都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「英国水彩画展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
Bunkamura ザ・ミュージアム
「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」
10/20-12/9
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」のプレスプレビューに参加してきました。
元々西洋において油彩の習作、もしくは素描の色付けとして描かれていた水彩画。それを国民的芸術へと昇華させたのは、イギリスであることは言うまでもありません。
まさにファン待望の展覧会。思う存分、イギリス水彩画ならではの繊細タッチと瑞々しい色味を堪能することができました。
「巨匠たちの英国水彩画展」展示室風景
さて言わば単なる名品展になっていないところも大きなポイントです。
というのも本展では史的変遷を踏まえてイギリスの水彩画を紹介。18~19世紀、イギリスの水彩表現が一体どのように変化し、また発展を遂げていったのかを追う展開となっていました。
展示はピクチャレスクから。水彩画の隆盛した18世紀のイギリスでは、特に風景に対しピクチャレスク、つまりは起伏に富み、変化し、不揃いなものこそ、美に満ち溢れているという考えが生まれます。
右:フランシス・ニコルソン「ゴーデイル・スカー峡谷の滝、ヨークシャー」
鉛筆、水彩・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
そうしたピクチャレスクの一例として印象深いのが、ダイナミックな滝を描いたフランシス・ニコルソンの「ゴーデイル・スカー峡谷の滝、ヨークシャー」。また英仏戦争もあってかナショナリズムも高まり、イギリスを象徴する大聖堂や城砦、それに廃墟が好んで描かれます。
トマス・ガーティン「ピーターバラ大聖堂の西正面」1796-97年
鉛筆、水彩・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
トマス・ガーティンの「ピーターバラ大聖堂の西正面」の美しさと言ったら比類がありません。天を衝くかのようにそびえる大聖堂の威容、細部の精緻な描きこみも見事でした。
一通りイギリスを楽しんだ後は世界へ。いわゆるグランド・ツアーの時代が到来します。アルプス越えのルートが確立した18世紀、イギリス人画家は光を求めてイタリアへと訪れるようになりました。
ここで面白いのがサミュエル・プラウトの「ヴェネツィアの運河のカプリッチョ」、まさに光溢れるヴェネツィアの水辺を描いた一枚です。
サミュエル・プラウト「ヴェネツィアの運河のカプリッチョ」
ペンと茶色のインク、水彩に白のハイライト・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
ちなみにこの作品、タイトルにもあるようにカプリッチョ、ようは実在の建築物を取り込みながらも、架空の景色を表した景観図であることにお気づきでしょうか。
またイギリスの領土拡大により、さらに遠方、スペイン、そして中東から中国といった東方世界への関心が高まったのも同時代。
左:ウィリアム・ホルマン・ハント「岩のドーム、エルサレム、ラマダンの期間」1854-55、1860-61年
水彩、グワッシュ、紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
展示作品中、殆ど唯一の夜景のウィリアム・ホルマン・ハントの「岩のドーム、エルサレム、ラマダンの期間」は、言うまでもなく闇夜に覆われたエルサレムの風景を描いた作品です。
ちなみにハントはいち早く東方へ足を運んだ画家として知られるとか。
そしてイギリスから最も遠いのは中国、ウィリアム・アレクサンダーの「斜堤に接岸しようとする艀船、寧波、中国」も登場。その他にもベイルートにカイロにインドと、水彩を通して当時のイギリス人の見た世界を追体験することが出来ました。
さてイギリス画家といえばターナーです。もちろん今回の展覧会でも出品画家中の最大、約30点もの作品が展示されています。
ターナーはこれまでの緻密な描法を取る画家たちとは一変、細部の水彩のタッチはニュアンスに富み、どこか詩情をたたえた幻想世界を感じさせはしないでしょうか。
J.M.W.ターナー「アップナー城、ケント」1831-32年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
一際目立つ「アップナー城、ケント」も圧倒的。輝かしき夕陽が城から水辺を覆い、湾の水面には細かな船影が美しく表されています。またここでは右下の流木の傍のライフル銃にも注目。これは当時、アップナー城が火薬庫として使われていたという暗示だそうです。
J.M.W.ターナー「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」1841年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
それに水面と言えば、「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」も忘れられません。画面全体をターナー一流、透明感にも満ち溢れたエメラルドグリーンが覆っていました。
さて今回、私があえて一押しにしたい作品が第5章「幻想」のセクションに。それがジョン・マーティンの「マンフレッドとアルプスの魔女」に他なりません。
