さて昼食を済ませ、いよいよ知る人ぞ知るアンコール・ワットにやってきました。アンコール・ワットというと上の写真のような池(または濠)に映った姿が有名だと思うのですが、この池実は大して大きくない水溜りといってもいいような大きさで、そこに映る祠堂ははるか遠くにあり、その規模たるや想像をはるかに超えるものでした。伽藍全体では東西1.5km、南北1.3km、外堀は幅が200mもあります。
アンコール・ワットとは「王都の寺院」(アンコール=王都、ワット=寺院)という意味で、12世紀前半にクメール王国のスリーヤヴァルマン2世によって30年以上の歳月をかけて建てられたヒンドゥー教寺院です。一部彫刻が途中で終わっているところも見られるので、恐らく未完成の建築と思われます。
1431年にアンコールが放棄された後、長く忘れ去られていましたが16世紀の終わりごろ仏教寺院に改修され現在に至っています。最近世界遺産に対する落書きが話題になりましたが、実はアンコール・ワットの中央祠堂には1632年にここを訪れた森本右近太夫一房という日本人の落書きが残っていて、後から書かれた落書きによってほとんど見えなくなっていますが現在でも辛うじて読むことができます。
第一回廊の壁面にはスリーヤヴァルマン2世の功績や天国と地獄の様子、乳海攪拌の様子を描いたレリーフがびっしりと彫られています。
回廊は第三回廊まであり、最後の祠堂は現在修復工事中で登ることができませんでしたが、すでにここまでで相当急な石段を登ってきており、それなりに体力がないとアンコール・ワットを見て回るのはかなり辛いと思います。
最後はいつものお約束でアンコール・ワットをつまみ写真を撮りました。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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