「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」 世田谷美術館

世田谷美術館世田谷区砧公園1-2
「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール スイス発 - 知られざるヨーロピアン・モダンの殿堂」
8/7-10/11



世田谷美術館で開催中の「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」のプレスプレビューに参加してきました。

夏の世田美の西洋絵画展というと、どこかオーソドックスな名画展でも想像してしまうかもしれませんが、少なくともこの展覧会に関してはそうしたことは一切ありません。そもそもスイスの小都市にあるヴィンタートゥール美術館は近代絵画に定評があるそうですが、ピカソやブラック、そしてルソーらをはじめ、日本では登場頻度の低いアンカーやベックマン、そしてヘッケルやココシュカらと言ったドイツやスイスの画家の作品がかなり充実していました。

(展示風景)

展覧会の構成は以下の通りです。

1. フランス近代1「ドラクロワから印象派まで」:ドラクロワ、ピサロ、シスレー、ルノワール。
2. フランス近代2「印象派以後の時代」:ゴーギャン、ゴッホ、ルドン、マイヨール。
3. ドイツとスイスの近代絵画:リーバーマン、コリント、アンカー、ホードラー。
4. ナビ派から20世紀へ:モーリス・ドニ、ボナール、ヴュイヤール、ヴラマンク、マルケ。
5. ヴァロットンとスイスの具象絵画:ヴァロットン。
6. 20世紀1「表現主義的傾向」:ヘッケル、ヤウレンスキー、ココシュカ、カンディンスキー、クレー。
7. 20世紀2「キュビスムから抽象へ」:ピカソ、ブラック、レジェ、ル・コルビュジエ。
8. 20世紀3「素朴派から新たなリアリズム」:ルソー、ジャコメッティ、モランディー。

この章立てを見るだけでも、いわゆる印象派以降、ナビ派やドイツ、スイスの画家、それに20世紀美術に重点の置かれた展覧会だとお分かりいただけるのではないでしょうか。一見、地味に思えながらも、ここまで噛めば噛むほど味わいが深くなるような絵画展は久しぶりでした。

それでは以下、私なりの視点で見どころを挙げてみます。

1.輝かしきシスレー

(左モネ、右シスレー)

眩しい光に包まれた教会が展覧会冒頭を彩っていました。真っ青な空の下に佇む建物は、シスレーの家のあったモレの教会です。シスレーはこの教会をそれこそモネのルーアンの如く、連作で10数枚描いたそうですが、ともかくも画中に滲み出る光、そして鮮やかな色には目を奪われました。


アルフレッド・シスレー「朝日を浴びるモレ教会」
1893年 油彩、カンヴァス ザ・コレクション・ヴィンタートゥール


構図としては堅牢ながらも、淡いクリーム色をした壁面などの繊細なタッチにはシスレーならではの情感が溢れているのではないでしょうか。

2.彫刻との響宴~ルノワール、ジャコメッティ、そしてマーラー~

(ルノワール諸作品)

今回の展示の特徴として挙げられるのが彫刻作品の多さです。ルノワール、デスピオ、ロッソなどの各彫刻作品と絵画が一つの『風景』となって、会場全体を引き立てていました。


オーギュスト・ロダン「グスタフ・マーラー」
1909年 ブロンズ ザ・コレクション・ヴィンタートゥール


また音楽ファンとして忘れられないのはロダンによるマーラーの肖像です。この作品はマーラーの義父で画家のカール・モルによって依頼されたもので、実際にマーラーは2度、ロダンのパリのアトリエを訪れ、モデルを務めました。図録によればロダンはマーラーにフリードリヒ大王やモーツァルトを見出したとのことでしたが、それはともかくもこの荒々しい人物描写には、マーラーの内面の苦悩がうまく表現されていると言えるのかもしれません。

(右レームブック)

その他、赤茶けた人造石の色合いが異彩を放つレームブックの端正な「振り向く女性の頭部」、また事情により画像は載せられませんが、ストイックまでの造形に胸を打たれるジャコメッティの「林間地」などの見どころもありました。

3.スイスの画家~アンカーとホードラー~

(左ホードラー、右アンカー)

ご当地スイスの画家の作品ももちろん登場します。なかでも風俗画家として名高いアンカーの静物画は一際人気を集めるのではないでしょうか。

(「ドイツとスイスの近代絵画」展示室)

またもう一人、スイスの同時代の画家として挙げておきたいのがホードラーです。自身最後の自画像となる最大の作品は、どこかどっしりと構えた彼の平明な心持ちが現れているように思えました。

4.ナビ派とフォーヴィズム

(「ナビ派から20世紀へ」展示室)

