「シャルダン展」 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「シャルダン展 静寂の巨匠」
2012/9/8-2013/1/6



三菱一号館美術館で開催中の「シャルダン展 静寂の巨匠」へ行ってきました。

決して知名度は高いとは言えない18世紀フランス、ロココ時代の画家、ジャン=シメオン・シャルダン(1699-1779)。

生前は王立アカデミーの画家として地位を築き、主に静物・風俗画において業績を示したものの、死後は忘れられ、19世紀後半になってようやく再評価されました。

60年に渡る画業において残した作品は238点。(本展監修者のピエール・ローザンベールが編纂した最新の総目録による。)その期間を考えると決して多くはありません。

本展ではそうした言わば稀少、また知られざるシャルダンの軌跡を、ルーブルをはじめ、世界各地から集められた全38点の作品で辿っていきます。

構成は以下の通りでした。

第1部 多難な門出と初期静物画
第2部 「台所・家具の用具」と最初の注文制作
第3部 風俗画-日常生活の場面
第4部 静物画への回帰
シャルダンの影響を受けた画家たちと「グラン・ブーケ」~三菱一号館美術館のコレクションから


さて初めにロココと書きましたが、ともかくシャルダン、まず何をもって魅力的かと言えば、おおよそ時代から想像しうる華美さや豪奢をあえて持ちえない、ひたすらに静謐でかつ寡黙な静物画の数々です。

1699年、パリの下町、ビリヤード台職人を父に持つ一家に産まれたシャルダンは、画家を志し、当初風俗画を手がけるものの、静物画へと転向。遅咲き29歳にして王立アカデミーへ入会、動物と果物に精通した画家として評価を得ました。

冒頭で紹介されるのは、モチーフを極めて限定、身近な文物を寄せて集めては小画面へ落とし込んだ初期の静物画です。


ジャン・シメオン・シャルダン「すももの鉢と水差し」1728-30年頃
油彩、画布 44.25×56.20cm ワシントン、フィリップス・コレクション


シャルダンが生涯に好んで取り上げた銀のゴブレットの登場する「昼食のしたく」(1728年以前)や、おそらくは中国の水差しを描いたとされる「すものの鉢と水差し」(1728-30年頃)などからは、早くも画家一流の的確な表現力を見て取れるのではないでしょうか。

しかしながら単なる精緻な静物画ではないところがシャルダンの大いなる特徴。細部へ目を凝らすと塗りは意外と薄く、静物画に有りがちな物質感のみを強調しているわけではないことがよく分かります。

また彼が「用具の美」を発見し、さらにモチーフを広範囲に、いわゆる厨房画を描いた中期へ至る作品でも同様です。


ジャン・シメオン・シャルダン「肉のない料理」1731年
油彩、銅板 33×41cm パリ、ルーヴル美術館

当時、室内空間を左右対称に飾るために好まれたという対作品から「肉のない食事」と「肉のある食事」を見てみましょう。


ジャン・シメオン・シャルダン「肉のある料理」1731年
油彩、銅板 33×41cm パリ、ルーヴル美術館


ここでも確かに銅鍋の表面、また陶製の壺などは確かに細やかに描かれているものの、例えば前者における白い布、もしくは後者の肉片の白い筋などには、白のハイライトが思いがけないほど大胆に塗られていることが分かります。

シャルダンは単に細微を伺ったのみの画家ではありません。その答えこそ晩年の静物にあるわけですが、当初、チラシなどから受けていたイメージ、つまりともかく細やかな静物を描いた画家という先入観からすると、少し驚きを覚えるほどでした。

さて晩年の静物に進む前にもう一つ、シャルダンの画業において重要な風俗画も忘れてはなりません。

実は当時、いわゆる静物画家は地位が低く、収入も不安定。よって同時代の画家ジョセフ・アヴェドの勧めもあり、購入層に王侯貴族も多い風俗画を描くようになりました。


ジャン・シメオン・シャルダン「食前の祈り」1740年頃
油彩、画布 49.5×41cm パリ、ルーヴル美術館


母と姉の見守る中、小さな椅子に座った男の子が食前の祈りを捧げる「食前の祈り」(1740年頃)など、もの静かで限定された空間での風景は、言わば画中の物語性よりも一瞬間の日常を切り取った、オランダの室内画のような風情があるのではないでしょうか。

再びシャルダンが静物画へ取り組むようになったのは、風俗画を描いてから15年経ってからのことです。注文制作が増え、年金などの収入も安定した彼は、それこそ初期の頃のように静物画ばかりを描くようになりました。

そうして残された後期、晩年の静物画、一言で特徴を表せば、ともかく心に染み入る詩情すらたたえた幻想的な佇まいに他なりません。

技法としてはより熟練、塗りは柔らかくまた滑らかになり、構成も全体の調和が求められていきます。


ジャン・シメオン・シャルダン 「銀のゴブレットとりんご」1768年頃
油彩、画布 33×41cm パリ、ルーヴル美術館


得意とするコブレットを取り入れた「銀のゴブレットとりんご」(1768年)も魅惑的。奥行きのほとんどない、もはや場を特定することさえ困難な暗がりの地平へ置かれたコブレットやリンゴ。表情はひたすらに寡黙、空間に無駄もありません。


ジャン・シメオン・シャルダン「木いちごの籠」1760年頃 
油彩、画布 38×46cm 個人蔵


またちらし表紙に掲載された「木いちごの籠」(1761年頃)。何処ともつかぬ場にぽっかりと盛られた木いちご、その存在感は、思いの外に果敢な気。また見方を変えれば虚無的であるとさえ言えないでしょうか。

向き合えば向き合うほど画中の静寂に取り込まれ、いつしか瞑想すら誘われるようなシャルダンの絵画世界。出品数38点に過ぎませんが、見終えた後の充足感、そして後から訪れる深い余韻は何物にも変え難いものがありました。

ロングランの展覧会です。来年1月6日まで開催されています。おすすめします。

「シャルダン展 静寂の巨匠」 三菱一号館美術館
会期:2012年9月8日(土)~2013年1月6日(日)
休館:毎週月曜。祝日の場合は翌火曜休館。(但し12月25日は開館。)年末年始(12/29~1/1)
時間:10:00~18:00(火・土・日・祝)、10:00~20:00(水・木・金)
料金:大人1500円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
 *「アフター6割引」対象日:平日の木曜・金曜 時間:18時~20時 料金:1000円。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
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