコミュニティで、スローガンは "Stop Bitching, Start a Revolution."(ロクでもないことをやめて革命を起こそう)だという。ウルフ・ゼンディックは1920年テキサス生まれの作家/エコロジスト/ボヘミアンでその小説は「ビート派の隠れた傑作」と評されている。自作の楽器で唄うアシッド・フォーク・シンガーでもある。ゼンディック・アーツ・ファームはアメリカ数ヵ所にコミューンを持っており、自然に根ざしたエコライフを実践しつつ文学や芸術や音楽作品を販売して経営資金にしている。ウルフは1999年に、妻のアロルは今年他界しており、現在は二人の娘ファーンが指導者として運営している。
同様のコミューンとしては13枚組CD BOXがキャプテン・トリップからリリースされたカリフォルニアの音楽宗教団体ヤホワ13が有名である。「ファーザー・ヨッド」なる人物により設立されたヤホワ13は当初から音楽活動を積極的に行うが、作品は信者向け限定頒布だったのでサイケデリック・ロックの超レア盤として何度もブート盤が出回った。
音楽中心のヤホワ13とは違いゼンディックはエコロジーがメインで芸術活動は布教の一環に留まる。作品は私が入手したように路上で手売りしたり通信販売やネット販売で売っている。現在はZendik Soundzレーベルで数タイトルのCDがリリースされておりアメリカのamazonで購入できる。知名度では全く無名だが、音楽的にはなかなか興味深い。不安定な音程で神託を唱えるウルフ・ゼンディックのシュールな歌声には不思議な説得力があるし、ゼンディック・オーガズトラまたはゼンディック・バンドの淡々としたアシッド演奏はクラウトロックにも通じるミニマルな繰り返しにより幻覚的なサウンドを奏でる。異端/辺境サイケ・ファンは要チェックの音源である。
それにしても異国の地で不思議な出逢いをした一本のカセットにこんな秘密が隠れていたとは驚きである。何事も一期一会。今ならYouTubeで検索して表示される関連動画の中にも思わぬ発見と出逢いが潜んでいるかもしれない。
20年
経って判った
真実が
ヒッピー・コミューン系サイケではデッドっぽいこのバンドも大好きだ。
この記事を書くにあたりトースト専門店ディンマオさんにご協力いただきました。何故パン屋さんが? またひとつ新たな謎が......。