左:ジョン・マーティン「マンフレッドとアルプスの魔女」1867年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
まさにこれぞ拙ブログのタイトルの名付け親、詩人バイロンの劇詩「マンフレッド」を題材にした作品。洞窟の魔女とマンフレッドの対峙する様子がドラマチックに描かれています。
そしてここで興味深いのはマンフレッドの背後に何やら白い人物の影があること。これは塗り残しではなく、魔女の要求するマンフレッドの魂、ようは亡霊なのです。
右:フォード・マドックス・ブラウン「ロミオとジュリエット」1867年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
ちなみに展覧会ではバイロンをはじめ、ミルトン、シェイクスピアなどと、文学主題の作品もいくつか登場。ラファエル前派の画家フォード・マドックス・ブラウンの「ロミオとジュリエット」も目を引きました。
さて19世紀も半ば、ヴィクトリア朝時代に入ると水彩表現も大きく変化していきます。
左:アナ・ブランデン「リザード・ポイント、コーンウォール」1862年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
その一つの要因として挙げられるのが、水彩絵具に白色を混ぜて作られた不透明な色彩、ような体質顔料ともグワッシュとも呼ばれる顔料が取り入れられるようになったことです。よってアナ・ブランデンの「リザード・ポイント、コーンウォール」など、一見、油絵と見間違うような色味の濃い水彩画が登場します。
アンドリュー・ニコル「北アイルランドの海岸に咲くヒナゲシとダンルース城」
鉛筆、ペンとインク、水彩・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
またこの時代には自然主義的性格の強い風景画も隆盛。イギリス各地の自然がたくさん描かれていきます。その代表例がアンドリュー・ニコルの「北アイルランドの海岸に咲くヒナゲシとダンルース城」。色鮮やかな野の花の向こうには、城の姿を望むことが出来ました。
ラストは再びターナーです。ロマン派から次の世代への新しい表現すら予感させる「濡れた浜辺に沈む夕陽」で締めくくります。
そういえば来秋には東京都美術館でターナー展開催のアナウンスも。70名のイギリス人画家による150点の水彩画、これほどまとまって見られる機会もそう滅多にないかもしれません。
12月9日まで開催されています。
「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:10月20日(土)~12月9日(日)
休館:会期中無休
時間:10:00~19:00。毎週金・土は21:00まで開館。
料金:一般1400(1200)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」
10/20-12/9
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」のプレスプレビューに参加してきました。
元々西洋において油彩の習作、もしくは素描の色付けとして描かれていた水彩画。それを国民的芸術へと昇華させたのは、イギリスであることは言うまでもありません。
まさにファン待望の展覧会。思う存分、イギリス水彩画ならではの繊細タッチと瑞々しい色味を堪能することができました。
「巨匠たちの英国水彩画展」展示室風景
さて言わば単なる名品展になっていないところも大きなポイントです。
というのも本展では史的変遷を踏まえてイギリスの水彩画を紹介。18~19世紀、イギリスの水彩表現が一体どのように変化し、また発展を遂げていったのかを追う展開となっていました。
展示はピクチャレスクから。水彩画の隆盛した18世紀のイギリスでは、特に風景に対しピクチャレスク、つまりは起伏に富み、変化し、不揃いなものこそ、美に満ち溢れているという考えが生まれます。
右:フランシス・ニコルソン「ゴーデイル・スカー峡谷の滝、ヨークシャー」
鉛筆、水彩・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
そうしたピクチャレスクの一例として印象深いのが、ダイナミックな滝を描いたフランシス・ニコルソンの「ゴーデイル・スカー峡谷の滝、ヨークシャー」。また英仏戦争もあってかナショナリズムも高まり、イギリスを象徴する大聖堂や城砦、それに廃墟が好んで描かれます。
トマス・ガーティン「ピーターバラ大聖堂の西正面」1796-97年
鉛筆、水彩・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
トマス・ガーティンの「ピーターバラ大聖堂の西正面」の美しさと言ったら比類がありません。天を衝くかのようにそびえる大聖堂の威容、細部の精緻な描きこみも見事でした。
一通りイギリスを楽しんだ後は世界へ。いわゆるグランド・ツアーの時代が到来します。アルプス越えのルートが確立した18世紀、イギリス人画家は光を求めてイタリアへと訪れるようになりました。
ここで面白いのがサミュエル・プラウトの「ヴェネツィアの運河のカプリッチョ」、まさに光溢れるヴェネツィアの水辺を描いた一枚です。
サミュエル・プラウト「ヴェネツィアの運河のカプリッチョ」
ペンと茶色のインク、水彩に白のハイライト・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