六本木のオルセー展でも主役だったナビ派ですが、ヴィンタートゥール展でも中核の一部を示しています。小品がメインですが、ボナール6点、ヴュイヤール4点は、再びこのグループの魅力を知るのに相応しい作品でした。

(左マルケ、右ヴラマンク)

また一概にフォーヴとしても対照的な画家、マルケとヴラマンクも忘れることが出来ません。ここは大好きな二人の画家が横に並んだ展示ということで、時間を忘れてじっくりと見入りました。しかしながらこの点描風の技法をとるヴラマンクの若い頃の「野菜農園の道」は、一見すると彼だと分からないかもしれません。既知の画家のこうした意外な作品を知ることが出来るのも、今回の展覧会の大きなポイントと言えそうです。

5.ヴァロットン・ルーム

(「ヴァロットンとスイスの具象絵画」展示室)

スイス出身のヴァロットンの作品が並ぶ展示室は一つのハイライトと言えるのではないでしょうか。


フェリックス・ヴァロットン「5人の画家」
1902~1903年 油彩、カンヴァス ザ・コレクション・ヴィンタートゥール


ナビ派の画家を集団で捉えた大作「5人の画家」をメインに、どこか神秘的でさえあるオレンジ色の夕陽が眩しい「日没、オレンジ色の空」、そして実景を元にしながらも、神話的な主題との関係を思わせる「浴女のいる風景」などが並ぶ様子は圧巻でした。

6.ドイツ表現主義~ヘッケル、ヤウレンスキー、ベックマン~

(左ヤウレンスキー、右ヘッケル)

日本ではあまり馴染みのないドイツ表現主義が紹介されているのは嬉しいところです。フォーブを思わせながらも、もっとプリミティブな印象を与えるヤウレンスキーの「ルネサンス風の頭部」と、オレンジやブルーの色彩が強烈なヘッケルの「池で水浴する者たち」の二枚は目に焼き付きました。


(右ベックマン)

また退廃芸術展にて作品を糾弾されたベックマンの静物画も要注目の一枚ではないでしょうか。「ストレリチアと黄色いランのある静物」こそ、彼がナチスの迫害を受けて亡命をした年(1937年)の作品に他なりませんが、背景のぽっかりと開いた黒と黄色いテーブル、そして刺々しいまでに直線的なストレリチアの組み合わせからは、各々の調和しない、時代を表すような不穏な空気を強く感じました。

7.モランディ

(モランディ2点)

人気のモランディが2点出品されています。柔らかい色彩と光のコントラストは、それこそ表現主義やキュビズムを見て来た後の目に、とても静謐で優しく響いてきました。やはり一推しです。

8.ルソー~世田谷美術館の常設とあわせて~

(「表現主義的傾向」展示室)

世田美というとルソー展の記憶も新しいところですが、今回もまた注目されそうなのがルソーの2点です。私としては彼よりも隣のボーシャンの方に共感を覚えますが、「赤ん坊のお祝い」におけるその太々しい姿をとる子どもに、一種の異様な存在感があるのは事実でした。

(常設展示室)

またルソーは本展会場内以外、つまりは同館の常設展でも3枚の作品が展示されています。(ボーシャンも2点展示。)こちらは9月5日までと会期限定です。お見逃しなきようご注意下さい。

(展示風景)

元々、ヴィンタートゥール美術館のコレクションは、当地の美術家、またコレクターたちの寄付により形成されました。そのためかいわゆる大作は多くありません。しかしながら先にも触れたように著名な画家の見慣れぬ小品など、意外な発見の多い展覧会であるという印象を強く受けました。

(展示風景)

ところで時にアクセスの難も指摘される世田谷美術館ですが、有り難いことに夏休み期間中は臨時の直通バスが運行されています。私は普段、用賀駅から歩いて美術館へ行くことが殆どですが、このプレビュー時はあまりにもの暑さに途中で参ってしまいました。涼しくなると砧公園の散策も気分良いものですが、やはり夏の時期はバスを利用されるのがベストかもしれません。

ザ・コレクション・ヴィンタートゥール 直通臨時バス時刻表 用賀駅→美術館 美術館→用賀駅


フィンセント・ファン・ゴッホ「郵便配達人 ジョゼフ・ルーラン」
1888年 油彩、カンヴァス ザ・コレクション・ヴィンタートゥール


プレビュー時、俳優の仲代達也さんがゴッホの前で記者会見をされていました。なお仲代さんは来年、何と舞台上でゴッホ本人を演ぜられるのだそうです。この作品もチラシ表紙に使われるなどの目玉ですが、半ばゴッホのカラーでもある黄色と青がぶつかり合う様子は会場でも一際目立っていました。

10月11日まで開催されています。

注)写真の撮影と掲載については主催者の許可を得ています。
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