1月22日、株式会社感性リサーチ代表取締役、人工知能研究者で感性アナリストの黒川伊保子氏のご講演を拝聴する機会がありました。記憶では、10年前に黒川様のご著書『英雄の書』を拝読したことがあります。
さて、演題は『英雄の書~失敗は脳にとって最高のエクササイズ』。前述の通り、黒川様は人工知能のエンジニアとしてキャリアをスタートされたので、人間の脳をシステム的に解析することで見えてきた脳の機能についてお話をまとめられています。そういう意味では、脳の話といっても、大脳生理学や心理学などのアプローチとは異なる部分もあるかもしれません。以下、耳で聞きながら走り書きのメモになりますが、お話をまとめたいと思います。
先述の「人間の脳をシステム的に解析することで見えてきた」こととは何か?それは「脳がとっさに下した正解が個々人で異なる」ということです。大まかな傾向はあるかもしれませんが、それは異性間、同性間においても異なります。また、脳は「推論マシーン」に過ぎないので、常に正解を選択するとは限りません。むしろ、進化のため、正解でないものに挑戦しようとする傾向すらあると言います。その結果、推論マシーンに過ぎないので「うまくいかない自分」ということが生じ、個々人の正解のギャップから「思い通りにいかない他人」が生じます。裏を返せば、これら二つは「誰にでも生じる当たり前のこと」だということです。以上を前提として、以下の3点についてお話がありました。
1.人生が思い鳥になる対話術
2.失敗は恐れなくていい
3.リーダーの条件
1.人生が思いどおりになる対話術
さて、個々人それぞれ違うのはそうだとして、我々が最も大きな傾向として日常生活の中で感じ、また世間でも取り上げられることが多いのは「男女の違い」ではないでしょうか?1990年代、脳の機能についての関心が非常に高まりました(1995年に一世を風靡した、春山茂雄氏の『脳内革命』をご記憶の方も多いと思います)。当時、「脳梁の太さの違い」であるとか「大脳の大きさの違い」であるとか、様々な根拠を取り上げては、脳の機能が男女で異なる、異ならない、あるいは男女差を論じること自体が偏見なのではないかといった議論がなされました(2000年のアラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ著『話を聞かない男、地図が読めない女』も有名になりました)。しかし、男女の脳の配線は同じであり、脳梁の「太さ」も機能差の決定的要因とはなりません。つまり、機能差はないということなのですが、男女は「とっさの時に選ぶ『脳の神経回路』の組み合わせが異なる」傾向にあるということです。
脳には無数の神経回路がありますが、その中で瞬時に脳が選択し、電気信号を送れる回路はごく一部だと言われています。このとっさに起動する回路に男女差/個人差があるというのです。この「とっさの回路の起動」の仕方には、「縦方向」と「横方向」の二種類があり、人間はとっさの時でなくてもどちらかを選択し、それがモノの見方のスタイルを決定します。
① 縦方向に使う…危険を察知した時(とっさの行動の典型といえます)、遠くの一点に焦点を合わせる。反射的に攻撃、問題解決等の行動を起こす。
② 横方向に使う…(同様の状況で)、五感を動員して近くを満遍なく観察し、身を守る。勘が鋭い。
お察しの通り、①が男性に強い傾向、②が女性に強い傾向です。よく説明として使われるのは、進化的理由ですね。人間の脳は1万年前から変わっていないので、その時の(といっても現代よりはるかに長い期間)環境に適応した結果なのだと。もちろん、男女ともにどちらか一方だけに偏っているということはなく、時と場合と立場によって両方の機能を使い分けることができます。ただ、瞬時の判断を要するときや、慣れた方を採用しがちだということです。
概念空間も両者では異なります。①は人の話を聞かない傾向があり、要約や解答を導き出そうとします。②は結論よりプロセスや心情、共感を重視します。①と②とでは、会話のそもそもの目的や進め方が異なります。
