1981年に新興ジャパンレコードからLP「死ぬまで踊りつづけて」でメジャー・デビュー。町田町蔵のINUの「メシ喰うな」と同時期だった。おどろおどろしいジャケットは社会の不合理を告発する絵画を残したシュルレアリスト山下菊治の代表作「葬列」。メンバーは吉野(vo)、東条A機(g)、時岡"TOCKIN"篤(sax)、高橋ヨーカイ(b)、横山孝二(ds)。サウンドはEP以上に振り切れたアヴァンギャルド・ファンク・ロック。吉野が学習塾の漢文教師だと知り人を教育する先生が♪奴らは獣 奴らを生きて帰すな 奴らを高く吊せ 奴らに唾をかけろ!がなり立てたぜTVセット ライフル ライフル 誰もが旅立つはずの 1972 My United Red Army♪(「M.U.R.A.」)といった過激な歌を唄うのに驚いた。吉野が1970年代初期から活動するシンガーソングライターだとか、高橋ヨーカイが裸のラリーズのメンバーだとか、この曲が浅間山荘事件を唄ったものだとかいうことは10年以上経ってCD化されるまで知らなかった。
CASE OF TELEGRAPH 2013
出演
くじら (杉林恭雄vo.g.、楠均ds.、 近藤達郎ky.、 中原信雄b.)
すきすきスウィッチ (佐藤幸雄v.g.、 鈴木惣一朗ds.g.、 POP鈴木ds.ky.)
ニウバイル(田波健v.b.、内山園壬v.b.、関根隆ky.、金子智子ds.per.、金子俊幸ds.、五十嵐義秀g.)
EP-4 unit3 (佐藤薫、家口成樹ky.、千住宗臣ds.、ROKAPENIS/斉藤洋平VJ )
2010年にレーベルとして再始動したテレグラフ・レコード。80年代のカタログのリマスター復刻に続き2011年4月2日にライヴイベント「Case Of Telegraph」も復活。第1回は震災のため2Daysの予定を1日にして「Case Of Telegraph extra」として高円寺HIGHで開催された。出演はコンクリーツ/モモヨ/蔦木俊二/オート・モッド/アリスセイラー/くじら+佐藤薫/恒松政敏グループ。震災直後多くのライヴ/イベントが中止になっていたの開催されただけで感激した覚えがある。ライヴレポはコチラ。
と回を重ね、レーベルとしても未発表音源や新作リリースを開始。また80’sインディーズ・アーティストの「今」を捉えた異色の写真集「Thus We Live Bit By Bit」、90年代のインディーズ・マガジン「EATER」を再構成した「EATER '90s /オルタナティブ・ロック・カルチャーの時代」を出版するなど現代のロックのオリジネイターであるだけではなく現在もヴィヴィッドに息づくリアルロックとしてのスタンスを明らかにしてきた。
イベントの第4回目となる「Case Of Telegraph 2013」が会場を青山に移して開催された。先日リリースされたばかりのEP-4 unit3の初CD「A Artaud」のレコ発でもある。CAYは昨年11月の「青山ノイズ Vol.4」以来。南国カフェ風にオシャレなテープルが並んでいる。客層は30代以上のアート系・業界風の人が多い。お久しぶりの挨拶があちこちで交わされている。
昨年2度のJAZZ非常階段はあったが非常階段としてのワンマンライヴは相当久々なのではなかろうか?少なくとも2000年以降の私のライヴ記録には東京でのワンマンライヴは見当たらない。そもそも非常階段としての集団ライヴ演奏は長くて40分、大抵20分前後である。マゾンナは極端な例だがノイズのライヴはだいたいそれくらいの時間である。凝縮されたテンションの高さ故の精神的/体力的制約もあるがメロディーがないので演奏の起伏がつけにくいこと、さらに物理的なオーディエンス側の耐久力の問題もあるだろう。特にひとりノイジシャンズの場合長時間演奏するためにはゲストを迎えてセッションするか映像等とのコラボにするかしかない。その点"バンド"である非常階段は有利である。JAZZ非常階段以外に彼らのワンマンライヴを観たことはないが、坂田明と豊住芳三郎を交えてピットインで展開された色々な組み合わせによるセッションはひとりノイズでは不可能な無限のヴァラエティを楽しめる立派なエンターテイメントだった。その一端は最新スタジオ録音盤「非常階段 featuring 坂田明/Made In Studio」に収録された3つのセッションで味わえる。