ちなみにこの作品、タイトルにもあるようにカプリッチョ、ようは実在の建築物を取り込みながらも、架空の景色を表した景観図であることにお気づきでしょうか。
またイギリスの領土拡大により、さらに遠方、スペイン、そして中東から中国といった東方世界への関心が高まったのも同時代。
左:ウィリアム・ホルマン・ハント「岩のドーム、エルサレム、ラマダンの期間」1854-55、1860-61年
水彩、グワッシュ、紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
展示作品中、殆ど唯一の夜景のウィリアム・ホルマン・ハントの「岩のドーム、エルサレム、ラマダンの期間」は、言うまでもなく闇夜に覆われたエルサレムの風景を描いた作品です。
ちなみにハントはいち早く東方へ足を運んだ画家として知られるとか。
そしてイギリスから最も遠いのは中国、ウィリアム・アレクサンダーの「斜堤に接岸しようとする艀船、寧波、中国」も登場。その他にもベイルートにカイロにインドと、水彩を通して当時のイギリス人の見た世界を追体験することが出来ました。
さてイギリス画家といえばターナーです。もちろん今回の展覧会でも出品画家中の最大、約30点もの作品が展示されています。
ターナーはこれまでの緻密な描法を取る画家たちとは一変、細部の水彩のタッチはニュアンスに富み、どこか詩情をたたえた幻想世界を感じさせはしないでしょうか。
J.M.W.ターナー「アップナー城、ケント」1831-32年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
一際目立つ「アップナー城、ケント」も圧倒的。輝かしき夕陽が城から水辺を覆い、湾の水面には細かな船影が美しく表されています。またここでは右下の流木の傍のライフル銃にも注目。これは当時、アップナー城が火薬庫として使われていたという暗示だそうです。
J.M.W.ターナー「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」1841年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
それに水面と言えば、「ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む」も忘れられません。画面全体をターナー一流、透明感にも満ち溢れたエメラルドグリーンが覆っていました。
さて今回、私があえて一押しにしたい作品が第5章「幻想」のセクションに。それがジョン・マーティンの「マンフレッドとアルプスの魔女」に他なりません。
左:ジョン・マーティン「マンフレッドとアルプスの魔女」1867年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
まさにこれぞ拙ブログのタイトルの名付け親、詩人バイロンの劇詩「マンフレッド」を題材にした作品。洞窟の魔女とマンフレッドの対峙する様子がドラマチックに描かれています。
そしてここで興味深いのはマンフレッドの背後に何やら白い人物の影があること。これは塗り残しではなく、魔女の要求するマンフレッドの魂、ようは亡霊なのです。
右:フォード・マドックス・ブラウン「ロミオとジュリエット」1867年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
ちなみに展覧会ではバイロンをはじめ、ミルトン、シェイクスピアなどと、文学主題の作品もいくつか登場。ラファエル前派の画家フォード・マドックス・ブラウンの「ロミオとジュリエット」も目を引きました。
さて19世紀も半ば、ヴィクトリア朝時代に入ると水彩表現も大きく変化していきます。
左:アナ・ブランデン「リザード・ポイント、コーンウォール」1862年
水彩、グワッシュ・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
その一つの要因として挙げられるのが、水彩絵具に白色を混ぜて作られた不透明な色彩、ような体質顔料ともグワッシュとも呼ばれる顔料が取り入れられるようになったことです。よってアナ・ブランデンの「リザード・ポイント、コーンウォール」など、一見、油絵と見間違うような色味の濃い水彩画が登場します。
アンドリュー・ニコル「北アイルランドの海岸に咲くヒナゲシとダンルース城」
鉛筆、ペンとインク、水彩・紙 マンチェスター大学ウィットワース美術館
またこの時代には自然主義的性格の強い風景画も隆盛。イギリス各地の自然がたくさん描かれていきます。その代表例がアンドリュー・ニコルの「北アイルランドの海岸に咲くヒナゲシとダンルース城」。色鮮やかな野の花の向こうには、城の姿を望むことが出来ました。
ラストは再びターナーです。ロマン派から次の世代への新しい表現すら予感させる「濡れた浜辺に沈む夕陽」で締めくくります。
そういえば来秋には東京都美術館でターナー展開催のアナウンスも。70名のイギリス人画家による150点の水彩画、これほどまとまって見られる機会もそう滅多にないかもしれません。
12月9日まで開催されています。
「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:10月20日(土)~12月9日(日)
休館:会期中無休
時間:10:00~19:00。毎週金・土は21:00まで開館。
料金:一般1400(1200)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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