さて、①と②の違いにどちらが良いとか悪いとかいうことはありませんが、「対話」という観点で言えば、②を選択するのが良いということになります(①には「人の話を聞かない」とありました。相手の話を聞かなければ対話にならないですからね)。そして、例えば悩んでいる人の話を聞くような、アドバイスも必要とするような時は、②から①へと切り替えて使うようにします。すなわち、「まずは肯定、共感し、然る後にアドバイスをする」ということです。しかし、かくいう私も男性なので、これは言う程優しくはありません。例えば、相手の言っていることが素直に肯定、共感できるポジティブなものであればまだ良いのですが、明らかに賛成しかねる、愚にもつかないような内容だったとしたらどうでしょう?そんな時は、「そうなんだ」、「そんなこともあるんだね」というように、とにかく受け止めるということです。相手を受け止めることと賛成することは同じではありません、最初は事の是非を保留するということです。そもそも、「賛成しかねる」とか「愚にもつかない」と思っているのは自分(主観)ですからね。
俗にいう「ダメ出し」というものも、守りたいものがある時の防衛反応として現れるそうで、動機としては必ずしも悪いとは言えないのですが、相手にはよくない影響を与えます。脳は、使った神経信号に見合ったフィードバックが得られる(すなわち相手から評価される)ことによって、自分が正しく動いていることを認識します。これは、人間の万能感、自己肯定感の源泉となります。心理学者のエドワード・デシは、人間の持つ三大欲求として「自律性」、「有能感」、「関係性」を唱えましたが、この脳の働きゆえに、人間は根源的欲求として「自律性」、「有能感」を希求しているのだと考えることもできます。そして、対話とは関係性そのものなので、これも含まれます。つまり、②型の対話は人間の三大欲求に影響する行為であり、それゆえ極端なケースになると、人間は他者から評価されないことで生きる意味さえ失うということが起こりうるのです。
しかしながら、「ダメ出し」をしてくる人というのは存在します。そういう人への対処法として、「謝るより感謝する」、「ありがとう」の二つがあります。
<「雑談」のすすめ>…何でもない話は最高の脳のエクササイズ
他愛もない、心に思い浮かんだことを言語化する「雑談」は、脳とひいては身体にとっても非常に優れたエクササイズとなります。心に思い浮かんだことを言語化する脳のステップは以下のようになります。
① 脳の記憶領域をふんわりとサーチする
② かすかな情動や五感情報をきっかけにイメージを作り上げる
③ 言葉に変換する
④ 筋肉運動に変換する
上の①②は右脳の働き、③は左脳の働き、④は小脳の働きになります。脳をフルに動員しているということですね。最後の④は、「口に出したことが身体運動や行動に影響する」ということです。雑談は脳を活性化させ、勘が良くなり、手足の動きも良くなります。
2.失敗は恐れなくていい
脳は失敗することで進化します。失敗を通じて回路の優先順位を下げ、回路の選択の効率を上げるのです。これによって効率よく回路を起動できるようになった人が、俗に「勘のいい人」、「センスのいい人」と呼ばれています。勘のいい人やセンスのいい人は、それだけ「失敗してきた人」とも言えるでしょう。
大事なことは、失敗を他者のせいにしないことです。他責にしていては脳が自分のことだと認識しないので、書き換えが起こりません。第二に、過去の失敗をくよくよ思い出さないことです。ましてや、やりもしないうちから未来の失敗をぐずぐず言ってはなりません。
3.リーダーの条件
最後に、「どんな場に行っても『この人がリーダーだ』と分かる人」とはどんな人なのでしょう?それは、「その場にいる人が、その人が現れると嬉し気になる(周りを笑顔にする)人」だそうです。そういう人は、一言でいえば「リーダー自身が嬉しそうな顔をしている」ということです。なぜなら、人間にはミラーニューロンというものがあり、笑顔は伝染するからです。これを「情動伝染」と言います。表情は情動と繋がっており、表情は非常に大切です。
最後に、黒川様のお好きな言葉、掲題の“In bocca lupo”をご紹介します。これはイタリア語で、直訳すると「オオカミの口の中へ」という意味ですが、「幸運を祈るよ」、「頑張ってね」という意味で使われるそうです。「恐れず立ち向かえ」というような風にも感じられます。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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