ギリシャ語で「チャンス」を意味する男性神カイロスには前髪しかなく、両足には翼があったのだそうです。つまり、このカイロスを捕まえるには、彼が一瞬で通り過ぎる前にその前髪を捕まえなければならない。このことから、「チャンスの神は前髪しかない」(好機は直ぐに捉えなければ、後から捉えることはできない)という諺が生まれました。
8月1日に横浜スタジアムで行われた、横浜にとってカード三連勝をかけた対ヤクルト18回戦は、まさにそんな試合でした。
横浜の先発はルーキー、ドラフト3位の大貫投手。7月21日以来11日ぶりの先発です。ここまで5勝3敗、個人的にも期待している投手です。
その大貫投手ですが、立ち上がりからピリッとしません。先頭の太田選手はレフトフライに討ち取りはしたものの、良い当たり。続く青木選手にはカウント0-2と追い込みながら、低めのフォークボールをライト前に痛打されます(青木選手はこの日、4打数3安打の活躍でした)。さらに山田選手には死球を与え、初回から嫌な感じで走者を背負います。結果的に後続を討ち取り無失点で切り抜けはしたものの、不安定な立ち上がりでした。
一方、ヤクルトの先発はここまで3勝0敗のベテラン、山田(大)投手。
その山田投手から、横浜はまず先頭の神里選手が鮮やかなセンター前ヒットで出塁します(神里選手も4打数3安打の活躍でした)。続く宮崎選手は良い当たりでしたがレフト正面のフライに倒れます。しかし、神里選手の盗塁成功により、一死二塁のチャンス。
すると3番ソト選手が三塁手の頭の上を越えるレフト前ヒットを放ち、神里選手が生還。鮮やかな速攻で、横浜が先制します。
しかしそれも束の間。2回表、先頭の村上選手に一発を浴びます。レフトフライかと思ったのですが、意外と打球が伸びました。高卒2年目の19歳という若さで、早くも21号。これで同点。
3回表。またも先頭の青木選手がセンター前に落ちるヒットで出塁。続く山田選手はライトフライに討ち取りますが、次のバレンティン選手の打席で大貫投手が暴投。これで一死二塁。
さらにそのバレンティン選手には四球を与え、一死二塁・一塁。
すると雄平選手が二塁手の右をしぶとく抜くヒットで、二塁走者が生還。これで2vs1。
前の打席で本塁打を放った村上選手は三振に討ち取りますが、続く中村選手。これも外角低めだったのですが、やや甘く入ったところをライト前に弾き返され、二塁走者が生還。3vs1。さらに右翼手ソト選手の返球が悪送球で走者バレンティン選手の首に当たり、その間に走者の雄平選手は三塁へ。
ここでラミレス監督は早くも大貫投手を諦め、期待の高卒2年目、櫻井投手に交替します。
二死三塁・一塁の場面。奥村選手の打席の時に、恐らく若い櫻井投手であることをヤクルトが意図的に突いた陽動作戦だと思いますが、飛び出した一塁走者の中村選手に櫻井投手がつられる間隙を突き、三塁走者の雄平選手が本塁を突きます。慌てて櫻井投手は本塁へ送球しますが、判定はセーフ。しかし、ラミレス監督からのリクエストでリプレイ検証の結果、アウトとなりました。これがセーフとなれば完全にヤクルトへ流れが行きかねない場面で、どうにか2失点で食い止めました。
すると3回裏。横浜は嶺井選手が倒れた後、神里選手がレフト前に落ちるヒットで出塁。
宮崎選手も右中間の頭を越えるヒットで続きます。これで一死三塁・一塁のチャンス。
期待のクリーンナップに回りますが、ソト選手はボテボテの三塁ゴロで一塁走者がアウト。それでも神里選手が生還し、どうにか1点差。
そして四番に戻ってから再びさっぱり打てなくなった筒香選手。この場面でも二塁ゴロに倒れました。とはいうものの、まだ序盤の3回で1点差。望みは十分にある展開でした。
僕は野球とは流れを引き寄せる駆け引きの競技だと思っています。その意味では、もし勝っていたなら重要なターニングポイントになっていたであろうと思うのが、5回表の櫻井投手の投球です。3回途中から登板した櫻井投手は、4回表、八番からの下位打線を三者凡退に退けました。さらに5回表は二番からの上位打線。ここを青木選手三振、山田選手三塁ゴロ、バレンティン選手を三振で再び三者凡退。ずっとヤクルトが攻勢という雰囲気の中で、その流れを食い止めたのは、若き櫻井投手の投球でした。
しかもその櫻井投手が5回裏の先頭打者で、レフト前にヒットを放ちます(左翼手バレンティン選手のお粗末な守備も手伝いましたが)。4回裏から盛り上がったボルテージはこれで一気に爆発したように思います。球場の雰囲気は一変しました。
続く嶺井選手も一二塁間を破るヒット。
神里選手は二塁への当たりを村上選手が好捕しますが、一塁送球が間に合わず内野安打。これで無死満塁で中軸へ回るというビッグチャンス。そう、この時がまさに横浜にとって「カイロスが通り過ぎようとした時」だったのです。
正直に告白すると、続く宮崎選手の打席で「併殺打」が頭を過ぎりました。宮崎選手はヒットメーカーではありますが、併殺も多く、今シーズン既に11個の併殺打を記録していたためです(最多は、同じ横浜のロペス選手で16個)。その宮崎選手、カウント1-0から1-2-3と最悪の併殺打。嫌な予感が現実となってしまいました。
それでもソト選手が四球で出塁し、二死ながら再び満塁。カイロスの前髪は少し後ろになびいていたのです。
しかし、当たりの出ない四番筒香選手が二塁ゴロに倒れ、無死満塁で無得点という最悪の結果に。これで大勢は決しました。流れを巡る駆け引きにおいて、自らその流れを手放したのでは勝つことはできません。
その後、横浜は得点の機会すら作れず。敢えて光明を見出すとすれば、中継ぎ陣がそれなりに頑張り、淡々と試合が進んだことです。結果はさらにヤクルトがその後1点を加え4vs2でしたが、最早この1点はおまけのようなものでした。
試合後は、球団創設70周年ということもあって、何と100機ものドローンを飛ばしての壮観な演出がありました。大変素晴らしいショーではあったのですが、勝利の演出とならなかったのが残念でした。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした