
「星を見る台」の名の通り、天文台と考えられています。善徳女王(在位632年~647年)の時代に造られました。東西方向から写真を撮っただけですので、写真では分かりませんが、真南方向に窓があいています。
これまでご紹介してきた、芬皇寺、皇(黄)龍寺の塔、そしてこの瞻星台はいずれも善徳女王の治世に造られました。
壮大な仏教寺院はそれだけで先進文明の象徴であり王朝の権威を示すものになりますが、天文も農耕文明には不可欠であり、これらの物が善徳女王の時代に一挙に造られたことは、新羅が先進文明の摂取と集権化を急いでいたことの表れではないかと思います。後に朝鮮半島を統一することになる新羅ですが、この時代は北からは高句麗の、西からは百済の圧迫を受け、かつ朝貢していた唐(「貞観の治」で有名な太宗・李世民(在位626年~649年)の時代にあたります)からの支援もままならず、苦しい立場に置かれていました。そうした背景を踏まえると、これらの遺跡がより一層興味深くなります。
なお、唐という覇権主義的性格をもつ強大な帝国の成立が、東アジアの周辺国にもたらしたインパクトの大きさについては、以前「大宰府政庁跡」で述べたとおりです。
瞻星台
慶尚北道 慶州市 仁旺洞 839-1
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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