3つ目のセッションは坂田+JUNKO+岡野太。非常階段を何度も観るうちにサウンドの要はJUNKOのスクリームと岡野のパワードラムではないかと思うようになった。JUNKOの声の威力は勿論だが、特にドラムの存在が得てして聴覚的刺激に偏りがちなノイズ演奏に肉体性を与え人間の野性本能を呼び覚まし非常階段のサウンドに独自性を与えているのは間違いない。「Made In Studio」に収録された坂田+JUNKOのトラックは両者の剥き出しの音の衝突がハイライトでJAZZ非常階段の演奏で最も即興ジャズに近いという印象を受けた。岡野がリズムに囚われない自由度の高いパルスビートで絡んだ三者の演奏は秘められた衝動のパンドラの箱を抉じ開けるエネルギーに満ちていた。
2012.5.21に奇蹟のライヴ復活を遂げた80'sニューウェイヴのカリスマ佐藤薫率いるEP-4。その胎動は往時を思わせる活性面に突入し電子メディアをフル活用し30年の不在が嘘のように活動が顕現化している。数々の関連作品の復刻、同じく復活した80'sアイコン山崎春美との共同作業、京都を拠点にした様々なコラボレーションを行う佐藤。その母船であるEP-4は5.21以来1年間休眠中だが派生ユニットEP-4 unit3の動きは著しい。東京と大阪で開催された「CASE OF TELEGRAPH」などのイベントへの出演、2011年9月の江戸糸あやつり人形座・芥正彦演出 「アルトー24時」の舞台音楽、ディーター・メビウス、ワイヤー、Zsなど海外アーティストのフロントアクトなどで精力的に活動。EP-4 unit3とは佐藤とBANANA-UGによるノイズ即興ユニットであり1980年代EP-4と同時期にライヴ活動を行ったが音源として記録されたのは1983年のオムニバス・ライヴ盤「CASE OF TELEGRAPH Product 2」に収録された2つの短い断片のみ。先日取り上げたBe-2(ハーツヴァイス)の記事のコメント欄に80年代EP-4 unit3のライヴを観た方の投稿があったが、まさにBe-2のサウンド+ヴィジュアル・コラボに通じる実験的活動を行っていたのである。
再結成EP-4が新作を制作するというニュースは以前から伝えられていたが、本家の前にEP-4 unit3の初めての単独作品「A Artoud」がリリースされた。「アルトー24時」用に制作された音源をベースにしたCDでライヴ/スタジオ録音が共存しているらしい。というのは収録されトラックの完成度がいずれも高いのでエンディングに拍手の有る無し以外にはライヴかスタジオか判別出来ないからである。内容については封入の丹生谷貴志、佐々木敦によるライナーノーツ、さらに佐藤薫自身によるセルフ・ライナーノーツが雄弁に物語っているので付け加えることは何もない。佐々木がスロッビング・グリッスルに代表されるインダストリアル・ミュージックとの相似を語っているがその通りノイズと呼ぶにはクール過ぎテクノと呼ぶには不整脈過ぎアンビエントというには過激過ぎるサウンドにはインダストリアルというアナクロな呼称が相応しい。ただし当然ながら80年代へのノスタルジアではなく21世紀型新鋭コンセプチュアル音響であることは一聴して明白である。初回特典DVDには2度の「CASE OF TELEGRAPH」でのライヴ映像と「アルトー24時」の舞台が収録されているが藤田一郎監督により編集加工処理された作りはそれ自体一遍の映像作品といえよう。