「パスキン展」 パナソニック汐留ミュージアム

パナソニック汐留ミュージアム
「パスキン展ー生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子」 
1/17-3/29



パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「パスキン展ー生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子」を見て来ました。

以前から私も漠然とパスキンの名と絵のイメージこそ頭にありましたが、この展覧会を見て、実はパスキンを殆ど知らなかったことに気がつきました。

画家の名はジュール・パスキン。本名はジュリウス・モディカイ・ピンカス。ブルガリア生まれのユダヤ人です。ウィーンで教育を受け、ブタペストにも滞在しながら美術の勉強をはじめます。10代後半にはミュンヘンへ渡って美術学校に通いました。


ジュール・パスキン「ミュンヘンの少女」 1903年 鉛筆、紙 パリ市立近代美術館
©Eric Emo/ Musee d’Art Moderne/ Roger-Viollet


時系列での回顧展です。ゆえに最初期の作品も登場します。例えば10代の頃に描いた「ミュンヘンの少女」です。少し口をつぼめては強い眼差しでこちらを見やる少女。素材は鉛筆です。非常に細かい線でモデルの姿を的確に捉えています。早熟だったのかもしれません。早くも発揮された稀なデッサン力を伺い知ることが出来ます。

実際にパスキン自身も素描家としての才能を自覚していたそうです。その能力を買われてか、ミュンヘンではプロの挿絵家として雑誌に風刺画を寄稿します。また当初はドイツの表現主義にも影響を受けていました。

パリへやって来たのは20歳の頃です。ここで後に妻となるエルミーヌと出会います。


ジュール・パスキン「エルミーヌ・ダヴィッドの肖像」 1908年 油彩、カンヴァス グルノーブル美術館
©Musee Grenoble


彼女をモデルとする「エルミーヌ・ダヴィットの肖像」も目を引くのではないでしょうか。やや首を傾げてこちらを見やるエルミーヌ。キャプションには「ぎこちない」と記されていましたが、私には充実した作品に見えました。油絵はほぼ独学だったそうですが、どこか取り澄ましたようなモデルの雰囲気も良く伝わってきます。

それにしてもパスキン、画業を通して素描やエッチングに魅惑的な作品が多いのもポイントです。

中でもサロメや放蕩息子の主題の作品は面白い。断片的で震えるような線を多用し、さも即興的に描いたような画風を見せます。さらに躍動感すらあります。また「赤ずきん」と題した紙のコラージュもありました。油絵の趣きとは大きく異なります。


ジュール・パスキン「二人の少女」 1907年 水彩、紙 ポンピドゥー・センター 
©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais/ Bertrand Prevost/ distributed by AMF


率直なところまさかパスキンの素描や小品がこれほど良いとは思いませんでした。その魅力を発見しただけでも、私の中では展覧会を見た価値は十分にありました。

さて油絵です。良く知られるのは晩年の「真珠母色の時代」と称される作品です。確かに独特の虹色に包まれた肖像画などは美しくもありますが、それに先立って描かれたより色彩の強い作品にもまた異なった良さがあります。

パスキンが色彩を獲得したのはアメリカです。1914年、一次大戦の戦渦を逃れるためにニューヨークへと移った彼は、エルミーヌを伴ってさらに南へと旅行。アメリカの南部やキューバなどに滞在して過ごします。そこで同地の土地の色や光を知ります。暖色を用いた油絵を描きました。


ジュール・パスキン「キューバでの集い」 1915/17年 油彩、カンヴァス(両面作品) 個人蔵

「キューバでの集い」はどうでしょうか。おそらくはカフェの一コマ、テーブルを囲んでは男たちが楽しそうに語っています。人物を象る赤みがかった土色や薄い緑の色彩は美しい。また後の真珠色を彷彿させるような透明感もあります。


ジュール・パスキン「少女ー幼い踊り子」 1924年 油彩、カンヴァス パリ市立近代美術館
©Eric Emo/ Musee d’Art Moderne/ Roger-Viollet


そのほか「少女ー幼い踊り子」や「二人の座る少女」なども、アイボリーや淡いピンク色と真珠色が巧みに混じり合い、美しい色彩のハーモニーを奏でています。一概に言えませんが、私は1927年から最晩年に至る「真珠母色の時代」よりも、少し前の色の強い油絵群が一番魅力的ではないかと思いました。

それにしてもパスキン、モデルはいずれも女性ばかり。男性の肖像画の作品は殆どありません。

「テーブルのリュシーの肖像」のリュシーとはパスキンの愛人です。何でも古くからの知り合いだったものの、1920年頃に再会。そこで恋に落ちたそうです。


ジュール・パスキン「テーブルのリュシーの肖像」 1928年 油彩、カンヴァス 個人蔵

何と物憂げな様子ではないでしょうか。肩を落として両手をテーブルの上で組み、視線を落としては困惑したような表情をしている。白いテーブルの上には淡く滲み出すような七色の花が置かれています。まるで見る側の視線を逸らすかのような姿。この同じテーブルの前に座るのはパスキンそのものなのかもしれません。

結果的に二人の恋は成就しません。何故ならパスキンにもリュシーにも伴侶がいたからです。叶わぬ恋に絶望したとも言われるパスキンは死を選びます。パスキンはこの絵を描いた二年後、45歳の若さで自殺してしまいました。

日本では16年ぶりとなる本格的な回顧展です。作品もパリ市立美術館や海外の個人コレクションと粒ぞろい。作品は油画に素描、また版画など120点です。(資料含む。)日本初公開の作品も少なくありません。

また写真や書簡類などパスキンの人となりを伝える資料も充実していました。そもそも本展はパスキンの遺作相続人である人物が会長を務めるコミテ・パスキンの全面的な協力をもって実現したそうです。

「パスキンの死後、遺作は、妻エルミーヌと愛人リュシーに半分づつ残されましたが、エルミーヌが相続を放棄したため、リュシーがすべてを受け継ぎました。コミテパスキンはリュシーの遺族が運営している団体です。」 公式アカウント(@PascinShiodome)より


ジュール・パスキン「二人の座る少女」 1925年 油彩、厚紙(板に貼付) パリ市立近代美術館
©Musee d’Art Moderne/ Roger-Viollet


画業半ばで自死を選んだパスキン。その理由には先にも触れた叶わぬ恋や自身の病などがあったとも伝えられています。しかし画風として次にパスキンはどこへ到達しようとしていたのか。ともすると行き詰まっていたのかもしれません。まるで自身に言い聞かせるかのようなパスキンの言葉も重く響きます。

「人間、45歳を過ぎてはならない。芸術家であればなおのことだ。それまでに力を発揮できていなければ、その歳で生み出すものは、もはや何もないだろう。」 ジュール・パスキン

二つの大戦の狭間、20世紀前半に展開したエコール・ド・パリ。その退廃的なムードを感じられる展覧会でもありました。

会期早々に出かけましたが、館内には余裕がありました。

3月29日まで開催されています。

「パスキン展ー生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子」(@PascinShiodome) パナソニック汐留ミュージアム
会期:1月17日(土)~3月29日(日)
休館:水曜日。但し2月11日は休館。
時間:10:00~18:00 *入場は17時半まで。
料金:一般1000円、大学生900円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円、20名以上の団体は各100円引。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分。
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