「和様の書のなりたちと展開」 6次元

荻窪の6次元で行われた「和様の書のなりたちの展開」に参加してきました。


「和様の書」@東京国立博物館(7月13日~9月8日)

現在、東博で開催中の「和様の書」展。私も今月初旬に一度出向き、なるほど確かに読めはしないものの、文字のリズム感や料紙の美しさに魅了。意外なほど楽しめました。しかしながらやはり前提知識なりがあると、より深く鑑賞出来たのではないかと感じたのも事実。もう少し突っ込んでみたいとも思いました。

そうした時に6次元で「和様の書」に関するトークショーのお知らせが。講師は東京国立博物館研究員の田良島哲さんです。早速、聞きに行ってきました。

さて田良島さん。まず書に接するには必ずしも読めなくても良い、と断られた上で、日本における書、かなの成立史などについてお話を。計1時間半ほどのレクチャーをして下さいました。

というわけでその内容から特に印象深かったポイントを順にまとめてみます。

まず文字の伝来。仏教(信仰)と律令(政治)の関係です。百済の聖明王より仏像とともに伝えられたという経典。その複雑な内容を学ぶには文字を写さなければならない。つまり写経こそが日本人にとって文字を書く、そして学ぶということの原点になります。



奈良時代に入ると「官学写経所」が誕生。写経は国による言わば「公共事業」として盛んに行われます。そこでは各々、経師(書く人)、校生(チェックする人)、装丁、舎人(事務職員)と細かに役割分担が規定。ちなみに写すのを間違える罰則もあったとか。写経は厳格です。

またこの時代の写経の文字の特徴として、ともかくきちっと、またたくさん書くことが第一に要求されます。誰が書いたが問題とされず、文字自体の個性も尊重されなかったそうです。

しかしながら平安時代になると状況も変わります。遣唐使の廃止による国風化の流れもあり、文芸の中心が漢文から和文へと変化。ただしこの変化は必ずしも急速ではなく、漢文も依然として主流ではあったそうですが、ともかく唐様から和様へという大きな潮流が生まれます。



そこで仮名の成立です。大まかに分けると万葉仮名、草仮名、平仮名、片仮名、そしてひらがなの順に確立します。ただし厳密にどのように変化したかはあまりよく分かっていません。また万葉仮名については現在もまだ解読出来ないもの少なくないそうです。



その仮名の名品として名高いのが国宝の「秋萩帖」です。平安時代の作品ですが紙背、裏面には唐の漢文(前漢時代の思想書の注釈)が記されています。つまり一度、おそらくは8世紀くらいに制作された書を裏返し、10世紀になって改めて仮名を書いているとも考えられるのです。(諸説あり。)ようは再利用です。

また元々あった漢語が平安時代になって読めなくなって来た。それを解読する形で仮名にしていく。万葉仮名の誕生にはそうした背景もあったそうです。



11世紀に入ると書き手が文字の美しさを追求。筆跡そのものを誇示しようとする動きが表れます。つまり誰が書いたのか、という問題が重要になってくるわけです。そしてここで今にも名前の伝わる書き手が登場します。それが能書と呼ばれる人達です。


小野道風「円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書」 平安時代・延長5年(927) 東京国立博物館

唐様では空海、橘逸勢、そして嵯峨天皇の三筆。一方の和様では小野道風、藤原佐理、藤原行成の三蹟が名声を博します。そして「和様の書」展に登場するのは後者の三蹟であるのは言うまでもありません。



三蹟はいわゆる役人でありましたが、階級としては道風、佐理、行成の順に高かったとのこと。また佐理は大雑把な性格でも知られ、寝坊して出勤は遅れてしまったというエピソードも。残されている書も詫び状がかなり多いそうです。


藤原行成「白氏詩巻」 平安時代・寛仁2年(1018) 東京国立博物館

最も位の高い行成は道長の信頼も高かったという人物、超エリートです。また真面目な性格であったとも伝わっています。そして書の代表作は「白氏詩巻」。田良島さんが本展でまず一番に挙げたいと仰った作品でもあります。

ちなみにこれら三蹟のように、文字がうまいと評判のあった人物は、本業、つまり役人としての立場とは別に余技として書を記していたとか。(ちなみに奈良時代の写経では雇われ人が記したもの殆ど。)そしてさらに時代が進むと文字を書くことそのものを生業とする書家が誕生します。その一つが行成を祖とする流派で、宮廷や帰属で最も権威のある書法であった世尊寺流です。



平安時代は信仰の在り方も多様化。奈良時代のような国家主導的な仏教事業は衰退します。一方で様々な信仰を伝えるための手段としての書の事業は増加。願文、鐘銘、そして経の題字など数多くの仕事が能書に求められたそうです。


「平家納経(部分) 平安時代・長寛2年(1164) 厳島神社

また装飾的な料紙が登場したのもこの時期。そこから書が一つの工芸品としても珍重されます。その例が「法華経(久能寺経)」や「平家納経」です。そして墨と紙を越えた道具、ひいては田良島さん曰く『アート』とも言えるような書が生み出されていきました。


藤原定信「本願寺本三十六人家集」 平安時代 西本願寺

田良島さんのレクチャーは以上です。その後は料紙のデザインと書家との関係、また美術品としていつ書が蒐集されるようになったのか、などといった質疑応答があり、散会となりました。

「和様の書のなりたちと展開」まとめーTogetter

8/16(金)「和様の書のはなし」
テーマ:「和様の書の成り立ちと展開」
ゲスト:田良島哲(東京国立博物館)
現在、東京国立博物館で開催中の特別展「和様の書」の名品を通じて、繊細で優雅な日本の文字文化を紹介します。
会場:6次元
時間:19:00開場 19:30開演
入場料:1500円(お茶付き)


6次元「和様の書のはなし」8/16 19:30~

東京国立博物館の「和様の書」展も残すところ三週間あまり。展示替え(リスト)も多数です。そういえば私が見た時はまだ前期でした。このレクチャーをふまえ、また改めて行きたいと思います。田良島さん、貴重なお話をありがとうございました。

「和様の書」 東京国立博物館@TNM_PR
会期:7月13日(土)~9月8日(日)
休館:月曜日。但し7月15日(月・祝)、8月12日(月)は開館。7月16日(火)は休館。
時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで) *毎週金曜日は20時、土・日・祝・休日は18時まで開館。
料金:一般1500円(1200円)、大学生1200円(1000円)、高校生900円(600円)、中学生以下無料
 * ( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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